当ブログでは、企業の顧問弁護士の業務に係る企業法務の裁判例を紹介しています(つづき)。
1 本件は,抗告人の発行に係る「社債,株式等の振替に関する法律」(以下「社債等振替法」という。)128条1項所定の振替株式を有する相手方が,会社法172条1項1号に基づき,抗告人による全部取得条項付種類株式の取得の価格の決定を求める事案である。振替株式についての会社法172条1項に基づく価格の決定の申立てを受けた会社が,裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において,申立人が株主であることを争った場合における,社債等振替法154条3項所定の通知(以下「個別株主通知」という。)の要否等が争われている。
2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1)抗告人は,平成16年9月に東京証券取引所マザーズに株式を上場した会社である。その発行に係る株式は,普通株式のみであり,平成21年1月5日以降,社債等振替法128条1項所定の振替株式となった。
(2)抗告人は,平成21年2月,A株式会社との間において,資本業務提携により抗告人が同社の完全子会社となることを合意した。A株式会社は,上記合意に基づき,抗告人の株式について公開買付けを実施し,同年3月までに,抗告人の発行済株式の総数9万4965株のうち7万9057株を取得した。
(3)抗告人は,残る1万5908株の株式を取得するために,平成21年6月29日開催の定時株主総会において次のア~ウの決議を,同日開催の普通株主を構成員とする種類株主総会において次のイの決議を,それぞれした(以下,上記各株主総会を「本件総会」と総称する。)。
ア 抗告人がその残余財産を分配するときは,普通株式を有する株主よりも1株につき1円を優先的に支払う優先株式(以下「A種種類株式」という。)を発行することができ,その発行可能種類株式総数を100株とする旨定款を変更する。
イ 抗告人の普通株式を全部取得条項付種類株式とし,抗告人がこれを取得する場合,その対価として全部取得条項付種類株式1株につきA種種類株式を1万6000分の1株の割合をもって交付する旨定款を変更する。
ウ 抗告人は,取得日を同年8月5日と定めて,その全部取得条項付種類株式の全部を取得する。
(4)相手方は,本件総会に先立ち,抗告人による全部取得条項付種類株式の取得に反対する旨抗告人に通知し,かつ,本件総会において,上記取得に反対する旨の議決権を行使した。
(5)相手方は,平成21年7月10日,その当時保有する抗告人の株式400株について,会社法172条1項1号に基づく価格の決定の申立てをした。上記400株には,相手方が本件総会の後の日である同月1日に買い増した抗告人の株式17株が含まれていた。
(6)相手方は,平成21年7月29日,所定の証券会社に対し,個別株主通知の申出書を郵送したが,抗告人の株式が同月30日付けで上場廃止と扱われ,同株式についての個別株主通知ができなくなったため,相手方の申出に係る個別株主通知がされることはなかった。
(7)抗告人が本件総会の基準日(この基準日は平成21年3月31日である。)を定めたことにより同年4月3日に受けた総株主通知(社債等振替法151条1項1号)には,相手方は抗告人の株式383株を有する株主であると記載されていた。
また,抗告人が全部取得条項付種類株式を取得する日の株主を確定するための基準日(この基準日は同年8月4日である。)を定めたことにより同月7日に受けた総株主通知には,相手方は抗告人の株式420株を有する株主であると記載されていた。
(8)抗告人は,本件において,個別株主通知の欠けつを主張して相手方の価格の決定の申立ての適法性を争っている。
3 原審は,次のとおり判断して,相手方の価格の決定の申立てを却下した原々決定を取消し,本件を原々審に差し戻した。
(1)会社は,本件における上記2(7)のような2回にわたる総株主通知を受けることにより,株主総会の基準日の株主のみならず,会社による全部取得条項付種類株式の取得及び株主への取得対価の交付の基準日(以下「取得の基準日」という。)の株主を確認することができるのに対し,個別株主通知を受けたとしても,取得の基準日の株主を確認することはできないから,会社が上記2(7)のような2回にわたる総株主通知とは別に個別株主通知を受けるメリットはない。かえって,会社法172条1項所定の価格決定申立権の行使に個別株主通知がされることを要すると解すると,振替株式を発行する会社である株券電子化会社の株主に対し,通常の会社の場合よりも著しい負担を課すことになって妥当ではない。4週間(社債,株式等の振替に関する法律施行令40条)の権利行使期間が認められている個別株主通知の制度を20日間の申立期間しか認められていない上記価格決定申立権に適用することには,制度設計上の無理もある。したがって,上記価格決定申立権は,会社法124条1項に規定する権利又は少なくとも同項に規定する権利に関する規定を類推適用すべき権利であって,社債等振替法154条1項,147条4項にいう「少数株主権等」に該当しないというべきであるから,その行使に際しては個別株主通知がされることを要しない。
