喜寿から始まる

気づき・観察・発見・元気キレイ・自分らしく・生きる

「日の残り」を読んで

2017年10月14日 | 日記

すごく「切ない」・・
すごーく「よかった」・・いい雰囲気・・

お話はというと、とこにでもいる「普通の人」(ここで執事と女中頭)のおそらく誰もが経験するような「すれちがい」。
「恋」とも「愛」ともいえない。
だって主人公の執事は気が付いていないんだもの。
終わった瞬間に「本当の愛に(になるはず?)」と気づいたんだから・・・

どこにでもある話なのに・・
伝え方が素晴らしいんだと思う。

出来事は、英国でも超トップの貴族の屋敷で起こる。そこは首相など政界の超トップが集まり密談が行われる別格の屋敷。若かりしころのチャーチルも出入りした。
お屋敷はオックスフォードシャーにあるというので、ブレナム宮殿のような感じかと想像したりした。
これらの出来事は思い出の形で述べられる。詳細は記憶に残っていることも、残っていないこともある。

そして思い出すのは、コーンウォールまでドライブの旅の最中。素晴らしい風景がある。
自動車は現在の雇い主(アメリカ人)のもの、これまた素晴らしい、誰もが羨むようなフォード。
ハプニングが起こる場所は決まって素晴らしいビューポイントのあるところ。
あるいは、宿。いわゆるBBのようである。イギリスのBBはそれぞれに特徴があって、本当に素晴らしいのである。
そういうところで、思い出すのである。

普通の人のありふれた切ない物語ではあるが、それが素晴らしいお屋敷で素晴らしい人たちの間で起こったものとして、素晴らしい風景のもとで、これらがミックスした形で回想されるのである。
回想ではあるけれど、主人公にとっては、現在進行形である。だから期待と不安がある。
極めて上質なセッチングの中で過去の物語が紡がれていくのである。

イギリスにいる間、あちこちをドライブした。多くは自分たちの普通の車であったが、ときには知り合いの大きいな自動車を借りることもあった。
主人公のドライブの旅(風景や宿など)のほとんどが私の経験した旅の風景でもあり、紙面の中から場面が見えてきた。あるいは紙面の中の風景を主人公と(懐かしく)旅している気分になった。
個人的な思い入れのようなものがあった。

・・・・・・・・

ふと受賞の理由はなんだろうと思った。
in novels of great emotional force, has uncovered the abyss beneath our illusory sense of connection with the world.」ということである。
でももう一つよくわからなかった。本人の弁によると、
 “I’m not a message person」
「It’s been important to me that my work works through the emotions. 」
「 I wanted to share emotions with people」
「I want to say, ‘This is how this one person over here feels’ — and you recognize it. That’s an important thing to do, a simple thing to do, to try to connect with each other.」
ということである。
私流に解釈すると、感情を分かち合うこと、すなわち、「ある一人の人がこんな風に感じている」そして「ほかのひともそれがわかる」ということ、そうすることで「お互いがつながろうとする」それが彼の狙いではないかということになる。

受賞後のインタビューで「何を書いてきたのか」との質問に次のように答えていた。

「one of the things that's interested me always is how we live in small worlds and big worlds at the same time, that we have a personal arena in which we have to try and find fulfilment and love. But that inevitably intersects with a larger world, where politics, or even dystopian universes, can prevail. So I think I've always been interested in that. We live in small worlds and big worlds at the same time and we can't, you know, forget one or the other.」

これだけじゃ正直理解できない。
ある専門家が
「He’s developed an aesthetic universe all his own. He is exploring what you have to forget in order to survive in the first place as an individual or as a society.」と評していた。
これで理解できたような気がした。
人間て”自分ひとり”「苦しんでいる」とか「不幸だ」と思うとつらくなりすぎる。でも”ほかの人も同じだ”とか”そういうもんだ”とわかれば何とか頑張れるものだと、私は理解している。つまり、生きる力が湧いてくる・・
彼の受賞の理由は、こういう難しいこと(an elusive truth that is inferred, but that no one quite understands or can fully articulate)、受賞理由でいうthe abyss beneath our illusory sense of connection with the worldということになるのだと思うを、彼独特の美的世界で展開しているということではないだろうか。

・・・・・・

切ない結末であったにも関わらず、主人公も、いつまで思い悩んでいても意味がない、真に価値があるものに微力を尽くそうと願い、覚悟し、実践すれば、結果はどうであれ、誇りと満足を覚えて充分だとし、アメリカ人の主人をジョークでびっくりさせるべく、ジョークの練習に取り組む決意を当たにするところで終わる、というのも納得か。

上品で優美で情緒的・抒情的小説でした。
人間の尊厳という言葉が浮かんできた。