経営者フォーラム 東京ランド株式会社

借金たっぷり真っ赤な赤字企業でも破産も倒産も夜逃げも無用です。一人で悩んでいないで私たちに相談してください。

借金コロガシ 第 6章 貸し渋りと、貸し剥がしの違い

2017年03月21日 | 著書
「貸し渋りと、貸し剥がしの違い」を明らかにしないと不良債権問題の本質
が見えてきません。貸し渋りは、誰にもわかります。貸してほしい人に金を貸
さないことです。貸倒れリスクを事前に避けて通るのは銀行のセオリーの第1
です。かつて、銀行と親密な状態のとき、銀行員が私に教えてくれました。「2
階に上がってくる人には、ご融資はできないのです。」ほとんどの銀行の融資
課は2 階にあります。ですから、お金を貸してほしい人は2 階に上がっていき
ます。
昔から、金を貸してほしい人には、銀行は融資しません。融資金が焦げ付く
恐れがあるからです。お金を借りたい人は、金を作る能力のない人が殆どだと、
銀行は知っています。ですから貸しません。借りたい人は危ない人なのです。
返済能力が十分あると確信できる人にしか、融資はしません。融資できる金
持ち、会社、個人には、銀行員から出向いていきます。ですから金回りの良い
会社の社長は、銀行に出向いたことがありません。銀行に行くのは女子事務員
だけです。借りたい人には貸せない、借りる必要のない人には貸したい。金融
業とはまことに矛盾に満ちた職業なのです。
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貸し剥がしは、金を借りた当人か家族の寝たきり老人や病人の布団を剥がし
て持っていくことから、こう言います。昔は、古着も古布団も商売の種になっ
ていました。引っ剥がし回収は、金貸しの常套手段だったのです。金貸しはヤ
クザを使って引っ剥がし回収をしていました。現在でも回収の現場では、ヤク
ザの手法が採られています。ですから、ヤクザになりたくない人は、金貸しに
ならないことです。
肝心なことは、バブルの生成もその崩壊も「自然現象ではない」ことです。
全ては愚かな権力者が自らの愚かさに気がつかず、愚かな「人為政策」を惹起
させ、多くの国民を破産、倒産に追い込んだのです。
いつの世も権力者には、謙虚さと誠実さは必要ないようです。ですから、政
府が政策を立てたならば、国民は我が身を守る対策を立てておく必要がありま
す。傲慢で無能な権力者に対抗する策、自分が生き残るための手法を考えた国
民は皆、賢くなっていったのです。従順で穏やかな性格の国民は、総決起した
のです。
そして2009 年(平成21 年)8 月末の総選挙で、考える人達になった国民は、
これまでの権力者をソックリひっくり返したのです。約50 年ぶりのことです。
生活苦の原因に気が付いたのか、権力の洗脳から目が覚めたのでしょうか。
考える人達は対極にあるペーパー人間は「覚える人々」です。覚える人は記
憶力抜群で、過去の経験知識には即対応できます。しかし歴史は常に新しい社
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会現象の中でかつてない事件を引き起こします。「バブル現象」も「バブル崩
壊」も歴史の教科書に載っていない現象なのです。過去には無い新しい社会現
象には「覚える人々」であるペーパー人間には即対応はできません。
覚える人々の代表には宮沢喜一元総理大臣と三重野元日銀総裁でしょう。彼
らは二人とも東大法学部出身です。ペーパーテストには抜群に強いのです。し
かし「未知の領域」にはまるで弱いのです。未知の領域のことは、ペーパーに
書いていないから勉強しようがないのです。バブル経済もその崩壊も本には書
いてありませんでした。
しかし歴史は常に未知の領域に挑戦しているのです。その挑戦の積み重ねが
歴史なのです。歴史とはいつも「未知との遭遇」なのです。彼等の経験、知識
には、日本がバブルになっているとか、それが崩壊したとかの認識が全く無か
ったのです。彼らはバブルに無知だったからです。本には書いてなかったから
です。
だから、バブル崩壊した半年後に公定歩合を大幅に引き上げたりしたのです。
大幅に引き下げるべきところ、間逆の政策を取ったのです。これを私は「トチ
狂った5 か月」と呼んでいます。この間逆政策のせいで、日本は「失われた20
年」を迎えることになりました。悲劇的な20 年でした。
お陰で日本人は富を失うだけでなく、命まで失ったのです。職を失うだけで
なく、夢も希望も、自信さえも失ってしまったのです。「過去の囚人」(とらわ
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れびと)の罪は誠に罪深いものがあります。過去の囚人とは、過去の経験知識
が豊富でペーパーテストに強い記憶型人間です。つまり、過去の囚人たちは「今」
に弱いのです。過去の囚人たちには、現在と未来は眼中にありません。現在と
未来はペーパーテストに出てこないからです。
これに対して、現役の企業経営者は今日の売上と売れ筋商品は何なのかが、
最大の関心事です。今日のデータをもとに、明日以降の売れる商品作りをする
のが経営者の任務です。データ+勘がそれを決定します。勘が悪ければ閉店と
なり、勘が良ければ売上と利益率を向上させるでしょう。経営者にとって、現
在のデータ分析と勘の良し悪しが、経営の良し悪しに直結します。
戦前の軍事官僚は、ペーパーテストの成績順で座る席の序列が決まっていた
ようです。軍の将官となる人物を育てる陸軍士官学校と海軍兵学校では、日本
の成功体験である日露戦争が戦術戦略の基礎知識でした。日露戦争の頃は、ま
だ飛行機は出現していませんでした。
時代はすっかり飛行機になっていたのに、巨艦大砲意識から日本軍は脱却で
きないでいたのです。時代遅れの戦艦大和は、赴いた沖縄に到着する前に米軍
の爆撃機に撃沈され、戦艦武蔵は、フィリピンのレイテ島沖で爆沈されました。
戦闘機も爆撃機もない時代の戦術、戦略の研究がメインだったのです。10
7年前の日露戦争が全ての原点であったのです。この間の世界の進歩、変化に
無頓着だったのです。ですから戦争末期、万歳突撃だとか玉砕戦法の発想しか
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できなかったのです。陸軍も海軍も参謀を育てるのではなく、全く役に立たな
いデクの俸を育てていたのです。だから日本は太平洋戦争に敗れたのです。
戦前の軍事官僚と、現在の経済官僚には共通点があります。それは、その組
織がペーパーテストに強いペーパー人間に占拠されていることです。過去の知
識に依拠している人間しかいないことです。現在と未来に対するセンサー機能
が全く無いことです。だから日本経済は崩壊してしまいました。そして20 年
経ってまだ立ち直れないでいるのです。
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実務家通信18号

