本屋タカクラの日記

野良(放浪)書店員の日常

溶連菌に感染してみる

2011-11-02 10:42:15 | 日常
 喉が痛かったので、風邪薬を飲んで寝てたが、翌日もっと悪化してた。
扁桃腺が本格的に腫れてる。熱もある。
昼間は小学校のバザーの店番、夜はブックオカのイベントがあるのに!
38度くらいの熱ならインフルでなければバザーもイベントも参加するつもりで病院に行った。


「溶連菌でました」



「よ、ようれんきん?」(なんか聞いたことあるぞ)


小学校で誰かのお母さんが話してた
主に子どもがかかるものだけど、大人もなるのよ

と言っていたような


そのたまにかかるのよ大人も
の大人になってしまったのか

つうかご飯も食べられないし
熱はどんどんあがってくるし
これは流石に無理と点滴を受けてる間に諦め
病院から帰り道に関係各者に連絡し平謝り

本当に申し訳ありません
この場で改めてお詫び申し上げます



そいでじっくり寝込んだワケですが
これが思いのほか苦しかった

とにかく熱があるので汗が出る汗が出る

シーツやパジャマの替えも底をついて
バスタオルやジャージや
使えるものを何でも使う

それでも足りなくて
どうしようもないので鎮痛剤を飲んで
小一時間楽になった隙に洗濯をして干す

食事は外食や買ってきたものを賄い子らの面倒を
みることは厭わない同居人だが
洗濯や炊事などの家事は一切やらない
これはいっそ清々しいほどだ
ハナから当てにしてないけど

その翌日、熱は37度代に下がってきたが
喉の痛みが尋常でなく耳も痛い気がしたので
急患診療センターで耳鼻科にかかる

ここでもいろいろなことがあったが
それはまた後日

で、また鎮痛剤を飲んで、なんとかラジオの仕事には行く事ができた

そして
発病四日目の晩にようやく晩ご飯を拵えることができたのだった

あとは抗生剤を10日間くらい飲み続けて
溶連菌さんを死滅させるのだそうだ

これをちゃんとやんないと
腎臓がおかしくなったり
中耳炎とかになったり
の合併症が起きてしまう
ナメると恐ろしい病気なんだそうだ

ということで
山盛りの洗濯物と洗い物と格闘しつつ
まだ喉がちょっこし痛いタカクラでした。


ご迷惑をおかけした皆様

本当にごめんなさい






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ブックオカ2011

2011-10-11 23:11:07 | 
が、そろそろ始まります。

ワタクシは、実行委員というのは名ばかりで
いろいろのことを決める会議には全く出る事ができず

というのも、昨年から書店員ではないし
だからゆえに、もうまったく「企画」とかが思い浮かばず
さらには、子らが思春期に入るのでなるべく家を空けないようにしたい

などがあり、「実行委員」とかではなく
ブックオカの「小間使い」あるいは「にぎやかし」くらいの
ところにいます。
ホント言うと、にぎやかせてもいません。

うんだがしかし
昨年はパンフに「もしドラを作った男、加藤貞顕氏」についての
作文を載せて頂けて、あろうことかトークライブの司会まで
仰せつかった

僥倖でありました。

で、今年もまったく役にも立っていなかったのですが

配布される小冊子に拙文を載せて頂けるようでございます。

ちょっと前のブログで、講演のことを書きましたが
そのときに作った原稿が23000字で、これで100分お話しました。

その23000字を、2000字に縮めたらこうなりました

という2000字が掲載されています。

書いてみてビックリしましたが
23000字が2000字に縮まる事にもビックリだけど
縮まった文章も結構面白いことにもビックリ

これは自画自賛か
あいや失礼いたしました

10月20日から始まるブックオカ

本屋さんで、街角で、意外な
本との出会いがありますように

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夏休み終了

2011-09-03 23:27:24 | 日常
まあ、ウチの子たちは宿題も問題なく終わらせてる様子だし
すげえなあ、とか思ってたら

まさかの8月31日に
息子ミエゾウ(中一)は、「英語の一日1ページ英文をノートに書く」
という宿題を、聞いてないふりをしており
娘ムギ(小4)は、夏休みのプリント以外の宿題「計算ドリル一日1ページ」
という宿題も実はあった、と白状し

二人とも、まったく手を付けてない宿題があったことを
31日に告白し、親が「もう、忘れていったらええやん」と
言いそうになるのをよそに

ムギは午前2時ちかく、ミエゾウは午前3時過ぎまでかかって
やりとげて、意気揚々と始業式に行きました。

あたしゃ、ムギのまわりで洗濯物をたたんだり
必要以上に床を磨いたり
ときどきはムギの首やら肩やら頭やらを
マッサージしてあげたり
眠気を振り払うさまざまなことをしてましたが
ミエゾウにまではつきあえませんでした。

宿題は、していかないならしていかない
するんなら毎日こつこつとやる

どちらかにして欲しいもんだと思いました。

まあ、でも、腹をくくれば夏休み40日分の
宿題を一晩でやれることもわかった8月31日では
ありました。
一科目に限り、ですが。
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本との出会い方----本に助けられて生きてきた----

