本屋タカクラの日記

野良(放浪)書店員の日常 25年あちこちの書店で働いた元書店員で現在ライターのタカクラミエです。

高安関を応援しています

2021-03-26 14:33:34 | 眼述記
 同居人はほぼ全身麻痺なので、排便もなかなか自在にはいかない。
入院していたときは、栄養が合ってなかったのか毎日のように何回か軟便が出ていた。
便秘も困るけど、1日に何回も排便するような仕様にはなっていない(肛門が)ので、自宅療養になってからは、栄養をいろいろ試して排便の回数が週に2回というところにおちついたのだった。
そこに落ち着くまでは、下痢で肛門が腫れ上がったり、便秘でかっちかちになって摘便するしか方法がなくなったりと、まあいろいろ事件はあったのだが、とにかく現在は週に2回で、問題なく摘便もせずに出せている。
車椅子に座ってお昼の栄養を入れて、ベッドに戻っておしっこが出たあとで座薬を入れ、また車椅子に戻って、なるべく車椅子の背もたれを起こして腸に圧をかけて促す、そのとき見るテレビは笑えるやつだとなお腹圧がかかってよい、というルーティンになっている。お昼の栄養のあとに座薬を入れると、それから座って催すまで1時間以上はかかるし、調子がよくないと催すまで時間がかかったり、一度に出ないで何回かに分けて出るということもあり、まあ順調にゆけば、夕食の午7時くらいにはだいたいさっぱりしている。順調に行かないと、夕食にかかったり、夕食後に残りが出たりして、時間が長引く。長引くのは本人もイヤなようなのだが、じゃあ朝の栄養のあとにすぐ座薬いれたらいいじゃん、と提案しても、それはイヤなのだそう。私も、早く済んだ方だが気が楽なのだが、あくまでも昼食のあとがいいらしいのだ。
 しかし、いまは場所中である。大相撲だ。だいたい午後5時からはテレビの前で相撲観戦することになっているので、そこまでにはすっきりしたい。しかも今場所は、なんとなく応援している高安関の優勝がかかっている。
「ちょっと、アンタ、相撲の時間までにスッキリしとかないと高安が負けるかもしれへんで」
と、座薬を入れる時間を早めるように提案すると、ちょっと笑いながら了承した。
ただ、お昼の栄養のあと、というのは譲りたくないらしく、午前10時に栄養を入れることになって、順調に午後1時くらいに排便成功。そしていまはお尻を休めていると言う次第です(車椅子に長く座っているとお尻が痺れるので)。
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腸炎になった!?

2020-10-10 00:11:39 | がん日記
 事件というほどのことでもないが
退院一週間後に検診があって、これは本当ならもう少し入院してたら
必要なかった検診なんだけど無理めに早く退院したので設定されたのだった。
検診はなにごともなく順調ですということで終わったが
帰りに嬉しくて美味しいパン屋さんでパンをたくさん買って帰ってきて
味覚障害でほとんど食べられないのだが、甘くないパンは一部食べられた
そのことが原因かどうかはわからないが、毎日フルグラで生きていたのが
急にいろんな食材が入ってきて体がびっくりしたのか7月18日土曜日の午前3時
突然の腹痛が始まる。すぐ排便しておさまると思ったらそれから1時間ずっと痛い。
4時すぎてもおさまらないので、「とにかく何かあったら夜でもいいから電話を」と
言われていた九大病院に電話。症状を話すと、入院中の主治医はいなかったらしく
同じ課の別の先生に確認してくださったが
「がんの治療とは関係ない症状と思われますので、我慢できないようだったら
救急にかかってください」とのお返事。
救急医療情報センターに電話する。
(少し余裕があるときは119より前に相談できる窓口がどこの市町村にも
あると思うので、元気なときに調べてリビングなどに貼っておくといいですよ
福岡市の場合は092-471-0099です)
この時点ですでに午前6時近かった。
「休日診療はどこどこ病院ですが今日の当直はお腹痛の専門では
ありません」と言われ、行くべきか行かざるべきか悩む。
急患診療センターに電話すると「きてくれてもいいけど6時半で当直の
先生は帰ってしまいます」なんですとおおおお。
車で行ってぎり間に合う時間態だけどタクシーを
呼んでいたら多分間に合わない。
結局様子をみることにして電話を切ったが
お腹の痛みはぜんぜんおさまらない。
自分で車を運転して行ける気もしない。
この2時間半脂汗を流しながらの電話のやりとり
排便後も痛みが続くというのを経験したことがなかったので
これは普通の状態と違うと判断して
結局救急車をよぶことになった。
マスクをして救急車を待ち、横になって待つ。
ベッドの上には同居人、床に敷いたマットに私
私の枕元には同居人用の吸引器。
到着した救急隊員さんは、私と同居人を見比べて
まず「この吸引器はどなたのですか?」
と尋ねた。夫のです、と即答する私。
これまでの経過を、ふとんの上でクッションを抱きしめたまま
救急退院の顔も見ることができず(お腹が痛いので)受け答え
痛みはずっと続くのではなく波がある
救急退院が到着してから少しずつ和らいでいた
その様子をみてとった退院が「歩いていけそうですかね?」
ときき、うなづいて立ち上がるワタクシ
ゆるゆると歩いてなんとか救急車の人になり
病院を決めるのに、しばらく相談したあと
山王病院で受け入れてもらえることが決まり
担ぎ込まれた。そしてCTスキャンや血液検査の結果
腸炎ということがわかり、痛みが和らいだすきを
ねらってタクシーで家まで帰ってきたのだった。

