今回は、
残業代請求に関する判例を紹介します(つづき)。
4 時間外労働(残業)について
(1)ア 上記認定事実によれば,太郎は,被告と養成社員としての雇用契約を締結した上,平成14年4月1日から被告に入社し,同年5月29日から本件作業所に配属されたことが認められる。しかし,この配属先の作業所における工事は,山岳地での工事であり到底この工期で完成することはできないものであり,仕事内容は,経験を積んだ者でさえ過酷であると感じるほど厳しいものであったため,新入社員で一から仕事を覚えなければならなかった太郎にとっては,荷が重すぎる現場であったことが認められる。それでも,太郎は,養成社員として入社した以上,父の経営する甲野建設株式会社に恥をかかすわけにはいかないと考え,毎日夜12時以降に帰宅するほど残業し,概ね休日の土曜日も出勤し,日曜日も出勤する場合があったことが認められる。そのため,太郎は,疲労がたまり睡眠不足となり,休みの日曜日は昼過ぎまで寝ている状態であり,平日は風呂に入ることもなく就寝していることが多かったことが認められる。
イ ところが,被告では,平成13年ころから管理職手当対象者以外の者に対して時間外労働(残業)の1か月の時間数について,基本的には20時間で調整し,残業の多い現場では50時間で調整するようにしており,本件作業所でも,残業は毎月50時間で出勤管理表に計上させるようにしていたため,太郎がどんなに長い残業をしていたとしても,1か月50時間分の時間外労働(残業)割増賃金しか支給されなかったことが認められる。また,被告では,休日出勤については,月1日のみを出勤管理表に計上し,残りは後日振り替え扱いとすることが統一された処理となっていたため,概ね土曜日には休日出勤していたにもかかわらず,月1日のみの休日出勤分の割増賃金しか支給されていなかったことが認められる。
ウ これに対し,A所長は,本件作業所における作業員の就業状況をふまえて,1月50時間の残業代では不十分であるとして,不足分を遡って支払いたいと被告土木部のN次長に相談していたが,この時には支払われておらず,むしろ,A所長は,作業員に残業をしないで早く帰るよう声をかけることはあったものの,本件作業所が工期に無理のある工事現場であったことから,本当に残業しないで早く帰っていては実際の仕事が回っていかないことを十分わかっていたので,それ以上に,早く帰らせるための具体的な措置を講ずることはしていなかったことが認められる。
エ その結果,太郎は,健康状態も良好であったにもかかわらず,体重が被告入社時から十数キロも激減し,顔色が悪くなって,睡眠不足を訴えていたにもかかわらず,養成社員として被告に入社していたことから,睡眠不足などから体調が悪いといって休みを取ると,上司からどんな悪口を言われるかわからないし,ひいては原告一郎の経営する甲野建設株式会社の名を辱めることになりかねないと考えて,本件作業現場の工事が完了するまで頑張らなければ,という思いから,交際相手との電話をする時間を削ってでも,無理をおして仕事に専念していたことが認められる。そして,このような外形的にも見て取れる太郎の体調の変化があったにもかかわらず,本件作業所で一緒に仕事をしていたA所長,B工事長や指導にあたったCらは,何ら太郎の体調を気遣うことなく,むしろ,昼休みに休んでいると,寝ている暇などないと怒鳴ってくるような対応をとっていたことが認められる。
オ このような状況を見かねた原告一郎は,平成15年11月ころ,被告土木部のH次長及びA所長が,衆議院議員選挙の選挙運動の一環で甲野建設株式会社を訪れた際に,太郎の残業時間が余りにも多いので改善するとともに,絶対に事故が起きることのないよう要望したところ,A所長は,毎週水曜日をノー残業デーにしたものの,作業所内部でそう申し合わせただけであり,どんなに仕事が忙しくても残業できないようにするといった徹底はなされていないため,忙しい本件作業所では実効性の乏しいものであったことが認められる。
カ そして,被告では,本件作業所において,太郎をはじめとする管理職手当対象者以外の作業員に時間外労働(残業)割増賃金を一定額以上支給していなかっただけでなく,そもそも,労働基準法第32条所定の労働時間を1日につき6時間,3か月につき168時間,1年につき672時間延長する旨書面による協定が,平成15年4月以降労働基準監督署に届け出られていないことについて把握していない上,本件作業所における作業員の就業時間・残業時間について,タイムカードはなく,工事日報も記載していなかったため,被告本社における勤務管理者であるP土木部長はもとより,本件作業現場の勤務管理補助者であるA所長でさえ,各作業員の正確な就業時間・残業時間について把握することが困難な状態であり,本件作業所の警備記録から推認するよりほか方法がないほど,社員の就業時間に関する管理は極めてずさんなものであったことが認められる。