(2)仮にそうでないとしても,抗告人は,平成21年4月3日に受けた総株主通知,本件総会に先立つ相手方による反対の通知,本件総会における相手方による反対の議決権行使及び同年8月7日に受けた総株主通知により,相手方が抗告人の株式を保有し続けており,その価格決定申立権の行使を否定すべき実質的な理由がないことを知りながら,自らが株券電子化会社であることを奇貨として,個別株主通知の欠けつのみを理由に相手方の権利行使を否定しようとするものであって,背信的悪意者に準ずるものというべきであるから,そのような抗告人が,相手方に対し,会社法172条1項所定の価格決定申立権の行使に個別株主通知がされることを要すると主張することは,信義則に反し,権利の濫用に当たるものとして許されない。
4 しかしながら,原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)会社法172条1項所定の価格決定申立権は,その申立期間内である限り,各株主ごとの個別的な権利行使が予定されているものであって,専ら一定の日(基準日)に株主名簿に記載又は記録されている株主をその権利を行使することができる者と定め,これらの者による一斉の権利行使を予定する同法124条1項に規定する権利とは著しく異なるものであるから,上記価格決定申立権が社債等振替法154条1項,147条4項所定の「少数株主権等」に該当することは明らかである。
社債等振替法154条が,振替株式についての少数株主権等の行使については,株主名簿の記載又は記録を株式の譲渡の対抗要件と定める会社法130条1項の規定を適用せず,個別株主通知がされることを要するとした趣旨は,株主名簿の名義書換は総株主通知を受けた場合に行われるものの,総株主通知は原則として年2回しか行われないため(社債等振替法151条,152条),総株主通知がされる間に振替株式を取得した者が,株主名簿の記載又は記録にかかわらず,個別株主通知により少数株主権等を行使することを可能にすることにある。そして,総株主通知と異なり,個別株主通知において,振替口座簿に増加又は減少の記載又は記録がされた日等が通知事項とされているのは(社債等振替法154条3項1号,129条3項6号),少数株主権等の行使を受けた会社が,振替株式の譲渡の効力発生要件(同法140条)とされている振替口座簿の上記記載又は記録によって,当該株主が少数株主権等行使の要件を充たすものであるか否かを判断することができるようにするためであるから,上記会社にとって,総株主通知とは別に個別株主通知を受ける必要があることは明らかである。同じ会社の振替株式であっても,株価の騰落等に伴ってその売買が短期間のうちに頻繁に繰り返されることは決してまれではないことにかんがみると,複数の総株主通知においてある者が各基準日の株主であると記載されていたということから,その者が上記各基準日の間も当該振替株式を継続的に保有していたことまで当然に推認されるものではないから,ある総株主通知と次の総株主通知との間に少数株主権等が行使されたからといって,これらの総株主通知をもって個別株主通知に代替させることは,社債等振替法のおよそ予定しないところというべきである。まして,これらの総株主通知をもって個別株主通知に代替させ得ることを理由として,上記価格決定申立権が会社法124条1項に規定する権利又は同項に規定する権利に関する規定を類推適用すべき権利であると解する余地はない。
また,社債等振替法154条2項が,個別株主通知がされた後の少数株主権等を行使することのできる期間の定めを政令に委ねることとしたのは,個別株主通知がされた後に当該株主がその振替株式を他に譲渡する可能性があるために,振替株式についての少数株主権等の行使を個別株主通知から一定の期間に限定する必要がある一方,当該株主が少数株主権等を実際に行使するには相応の時間を要し,その権利行使を困難なものとしないためには,個別株主通知から少数株主権等を行使するまでに一定の期間を確保する必要もあることから,これらの必要性を調和させるために相当な期間を設定しようとすることにあるのであって,少数株主権等それ自体の権利行使期間が,社債,株式等の振替に関する法律施行令40条の定める期間より短いからといって,個別株主通知を不要と解することはできない。
そして,個別株主通知は,社債等振替法上,少数株主権等の行使の場面において株主名簿に代わるものとして位置付けられており(社債等振替法154条1項),少数株主権等を行使する際に自己が株主であることを会社に対抗するための要件であると解される。そうすると,会社が裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において申立人が株主であることを争った場合,その審理終結までの間に個別株主通知がされることを要し,かつ,これをもって足りるというべきであるから,振替株式を有する株主による上記価格決定申立権の行使に個別株主通知がされることを要すると解しても,上記株主に著しい負担を課すことにはならない。