2011-06-28 20:15:47 | 
こんなタイトルで、100分ほど話をする
という、お仕事の内容ですが

文字通り、本に助けられて「生き延びてきた」ので
話すことはいっぱいあるのでした

これまで、新聞やラジオで少しずつその経験を
コラムにしてきた、と言えるのですが

小さいときから順を追って、というのは
公にはしたことがなかった(ミクシでちょっと試みた事はあります)

ので、この機会に
自分の読書遍歴を振り返って、お話する内容を
まとめていったのでした

その結果
・書店員になったワケ
・なぜ本を読むこどもになったのか
・初めて読んだ大人の文庫
・5年生のときにわかったこと
 (自分は生きていく価値が無い!?)
・中2で、ようやく自己肯定
 「家族八景」との出会い
・自己肯定した瞬間に京都から九州に家出
高校受験から高校時代
・高校2年で自己肯定第二弾
 「カラマーゾフの兄弟」
 (パンクロックとの出会い。町田町蔵)

という話の骨格を決めて行ったのですが
実際にお話しできたのは、このへんまで

その後、微妙なパンクバンドを組み
適当に活動し
高校を卒業し
九州に帰って書店に就職し
いろいろがあって
新聞にコラムを書いたり
するようになるまでの話が
原稿では延々と続くのですが

そのへんは、もう5分くらいで
なんとか福家書店で作ったコミックカタログと
コミックエキスポ85の話を無理やり入れ込んだ

かたちで、司書としてお子さんにかかわるときに
どうか子供が選んだ本に「ダメ」を言わないで
頭の中で思うのは自由だけど
そして
こんな(私のような)問題児なお子さんも
本に助けられてなんとか生きてきたのだと
頭の片隅にでも
ちらと思って頂ければ
これにまさる喜びはありません

という締めくくりで終えたのでした。


こんなような話で、どれだけ笑って貰えるか

ってところを目指して準備したので

講演終了後に、ロビーの片隅で本の販売をさせて頂いて
「楽しかったです〜……きっと同年代ですボソボソ」
と感想を頂けたのが望外の喜びでした

本を売る仕事を25年くらいやってきましたので

一冊の本に千数百円出す、という事の
重さを、フツーの人よりはわかっているんじゃないかと
思います

簡単に買えないです

なので、こんなような話に
少しでも笑って貰え
「もっとききたい」
と思って頂けたのだなと

本をお渡ししながら実感しました

自分の本を自分でじか渡しで売れるなんて
本当になかなかできることではありません

ほんとうに、ありがとうございました
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「福岡県学校図書館協議会 学校司書部総会」で講演

2011-06-24 14:49:17 | 
タイトルの通りなんですが。
昨日、23日に、アミカスのホールで
なんと100分ものお時間を頂戴して
「本との出会い方ー本に助けられて生きてきた」
という講演を行いました。

わたしの本や、新聞の記事などを読んで
ご依頼くださったと思うのですが

小さな会議室で、お話する
という経験は何度かありましたが
300人収容のホールで、というのは
なにぶんにも初めてで

最初にご依頼頂いた時には
「ホールでというのは初めてですが、本についてなら
45年分お話しすることがありますので
おうけさせて頂きます」

と5月の上旬でしたか、お返事しましたのです。

おうけしたのはいいけど、喋れるのか自分!?

ということで、とにかくもう全部原稿に書いてしまおう
と思いました。

まず「なぜ書店員になったのか」
というタイトルで、しゃべり言葉で10枚くらい書いて
その原稿を、ゆっくり読んでみて5分で何枚かという事を
調べました。

そしたら、丁度3枚で5分。1200字で5分。

時間は100分。最後の15分くらいを質疑応答にするのでも可

でも、そんなに質問なんて出ないだろうし
予想以上の早口で読んでしまったらいかんし

とりあえず100分と想定すると24000字
原稿用紙換算で60枚

よし、何が必要かはわかった

あとは、プロジェクターがあるというので
本の書影などがあれば、間が持つかなと

とすれば、ノートパソコンはウインドウズなんで
パワポは入ってないのでOpen officeで準備をすることに

まず「アイデアプロセッサ iEdit」というフリーソフトで
見出しを考えて、そのあと本分を書くというスタイルにし

そのソフトは、書いたものをベタのテキストや
HTMLに出力する機能があるので

読みやすいように話しやすいように
息継ぎのところで改行するように本文を書き

それをテキストデータにして
今度は、文字数カウントのために
「MKEditor」に張り付け、改行を除去し
20字詰めで何行になるかカウントした。

プリントアウトは、テキストデータで
息継ぎで改行してあるので、A4サイズ26枚に

原稿の準備が済んだら、それに沿って
プレゼンソフトで、書影や自作のマンガなどを
取り込み画像資料の作成。

家にある本を集めて、ないものはネットで探し
1975年物のジュリーの写真をネットで見つけるが
著作権の問題があるので、それを画像資料にするのは
自粛した。

本当は、ジュリーの匂い立つようないろっぽい
写真をみんなで見て、ため息つきたかった
ジューリイイイイイイイ!

