本屋タカクラの日記

野良(放浪)書店員の日常

年賀新聞

2011-12-22 22:54:01 | 日常
1998年から作り続けている年賀状がわりの年賀新聞
そのときどきでサイズやら何やらが違っているが

と、ここまで書いて、第一号が1997年だったことが
判明した。

ミニコミとかフリーペーパーとかを作りたくってしょうがなかった
んだけれども、書店の現場ではそんなものを作る余裕がなく

ただただ、誰かに何かを伝えたい、という思いがぶすぶすと
心の中で燃えくすぶっていたときに、とある版元さんの営業の方から
届いた年賀状が、ハガキではなく封書だったのだ。

A4サイズの用紙に、家族全員の通信がレイアウトされていて
「おお!年賀でいろいろ書けるじゃん!」
と短絡的に始めたのでございます

もう少し量がまとまれば、私家版とかにして
配りたいなあ

と思う、このごろです。
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BIG RED ONE vol.8(特集・酒飲みのための映画史)

2011-11-15 12:45:41 | 日常



悪の呑み友達、明石氏が作っている映画のフリーペーパー
「BIG RED ONE vol.8」が届いた。
特集は「酒飲みのための映画史」
で、原稿の依頼がきたのでワタクシも寄稿している。

このフリーペーパーの配布先は
KBCシネマ、映像ホール・シネラ、ブックス・キューブリック(福岡)
シアターシエマ(佐賀)
宮崎キネマ館(宮崎)
山口情報芸術センター(山口)
シネ・ヌーヴォ(大阪)だそうです。

溶連菌の真っ最中に締め切りで
締め切りを2日間くらい伸ばして貰って
熱で朦朧としながら書いたヤツは

「全然面白くないです」
という返事がメールで届き
全てを一から書き直した
という原稿である(しくしく)

もちろん、依頼者が面白いと思わなければ
いつも書き直す用意があるので
それはぜんぜん構わないのだが

「全然面白くないです」

という一言が、発熱の頭に
何度もこだまし
もうちょっと「まろやかな」表現が
ないかしら
などとイジイジと布団の端を掴みつつ
思っていたのだった

まあ勿論そんなことはこちら側の問題なんで
メールの返事には

「了解しました。明日の午前中に書き直します」

と返事したんだけどね


もう20年近い友人(細々とだけど)なんで

今度会って呑むときにはイジイジと
そのことを言っていじめてやろうと
思います

あ、そしたら
ボツになった原稿のことを
ネチネチ言われ返されるかもしれん

なんじゃああれは!?
熱ボケか、とか


大酒飲みのための映画ペーパー
よかったら手に取ってみてくださいまし
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書店員ナイト

2011-11-10 22:03:49 | 日常
書店員ナイトin福岡特別編 いまこのインディー出版社が熱い!

というものが11月2日にあり、受付などをやりに参じた。

毎年この時期、最終兵器お姑(かあ)さん、という名の、同居人の母上が
ブックオカで家を空けがちなタカクラのために、はるばる京都から
応援に来て下さっていたのだが、今年はどうしても都合がつかず
(というか、ひょっとしたら嫁として愛想をつかされたかもしれず)
夜の行事はなかなか参加しにくいのだが
この日はなんとか都合がついた

村井光男さん(ナナロク社)と三島邦弘さん(ミシマ社)と
ブックスキューブリックの大井さんとのトークライブは
立ち見も出る大盛況で
久しぶりにお会いする懐かしい方々もいっぱいいて
嬉しかった、のだけれど

ようやっと普通に起き上がれるようになった
溶連菌女は、当然酒も飲めず、結果
いろいろ失礼な発言や行動などすることなく
勿論、金庫などを勝手に持ち帰ったりもせず
大人しく終電に間に合うように帰宅したのだった

ミクシーでご挨拶してから
なにかとご縁がある作家の碧野圭さんと
吉祥寺で、本と書店を偏愛する、「空犬通信」の空犬さんが
この日午後9時半くらいに会場に到着予定で
碧野さんとは3月の名古屋以来
空犬さんとはこの5年くらいやりとりがあるものの初対面
ということで楽しみに待ってはいたものの
到着なさると当然、書店員さんやらに囲まれて
わいわいがやがやとなっていたので
溶連菌女は受付でちょっと遠慮がちにしておくことにした

