経営者フォーラム 東京ランド株式会社

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花見酒の経済

2016年08月14日 | 日記
株価の値上がりが続き、景気回復の期待が高まっている。安倍政権は2%というインフレ目標を掲げ、物価上昇の流れを作り出す狙いだ。

 住宅ローン減税の拡充案も検討され、ゆうちょ銀行も住宅ローン市場に参入するから、地価もこれからは上昇に転じるかもしれない。まさに、「株もモノも土地も、上がっていく」という気運だ。

 だが、そうは言いながら、いまの日本経済には実体的な力強さを感じないのも事実。しょせんは、安部政権のアベノミクスという経済政策がつくり出す新たな「バブル」に過ぎず、どこまで膨らみいつ破裂するのか、不安視する声も少なくない。

 ところで、こうしたバブル萌芽期に決まって語られる話がある。「花見酒の経済学」だ。落語の演目「花見酒」にちなんだ一種の例え話だが、今では本歌である落語も、その替え歌である経済論も、知らない人が少なくないだろう。

 今回は、「花見酒の経済学」について、解説しよう。


酒は全部売れたのに手元には1000円だけ


 まずは落語の花見酒。現代風にアレンジすると、こんな話だ。

 桜の季節に、長屋に住む兄貴分の熊さんが、弟分の辰さんに持ちかけた。

 「安い酒を仕入れて、花見客に高く売りつけ、ひともうけをしよう」。

 1本1000円で仕入れた一升瓶を10本、背中に担ぎ、花見客で賑わう公園に出かけた。1合を1000円で売れば、1升で1万円。全部で10万円の売上げになる。仕入れの費用の1万円が、10倍になる計算だ。

 ところが、長屋から花見の場までは遠い。途中で熊さんが言った。

 「おい、1000円を払うから、おまえの背負った一升瓶から一杯だけ飲ませろ」。

 その1000円を受け取った辰さん。次は自分が、「おいらも飲みたくなった。1000円で一杯、売ってくれ」。

 これを繰り返しているうちに、二人ともへべれけに。花見の場に着くころには、背負った酒はすっからかんになり、手元には1000円だけが残った。
 いやはや、これはどういうことか。

 「酒が全部売れたのだから、10万円あるはずなのに、なんで1000円しかないのだろう!」

 二人は顔を見合わせた。


バブルは花見酒と同じ

 さて、この落語を、最初に日本経済に当てはめて論じたのが、笠信太郎氏だった。高度成長期まっただなかの1962年、朝日新聞の論説主幹だった笠は、著書の「花見酒の経済」(朝日新聞社刊)で、日本の急激な反映ぶりを「花見酒のような危うさがある」と警告した。

 以後、この「花見酒の経済」という考え方は、景気が急上昇へと向かう局面になると、繰り返し語られる。

 それは、こういうことだ。例えば地価の上昇。土地の値段が上昇をしはじめると、その土地を担保にして銀行が融資をする。融資をもとに土地を買えばさらに地価が上がり、銀行はさらに融資をするから、また土地が買える…。バブルの発生だ。

 笠信太郎は、このような現象と花見酒との類似性を指摘した。お金が行ったり来たりをするうちに地価がどんどん上昇していくのは、花見酒のように、見せかけの幻ではないかと訴えたのだ。

 熊さんも辰さんも、もし酒をきちんと花見客に売っていれば、手元に10万円の売り上げが残ったはずだ。さらに、それを元手にまた酒を仕入れてまた商売をすれば、もっと大きな利益だって手にできたかもしれない。
 ところが、自分たちだけで売った買ったを繰り返しているうちに、確かに売り上げは計上されたのに、手元には1000円しか残らなかった。

 バブルとはこのように、実体をともなわない砂上の楼閣のような金の往来ではないのか。ここに、「花見酒」の警句がある。


経済は実質的に成長している

 しかし、そこには一つの落とし穴があることにも、注意が必要だろう。この話を聞くと、多くの人はしばしば、「熊さんと辰さんの売買は、利益を生まなかった」と考えがちだが、それは間違いだ。