それから4日間は寝たり起きたりで
処方してもらった薬もきくんだかきかないんだかで
どうにも辛い時は娘に塾を休んでもらったしてしのいだ
じっと横になっててよければなんとかやり過ごせるのだが
起き上がって同居人のあれこれをやるのがとにかく辛いのだ
食事の介助はまともにできなかった
立っているのが辛いのである

腸炎というものに初めてなったが
この4日間は入院期間の一番辛い時より辛かった
腸炎あなどりがたしです
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退院して1ヶ月半

2020-08-25 11:52:38 | がん日記
退院後1ヶ月くらいから、味覚障害がどんどん良くなった。

退院してから今までを振り返ってみよう
放射線が終了したのが7月6日で、普通なら一週間かそこらは
様子をみたあとでの退院となるのだが
とにかく早く退院したいと言って10日金曜日に退院した。
自宅療養の同居人を浪人生の娘が介護している関係と
コロナのご時世により、退院も当然一人で行う。
まわりの患者さんたちは
こんなご時世でも手術のときと入退院時くらいは
家族の付き添いがあったが
当方はそんな事情で、80日間完全に一人である
途中、時間をもてあましてマスクを作ろうと思い立ち
裁縫道具と古Tシャツを送って貰ったり
味覚障害でフルグラしか食べられなくなったので
病院内のコンビニでは売ってない種類のフルグラを
送ってもらったりはした。

退院の日は、それまでの費用を精算し、退院後の薬を貰うという
ミッションがある。この精算というのが事務方からあがってこないと
こっちはにっちもさっちも動きがとれないのである。
午前10時くらいに請求書が届くというので
それまでに荷物を全部まとめて完璧に準備をして
ベッドに座って待つが、10時を過ぎても一向に
請求書が上がってこないのだった。
ベッドに座って窓から空を眺めていると
ゴッドファーザー1、だか2だかのシーンを思い出す。
イタリアから逃げてきた
少年ヴィトー・コルレオーネが、検疫を待つ間ベッドに座って
足をぶらぶらさせていた光景
窓の外にはマンハッタン
ベッドに座って足がつかないくらい
小さい男の子が一人でマフィアから
殺されないためにアメリカに来るなん、と
考えただけで涙が出そうになって
自分のババア加減にびっくりする

55歳のボウズ頭のババアがベッドに座って
足をぶらぶらさせたところで
可愛らしくも可哀想でもないのだった。

そこへ向かいのベッドに新入居者があり
挨拶すると、わたしのボウズ頭をみて
「私もそうだったから、ちゃんと髪の毛は
はえてこんなふうになるわよボウボウに」
と励ましてくださる。
そのかたはリンパ郭清した後遺症で派手な浮腫みが
出てしまいそれを手術するので入院されたそうだ。

まあ私はコッパげる前も、そんなにボウボウでは
なかったので、ほどよく以前の薄毛の猫毛が生えて
来るんだろう。
心配はしてなかったけど、私よりちょっと年上女性の
気遣いを嬉しく思う。