以上によれば,振替株式についての会社法172条1項に基づく価格の決定の申立てを受けた会社が,裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において,申立人が株主であることを争った場合には,その審理終結までの間に個別株主通知がされることを要するものと解するのが相当である。
本件において,抗告人が裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において相手方が株主であることを争っているにもかかわらず,その審理終結までの間に個別株主通知がされることはなかったから,相手方は自己が株主であることを抗告人に対抗するための要件を欠くことになる。
(2)次に、抗告人が相手方に対し会社法172条1項所定の価格決定申立権の行使に個別株主通知がされることを要すると主張することが,信義則に反し,権利の濫用に当たるか否かについて検討すると,上記(1)で説示したところによれば,抗告人が,相手方が株主総会の基準日及び取得の基準日の株主であると記載された総株主通知を2回にわたって受けるなどしていたことをもって,相手方が,その間抗告人の株式を保有し続けており,その価格決定申立権の行使を否定すべき実質的な理由がないことを抗告人が知っていたと断ずることは困難である。原審の指摘する事情をもって,抗告人が,自らが株券電子化会社であることを奇貨とするものであるとも,背信的悪意者に準ずるものであるともいうことはできず,他にその主張が信義則に反し,権利の濫用に当たると評価し得るような事情もうかがわれない。
したがって,抗告人が上記のとおり主張することが,信義則に反し,権利の濫用に当たるということはできない。
5 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。上記の趣旨をいう論旨は理由があり,その余の抗告理由につき判断するまでもなく,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,相手方の価格の決定の申立てを却下した原々決定は,結論において是認することができるから,原々決定に対する相手方の抗告を棄却することとする。
そのほか、個人の方であっても、知人の逮捕などの刑事事件、交通事故の示談交渉、解雇、敷金返還・原状回復義務や借金の返済、残業代の請求、遺言や相続などでお困りの方は、弁護士にご相談ください。
1 本件は,抗告人の発行に係る「社債,株式等の振替に関する法律」(以下「社債等振替法」という。)128条1項所定の振替株式を有する相手方が,会社法172条1項1号に基づき,抗告人による全部取得条項付種類株式の取得の価格の決定を求める事案である。振替株式についての会社法172条1項に基づく価格の決定の申立てを受けた会社が,裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において,申立人が株主であることを争った場合における,社債等振替法154条3項所定の通知(以下「個別株主通知」という。)の要否等が争われている。
2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1)抗告人は,平成16年9月に東京証券取引所マザーズに株式を上場した会社である。その発行に係る株式は,普通株式のみであり,平成21年1月5日以降,社債等振替法128条1項所定の振替株式となった。
(2)抗告人は,平成21年2月,A株式会社との間において,資本業務提携により抗告人が同社の完全子会社となることを合意した。A株式会社は,上記合意に基づき,抗告人の株式について公開買付けを実施し,同年3月までに,抗告人の発行済株式の総数9万4965株のうち7万9057株を取得した。
(3)抗告人は,残る1万5908株の株式を取得するために,平成21年6月29日開催の定時株主総会において次のア~ウの決議を,同日開催の普通株主を構成員とする種類株主総会において次のイの決議を,それぞれした(以下,上記各株主総会を「本件総会」と総称する。)。
ア 抗告人がその残余財産を分配するときは,普通株式を有する株主よりも1株につき1円を優先的に支払う優先株式(以下「A種種類株式」という。)を発行することができ,その発行可能種類株式総数を100株とする旨定款を変更する。
イ 抗告人の普通株式を全部取得条項付種類株式とし,抗告人がこれを取得する場合,その対価として全部取得条項付種類株式1株につきA種種類株式を1万6000分の1株の割合をもって交付する旨定款を変更する。
ウ 抗告人は,取得日を同年8月5日と定めて,その全部取得条項付種類株式の全部を取得する。
(4)相手方は,本件総会に先立ち,抗告人による全部取得条項付種類株式の取得に反対する旨抗告人に通知し,かつ,本件総会において,上記取得に反対する旨の議決権を行使した。