2017年03月21日 | 日記・エッセイ・コラム
怨(うら)みに報(むく)いるに怨(うら)みを持ってせず・・・
ある雪の日、彼は平河天満宮へ参詣(さんけい)に出かけました。折(おり)悪(あ)しく、高下駄の鼻緒が切れたので、境内(けいだい)の「前川」という版木屋(はんぎや)(出版社)の店の者に、ヒモでもいただきたいと頼みました。店の者は、無言でヒモを彼の前にほうり出しました。盲目の彼が、ようやく手さくりで探しあて、鼻緒をたてるそのしぐさがおもしろいと、店の者たちが手をたたいて笑うので、彼はいたたまれず、顔を赤らめてすごすごとはだしで帰りました。
やがて、苦心の「群書類従(ぐんしょるいじゅう)」が完成して出版するにあたり、彼は幕府にこの「前川」を「版元」に推薦したのです。何も知らぬ主人が、保己一に推挙の礼をいうと、保己一は、「私の今日あるのは、あのときうけた軽蔑に発憤したのが動機であるから、私のほうがお礼を申しのべたい」と、見えぬ目に深いよろこびを浮かべて語ったということです。
怨(うら)みに報(むく)いるに怨(うら)みをもってしたら、永久に怨みはなくなりません。その相手を救おうと努力するところに、怨みはおのずから消えるのです。それが怨みを忘れずして、しかも怨みを空ずることになります。「心経」の知恵が、ここに躍動しています。災難を逃れるのもありがたいことですが、人生の逆境に立たされたとき、聖(きよ)らかにし、楽しく生きてゆける動力を、自分の中に開発できるのがお経の最上の功徳(くどく)でありましょう。
なぜなら、お経は、釈尊が、さとったこころの内容を語るものですが、ほとけのこころそのものは、言葉で言い表すことはできません。私たちはお経を読み、その導きによって、人生の深い真実なものをうなずきとった釈尊のこころに直結できたとき、ほんとうに「字で書かれたお経」が読めたといえるのでしょう。
✿松原泰道「般若心経入門」から抜粋