受付仲間のM善、T女史やキューブリックのスタッフさんたち
ときどき煙草を吸いにくる方々らや
「ブック・フェスタ・ベップ」をやっている別府から来た大学生さん
などと
溶連菌について話し合った(うそ)

初めてお会いした空犬氏は、ワタクシよりも年が下
ということは何となく知っていたが
思っていたよりも若々しく、そしてイケメンであった!
空犬通信を読んで、イメージしていたのは
もっとおっさんおっさんした人だったが
全然違っていた

ちょうど娘(ムギ 小4)と同じ年の女のお子さんを
お持ちだということで、子育て話や
パンクや町田さんの話などでたいへんざっくばらんに
お話できたのだった

書店員ナイトの写真を撮ろうと
先日購入したばかりの
ニコンcoolpix s9100を構えて、トークの様子や
全体の様子を撮ろうとするもブレブレだったり
白っぽかったりで
悪の指令藤村氏に怒られた

しょうがないので
そのへんの若者をつかまえて
「ちょっと暗いんやけどどうにかして」
などと言って設定をいじって貰った

また、ブックオカのガイドブックを読んで
「あ、ダメダメの人ですか!?」
と大声で話しかけてくる人が何人かいて

「そうです。ダメダメの人です」
と返事をする変なことになってしまい

溶連菌で弱っている上に
カメラの使い方もろくにわからず
初めて会う人に「ダメダメの人ですか」
と言われる
総合的にダメダメ感200%くらい
醸し出してしまった
書店員ナイトでありました


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深夜にパニクる

2011-11-07 09:49:34 | 日常
溶連菌騒動も落ち着いてきたが
と、言って騒いでいるのは自分だけなんだが

抗生剤を飲み始めて本日が十日目で
処方されたものを飲み終わったら病院で再検査
そこで何もなければ無罪放免ということになる

生まれて初めて溶連菌なるものに感染してみたワケだが
もともと扁桃腺はよく腫らし大熱を出していたので
喉が腫れることには慣れっこのはず、であったのに

溶連菌って判明してない喉が腫れて一日目の夜中に

鼻が詰まって息苦しく
勿論喉も腫れ上がりタンもたまって喉も息苦しく


「鼻も喉も詰まったら息ができんで死ぬ」


ということを思いついた
思いつかんでいいのに

病院は閉まってる


と考えたら、もうそれだけで息苦しく
ふとんから飛び起きてぐるぐる歩き回り

もうすこしで大きな声で叫びそうになった

本当に苦しくなったら隣の部屋で寝てる同居人を起こして
救急車を呼べばいいから

と自分を宥め

そのむかし通販生活で買った鼻洗浄機を持ち出して
夜中に鼻洗浄

ぬるま湯に塩を溶かしたもので30回くらいうがい


これでちょっと息が楽になって
そしたら気分も静まった


扁桃炎で熱が40度とか出ても
一人暮らしで病院も行かずに
じっと治るまでひ〜ひ〜とか言いつつも
死ぬなんてことはみじんも考えず
寝てれば治るって信じてたのは
若かったって事なんだろうか


恐ろしかったけれど
自分もそんな気持ちになることがあるのだと
知った夜でした
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溶連菌に感染してみる

2011-11-02 10:42:15 | 日常
 喉が痛かったので、風邪薬を飲んで寝てたが、翌日もっと悪化してた。
扁桃腺が本格的に腫れてる。熱もある。
昼間は小学校のバザーの店番、夜はブックオカのイベントがあるのに!
38度くらいの熱ならインフルでなければバザーもイベントも参加するつもりで病院に行った。


「溶連菌でました」



「よ、ようれんきん?」(なんか聞いたことあるぞ)


