伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

「虹の魚」に似て

2007年10月29日 | エッセー
 吉事にはあまり働かぬが、凶事には意外と予感が兆すものだ。昨秋、本ブログにわたしは次のように記した。

 ~~意外にも、四季は春からではなく冬から始まる。東洋の古(イニシエ)の智慧は人生に準(ナゾラ)え、そう教える。 ―― 少年時代が冬。芽吹きの前、亀の如く地を這い力を蓄える時、玄冬だ。20歳から40歳までが春。青龍が雲を得て天翔(アマガケ)る、青春である。続く60歳までは夏。朱雀が群れ躍動する朱夏、盛りの時だ。そして、秋。一季の稔りを悠然と楽しむ白虎、白秋を迎える。(中略)
 一期一会、祭りは跳ねた。もう「つま恋」はない。永い「祭りのあと」が始まった。白虎となった彼は存分に白秋を味わうに違いない。~~(06年9月30日付「秋、祭りのあと」)
  
 ところが「祭りのあと」を迎えることなく、彼は奔(ハシ)り続けた。「朱雀」に、あるいは「青龍」へと遡行するかのように……。

 「虹の魚」
 枯れ葉ごしに山の道をたどってゆけば
 水の音が涼しそうと背伸びする君
 底の石が透ける水に 右手ひたせば
 虹のように魚の影 君が指さす
  虹鱒よ身重の身体で
  虹鱒よ川を逆のぼり
  ほとばしる命を見せてくれるのか
 青春とは 時の流れ 激しい流れ
 苦しくても 息切れても 泳ぐしかない
 苦しくても 息切れても 泳ぐしかない

 渓を渡る橋の下は養魚場だね
 網で川を右左にせきとめてる
 人は何てひどい仕打ち するのだろうか
 魚たちはここで 長い旅終えるのか
  虹鱒よ身重の身体で
  虹鱒よ川を逆のぼり
  ほとばしる命がくやしいだろうね
 青春とは 時の流れ 激しい流れ
 打ちのめされ 傷ついても 生きるしかない
 打ちのめされ 傷ついても 生きるしかない
 (作詞 松本隆/作曲 吉田拓郎)

 古い曲だ。まさに彼が「青龍」であった時の作品である。この曲を、死魔を超え、「つま恋」を翌年に控えた05年のコンサートで久方ぶりに歌った。

   苦しくても 息切れても 泳ぐしかない
   打ちのめされ 傷ついても 生きるしかない

 絶唱であった。病臥より還り来った清新な歓びと不退の意気込みを託したのであろうか。「では、青春の曲を …… 」とさりげなく紹介したが、それは旧懐ではなく今を歌ったにちがいない。虹鱒の遡上にも似て、白虎でありつつもなお青龍たらんとする胸奥の炎(ホムラ)を。
 『つま恋』でもこの曲は入った。続く昨秋のコンサートでも。さらに、今年の7回のコンサートでも大団円のアンコール曲として歌われた。徒事(タダゴト)ではなかろう。むしろ、わたしには痛々しくさえあった。「祭りは跳ねた。もう『つま恋』はない。永い『祭りのあと』が始まった」はずなのに、なお『祭りのあと』を迎えない彼の倦まぬ奮迅に畏れ、かつ惧れた。 ひとりのファンとして、オーバーワークを案じた。

 そして、予兆は当たってしまった。正確を期すため、中止発表をそのまま引用する。 
 ~~Life is a Voyage【吉田拓郎】TOUR2007"Country" ツアーは、8月21日(火)サンシティ越谷市民ホールよりスタートし、その後『喘息性気管支炎』のため8月24日(金)パルテノン多摩から9月24日(月・祝)なら100年会館大ホールまでの計8公演を延期、振替公演とさせて頂きましたが、9月30日(日)の熊本市民会館よりツアーを再開し、10月17日(水)瀬戸市文化センターまでの計6公演(サンシティ越谷市民ホールを含むと計7公演)を実施してまいりました。
 9月30日(日)熊本市民会館からの計6公演を実施後、医師の再診察を受けたところ、「『慢性気管支炎』に『胸膜炎』を併発のため約3ヶ月の加療を要する」、との診断を受け、本人及び主催・制作サイドと検討の結果、10月23日(火)実施予定の徳島文化センター公演より、振替公演の最終公演である2008年1月23日(水)岸和田市立浪切ホールまで計19公演を中止とさせて頂くことになりました。
 コンサートを楽しみにして頂いておりましたお客様には大変ご迷惑をおかけ致しますこと深くお詫び申し上げます。~~

 過去数え切れないコンサート・ツアーの中で、中断はあっても中止は初めてである。早速、彼はコメントを出した。
 ~~本当に申し訳ありません。
 今年は何やら体のバイオリズムのようなものが最悪のようであります。ライブを楽しみにしていてくれた皆さんには心から謝らせてください。僕自身も今回のカントリーは初めての街が多く新鮮な構成など、とても楽しみにしていただけに残念でなりません。志なかばで矢折れてしまいました事を無念に思います。この際あせらずに40年に及ぶ蓄積された悪玉達を追い出す日常を送ろうと決心いたしました。わがままな吉田をどうぞお許しください。我が街の空より皆様の健康と幸せをお祈りいたしております。
2007年10月22日   吉田拓郎~~

 「わがままな吉田」のままが、いい。「白虎となった彼は存分に白秋を味わ」っていいのだ。彼にはその資格が十全に備わる。
 「志なかば」のプルアウトに軫恤しつつ、快癒を祈る。…… ひたすらに祈る。□


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