昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~ (四百二十三)

2024-05-14 08:00:00 | 物語り

 五平と真理江との式は地味なものとなった。
武蔵にしろ佐多にしろ、品格のある一流ホテルでと考えた。
しかし真理江がどうしても納得しなかった。
となり近所には体調を崩してのことと、なっている。
離縁されての実家がえりとは知らせていない。
 しかし真理江が戻ってそろそろ半年を過ぎようかとしていることもあり、「離縁されたのよ、きっと」、「あの気性では、お姑さんとはねえ」といった陰口がとびはじめた。
真理江としては離縁の理由が、跡取りを産めぬことだとは知られたくない。
子の産めぬ石女だからとは知られたくない、あくまで姑との諍いからとしたいのだ。
そんな中いまさらのこと、ことさら大げさな華燭の典などしたくない。
できれば誰にも知られることなく、実家からはなれたいのだ。
ましてや、相手は風采の上がらぬ男だ。
婚姻の条件として、次期社長にという約がある。
せめても会社社長婦人として、面目だけは保ちたい。

 しかし入籍だけでよいという真理江の願いは、さすがに受け入れられない。
五平はそれでもよいと思うのだが、それではけじめがつかないと佐多が言い張った。
前夫のことを引きずらさないためにも、式だけは上げさせたいと願う佐多だった。
 婚姻話が外部にもれたとき、佐多家側からの漏洩は考えられず、「案外のところ、御手洗社長の策略か?」と疑いを持った。銀行にとっては何のプラスもないことだが、資金繰り悪化が噂されている富士商会側にとっては、これ以上の援軍はないはずだからだった。支店長あての電話が、毎日朝から引きも切らず
「あたしどもも宴に参列させてもらえれば」と申し出る取引先がほとんどだった。ふたりの結婚を祝するためではなく、新婦の父親である佐多との、ひいては三友銀行とのつながりを持ちたいがためのものであることは自明の理だった。
しかし真理江の思いをおもんばかって、すべてを丁重に断ることにした。

 五平には家族と呼べる者がいないことから――というよりは五平が家族を呼び寄せることを嫌がったことからなのだが――ほんの身内だけのこととなった。
武蔵の出席がかなわぬことが五平にとってはこころ残りではあるが、小夜子を新郎側の主賓とし徳子に服部そして竹田を出席させることとなった。
真理江側は再婚であること、さらには新郎側との人数あわせの意味もふくめて、両親と弟そして親戚を代表して叔父ひとりが出席した。
 武蔵の華燭の典が、新郎側の地でなく小夜子の実家で行われたことに、
「こちらでもやらんことには格好がつきませんよ」と、五平が注進した。
 しかし武蔵は、
「いいさ。取引先にはすでに広まっていることだし」と、相手にしなかった。
「それに、小夜子のじいさんは、たぶん納得していないだろうだろうからな」と、茂作を気づかってのことだとにおわせた。
ということでひっそりと、流行りはじめた神社での式を挙げた。

 五平の自宅にはわかがいる、いやいたのだ。そんなわかを追い出す形となってのことだ。
華々しいことはさけたいというのが気持ちもあった。
そしてなにより、武蔵の入院中という大義名分があった。
取引先に対しては、五平と佐多家との連名で挨拶状を送付している。
そのことだけで十分なこととした。

 問題はそこではなく武蔵の後継として、社長就任をその挨拶状に書き込みたいという佐多の言だった。
武蔵はもちろんそれでいいと快諾しているのだが、五平が頑としてそれは拒否した。
武蔵の引退が近いと誤解を与えかねない、というのが五平の言い分だった。それでは佐多の思惑通りに事が進んでしまうと、武蔵を説得した。
そして佐多に対しては、まだ社内での根回しがすんでいないことを理由にした。
さらにはいまの時期での社長交代は、社外的にみて会社乗っ取りと思われてしまうのではと難色を示した。

 その五平の説得に佐多は納得したのだが、真理江が難色をしめした。
武蔵との口約束にすぎないのではいやだとゴネて、念書にしてほしいと詰めよった。
それには五平が首をたてにふらず、さながら主導権あらそいの様相を呈した。
結局は、五平の「いかにも、という感じですな。それは、世間体が悪い」ということばで決着がついた。
そのことを武蔵に報告したとき、意外なことばを聞かされた。



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