※怨みは➖エネルギーですから、怨みをぶつければ➖として自らにふりかかります。
天に唾を吐けば自らの顔に降りかかるのと同じです。
怨みは自己消化により➕に変えることが可能ですから➖エネルギーの怨みを➕エネルギーに変え怨む相手に感謝としてぶつければ➕エネルギーとして自らに良いこととして戻るという理屈です。
どちらが理にかなっているか、物心がついた幼児でもわかる理屈ですが大人になり色々知ってしまうとこで理屈がわからなくなり、ただ感情の赴くまま怨み通すことは損ですから考えましょう。


時を待つ心
行き詰まる会社をみてみますと、たいていは仕事がヒマになったらムリをしてでも注文を取ろうとしています。その結果、かえって大きな損をして会社の破綻を招くことになってしまうのです。反対に、「ヒマはヒマで仕方がない。これは一時的な現象なのだから、この機会に日ごろ怠りがちだったお得意さんに対するサービスをしておこう」とか、「機会の手入れすべきものはしておこう」というような態度をとっている会社は、かえって時を得て発展する。そういう場合が多いように思います。
なかなかむずかしいことですが、時を得なければ休養して時を待つ、そういう心境もまた大事だと思うのです。
✿「松下幸之助 一日一話」から抜粋

※とはいえ、固定費を賄うために無理をして売上を生むことが現実だと思います。ではどうすれば良いかの体験です。東京ランドが不動産業の時代に中島先生の仕入れ規則で仕入れることが可能な物件がなくなりました。すると中島先生は事業を休業することで損失を生みそうな物件の仕入れから逃れ、更に固定経費の削減を図ったそうです。営業マンをフルコミッション契約としていたから叶ったとのことです。

作業従事者のパート・アルバイト給与と外注費の違い
給与であれば、源泉徴収が必要になるし、消費税の計算も変わってくる。
外注費であれば、消費税がかかりますが、給与にはなりません。
「20万円外注費を払うと、20万円×8÷08=14.814円の消費税を支払っていることになりますが、20万円の給与では、消費税の支払いが0となります」「消費税は預かった消費税から支払った消費税を控除して納税しますが、外注費で処理した方が消費税の納税額が14.814円少なくなるのです」
適正な会計処理であれば、外注費の方が良い場合もありそうです。
「科目種分けは適切に細かくして会計処理による利益創出」

親の相続財産を子の借金から守る
親の財産2億円、二人兄弟、兄借金なし、弟1億借金
「兄さん、俺が相続しても債権者に取られるだけだから兄さん全部相続してほしい」との理由の遺産分割協議書による財産分与で兄に2億円、弟0円は法的に有効ですが、弟の債権者から詐害行為取消権を行使され裁判を起こされた。
判決は「債権者を害することを知った法律行為」だから、遺産分割協議は詐害行為として取り消せる。(最高裁平成11.6.11)

「兄さん、俺が相続しても債権者に取られるだけだから相続放棄する」と家庭裁判所で相続放棄手続きを申し立て受理され、弟の債権者から詐害行為取消権を行使され裁判を起こされた。
詐害行為取消可能なのは財産目的行為です。「財産権を目的としない法律行為については適用しない(民法424条の2)」
最高裁の結論は、相続放棄とは「私は相続人にならないと」との身分行為で、財産目的ではない。だから取消し対象外。遺産分割協議とは違う。(最高裁昭和49.9.20)
相続放棄とは、家庭裁判所に申述する手続きで、遺産分割協議で「俺は財産いらないよ」では、法的な相続放棄ではありませんから注意が必要です。