 花見酒を、GDP(国内総生産)に当てはめて考えてみよう。すると、どうなるだろうか。つまり、花見客に酒を売った場合と、自分たちで飲んだのとでは、GDPはどう違うだろうか。実は、同じなのだ。つまり、GDPはどちらも10万円である。

 GDPとは最終消費物の販売価格の合計である。生み出された付加価値の合計といってもいい。この最終消費物の総額は、熊さんと辰さんが飲もうと、花見客が飲もうと、どちらも同じだ。つまり10万円である。

 ところが、落語の花見酒では、この10万円がまるで消えたかのように見える。なぜだろうか。

 いや、消えてはいないのである。10万円は、「酒を飲んでいい気分になった」という「効用」に費やされた。そして、この「効用」を手に入れる消費者が、熊さんと辰さんなのか、ほかの花見客なのかという違いはあるが、GDPとしての差はない。

 ここに「花見酒の経済」がもつ、ちょっと深い問題がある。つまり、バブルも同じなのだ。土地や株の値段が上昇する過程で、経済が実質的に成長していないかというと、そんなことはない。一部は賃金にまわったり、一部は設備投資にまわったりして、成長は起きている。

 花見酒では、熊さんも辰さんも、「酒をついで手渡す」というサービスを提供した。そして、そこで得た利益を消費し、「酒を買う」というかたちで、財を獲得している。これが経済学の考え方だ。

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本当の経済的自由とは?

2016年08月13日 | 日記
お久しぶりです。

以前故中島先生の所でお世話になりました根本です。
先生が生前、信用が大事なことを話しておりましたを思い出しブログに書きたいと思います。

「本当の経済的自由とは?」 というテーマでお話ししたいと思います。
起業家・投資家の多くが読んだであろう、 ロバート・キヨサキさんが書いた
「金持ち父さん貧乏父さん」。
この中に、経済的自由という概念が出てきます。
ロバート・キヨサキさんによると、経済的自由とは、
「仕事をしなくても生活していける状態」 と定義されています。
より細かくは「裕福度」という指標で図る、 と書かれていますが、今日は割愛しますね。
そして、ロバート・キヨサキさんの本には、 「不労所得」という概念も出てきます。

不労所得とは、「自分が働かなくても入ってくる収入」 という意味です。
この経済的自由と不労所得をつなげ、経済的自由を得るために、不労所得を得ましょう。
という考え方になるわけですね。

では、経済的自由を達成した人は、 その後はどうなっているのか?
こういう事実を知ることが非常に大切です。
例えば、一時期「セミリタイア」という
言葉が流行りました。
本来の定年を待つことなく、 早々に稼いで仕事を辞める。
そして、仕事がしたくなったら、 また自分の好きなタイミングで
仕事を再開すれば良い。
そんな発想です。たしかに経済的に自由になったのであれば、 そういうこともできそうですよね。
まさに夢のような世界です。
ところが、現実はそうではありません。

セミリタイアした人は、時間の経過とともに、どんどん収入が落ち始めます。
ビジネスで経済的自由になった人は、 そのビジネスの顧客が減少します。
不動産投資で経済的自由になった人は、 どんどん空室が増えていきます。
1年で年収が半分というのはザラで、 10分の1になった知り合いもいます。

彼らは、 セミリタイアなんかしない方が良い、と言います。
一度、経済的自由に到達すれば、 その後の人生はハッピー。
そんなイメージがあるのに、 現実は違っています。
なぜ、このようになってしまうのでしょうか?

