マレーシア随一のグルメタウン span>
イポーの街は、その住民の7割が中国系なので街は漢字の看板で溢れています。英語が通じない人も多く、それこそHow much?どころか数字すら通じない人もいます。食堂でも漢字のメニューしかない場合なんかは、なんとなく分かるけどなんとなく分からん料理名が並んでいるため、結局は他人の食べてるものを指さして選ぶのが一番手っ取り早い(笑)
色んな名物料理があるのでネットで情報を集めながらひとつひとつ食べていきたいと思っています。インド人は飽きるってことを知らないのでひたすら同じ味を食べますが(まぁ彼らに言わせりゃ微妙に違うんだろうけど)、東南アジアはバリエーションが実に豊か。なんだか嬉しくなっちゃいます。
本日の写真は、イポー名物の「タウゲ・アヤム」のお店にて。タウゲはモヤシ、アヤムは鶏肉。イポーは水が綺麗なのでモヤシの名産地なのです。さすがに絶品でございました!
イポー span>
昔はアジア旅行と言えばバンコク拠点が定番であり、成田からの往復チケットが4万数千円だったと記憶しています。日本人バックパッカーはとりあえずバンコクに飛び、そこからアジア各地に散らばっていったわけです。でもエア・アジア就航後はすっかりクアラルンプールがMyハブ空港になりました。何せ片道で好きなようにネットで買える上に、値段も恐ろしく安い。まだエア・アジアしか使ったことがないのですが、アジアには他にも多くのLCCが出来たので機会があれば乗ってみようと思っています。
というわけでマレーシアに到着し、空港からの直行バスでイポーにやって来ました。途中の高速道路でバスが接触事故を起こしましたが(詳しくはミサブログで)、乗客乗員共に無事なので良かった良かった。
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そして旅は続く span>
11ヶ月間にわたるインド・ネパールの旅はひとまずここで終了。
昨年11月にHDDを盗まれた結果、それまで北インド・ネパールでせっせと撮り貯めた約8ヶ月分の写真が全滅(詳しい顛末はコチラとコチラをお読みください)。その後プリーで沈没していたこともあって、実質的にこの旅ではほとんど撮ってないに等しいのかも知れません。でも楽しかったから良しとします。生きている限りはインドとの腐れ縁が続く気がするし。
これから旅は東南アジア編がスタートします。2~3月はともかく4月以降のインドシナ半島は酷暑の時期を迎えるので、どこで何をして過ごそうかと思案中。さてどんな出会いがありますことやら。
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コーチン今昔物語 span>
コーチンはさすがに南インドだけあって蒸し暑く、ジッとしているだけでも汗が滲んできます。
ケララ州は学生時代に一度訪問してはいるのですがほとんど記憶にありません。僅かな記憶に残っているのが、ここコーチンで泊まった安宿が10ルピー(当時約35円)で、アシュラム(宿坊)のような特殊施設を除けば僕が泊まった宿の中で最安値記録だったことくらい。裸電球がぶら下がるだけの独房のような部屋だったと記憶しています。
それから約20年が経ち、おぼろげな記憶の中にあるコーチンとは様変わりした街並みに驚きました。何やら瀟洒なホテルやカフェがあちこちにあって、高級車が我が物顔で通りを走る。当時僕が泊まっていた宿なんて影も形も無いでしょう。豪華なカフェには近寄れないので、僕達は相変わらず街のカレー屋さんでメシ食ってます。残り少ないインドなので毎日カレーでも良いのですよ…と強がってみる(笑)
僅かに残るユダヤ人のシナゴーグや、バスコ・ダ・ガマのお墓なんかもあるみたいですが、もはや観光とかどうでもいい気分なので街歩きに徹して、少しでも当時の面影を残す素敵なシーンを見つけたいのです…しっかし暑い(^^;
今日の1枚目の写真はコーチン名物のチャイニーズ・フィッシングネット。これは以前来た時にもあって今なお現役ですが、もはやほぼ観光用。実は岡山にも同じような巨大四つ手網があるから見慣れてるんだよねぇ。
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コーチン到着 span>