弟は、父が生前中に借金を告白「遺産は債権者に取られるから全財産を兄に相続させる遺言書を書いてほしい。」と嘆願、債権者は債務者でない父の遺言書作成に関しては、とやかく言えません。が債権者は、弟が持つ遺留分(いりゅうぶん)減殺(げんさい)請求権(せいきゅうけん)を債権者代位で行使しました。
例えば親の土地に競売を申し立てた。
最高裁の結論は、遺留分減殺請求権は単なる貸付金回収とは違い、一身に専属する権利だから金貸しによる債権者代位は認めない。(最高裁平成13.11.22)

「人は生まれながらにして、貴賤・貧富の別なし。
ただ学問を勤めて物事をよく知る者は、貴人となり富人となり、無学なる者は、貧人となり下人となるなり。」
✿福沢諭吉名言より

名だたる多くの経営者や著名人は、寝る間を惜しんで学び、また遊んでいるときも常に仕事のことを考えています。
風呂でもお手洗いでも寝床でもいつでもアイデアが浮かんだらメモをとれるように準備しているそうです。

春分を迎えたのにまだ寒暖の差が大いので、ご自愛ください。
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実務家通信17号

2017年02月21日 | 日記・エッセイ・コラム
2017年2月吉日
実質賃金を上げる
【昨年】
売上 単価15,000円 × 1000個 = 1500万円
(内、企業Aの付加価値)
   単価5,000円 × 1000個 =500万円
            ⇓ 物価上昇率10%
【今年】
売上 単価16,500円 × 1000個 = 1650万円
(内、Aの付加価値)
   単価5,500円 × 1000個 =550万円
物価上昇率10% 賃上げ10%、実質賃金変わらず
【昨年】
売上 単価15,000円 × 1000個 = 1500万円
(内、企業Aの付加価値)
   単価5,000円 × 1000個 =500万円
            ⇓ 物価上昇率10% 販売個数10%増
【今年】
売上 単価16,500円 × 1100個 = 1815万円
(内、Aの付加価値)
   単価5,500円 × 1000個 =605万円
物価上昇率10% 賃上げ21%、実質賃金上昇
付加価値 = 売上-原価 = 粗利益 = 実質賃金 
※ヒントになりましたでしょうか!
【所得創出のプロセス】
「生産者」  「付加価値(もの・サービス)」  「家計・企業・政府・外国」
労働(生産)☞ 米・果実・衣類・車・家・家電(消費)☞ お金  
  (所得)☜米・果実・衣類・車・家・家電(支出)☜ お金
「誰かが働かない限り、財やサービスが生産されず、所得は生成されない」
「財やサービスが生産されても、消費や投資として支払いが行わなければ、所得は生成されない」
「消費や投資のためのお金は、所得から支払われる」
(二宮尊徳「二宮翁夜話」より)

 ある村に貧乏人の若者があった。ひどく困窮していたが心掛けがよく、「今日の貧乏は前世の因果だろうから、余儀ないことだ。

しかしなんとかして田地を昔に戻して、年とった父母を安心させたい。」といって、昼夜、に農事に精励していた。
ある人が、両親の意向だからといって、嫁を迎えることを勧めた。

すると彼は、「私は至ってばかで、能もなし芸もなし、金を儲けるすべを知らないから、出来ることは農事に精を出すことだけです。だから考えてみて、妻を持つことを遅くするほかには良い策はないと決心していますから。」といって固辞した。
翁はこれを聞いて言われた・・・それは実に立派な心掛けだ。事業を成し遂げようとする者はもちろん、一芸に志す者でも、それが良策だろう。なぜかといえば、人の生涯は限りがあるし、年月は延ばすわけにはゆかない。
してみれば妻を持つことを遅くする以外に有益な方法はないだろう。
誠に良い志だ。家康公の遺訓にも、「おのれの好むところを避けて、嫌うところをもっぱら勤めるべし。」とある。
我が道では、このような者を一番に誉めることにしている。うっかり見逃してはならない。
仕法の世話掛かりをする者は心得ておくが良い。
いったい世の中では、
好むことを先にすれば、嫌うことがたちまち来る。嫌うことを先にすれば、好むことが求めないでも来る。盗みをすれば追っ手が来るし、金を借りれば返済の時期が来るし、それを返さなければお上から呼び出しが来る。
“耳が痛い話ですね”
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借金コロガシ 第 5 章 破産と破綻と倒産の違い