小学校で誰かのお母さんが話してた
主に子どもがかかるものだけど、大人もなるのよ

と言っていたような


そのたまにかかるのよ大人も
の大人になってしまったのか

つうかご飯も食べられないし
熱はどんどんあがってくるし
これは流石に無理と点滴を受けてる間に諦め
病院から帰り道に関係各者に連絡し平謝り

本当に申し訳ありません
この場で改めてお詫び申し上げます



そいでじっくり寝込んだワケですが
これが思いのほか苦しかった

とにかく熱があるので汗が出る汗が出る

シーツやパジャマの替えも底をついて
バスタオルやジャージや
使えるものを何でも使う

それでも足りなくて
どうしようもないので鎮痛剤を飲んで
小一時間楽になった隙に洗濯をして干す

食事は外食や買ってきたものを賄い子らの面倒を
みることは厭わない同居人だが
洗濯や炊事などの家事は一切やらない
これはいっそ清々しいほどだ
ハナから当てにしてないけど

その翌日、熱は37度代に下がってきたが
喉の痛みが尋常でなく耳も痛い気がしたので
急患診療センターで耳鼻科にかかる

ここでもいろいろなことがあったが
それはまた後日

で、また鎮痛剤を飲んで、なんとかラジオの仕事には行く事ができた

そして
発病四日目の晩にようやく晩ご飯を拵えることができたのだった

あとは抗生剤を10日間くらい飲み続けて
溶連菌さんを死滅させるのだそうだ

これをちゃんとやんないと
腎臓がおかしくなったり
中耳炎とかになったり
の合併症が起きてしまう
ナメると恐ろしい病気なんだそうだ

ということで
山盛りの洗濯物と洗い物と格闘しつつ
まだ喉がちょっこし痛いタカクラでした。


ご迷惑をおかけした皆様

本当にごめんなさい






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ブックオカ2011

2011-10-11 23:11:07 | 
が、そろそろ始まります。

ワタクシは、実行委員というのは名ばかりで
いろいろのことを決める会議には全く出る事ができず

というのも、昨年から書店員ではないし
だからゆえに、もうまったく「企画」とかが思い浮かばず
さらには、子らが思春期に入るのでなるべく家を空けないようにしたい

などがあり、「実行委員」とかではなく
ブックオカの「小間使い」あるいは「にぎやかし」くらいの
ところにいます。
ホント言うと、にぎやかせてもいません。

うんだがしかし
昨年はパンフに「もしドラを作った男、加藤貞顕氏」についての
作文を載せて頂けて、あろうことかトークライブの司会まで
仰せつかった

僥倖でありました。

で、今年もまったく役にも立っていなかったのですが

配布される小冊子に拙文を載せて頂けるようでございます。

ちょっと前のブログで、講演のことを書きましたが
そのときに作った原稿が23000字で、これで100分お話しました。

その23000字を、2000字に縮めたらこうなりました

という2000字が掲載されています。

書いてみてビックリしましたが
23000字が2000字に縮まる事にもビックリだけど
縮まった文章も結構面白いことにもビックリ

これは自画自賛か
あいや失礼いたしました

10月20日から始まるブックオカ

本屋さんで、街角で、意外な
本との出会いがありますように

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夏休み終了

2011-09-03 23:27:24 | 日常
まあ、ウチの子たちは宿題も問題なく終わらせてる様子だし
すげえなあ、とか思ってたら

まさかの8月31日に
息子ミエゾウ(中一)は、「英語の一日1ページ英文をノートに書く」
という宿題を、聞いてないふりをしており
娘ムギ(小4)は、夏休みのプリント以外の宿題「計算ドリル一日1ページ」
という宿題も実はあった、と白状し

二人とも、まったく手を付けてない宿題があったことを
31日に告白し、親が「もう、忘れていったらええやん」と
言いそうになるのをよそに

ムギは午前2時ちかく、ミエゾウは午前3時過ぎまでかかって
やりとげて、意気揚々と始業式に行きました。

あたしゃ、ムギのまわりで洗濯物をたたんだり
必要以上に床を磨いたり
ときどきはムギの首やら肩やら頭やらを
マッサージしてあげたり
眠気を振り払うさまざまなことをしてましたが
ミエゾウにまではつきあえませんでした。