当初は12月10日頃にプリーを出発して南インドをじっくりまわる予定だったので、その最終目的地であるコーチンからKLまでの飛行機を予約していました。ところがプリーでの滞在が延びに延びて1月14日出発になってしまったため南インドをまわる時間が消滅。今話題のLCCエアアジア(落ちるなよー)なのでチケット変更は不可。よって無駄にインド亜大陸を縦断してコーチンを目指す必要性が生じました。すべてはサンタナロッジのせいなのです(笑)
22日の夜行バスでハンピを出発して翌朝マイソール着。そこで半日時間を潰してから(これが長かった!)さらに夜行バスに乗ってコーチンに今朝到着しました。チケットには「セミスリーパー」と書かれていたのでどんなバスかと思ったら、これが普通のリクライニングシートのバス。おまけに滑り込みで予約したもんだから一番後ろのロクにリクライニングしない席で、もはや何でもいいから早く着け!という感じでした。まさに疲労困憊(^^;
フェリーで安宿街のあるフォートコーチン地区に渡り、リキシャのおっちゃんの案内に素直に従って「Good Karma Inn」にチェックイン。普段なら自分で宿を探すところですが、もはやそんな気力も無し(笑)
でも後でトリップアドバイザーで調べたら評判の良い宿であり、Agodaで予約するよりも若干お得な料金だったので結果オーライです。久々に日本人宿ではなく欧米人メインの宿であり、年齢層も高いので落ち着いた滞在が出来そうです。
というわけで今日の写真はプリー近郊のラグラジプール芸術村の様子。懐かしいなー。
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ハンピ出発 span>
ハンピは素晴らしい所です。それ以外に書くことが無いってのが最上級の褒め言葉ではないかと。川沿いを歩いたり、丘に登って夕日を眺めたり、宿で他の旅行者とお喋りしたり。そんな穏やかな日々を過ごしながら、ふと気付けばハンピ最終日となりました。
当初はここからバンガロール経由でコーチンに向かう予定でしたが、どうやらインドの連休が迫っているらしく列車はおろか夜行バスですらすべて満席。代替案として今夜の夜行バスで翌朝マイソール着、そこで半日時間を潰してからその日の夜行バスでコーチンに向かうことになりました。なんだかハードな日程だけど仕方ありません。
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プリーの勇者たち span>
ハンピの写真は小休止して、再びプリーのロックフェスから。当ブログにはナチョスばかり登場しますが絵になる男だから仕方ない。スピーカーが故障してもお構いなしに観る者を熱狂の渦に巻き込んだ圧巻のパフォーマンス、普段の柔らかい物腰の彼からは想像も付きません。大きな夢を叶えるため日々努力を続ける彼のライブを再び観る日を楽しみにしつつ、陰ながら全力応援したいと思っています。
2枚目はディジュリドゥ奏者の一休さん。僕はディジュリドゥという楽器(何度聞いても憶えられない)はまったく知らなかったのですが、どうやらこれはアボリジニの伝統楽器だそうです。本来はユーカリの木から作られるそうですが、一休さんが使用したのは現地で調達した竹。なんとも郷愁を誘う素敵な音を響かせていました。
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ハンピの少年たち span>
インドの観光地では、子供の写真を撮ると「ルピー!」「ペン!」などと、何かと要求されることが多いけど、ここハンピではそういうスレた子供がいない…と聞いていたのですが、普通に要求してきます(笑)つまりハンピも観光地だということですね。
まぁどこの子供たちも貰えればラッキー♪くらいにしか思っておらず、むしろ撮られること自体が楽しくて仕方ない場合がほとんどなので、僕は完全に無視します(笑)
3枚目の写真は、インド人のマースさんと日本人のサキさんが経営する「カルヤンゲストハウス」の一人息子サイ君。サイババのサイだそうです。3歳になったばかりだそうで実にヤンチャでよく喋る。マースさんや近所の人と話す時は現地のテルグ語、サキさんや日本人旅行者と話す時は日本語、学校での授業は英語。それを話す相手によって巧みに使い分けるのが凄い!子供の脳ってのは無限大だなぁと改めて感心した次第。御覧の通りの素敵な環境でスクスクと育っています。
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