いろいろを済ませ病院前で客待ちをしているタクシーに
乗り込み、病院近くの有名パン屋さんに寄ってから自宅を
目指してもらう。
タクシーの窓から見えたバーの看板がゴッドファーザーの
ロゴのまんまパクリで写真を撮る。オマージュかな。
リスペクトかな。バーの名前はマリオネット。
家に着くと、浪人生の娘が嬉しげに迎えてくれる
同居人はベッドの中で号泣。
まあ別に感激して泣いてるわけではないと知っている。
なにしろ警察24時とかの暴走族の面白映像とかで号泣するのだ
何がスイッチか、もはやわからない。
心身ともに疲れ切っているだろう娘を労りたいが
自分も80日ベッドでだらだらしていたので
体がなまりまくっている。そしてまだ放射線の影響下にあり
白血球も2000無いのだ。
普通に介護生活に戻るが、夕食後のおしっこや体交などの
時刻には疲れがでてしまい。娘とバトンタッチ。
就寝前の1、2回の介助を休めるだけでもぐっと体が楽になる
いざとなったらフルに介護できる人がいることの安心感よ。
ところどころ疲れがでつつも
日1日、だるくて横になりたい、という時間が減っていく
3日もすれば入院前と同じように介護できるようになった

と思った入院一週間後検査の翌朝、というか午前3時
事件は起こったのだった。
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退院しました。

2020-07-16 11:28:14 | がん日記
 4月22日に入院して、80日目の7月10日に退院した。
放射線は予定の35回をやり終えたが
3回のはずの抗がん剤は肝臓の数値が下がった関係で2回目で中断。
抗がん剤は、再発を防ぐ予防的なものなので、まずは放射線を
やり終えたことを良しとする。

入院翌日から抗がん剤は始まり、その二週間後に髪の毛が抜け始めて
一週間くらいで毛の薄い新生児くらいの頭になった。
しばらくそのままにしといたが、いつまでもばらばら抜けるので
剃髪した。わりかし頭の形がいいので、坊主スタイルはまあまあ気に入った。

抗がん剤の副作用の吐き気などは、薬でだいぶ軽減できるものの
ピーク時はやはり横になって枕を抱えているしかなく
活字も映像も頭に入らない。
そのピークは3日くらいなので、そこを過ぎればだるいながらも
本も読めるし映画も見ることができる。

抗がん剤は2回しかしなかったのが、1回目は2回に分けてやったので
そのピークは3回計9日くらいだった。
1回目のピークのときに頭痛が勃発し(6月15日)
寝たら治るタイプのやつじゃなかったので、結局一週間続いた。
痛み止めを飲んだらなんとか治るが、切れると復活する。
6時間あけてまた痛み止めを飲む。
喉の痛みのために1日に4回カロナールを飲んでいたが
それに加えてロキソニンの二段構え
この頭痛と吐き気&倦怠感のときが一番辛かった
と思ったが、あとから考えると、そのあと喉痛はどんどん
ひどくなり味覚障害は食べられるものが減る一方だったので
辛さの種類が変わっただけかもしれない

味覚障害以外は、過去に経験したことのある種類のもので
副作用を和らげる薬も各種用意されていたので
ガンをやっつけるためと思えば耐えられないものはなかった

辛かったといえば、留守宅に残された同居人と
子供達二人の方が辛かっただろう
二人とも一通りのことができるようになり
立派なヤングケアラーとなったので
同居人には申し訳なかったが、そこは安心して
入院することができた

簡単にかけないこともいろいろ、まあいろいろあったが
なんとか生き延びて退院し、2ヶ月後に検査で
ガンがなくなっていたら幸い
残ってたら、手術するかもしれず
別の方法かもしれず
それはまたそのときのこと
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放射線のための型取り

2020-05-08 16:28:32 | がん日記


そういえばワタシの実母も癌サバイバーであった。
38歳くらいのときに子宮癌をやっている。(年齢は適当)
その後、再発せず糖尿病を長く患いその合併症により亡くなった。

実父も胃癌をやって切除し5年以上生きているから
まあ癌をやっても死ににくい家系かなと勝手に思い込んでいる。
2人に1人はかかると言われている現代、家系もなにもないけれど。
信じて都合がいいことは信じることにしているので。