宿題は、していかないならしていかない
するんなら毎日こつこつとやる

どちらかにして欲しいもんだと思いました。

まあ、でも、腹をくくれば夏休み40日分の
宿題を一晩でやれることもわかった8月31日では
ありました。
一科目に限り、ですが。
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本との出会い方----本に助けられて生きてきた----

2011-06-28 20:15:47 | 
こんなタイトルで、100分ほど話をする
という、お仕事の内容ですが

文字通り、本に助けられて「生き延びてきた」ので
話すことはいっぱいあるのでした

これまで、新聞やラジオで少しずつその経験を
コラムにしてきた、と言えるのですが

小さいときから順を追って、というのは
公にはしたことがなかった(ミクシでちょっと試みた事はあります)

ので、この機会に
自分の読書遍歴を振り返って、お話する内容を
まとめていったのでした

その結果
・書店員になったワケ
・なぜ本を読むこどもになったのか
・初めて読んだ大人の文庫
・5年生のときにわかったこと
 (自分は生きていく価値が無い!?)
・中2で、ようやく自己肯定
 「家族八景」との出会い
・自己肯定した瞬間に京都から九州に家出
高校受験から高校時代
・高校2年で自己肯定第二弾
 「カラマーゾフの兄弟」
 (パンクロックとの出会い。町田町蔵)

という話の骨格を決めて行ったのですが
実際にお話しできたのは、このへんまで

その後、微妙なパンクバンドを組み
適当に活動し
高校を卒業し
九州に帰って書店に就職し
いろいろがあって
新聞にコラムを書いたり
するようになるまでの話が
原稿では延々と続くのですが

そのへんは、もう5分くらいで
なんとか福家書店で作ったコミックカタログと
コミックエキスポ85の話を無理やり入れ込んだ

かたちで、司書としてお子さんにかかわるときに
どうか子供が選んだ本に「ダメ」を言わないで
頭の中で思うのは自由だけど
そして
こんな(私のような)問題児なお子さんも
本に助けられてなんとか生きてきたのだと
頭の片隅にでも
ちらと思って頂ければ
これにまさる喜びはありません

という締めくくりで終えたのでした。


こんなような話で、どれだけ笑って貰えるか

ってところを目指して準備したので

講演終了後に、ロビーの片隅で本の販売をさせて頂いて
「楽しかったです〜……きっと同年代ですボソボソ」
と感想を頂けたのが望外の喜びでした

本を売る仕事を25年くらいやってきましたので

一冊の本に千数百円出す、という事の
重さを、フツーの人よりはわかっているんじゃないかと
思います

簡単に買えないです

なので、こんなような話に
少しでも笑って貰え
「もっとききたい」
と思って頂けたのだなと

本をお渡ししながら実感しました

自分の本を自分でじか渡しで売れるなんて
本当になかなかできることではありません

ほんとうに、ありがとうございました
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「福岡県学校図書館協議会 学校司書部総会」で講演

2011-06-24 14:49:17 | 
タイトルの通りなんですが。
昨日、23日に、アミカスのホールで
なんと100分ものお時間を頂戴して
「本との出会い方ー本に助けられて生きてきた」
という講演を行いました。

わたしの本や、新聞の記事などを読んで
ご依頼くださったと思うのですが

小さな会議室で、お話する
という経験は何度かありましたが
300人収容のホールで、というのは
なにぶんにも初めてで

最初にご依頼頂いた時には
「ホールでというのは初めてですが、本についてなら
45年分お話しすることがありますので
おうけさせて頂きます」

と5月の上旬でしたか、お返事しましたのです。

おうけしたのはいいけど、喋れるのか自分!?

