モノトーンでのときめき

ときめかなくなって久しいことに気づいた私は、ときめきの探検を始める。

ときめきの植物雑学 その38:ディオスコリデス ②植物画がなかった疑問

2008-04-02 10:09:06 | ときめきの植物雑学ノート

昨日、アネモネの実写を掲載したが、このために掲載してみた。

今回のテーマは、
ディオスコリデスの薬物誌には植物画がなかった という。
何故、植物画を描かなかったのだろうか?
ということだ。
ディオスコリデス(紀元40-90年頃)については、このシリーズの(その16))でふれた。

紀元512年に作成されたディオスコリデスの薬物誌の写本(ウィーン写本)には、
すばらしい植物画がはいっている。

(写真)ディオスコリデスのウィーン写本 “アネモネ”(原画:クラテウアス)

ディオスコリデス『薬物誌2巻 ANEMONE』(オーストリア国立図書館蔵)

この植物画は、ディオスコリデスより1世紀ほど先輩の
クラテウアス(Krateuas 紀元前132-63年)のコピーといわれており、
このウィーン写本には、クラテウアスの優れた11個の植物画のコピーが含まれている。
紀元前1世紀にこれほどの高精細な描写がされ、実物とのマッチングがしやすい植物画が描かれていた。
改めて疑問として“ディオスコリデスは、何故植物画を描かなかったのか?”を問う。

これは、クラテウアス以降15世紀まで続く
“自然”“リアリティ”を喪失していく始まりにあるからなおさら興味がわく。

なお、15世紀から目覚めたヨーロッパでの植物への関心の高まり、
本草書のブームは以下に掲載している。
クラテウアスを超える植物画が描かれている本草書は誰からだろう?
こんな視点で見ると俄然興味が湧いてくる。(リンク先に植物画があります。)

【本草書のトレンドチェック】
その17 本草書のトレンド①15世紀までの流れ
その18 本草書のトレンド②ドイツ本草学
その19 本草書のトレンド③ドイツ以外の本草学

薬学の父ディオスコリデスのプロフィール
デイオスコリデス(Pedanios Dioscorides、40-90年頃)は、紀元1世紀に活躍し、
小アジアのキリキア地方アナザルバ出身であり、この当時の医学の中心地である
アレキサンドリアで勉強したといわれる。
その後ネロ皇帝時代にアジアに駐屯するローマ軍の軍医として勤務し、
方々を旅行し薬物・植物を見聞し知識を蓄積した。

(続く)

<<ナチュラリストの流れ>>
・古代文明(中国・インド・エジプト)
・アリストテレス(紀元前384-322)『動物誌』ギリシャ
・テオプラストス(紀元前384-322)『植物誌』植物学の父 ギリシャ
・プリニウス(紀元23-79)『自然誌』ローマ
・ディオスコリデス(紀元1世紀頃)『薬物誌』西洋本草書の出発点、ローマ
⇒Here 1千年以上の時空を越えたディオスコリデス【その16】
⇒Here ディオスコリデス ②植物画がなかった疑問【その38】
・イスラムの世界へ
⇒Here 地殻変動 ⇒ 知殻変動【その15】
⇒Here 西欧初の大学 ボローニアに誕生(1088)【その13】
⇒Here 黒死病(ペスト)(1347)【その10】
・グーテンベルク 活版印刷技術(合金製の活字と油性インク使用)を実用化(1447年)
・レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)イタリア
⇒Here コロンブスアメリカ新大陸に到着(1492)【その4~8】
⇒Here ルネッサンス庭園【その11】
⇒Here パドヴァ植物園(1545)世界最古の研究目的の大学付属植物園【その12】
⇒Here 『草本書の時代』(16世紀ドイツ中心に発展)【その17、その18】
⇒Here レオンハルト・フックス(1501-1566)『植物誌』本草書の手本。ドイツ【その18】
⇒Here 『草本書の時代』(ヨーロッパ周辺国に浸透)【その19】
⇒Here フランシスコ・エルナンデス メキシコの自然誌を発表(1578)【その31】
・李時珍(りじちん 1518-1583)『本草網目』日本への影響大、中国
⇒Here 花卉画の誕生(1606年) 【その1~3】
⇒Here 魔女狩りのピーク(1600年代)【その14】


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