2017年01月22日 | 著書
破綻はハタンと読みます。ある講演で司会者がハジョウ、ハジョウと繰り返
すので、講師である私は大変困りました。銀行は不渡り倒産したのではなく「破
綻」が相次いでいましたが、多くの人は「ハタン」の意味が解らなかったので
す。日本語の漢字には、音読みと訓読みの2 種類があることは皆さんご承知の
とおりです。
「破綻」は、訓読みすると、やぶれ、ほころびる状況を表します。ですから、
「綻」は、文字通り「糸偏」に「定める」と書きます。どんな洋服や着物も布
を糸で縫い合わせます。糸が全部抜けると全ての布はバラバラになり、洋服や
着物の機能を成さなくなります。人間の身体も、神経が機能しなくなると死に
体となります。破綻とは、本来の機能を失った死体を意味するのです。
「破産」は、自己破産とか、債権者申し立て破産とか、に分けられますが、
これは自殺と他殺の違いだと理解するとわかりやすいでしょう。個人破産する
と、現金は99 万円まで、自動車なら時価20 万円以下のものは手元に残ります
が、持ち家(マイホーム)を手放すだけでなく、売掛金全額、預貯金も全額、
生命保険も解約返戻金全額、裁判所の破産財団に属します。
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生活基盤をほぼ全て、裁判所の「破産財団(裁判所指定弁護士)」に差し上
げる代わりに、免責が認められれば、借金はすべてチャラになります。しかし
法律家(弁護士)に破産の申し立てをするか自分で裁判所に直接申し立てしな
ければ、破産にはなりません。
しかし借金を実務的に解決すると破産手続きをする必要はありません。破産
しなくても問題解決する方法はすべて確立されております。学校では教えてく
れない(先生が知らない)実務的手法こそが、この世で最も知らなければばら
ない大変必要な知識なのです。実務は法律を凌駕します。
「倒産」は、正式には不渡り倒産と呼ばれます。不渡りとは、発行済みの手
形を期日に落とせない状況を6 カ月以内に2 回出すことを「不渡り倒産」と言
います。でも手形を使わない個人や法人には不渡り倒産はありません。
手形は大変危険な借用証書なのです。しかし商行為に手形を使わなければ倒
産はありません。不渡りを出すと信用情報紙に載りますから、その後の商行為
はできません。だれも取引相手にしてくれないからです。ですから、手形での
支払(支払手形)も、手形での受取(受取手形)も、しないことが経営の継続
にとって大変重要なことです。倒産したくなければ手形を使わないことです。
さて、商事留置権の話に戻ります。
銀行が売って返せ売って返せと仕掛けた担保物件の暴落で、追加融資のでき
ない銀行と、融資してもらえないデベロッパーと、工事代金が貰えないで引き
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渡しのできない建設会社、三つ巴の紛争で、更に不動産相場は暴落しました。
まだ、バブル崩壊というフレーズが、マスコミに登場する前の空白の3 年間の
ことです。ですから当事者以外デフレ不況のスタート状況をだれも知りません。
この商事留置権をめぐる三つ巴のトラブルが、その後延々と続く不良債権問
題を増大させた切っ掛けとなったのです。銀行が苦しむ原因は、銀行自らがそ
の種を撒いたからなのです。銀行は不良債権を作って、その不良債権で苦しん
でいるのです。これは悲劇でしょうか、喜劇でしょうか。
現場を知らないマスコミが報道しないものですから、誰もが今何が起こって
いるのか、わかりません。でも、破産、倒産、経営者の自殺が急増したのは、
このころからのことです。日本中が貧しくなっていったのもこの頃からなので
す。バブル崩壊以来、ナント、20 年も続いていても真の原因を誰も言いません。
新聞もテレビも銀行が恐ろしいのでしょうか。テレビに向かっては銀行オマエ
が犯人だと言えないのです。
「デフレ不況」が本格化したのも、このころです。困ったことに、学者、評
論家、マスコミの3バカトリオは、デフレの本当の姿を知らないから、「資産
デフレ」と「消費デフレ」を区別して論評したり、報道することができません。
3バカトリオ全員で消費デフレのことだけを取り上げます。消費者物価指数
が下がったとか、スーパーマーケットで値下げ合戦をしているとか、牛丼がま
た安くなって、消費者の財布の紐が固くなったとか、彼らはその現象のみを追
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いかけていました。
大事なのは現象より本質なのです。本質は資産デフレなのです。株価の暴落、
土地の暴落が、消費デフレを招いたのです。資産デフレをストップするにはど
うしたらよいのかの議論は全くありません。バブル崩壊から20 年近く経った
今でも、議論はありません。その原因は銀行にあるという人は、誰もいません。
よほど銀行が怖いのでしょう。カネの元締めだからなのでしょうか。
銀行は相変わらず、売って返さないと差し押さえするぞ、競売になるぞと、
返済に窮した元資産家や、住宅ローンの滞納をしたサラリーマンを脅迫してい
ます。資産家は株と土地の暴落で「元」資産家になってしまったのです。脅迫
されている元資産家は「いつも自殺することを考えています」と訴えています。
自殺者も急増しました。死んだ人は私のところに相談には来ません。でも、
自殺者の遺族(未亡人や遺児)は続々とやって来て、「私たちは保証人として
破産手続きしなければいけないのでしょうか」「すぐ家を出ていかなければい
けないのでしょうか」という相談者が、次々とやってまいります。全員が銀行
やサラ金に返済できなくなった人々です。金融業が商売あがったりの状態にな
ってしまったのです。
「破産も、倒産も、夜逃げも、一切する必要はありません。解決策はすべて
あります。それをお話しましょう。」と、申し上げてきました。バブル崩壊20
年も経って新しい事態が生じて来ました。金融業者が全員困ってしまったので
す。政府の応援を得て不良債権処理に全力を挙げ皆で揃って取立て屋がやって
いたのに、金貸し不信から誰も借りない貸せない状態で金融業自身がハタンの
危機に直面してきたからです。
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実務家通信16号

