昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[舟のない港](十八)

2016-03-22 09:11:39 | 神社・仏閣
麗子の体が小刻みに震えている。
男には麗子の気持ちが手に取るようにわかった。
やはり気が強くても女だ、心細かったのだろう。
しかし今夜は、もう少し気が付かぬふりをしてやろうと思った。
その裏には、いつも一線を画して拒み続ける麗子への反発心があった。
いつかは結婚するんじゃないか、と男は思う。
しかし今はまだそのことを口にしていないだけに、それ以上強いることを、止めていた。

「寒いのか?」
「ううん。どうして?」
「だって体が震えてるぜ」

無言のまま、麗子は男に体を預けた。
そして、肩に置かれていた男の手を自分の胸に押しつけた。
決して言葉では言わなかった。
そして又、今夜のようにあからさまに要求することはなかった。
それとない素振りで、男の心をそそるだけだった。
そしてその事に男が気付かずにいると、憮然として「帰る!」と言い出すのだった。

男はベッドに腰を下ろすと、麗子を膝の上に抱き抱えるようにして、長いキスを交わした。
やはり今夜は違う。
麗子が積極的に男に応えてくる。
そんな始めてのことに、男は戸惑いつつも応じた。

「今夜はどうする? 電車はもうないだろう。タクシーでも呼ぶかい?」
「意地悪! ムードを壊さないで」

男が麗子にのし掛かった。 
「やっぱり、だめ‥‥」
強い言葉ではなかった。
麗子にしては珍しくも、弱々しい言葉だった。
男の強引な行為を声では拒みつつも、はっきりと拒むわけではなかった。

しばし静寂の時が流れた。
男は満足感に浸りながら、腹這いになってタバコに火をつけた。
余韻に浸っていた
。麗子は、放心状態だった。
大の字になって、天井を見つめている。
どれ程の時が立ったろうか、麗子の口から出た言葉は、予期していたとはいえ男の心を動揺させた。
「わたしたち、もう一心同体ね。ねえ、浮気はダメよ。絶対よ!」
「ああ、勿論だよ」


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