キ このようにして,太郎は,本件作業所において,恒常的に時間外労働(残業)をせざるを得ないような立場におかれ,上司であるA所長もそれを承知の上で,残業させていたところ,平成16年1月になると,本件作業所で行っている工事の工期(同年2月)が迫り,発注者から最終の変更図面や工事数量の計算書を同月13日までに提出するよう指示があり,そのため,変更部分の数量計算の補助をしていた太郎の仕事量がさらに増え,より一層残業が増加し,およそ水曜日のノー残業デーを守れるような状況ではなくなり,同年1月5日から連日のように深夜まで残業が続いたことが認められる。そして,同月12日には,太郎は徹夜でパソコン作業に当たってなんとか同月13日の発注者への最終の変更図面や工事数量の計算書の提出期限を守ることができたことが認められる。
(2)これらの事実からすれば,太郎は,被告に入社して2か月足らずで本件作業所に配属されてからは,極めて長時間に及ぶ時間外労働(残業)や休日出勤を強いられ,体重を十数キロも激減させ,絶えず睡眠不足の状態になりながら,一日でも早く仕事を覚えようと仕事に専念してきたことが認められる。それにもかかわらず,被告では,時間外労働(残業)の上限を50時間と定め,これを超える残業に対しては何ら賃金を支払うこともせず,それどころか,太郎がどれほどの残業をしていたかを把握することさえ怠っていたことが認められる。原告一郎から太郎の残業を軽減するよう申入れがあったことに対しても,およそ不十分な対応しかしていない。
このような被告の対応は,雇用契約の相手方である太郎との関係で,その職務により健康を害しないように配慮(管理)すべき義務(勤務管理義務)としての安全配慮義務に違反していたというほかない。したがって,この点に関し,被告には,雇用契約上の債務不履行責任がある。そして,同時に,このような被告の対応は,太郎との関係で不法行為を構成するほどの違法な行為であると言わざるを得ないから,この点についても責任を負うべきである。このことは,後に,被告が時間外労働(残業)割増賃金及び深夜労働割増賃金を全額弁済供託したからといって異なるところはない。もっとも,本件全証拠によっても,被告は,原告一郎との関係で準委任契約を締結したとは認められないから,被告にこの点に関する責任までは認められない。
(3)この点,被告は,本件作業所については,適正な労働時間の管理のもとで施工することを考え,その契約金額に比して多くの技術職員を投入していたとか,A所長から人員増員を求められたのに応じて増員していることなどをあげて,被告が時間外労働(残業)に配慮していた旨主張するが,上記認定事実のとおり,被告は,本件作業所の作業員の時間外労働(残業)の実態さえおよそ把握してもいないことからすれば,この点に関する被告の主張は到底採用できるものではない。
5 パワーハラスメントについて
(1)上記のとおり,太郎は,長時間に及ぶ残業を行い,休日出勤をしてまで被告の本件作業所において仕事に打ち込んでいたところ,太郎の指導に当たったCは,太郎に対し,「おまえみたいな者が入ってくるで,M部長がリストラになるんや!」などと,理不尽な言葉を投げつけたり,太郎が甲野建設株式会社の代表取締役の息子であることについて嫌味を言うなどしたほか、仕事上でも,新入社員で何も知らない太郎に対して,こんなこともわからないのかと言って,物を投げつけたり,机を蹴飛ばすなど,つらくあたっていたことが認められる。
また,太郎は,Cから今日中に仕事を片づけておけと命じられて,1人遅くまで残業せざるを得ない状況になったり,他の作業員らの終わっていない仕事を押しつけられて,仕事のやり方がわからないまま,ひとり深夜遅くまで残業したり,徹夜で仕事をしたりしていたことが認められる。
そのほか,Cからは,勤務時間中にガムを吐かれたり,測量用の針の付いたポールを投げつけられて足を怪我するなど,およそ指導を逸脱した上司による嫌がらせを受けていたことが認められる。
このような状況においても,太郎は,養成社員として入社した身であるから仕方がないんだと自分に言い聞かせるようにして,Cに文句を言うこともなく我慢して笑ってごまかしたり,怪我のことはCに口止めされたとおりA所長らにも事実を伝えず,一生懸命仕事に打ち込んできたことが認められる。
本件交通事故が発生した日の前日も,太郎は徹夜でパソコン作業に当たっていたが,このとき,一緒に残業していたのは数量計算等を行っていたB工事長のみであり,他の作業員及びA所長は帰宅しており,太郎の仕事を手伝うことはしなかったことが認められる。なお,A所長に至っては,勤務時間中にリフレッシュと称して度々パソコンゲームをしており,太郎の仕事を手伝っていた様子はうかがえない。
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