**アカシアの木蔭で**

流れていく時間と逆らわずに流れていく自分を、ゆっくりペースで書いて行こうと思います

誰を見て仕事をしている?

2017年01月04日 | 病棟
Tさんは大腸癌ターミナルの患者さんでした。
最初は直腸に見つかりストマを作りましたが
5年経たないうちに、腹膜内や胃や肝臓、骨と
広範囲に手の施しようがないほど転移していました。

本人が家で死にたいと希望し、当院で往診を引き受けていましたが
胃の狭窄が強くなり、便汁を嘔吐するようになった挙句
誤嚥して肺炎を起こして夜中に救急搬送されてきました。
だいぶ長い間清拭もせず歯も磨けず
髪は吐いた便汁でガビガビ。
SPO2も下がって息が苦しく、尿失禁でぐちゃぐちゃの寝間着。

一人夜勤ですので、戦闘開始。
まず救急隊に手伝ってもらってレントゲン。
Mチューブ、Baカテ挿入。
モニター付けて点滴ライン確保。
抗生剤用意して、酸素開始とネブライザー&吸引。
採血を末血とCRPの機械にかけて
家族から話を聞くのはその後。
少し認知症の入った奥さんが不安そうなので椅子と白湯を用意して待ってもらいます。

意識ははっきりしていて「すまないね、夜遅くに」と切れ切れに話されます。

「辛ければこのまま寝て明日綺麗にしますが、どうしたいですか?」

「・・・髪も口も洗いたい。気持ち悪い。お願い」

体には負担かもしれませんが院長の許可も出たので、家族を返した後清潔介助開始。
頭の下にオムツを敷いてシャンプーとお湯でしっかり二度洗い。
口も歯磨き粉とブラシで磨きます。
起き上がれないので寝たまま横向きにパッドに吐き出してもらいます。
下半身は石鹸清拭。  ククゥ、時間かかるぅ!

酸素や点滴やMチューブのおかげでだいぶ表情は和らぎ、
少しの笑顔で「ありがと。眠れそう」
そう聞いた時には ヘトヘトでした。



そんなふうに最初の夜に受け持ったのが私でしたので、
Tさんはなんとなく私に心を開いてくれていました。
「一番苦しくて汚くてみっともないところを任せちゃったからな〜」
と、笑っていました。


ある日、検温に病室を訪れると 
Tさんは助手さんにマウスケアと髭剃りをしてもらっていました。
入れ替わるように部屋を出る助手さんの背に向かって、
Tさんが不機嫌と苦笑いを混ぜたような表情で、見えないようにしっしっと追い払う動作をしたんです。

「あれ?何かあったの?」
「・・・あの人は他の人と同じに綺麗にしてくれるけど、自分自身を見て仕事してる。
  しゃべるし笑うしヒゲも剃るけどね、心ん中は自分ばっかりなんだ。
  ああ忙しい、私は大変!私はこんなに頑張ってる!
  こんなに重症の可哀想な患者の面倒見てる!って、滲んで分かるんだよ」

なんとなく感じるものはわかりました。
忙しいを連呼して、落ち着いて相手に向かい合わないので
なんとなく上の空で 自分の話したいことばかり繰り返してる。
「何?あの人具合悪いの?死にそうなの?ああ怖い怖い!ああやだ!」
すぐそんなことを言うので 看護師に注意されています。

「24時間は無理だけど、病室にいる時間だけは専属タイムだもんね〜」
そう言うと、「まあゆっくりしてってくれ」と笑ってくれました。


短い時間でもきちんと自分の心が患者さんに向いているか
よそ見していないか
気を引き締めなくては、と思った出来事でした。


  







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