(5)相手方は,平成21年7月10日,その当時保有する抗告人の株式400株について,会社法172条1項1号に基づく価格の決定の申立てをした。上記400株には,相手方が本件総会の後の日である同月1日に買い増した抗告人の株式17株が含まれていた。
(6)相手方は,平成21年7月29日,所定の証券会社に対し,個別株主通知の申出書を郵送したが,抗告人の株式が同月30日付けで上場廃止と扱われ,同株式についての個別株主通知ができなくなったため,相手方の申出に係る個別株主通知がされることはなかった。
(7)抗告人が本件総会の基準日(この基準日は平成21年3月31日である。)を定めたことにより同年4月3日に受けた総株主通知(社債等振替法151条1項1号)には,相手方は抗告人の株式383株を有する株主であると記載されていた。
また,抗告人が全部取得条項付種類株式を取得する日の株主を確定するための基準日(この基準日は同年8月4日である。)を定めたことにより同月7日に受けた総株主通知には,相手方は抗告人の株式420株を有する株主であると記載されていた。
(8)抗告人は,本件において,個別株主通知の欠けつを主張して相手方の価格の決定の申立ての適法性を争っている。
3 原審は,次のとおり判断して,相手方の価格の決定の申立てを却下した原々決定を取消し,本件を原々審に差し戻した。
(1)会社は,本件における上記2(7)のような2回にわたる総株主通知を受けることにより,株主総会の基準日の株主のみならず,会社による全部取得条項付種類株式の取得及び株主への取得対価の交付の基準日(以下「取得の基準日」という。)の株主を確認することができるのに対し,個別株主通知を受けたとしても,取得の基準日の株主を確認することはできないから,会社が上記2(7)のような2回にわたる総株主通知とは別に個別株主通知を受けるメリットはない。かえって,会社法172条1項所定の価格決定申立権の行使に個別株主通知がされることを要すると解すると,振替株式を発行する会社である株券電子化会社の株主に対し,通常の会社の場合よりも著しい負担を課すことになって妥当ではない。4週間(社債,株式等の振替に関する法律施行令40条)の権利行使期間が認められている個別株主通知の制度を20日間の申立期間しか認められていない上記価格決定申立権に適用することには,制度設計上の無理もある。したがって,上記価格決定申立権は,会社法124条1項に規定する権利又は少なくとも同項に規定する権利に関する規定を類推適用すべき権利であって,社債等振替法154条1項,147条4項にいう「少数株主権等」に該当しないというべきであるから,その行使に際しては個別株主通知がされることを要しない。
(2)仮にそうでないとしても,抗告人は,平成21年4月3日に受けた総株主通知,本件総会に先立つ相手方による反対の通知,本件総会における相手方による反対の議決権行使及び同年8月7日に受けた総株主通知により,相手方が抗告人の株式を保有し続けており,その価格決定申立権の行使を否定すべき実質的な理由がないことを知りながら,自らが株券電子化会社であることを奇貨として,個別株主通知の欠けつのみを理由に相手方の権利行使を否定しようとするものであって,背信的悪意者に準ずるものというべきであるから,そのような抗告人が,相手方に対し,会社法172条1項所定の価格決定申立権の行使に個別株主通知がされることを要すると主張することは,信義則に反し,権利の濫用に当たるものとして許されない。
4 しかしながら,原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)会社法172条1項所定の価格決定申立権は,その申立期間内である限り,各株主ごとの個別的な権利行使が予定されているものであって,専ら一定の日(基準日)に株主名簿に記載又は記録されている株主をその権利を行使することができる者と定め,これらの者による一斉の権利行使を予定する同法124条1項に規定する権利とは著しく異なるものであるから,上記価格決定申立権が社債等振替法154条1項,147条4項所定の「少数株主権等」に該当することは明らかである。
社債等振替法154条が,振替株式についての少数株主権等の行使については,株主名簿の記載又は記録を株式の譲渡の対抗要件と定める会社法130条1項の規定を適用せず,個別株主通知がされることを要するとした趣旨は,株主名簿の名義書換は総株主通知を受けた場合に行われるものの,総株主通知は原則として年2回しか行われないため(社債等振替法151条,152条),総株主通知がされる間に振替株式を取得した者が,株主名簿の記載又は記録にかかわらず,個別株主通知により少数株主権等を行使することを可能にすることにある。そして,総株主通知と異なり,個別株主通知において,振替口座簿に増加又は減少の記載又は記録がされた日等が通知事項とされているのは(社債等振替法154条3項1号,129条3項6号),少数株主権等の行使を受けた会社が,振替株式の譲渡の効力発生要件(同法140条)とされている振替口座簿の上記記載又は記録によって,当該株主が少数株主権等行使の要件を充たすものであるか否かを判断することができるようにするためであるから,上記会社にとって,総株主通知とは別に個別株主通知を受ける必要があることは明らかである。