答えは、

目に見えるお金だけを追いかけて、その根本である信用を失ったからです。
日本の資本主義の父、 故・渋沢栄一先生は、「商業の徳義で最も重要なるは『信』である」
とおっしゃっています。

少し変な話をしますが、 私たちは、なぜスーパーでモノを買うとき、
お金を前払いするのでしょうか?
少し大変かもしれませんが、スーパーで買ったものを家に持ち帰り、
それを使って良いものであれば、 後でスーパーにお金を払う。
という流れでも良いわけですよね。
スーパーで買った段階では、 それが良いものかどうか、わからないわけですから、
使ってみないとわからないですよね?
こういう仕組みであれば、 消費者にリスクはありませんしね。
では、なぜスーパーでモノを買うとき、 ある意味では、前払いをしているのでしょう?
もちろん、そんなことをしていたら面倒、 ということもありますが、

一番の理由は、
そのスーパーのことを信用しているからです。
スーパーのことを信用しているから、 お金を前払いできるわけですよね。
つまり、 私たちは信用があるところにお金を払います。
逆に、信用がないところには、 お金を払う気が起こりません。

初対面の人に、
お金を貸してくれと言われても、 それはやっぱり難しいと思うわけです。
それでは、 本当の経済的自由とは、 何でしょうか?
それは、安定した収入もさることながら、それを支える根本となっている、
大きな信用があることです。
あの人に物を頼めば、 必ず期待以上のことをやってくれる。
そういう評判が少しずつ積みあがって、 やがて大きな仕事も任せてもらえるようになります。
その信用こそが、 私たちに大きな収入をもたらします。

まとめると、

本当の経済的自由とは、「十分な収入」があること、そして、それを受け取ることを許されるぐらいの
「大きな信用」があることです。
この両者が対になっていないといけません。
お金の勉強をはじめたばかりの人は、 つい数字だけを追いかけがちです。

そのため、 投資で経済的自由を達成しようと考えてしまいます。
しかし、これでは、 十分な収入はあるかもしれませんが、
大きな信用は得られていません。

そのような形で、 お金持ち(成金)になったとしても、
何かのきっかけでお金は失われます。もし、みなさんが経済的自由を欲しいのであれば、
「十分な収入」と「大きな信用」。
この2つの対にすることを、忘れないでくださいね。
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「カネを積むより信用を積め!」

2016年08月12日 | 日記

故中島先生の著書から

大学を卒業するとき、勤め人ではなく事業家として生きる道を選んだ私に父は反対
せず、ただひとこと、そう言いました。

「カネがある方がいいに決まってるじゃないか。『信用』っていったい何なんだ。」 
若かった私には『信用』の持つ意味が、よくわからなかったのです。 父の言わんと
する事を理解するには、長い時間が必要でした。 

私はこれまで15種類近くの事業経験を重ねてきました。 
現在の私はこの大不況の中、負債に苦しむ企業(個人)をサポートし、再生させる
仕事に携わっています。 
これまで実に3000組以上の相談者が私の元を訪れました。

人生の土俵際に追い込まれている相談者に、私はまず父の言葉を伝えるようにして
います。 
急迫している相談者に「カネを積むより信用を積め」「それこそが企業再生、人生復
活の源になる」という言葉は悠長に聞こえるでしょうか?
  「とりあえずのカネに困っているのに『信用』なんて言ってる場合か!」 と一喝さ
れてしまうでしょうか。 

しかし、大勢の相談者が何故私の元を訪れているのか、考えてみてください。 
目先のカネで何とかその場をやり過ごし、次のピンチをまた目先のカネでやり過ごす。
私の目の前にいるのはその繰り返しで経営を蝕まれた相談者達です。

悪循環を断ち切らずして、復活はありません。資金繰りに窮している会社にも、財産
はあります。
それが「信用」です。 
どの会社にも、これまで培ったノウハウや人脈があるはずです。
それを大切にすれば、敗者復活戦が可能なのです。

信用は儲かるのです。
信用のある人には応援団が付くからです。
お客様がお客様を連れてきてくれます。
多くの相談者は、かつて法律家に相談した経験を持ちます。
しかし一様に自己破産をすすめられるそうです。
彼らもやはり目先の債務整理でしか物事を判断しません。