入院して2週間が過ぎた。
留守を守っている子どもたちには長い日々だろうが
こっちはあっと言う間だった。
翌日から抗癌剤を始めて、1週間後には終了したが
副作用のピークはその直後5月1日だった。
それまで、抗癌剤投与から3日目で5kg体重が増加
それはおもに水分なので顔もむくみ
投与開始日に突然2本抜歯したこともあり
顔が蹴って転がしたいほどになっていた
利尿剤でおしっこをシャーシャーとだすとともに
体重は減少したが、まず下痢と倦怠感がじわじわときて
ずっと横になっていた。
椅子に座る気が起こらない。
だるい倦怠感のなか、食欲だけはまったく衰えず
三度三度おいしくご飯はいただいていたが
とうとう5月1日の夜は一口も口に入れられなかった。
と書いたが、りんごは食べたのだった。吐き気止めをもらう。
吐き気と言っても、こみ上げるまではない
ただ、体を起こすと気分の悪さが増すので
とにかく、起きるのがおっくう。
夕食時にもらった吐き気止めは、すぐにきいた
20分くらいで、ちょっとだるい感じの倦怠感になった。
薬のちから偉大だ。

入院してからずっと、なにかの拍子に気持ち悪くなるおじさんのこえが
聞こえていた。いわゆる絵図きごえである。
そんなに長くは続かないが、1日に何度かはやってくるようだった。
これはちょっと辛そうだった。
それも気づけば、ここ1週間は聞かなくなった。終わったのかな。

このへんから微熱が出た。
7度とか7度1分とか
それもあいまって、やはり倦怠感は続いた。

吐き気があると本すら読めなくなるが
微熱程度ではミレニアム4、5、6(ハヤカワ文庫)が
読めてしまう。
逆に、映画やドラマは見られなかった。
思った以上に目から入るたくさんの情報には
ヤられるらしい。5月3日の深夜、大雷の日に38.4分を記録して
それが最高の熱だった。
それ以上に上がると、どっかが感染症を起こしている
ことになるので、ナースコールをしてと
厳命される。
なぜなら8度4分まででたときは
「熱がでとるな」と思っただけで
そのまま雷に驚くことに集中していたからだ
天変地異が起こったと思って
飛び起きたくらいの雷だった
うちの犬並みに雷が怖い浪人生は大丈夫だろうかと
切なく思う

そして翌朝、熱は7度3分くらいに下がっており
なにかが暴れて熱が上がってるなら
その暴れてるときに血液検査をしないと
特定できないから、熱があがったら教えてと
言われたのだった。
5月4日を最後に発熱はおさまり
同時に倦怠感も去ったのであった。
それからの4日間は映像見放題祭りだった。
ABEMAで無料放送していたAKIRA
ミエゾウのおすすめ四畳半神話体系(アニメ)
TverでJin(村上もとか原作 ドラマ)
家に全巻あるのにネットで読んだ動物のお医者さん
に触発されてテレビドラマもちらっと

髪の毛はまだ抜けない。
と思って手櫛をやってみたら
6本くらいは抜けた

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入院6日目

2020-04-27 16:18:29 | がん日記
待ちに待ったレンタルWi-Fiが届く
簡単すぎる設定
初めてインターネットに接続した1995年から考えると
隔世の感である

抗癌剤第一回目は本日の深夜に終了
いまのところ気分が悪くなったりという副作用はなし
これから出てくるのだろう
放射線の説明を受ける

一定の温度で変形するプラスチックのネットで
肩から上の型取りをして、そのネットにがぱっとはまって
動かないようにして放射線を当てるのだそうだ
閉所恐怖症のワタシに耐えられるかと思うが
ネットだからそこまで閉塞感はないそうだ

放射線科は地下にあり、そこに行き着くまでに
「安置室」などもありドキドキしながら通る

偶然持ってきた本の中に
上橋菜穂子「鹿の王 水底の橋」(角川書店)
木皿泉「さざなみのよる」(河出書房新社)
がありむさぼり読む

医と死の本である

どちらの本もワタシをゆったりとさせてくれた
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抜歯

2020-04-24 17:46:55 | がん日記
2日たった。
入院して。
昨日から抗がん剤は始まっているので
どこに行くにも点滴台をお供に引き連れて行く

入院していると、患者はそこにいて
いつでも診療し放題である

入院した日は、12時に入院手続きをして
病室に入り、持ってき忘れたカップなどを
売店にて購入し、着替えや洗面用具などを
良きところにセットしたらもうすることがなく
4時20分頃に主治医の耳鼻科の先生と
病棟の耳鼻科の先生2人から診察を受ける
病棟の先生が若い女性で主治医から
指導を受けているようだ。
鼻からカメラを入れて患部を見せる
そのあとエコー

