昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

にあんちゃん ~介護施設で働き出した~(十九) 

2016-02-15 09:20:47 | 小説
 トイレの前に着くと「うんこが出る、出る」と騒ぎ出した。
車いすから抱きかかえた途端に、思いも寄らぬ行為に坂本が出てきた。
そのままトイレの中に押し込まれてしまった。

 もみ合うほのかと坂本だが、老人とは思えぬほどの力強さで、中々に抗(あらが)うことができなかった。
ほのかの心に恐怖心が湧き上がり、体が硬直してしまった。
声を出そうとするのだが、のどに何かが詰まっているようで出なかった。

 壁という壁がグニャグニャと形状を変えて、ほのかに襲いかかる。
壁から白い手が伸びてきた。
逃げ惑うほのかに対し、左右上下から伸びてくる。

五本六本そして十本と、逃げれば逃げるほど無数の手に増えてくる。
腕に足に、そして胸に伸びてくる。
脱力したほのかが崩れるように床に座り込んだとき、
「なにしてるの!」
 田上が叫んだ。

「いやらしいわね、あんた! こんな所に連れ込んだりして。誰かあ!」
 職員が駆けつけたが、興奮状態の坂本を抑え付けるのに職員三人がかりとなった。
「フーフー」と荒い息づかいのまま、自室へと押し戻された。
ほのかが陵辱寸前だったことは誰の目にも一目瞭然だった。
しかし田上だけは
「小娘が、この小娘が! あたしの坂本さんを、坂本さんを…」
 と、眉をつり上げてがなり立てていた。

 ほのかは怯えた表情のまま、ひと言も発しなかった。
「ほのか、大丈夫か!」
 次男が飛び込んできた。
制服を引きちぎられてほぼ下着姿のほのかを見た途端に、男性職員に殴りかかった。
「お前か、このヤロー!」
「ち、違いますよ。坂本さんですよ」

 次男の剣幕に恐れをなして、不用意に口にしてしまった。
「落ち着いて下さい。大丈夫ですから、無事でしたから」
 急報で駆けつけた施設長がなだめにかかるが、次男の怒りは収まらない。
すぐさま坂本を見つけ出して殴りつけた。
「違う、違う。あの娘(こ)は、良いんだ。わたしは良いんだ」
 訳の分からぬ言葉を発し続けた。

「良いんだ、あの娘はわたしが良いんだ」
「良くねえよ! なんでお前なんかが!」
 田上の急報で駆けつけた警察によって、次男は暴行罪の現行犯で逮捕された。


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