法律家とは一線を画した「実務家」を自認する私は、「信用こそ財産」の前提に立
って会社経営を健全化させる具体的なノウハウを提供したいと思います。

実務は法律を凌駕するのです
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実務家通信10号

2016年07月25日 | うんちく・小ネタ
積小為大
兎角俗人は小事を嫌って大事を望むけれども、大事は小事の積もった結果です。
ですから、小を積んで大をなすほかに方法はないのです。
茶碗一杯のごはんも、一粒の飯粒の集まりです。人間の体も一つの細胞の集ま
りです。
会社の経営や個人の生活に必要なお金も小さな労働や収支管理の積み重ねの結
果、叶うのですが、懸命に労することは実行していますが管理は怠っている方
が多く拝見できます。
遣っているつもりで結果が出ていないのは、やっていないのと同じということ
を理解してください。
ですから、結果が出るまでやり続けてください。
先んじて節倹する

一千万円の利益が900万円の利益に減ったら、俗人経営者は借り入れを行う
から翌年も利益が900万円で返済を続けた結果、仮に返済が100万円だ
とすると使える利益は、800万円になりまた借り入れに頼る、この繰り返し
で殆どの企業は荷重債務に苦しみ破綻することになるのである。
しからば、どうするか900万円に減ったなら800万円の経営に切り替えれ
ば良いのである。
難しいなどとは言っていられません。
例えば、片足が壊疽した時は切断して命を取り留めますね。
切断しなければ、命が絶えてしまうと思います。
この理由と同じ、経営を続け関係者の生活を続けたければ小さくする決断と実
行しなければ、破綻の自動運転の道に乗ることになるのです。

※健康維持(肥満解消)
人間の体は糖質が血液に入るとインシュリンが出てエネルギーとなるブドウ糖
に変えて消費しますが、余ると脂肪として蓄えます、これが肥満の原因です。
また糖質と同時に脂肪などを取るとインシュリンが余ったブドウ糖と共に高カ
ロリーの脂肪を伴って蓄えるそうです。ですから糖質制限ダイエットが成り立
つのだそうです。殆どの食材食品には糖質が含まれていますから自ら摂取しな
くても健康でいられます。
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「カネを積むより信用を積め!」

2016年07月13日 | 日記

大学を卒業するとき、勤め人ではなく事業家として生きる道を選んだ私に父は反対
せず、ただひとこと、そう言いました。

「カネがある方がいいに決まってるじゃないか。『信用』っていったい何なんだ。」 
若かった私には『信用』の持つ意味が、よくわからなかったのです。 父の言わんと
する事を理解するには、長い時間が必要でした。 

私はこれまで15種類近くの事業経験を重ねてきました。 
現在の私はこの大不況の中、負債に苦しむ企業(個人)をサポートし、再生させる
仕事に携わっています。 
これまで実に3000組以上の相談者が私の元を訪れました。

人生の土俵際に追い込まれている相談者に、私はまず父の言葉を伝えるようにして
います。 
急迫している相談者に「カネを積むより信用を積め」「それこそが企業再生、人生復
活の源になる」という言葉は悠長に聞こえるでしょうか?
  「とりあえずのカネに困っているのに『信用』なんて言ってる場合か!」 と一喝さ
れてしまうでしょうか。 

しかし、大勢の相談者が何故私の元を訪れているのか、考えてみてください。 
目先のカネで何とかその場をやり過ごし、次のピンチをまた目先のカネでやり過ごす。
私の目の前にいるのはその繰り返しで経営を蝕まれた相談者達です。

悪循環を断ち切らずして、復活はありません。資金繰りに窮している会社にも、財産
はあります。
それが「信用」です。 
どの会社にも、これまで培ったノウハウや人脈があるはずです。
それを大切にすれば、敗者復活戦が可能なのです。

信用は儲かるのです。
信用のある人には応援団が付くからです。
お客様がお客様を連れてきてくれます。
多くの相談者は、かつて法律家に相談した経験を持ちます。
しかし一様に自己破産をすすめられるそうです。
彼らもやはり目先の債務整理でしか物事を判断しません。

法律家とは一線を画した「実務家」を自認する私は、「信用こそ財産」の前提に立
って会社経営を健全化させる具体的なノウハウを提供したいと思います。

実務は法律を凌駕するのです
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