診療室は病室から近く、ナースセンターより近い
すぐだ。
それで気が楽って言うわけじゃないだろうけれど
診察終わって部屋に帰って
晩ご飯食べて、まったりしてたら
7時半くらいに
主治医が急にやってきて
「ちよっと、組織とらせて
喉をちよっとかじらせて」
と、言いながら連行されていったのだった。
そして鼻からカメラ
じやなくて、組織をかじる何かを入れられて
3箇所かじられたのだった。
もちろんちよっとは痛い。
あだだだだ
というくらい。

まあ、万全を期すために、いろいろやって
もらっているので、それは有難いことなのだ。

そして今日、歯科検診が、あった。
放射線治療をすると
抜歯することが出来なくなるのだそうだ。
なので、虫歯はやっつけとかなくちゃならない
検診すると、虫歯が二本あった。
じゃあこれは月曜日から一本ずつ抜きましょう
ということで診察は終了
部屋でまったりしてたら、16時に歯科まで来てって
看護師さんから連絡

そして行ったら
2本を一挙に抜いたのだった。
タカクラ史上最高に緊張しない抜歯
いきなりだから
心の準備とかないから
麻酔も抜歯も上手で
殆ど痛みらしい痛みはなかった
楽ちんだった
全部で、小一時間

診療に特化した日々です

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下咽頭癌になった

2020-04-22 13:50:39 | がん日記
タイトル通りだ。
昨年ワタシは食道癌のごく初期のヤツをやり
内視鏡手術でやっつけたワケなのだけれど
今度は、それとは関係ない別途の
下咽頭癌が発生した。
手術をして取ると、それは声帯ごと、というオオゴトに
なってしまうので、化学療法で行きましょう
ということになり、今日入院したところだ。

リンパ節転移がありステージは4
ほかの癌だとステージ4だと末期みたいなイメージが
あるかもしれませんが、十分治療が可能だと
思っています、と主治医に言われたので
素直にそれを信じている

新聞連載の眼述記は2017年の秋から始まり
それからずっと同居人(という名の夫)
のことばかり書いているので
ここらで自分のことを書くのもいいかなと
数年ぶりにブログを更新してみるのだった

2人に1人は癌になると言われてる現代
その2人分を1人で引き受けているので
確率的には誰かが助かっていることになる
ん?なるのか?

まあ、食道癌をやる人は、
その癌を引き起こした原因が
別の癌を引き起こす事が稀ではないそうだ。
それはすなわち喫煙と飲酒
喫煙は31歳ですっぱりやめたものの
飲酒は365日の人であった
お医者さまの話を総合すると
強いお酒を嗜む人ほどリスクが高いそうだ
食道癌で酒はやめたのだが
(やめられた自分に驚いた)
若い時の強いお酒で痛めた喉や食道は
のちにジワジワ来るんだそうである

ということで、
お酒はダメだという気はまったく無いのだけど、
薄めて飲むのが吉ですよ
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津川雅彦 死去

2018-08-08 00:38:13 | 映画
https://mainichi.jp/articles/20180808/k00/00m/040/216000c

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やっと自分の時間

2018-05-06 22:34:35 | 日常


現在、23時34分

ペットボトルとビンの回収日なので、一ヶ月分のペットボトルとビン類を
いま回収場所に出してきた。

明日の朝ごはんと娘の弁当のためのごはんは
炊飯器でタイマーセット済み。

これからゆっくり、本を読んだり、ネットに耽溺したり
SNSに「いいね」をしたりするのだ。

「やっと自分の時間」
と書いたけれど
そんなに明確に自分の時間はなくて

これから1、2時間くらいはたぶん同居人はぐっすりで
なので、このブログを書いているんだけど

状態によっては、午前2時に起きたり
午前3時に起きたり
午前4時に起きたりするのだ

起きる時間の法則は、まだわからない

ただ、わたしを呼ぶ声が聞こえる
「うーうーうー」

わたしは起きる

「おしっこがしたいの?」
「目がかゆいの?」
「鼻がかゆいの?」
「でこがかゆいの?」

どれも違う


「でこと髪の境目がかゆい」

えーーーーー、そこかーーーー

ピンポイントでそこかーーーーーー

がしがしがしがし(境目をかく音」

というような毎日です。




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