ということで、とにかくもう全部原稿に書いてしまおう
と思いました。

まず「なぜ書店員になったのか」
というタイトルで、しゃべり言葉で10枚くらい書いて
その原稿を、ゆっくり読んでみて5分で何枚かという事を
調べました。

そしたら、丁度3枚で5分。1200字で5分。

時間は100分。最後の15分くらいを質疑応答にするのでも可

でも、そんなに質問なんて出ないだろうし
予想以上の早口で読んでしまったらいかんし

とりあえず100分と想定すると24000字
原稿用紙換算で60枚

よし、何が必要かはわかった

あとは、プロジェクターがあるというので
本の書影などがあれば、間が持つかなと

とすれば、ノートパソコンはウインドウズなんで
パワポは入ってないのでOpen officeで準備をすることに

まず「アイデアプロセッサ iEdit」というフリーソフトで
見出しを考えて、そのあと本分を書くというスタイルにし

そのソフトは、書いたものをベタのテキストや
HTMLに出力する機能があるので

読みやすいように話しやすいように
息継ぎのところで改行するように本文を書き

それをテキストデータにして
今度は、文字数カウントのために
「MKEditor」に張り付け、改行を除去し
20字詰めで何行になるかカウントした。

プリントアウトは、テキストデータで
息継ぎで改行してあるので、A4サイズ26枚に

原稿の準備が済んだら、それに沿って
プレゼンソフトで、書影や自作のマンガなどを
取り込み画像資料の作成。

家にある本を集めて、ないものはネットで探し
1975年物のジュリーの写真をネットで見つけるが
著作権の問題があるので、それを画像資料にするのは
自粛した。

本当は、ジュリーの匂い立つようないろっぽい
写真をみんなで見て、ため息つきたかった
ジューリイイイイイイイ!

あ、ちがうちがう
「はあああぁ。松潤、めじゃねえ」

ということで、準備万端整えて
本を売ってもいいとのことなので
書肆侃侃房にも連絡し
若い衆を一人寄こしてもらえることになり


そして、昨日本番。

緊張することはするが、とにかく喋る事は
いっぱいある、ので

リラックスしてのぞむことができ

同世代の方も結構いらしたので

ジュリーだの
ガラスの仮面の北島マヤちゃんだの
で、楽しんで頂けた、ように思います。

わたくしが、一生のうちに人を好きになる心が100あるとしたら
そのうちの50は使い果たすぐらい好きになった人に
高校3年生のクリスマスプレゼントに
「家族八景」と「二十歳の原点」を贈った話を
したときは、同情のような呆れたような失笑が
湧き上がりました。

会場のみんなの心が一つにまとまった瞬間でした


「そんな女を好きになる男はいない」


全員の頭に同じ言葉が浮かんだことでしょう



いや、本当に楽しい経験をさせて頂きました


お話をきいてくださったかたありがとうございました
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ジュンク堂福岡店さんのフェアに「書店員タカクラ〜」

2011-06-13 06:34:30 | 本屋さん裏話
二階で「本屋の裏側のぞいてみませんか」というフェアで
拙著「書店員タカクラの本と本屋の日々。……ときどき育児」
を積んで頂いてます。
二階のカウンターにいらした綺麗なお嬢さんに
「あ、あの、あの、タカクラと申しますが
あそこに自分の本を積んで頂いているので
写真に撮らせて頂いていいですか?」
とお願いして、撮影させて頂きました。
お嬢さんは、どなたか責任者の方にすぐ確認して
くださって、気持ちよく対応して下さったのでした。

よーくみてくださいね。
右隣にあるのは
早川義夫さん「ぼくは本屋のおやじさん」(晶文社)
左隣は福嶋聡さん「希望の書店論」(人文書院)
下は田口久美子さん「書店繁盛記」(ポプラ社文庫)
感涙です。

早川さんの本は私が高校二年か三年生のときに
山科区の図書館で偶然出会って
わたしが本屋さんになるのに強烈な影響を
もたらした本なのだった。

図書館で目に入ったときは
「え、早川義夫って、あの早川義夫?ジャックスの?
本屋のおやじってなに?」
と手に取ったのだった。

伝説のバンドのボーカリストが本屋さんに
なっていいるはずないよな、と思って
手に取って、めくってびっくり
確かにあの早川義夫だった。

ソロで再デビューする随分と前の話だ。

本当に恥ずかしく短絡的なんだけど
この早川さんが、店でお客さんに
書店通信のようなものを配っていて
それがすごく面白く
「本屋でこんなもの配る人になりたい」
と強く思ったのが
書店で働くことを意識した最初だと思う

そんな本の横に並べて売って貰えるなんて

このコーナー六月末まで開催するそうです
お近くの方はぜひお立ち寄りを!
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