同じ会社の振替株式であっても,株価の騰落等に伴ってその売買が短期間のうちに頻繁に繰り返されることは決してまれではないことにかんがみると,複数の総株主通知においてある者が各基準日の株主であると記載されていたということから,その者が上記各基準日の間も当該振替株式を継続的に保有していたことまで当然に推認されるものではないから,ある総株主通知と次の総株主通知との間に少数株主権等が行使されたからといって,これらの総株主通知をもって個別株主通知に代替させることは,社債等振替法のおよそ予定しないところというべきである。まして,これらの総株主通知をもって個別株主通知に代替させ得ることを理由として,上記価格決定申立権が会社法124条1項に規定する権利又は同項に規定する権利に関する規定を類推適用すべき権利であると解する余地はない。
また,社債等振替法154条2項が,個別株主通知がされた後の少数株主権等を行使することのできる期間の定めを政令に委ねることとしたのは,個別株主通知がされた後に当該株主がその振替株式を他に譲渡する可能性があるために,振替株式についての少数株主権等の行使を個別株主通知から一定の期間に限定する必要がある一方,当該株主が少数株主権等を実際に行使するには相応の時間を要し,その権利行使を困難なものとしないためには,個別株主通知から少数株主権等を行使するまでに一定の期間を確保する必要もあることから,これらの必要性を調和させるために相当な期間を設定しようとすることにあるのであって,少数株主権等それ自体の権利行使期間が,社債,株式等の振替に関する法律施行令40条の定める期間より短いからといって,個別株主通知を不要と解することはできない。
そして,個別株主通知は,社債等振替法上,少数株主権等の行使の場面において株主名簿に代わるものとして位置付けられており(社債等振替法154条1項),少数株主権等を行使する際に自己が株主であることを会社に対抗するための要件であると解される。そうすると,会社が裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において申立人が株主であることを争った場合,その審理終結までの間に個別株主通知がされることを要し,かつ,これをもって足りるというべきであるから,振替株式を有する株主による上記価格決定申立権の行使に個別株主通知がされることを要すると解しても,上記株主に著しい負担を課すことにはならない。
以上によれば,振替株式についての会社法172条1項に基づく価格の決定の申立てを受けた会社が,裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において,申立人が株主であることを争った場合には,その審理終結までの間に個別株主通知がされることを要するものと解するのが相当である。
本件において,抗告人が裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において相手方が株主であることを争っているにもかかわらず,その審理終結までの間に個別株主通知がされることはなかったから,相手方は自己が株主であることを抗告人に対抗するための要件を欠くことになる。
(2)次に、抗告人が相手方に対し会社法172条1項所定の価格決定申立権の行使に個別株主通知がされることを要すると主張することが,信義則に反し,権利の濫用に当たるか否かについて検討すると,上記(1)で説示したところによれば,抗告人が,相手方が株主総会の基準日及び取得の基準日の株主であると記載された総株主通知を2回にわたって受けるなどしていたことをもって,相手方が,その間抗告人の株式を保有し続けており,その価格決定申立権の行使を否定すべき実質的な理由がないことを抗告人が知っていたと断ずることは困難である。原審の指摘する事情をもって,抗告人が,自らが株券電子化会社であることを奇貨とするものであるとも,背信的悪意者に準ずるものであるともいうことはできず,他にその主張が信義則に反し,権利の濫用に当たると評価し得るような事情もうかがわれない。
したがって,抗告人が上記のとおり主張することが,信義則に反し,権利の濫用に当たるということはできない。
5 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。上記の趣旨をいう論旨は理由があり,その余の抗告理由につき判断するまでもなく,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,相手方の価格の決定の申立てを却下した原々決定は,結論において是認することができるから,原々決定に対する相手方の抗告を棄却することとする。
そのほか、個人の方であっても、知人の逮捕などの刑事事件、交通事故の示談交渉、解雇、敷金返還・原状回復義務や借金の返済、残業代の請求、遺言や相続などでお困りの方は、弁護士にご相談ください。