2017年01月22日 | 日記・エッセイ・コラム
嘘(みてくれ・表向き)の数値
超一流に学ぶ人生訓(ペンネームアラン著者「幸福論」より)
意気消沈・思い通りに行かない時・・・自分の意志でコントロールは困難ですね、体を動かすと良い「運動を伝える筋肉だけが、意思で自由になる唯一の部分だから」

歴史の偉人から学ぶ
すべての荒蕪を開く(二宮尊徳「二宮翁夜話」より)
 翁のことばに、わが道は、荒蕪を開くのを務めとする。ところで、その荒蕪には幾つかの種類がある。田畑が実際に荒れてしまった荒地もある。借財がかさんで持ち高を利息のために取られ、持ち高はあっても利益が無くなってしまったものもある。これは国にとって生地であって本人にとっては荒地だ。また、やせ土の粗末な田で、年貢や反別割だけの収穫しかなく、本人の利益のない田地がある。これはお上のための生地で、下のためには荒地だ。また、資産もあり財力もあるのに国家のためになることをせず、いたずらに驕奢にふけって財産を費やするものがある。国家のために最も大きな荒蕪だ。それから、知恵もあり財産もあるのに学問もせず、国家のためも思わないで、琴三味線や碁将棋・書画などもてあそんで生涯を送るものがある。世の中のために最も惜しむ荒蕪だ。なお、身体強壮なのに、仕事に努めず、なまけてばくちの日を送っているのがある。これまた自他のための荒蕪だ。これらの数種の荒蕪のうちで、心田の荒蕪の損失がある国家のために一番大きい。その次に田畑山林の荒蕪だ。いずれも、努めて起こさねばならない。この幾つもの荒蕪を起こして、ことごとく国家のために供するのが、わが道の務めなのだ。「むかしより 人の捨てざる無き者を 拾い集めて民に与えん」。これが私の志なのだ。

読み込むと、時代が変わり、経済の仕組みと用語が大きく変わってはいますが、人の心と行動は不変であることが読み取れます。
この文章から、事業再興のヒントは「業態」「債務超過」「損益分岐点」「経営怠慢」「浪費」「開拓」など自社の現実を見つめ直し、自身が「心」と「考え方」はポジティブに持ち、「努力」おしまず、過去に埋もれてしまっている経験とノウハウを思い越し、実行することが再興への道だと感じました。
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