昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空~(十六)迫真の演技だったでしょ

2015-09-05 09:27:41 | 小説
呆気にとられている彼に気付いた女性は、
「ねえねえ。少し、付き合わない? 正直、飲み足りないのよね」
と、声を掛けてきた。
「えっ、さっきまで…その…戻されたんでしょ?」
「アハハハ。見てたの? 迫真の演技だったでしょ。戻してなんかないわよ、そう見せかけただけ」

「都会の女は、魔物じゃ」

茂作の言葉が蘇る。彼は言葉を失った。
有無を言わさず、その女性は彼を引っ張った。
「行こっ、行こう」と、彼の腕に腕を絡めてきた。

「で、でも…。僕、貴女の事何も知りませんし…」
「そうかっ! 自己紹介しなくちゃ、ね。私、けいこ。
ほたるの子と書いて、蛍子と読むの。職業は、証券レディ。で、貴方は?」

切れ長の目が、怪しく光る。
良く見ると、美人だ。正統派美人で、目鼻立ちが整っている。
麗子とは対極にある、平安美人だった。

「ぼ、僕は、、」
「いい、いいわ。どうせ、一夜限りの男だもん。
そうねえ、アキラにしましょ。いいこと、アキラよ。
職業はねえ、そう、私の部下。今年入社したばかりの、新人証券マン。
只今、レクチュア中」

店々のシャッターが下りている本通りを、グイグイと彼を引きずるように歩いていく。
パチンコ店のシャッターには大きく「Wellcome」と描かれていた。
隣は薬局で「おめえ、へそ、ねえじゃねえか」とからかわれるカエルのケロちゃん人形がある。

その隣はそば屋さんで、デパートの井上にご馳走された店だった。
「酒の後のそばは、いい。実に美味い。ラーメンも確かに美味しけれども、ぼくは日本そばだね。
それも、信濃そばに限る。この店のそばは、信濃直送なんだよ。なあ、大將! そうだろ?」


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