せごどんでの演技を皆さんあちこちで絶賛してらっしゃる。
これはどれもその通りで、頷けるものばかりなんだけれど、絶賛されればされるほど反対の意見を並べる方も出てくる。
これは避けて通れないんだろうね。
でもでも、話題になるのはとても良い事。
中盤以降、亮ちゃんを知らなかった方々が錦戸亮という俳優を認識してくださって、1人でも多くの人に認められるといいなって思う。
最近、貴重な言葉を聞いた。
演じるとは演じないこと
自意識を捨てて演じること
亮ゃんがどんな役を演じてもその人にしか見えなくなるのは、この2つが出来ているからなんだと思う。
考えて考えて作ってく役作りじゃないってこと。
その場の雰囲気、相手の役者さん対峙して自然にうまれる感情を大切にしているって話してたよね。
亮ちゃんの演技について、わたしはいつも何て言っていいかわからなかった。
うまいとか、素敵とか、なりきってるとか、
どれもありきたりで、そんな言葉で済ませたくないって思ってしまって。
この2つの言葉を聞いて腑に落ちと言うか、やっと亮ちゃんの演技に対する、わたしの気持ち?答えが出た気がします。
亮ちゃんの演技は常に無意識で、演じていないからこそ惹きつけられるんだって。
ちなみに上は、緒形拳さんの言葉で、下は白石加代子さんの言葉です。
出来そうでなかなか出来ないのだと、白石加代子さんは『サワコの朝』でおっしゃっていました。
演じるとは、本当に奥が深く感性とか天性の素質も必要なのかも知れませんね。
せごどんでの亮ちゃんの演技を見て、改めて色々考えていたのでした。
寺田屋事件は
悲しいお話で涙涙になってしまうので、気持ちを切り替える為に、いつもの『歌うたいのバラッド』を聞いています‥
亮ちゃんに対して好きって言葉は簡単でありきたりだけれど、やっぱり本当に大好きな人です。
でも、それ以上にとっても尊敬してる。
願いが叶うなら、一度でいいから亮ちゃんの頭の中を覗いてみたい。
亮ちゃんと言葉を交わす願いより、考えていることを知りたいっていつも思う。
亮ちゃんほど言葉に対して臆病で、自分の言葉を常に俯瞰的に発していて、考え過ぎるから逆に話せなくなっちゃうような人、見たことない(笑)
出来るだけ嘘をつきたくないからなんだろうね。
亮ちゃんの頭の中は、数字漢字音符セリフ‥とにかく、たくさんのことが難しい計算式みたいに羅列してるって本気で思ってる。
勝手に妄想させてください(笑)
そんな錦戸さんが今日も愛しいです‥