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聖エラスムスの殉教 (聖人列伝1)

2005-10-31 | Europe ところどころ
「悪いことをすれば罰せられる」という教義と「死刑囚=大罪人」という共通認識によって、写真や絵にされた処刑の場面をこっそり見物してしまう私たちは、不道徳の謗りから守られている。と前回の記事で書きました。

ところが、キリスト教世界では、かなり事情が違ってきます。そもそも信仰を広めるために使われた偶像自体が「磔刑」の図像で、「磔刑」に処せられたのは、大罪人ではなく、救世主キリストです。彼はこの世の人々の身代わりとなって十字架に架けられたわけです。この偶像を見るにあたり、無信仰な異教徒ならば「見物」「娯楽」の側面があっても構わないのでしょうが、キリスト教の敬虔な信徒においては、そうはいきません。

このような複雑で、ある意味屈折した図式は、キリスト教全般に見られます。ヨーロッパを旅していると(やっと旅ブログらしくなってきました)、いろいろな街で守護聖人を祀った教会があり、聖人を描いた絵が見つかります。聖人とは、信仰と功徳において抜きん出た人たちのことですが、キリスト教の教えを守って殉教した場合が多く、彼らが描かれた絵にも、迫害、拷問、処刑という惨い扱いを受けているシーンが多いのです。ただそれらは「磔刑」に処せられたキリストほどに厳粛なものではなく、不謹慎ではありますが、多分にコミカルなものが混じっています。これらの絵を見るにあたり「見物」「娯楽」の側面が許されているということなのでしょうか。

例えば、ローマ・ヴァチカン美術館には、ニコラ・プッサンの描いた「聖エラスムスの殉教」という絵がありますが、うわー。なんとエラスムスは血を一滴も流さずに、その内臓を「巻き上げ機」によって巻き上げられています。後ろで巻き上げ機を回している人がどこかのんきな感じです。中国でも同様の刑が「抽腸」と呼ばれ、明代に行われていたそうです。


前の天使が左手に持っているのは棕櫚の葉で、殉教者が死において勝利したことを象徴するものです。右手に持つ月桂冠も勝者に与えられるものです。背後の棍棒を持つ像はヘラクレスでしょうか。こちらも勝利のシンボルのようです。(調べていたら、この絵は平成元年に来日し「ヴァチカン美術展」で展示されていたことがわかりました)

ベルギーのルーヴェンにある宗教美術博物館は、聖ペトロ参事会教会内にあるのですが、そこにも「聖エラスムスの殉教」があります。ディーリック・バウツの描いた祭壇画なのですが、こちらはプッサンの絵より「内臓巻き上げ機」の仕組みがよく判ります。最初にこの絵を見たときは、寄生虫を巻き上げているように見えました。上のプッサンの絵ほど生々しくはないし、エラスムスも痛そうにしていません。エラスムスの頭の傍らに置かれているのは司教の冠で、エラスムスがシリア・アンティオキアにおける司教であったことを示すものです。


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