あ、ちがうちがう
「はあああぁ。松潤、めじゃねえ」

ということで、準備万端整えて
本を売ってもいいとのことなので
書肆侃侃房にも連絡し
若い衆を一人寄こしてもらえることになり


そして、昨日本番。

緊張することはするが、とにかく喋る事は
いっぱいある、ので

リラックスしてのぞむことができ

同世代の方も結構いらしたので

ジュリーだの
ガラスの仮面の北島マヤちゃんだの
で、楽しんで頂けた、ように思います。

わたくしが、一生のうちに人を好きになる心が100あるとしたら
そのうちの50は使い果たすぐらい好きになった人に
高校3年生のクリスマスプレゼントに
「家族八景」と「二十歳の原点」を贈った話を
したときは、同情のような呆れたような失笑が
湧き上がりました。

会場のみんなの心が一つにまとまった瞬間でした


「そんな女を好きになる男はいない」


全員の頭に同じ言葉が浮かんだことでしょう



いや、本当に楽しい経験をさせて頂きました


お話をきいてくださったかたありがとうございました
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ジュンク堂福岡店さんのフェアに「書店員タカクラ〜」

2011-06-13 06:34:30 | 本屋さん裏話
二階で「本屋の裏側のぞいてみませんか」というフェアで
拙著「書店員タカクラの本と本屋の日々。……ときどき育児」
を積んで頂いてます。
二階のカウンターにいらした綺麗なお嬢さんに
「あ、あの、あの、タカクラと申しますが
あそこに自分の本を積んで頂いているので
写真に撮らせて頂いていいですか?」
とお願いして、撮影させて頂きました。
お嬢さんは、どなたか責任者の方にすぐ確認して
くださって、気持ちよく対応して下さったのでした。

よーくみてくださいね。
右隣にあるのは
早川義夫さん「ぼくは本屋のおやじさん」(晶文社)
左隣は福嶋聡さん「希望の書店論」(人文書院)
下は田口久美子さん「書店繁盛記」(ポプラ社文庫)
感涙です。

早川さんの本は私が高校二年か三年生のときに
山科区の図書館で偶然出会って
わたしが本屋さんになるのに強烈な影響を
もたらした本なのだった。

図書館で目に入ったときは
「え、早川義夫って、あの早川義夫?ジャックスの?
本屋のおやじってなに?」
と手に取ったのだった。

伝説のバンドのボーカリストが本屋さんに
なっていいるはずないよな、と思って
手に取って、めくってびっくり
確かにあの早川義夫だった。

ソロで再デビューする随分と前の話だ。

本当に恥ずかしく短絡的なんだけど
この早川さんが、店でお客さんに
書店通信のようなものを配っていて
それがすごく面白く
「本屋でこんなもの配る人になりたい」
と強く思ったのが
書店で働くことを意識した最初だと思う

そんな本の横に並べて売って貰えるなんて

このコーナー六月末まで開催するそうです
お近くの方はぜひお立ち寄りを!
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晩御飯

2011-05-27 23:22:58 | 日常
料理を作るのは嫌いじゃない。
むしろ好きだ。

食べるのも大好き。

だから、美味しいものを作ろうと
日々思うのだけれど

子らと、同居人の食べられるもの
食べたいものが違い過ぎて、ときどき


ぐああああああ
おまえらのメシは金輪際作らん!

今日限りで家出します




と、言いたくなる
瞬間が少なからずある


なにしろ

娘は毎日
「お好み焼きかたこ焼きかハンバーグ
それがだめならトンカツ」
とリクエストする

息子は毎日
「クリームシチューかビーフシチューかカレー」

炊き込みご飯は二人とも大好きで
味噌汁は息子は好きだけど
娘は好きな具だけ食べて汁は飲まない
「豆腐の意味がわからへん」
というのは娘の弁


「味が無いやん」
「なんなんあれ?」
「栄養あんの?」


「ぜんっぜん食べたくない」



はあ、そうですか……




そして同居人

わたしが
晩御飯なに食べたい?ときくと


「なにか選択肢を提示して」


「ほいこーろ」


「いや」

「ハンバーグ」
「いや」

「マーボードーフ」


「いや」


「パスタ!? トマトソース?」



「いや」





「もう! 焼きそばは?」



「いや」



「なにが食べたいねん!!」






「美味しいもの」





「おまえら!!!(同居人含む)」


「お母ちゃんが作って出したものに
文句ゆうたら、お母ちゃんは二度とごはんを
作らへんからな!!!!」

「お前らの意見は聞かん!」



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元の職場の同窓会

2011-04-19 21:43:06 | 本屋さん裏話
昔の上司と昔の先輩と飲んだ。
消費税というしくみが出来たときに一緒に働いていた仲間だ。

消費税3%が課せられたのは平成元年

それまで書店では10円未満の料金設定はなかったので
1円5円は消費税導入して初めてレジに常備されるようになった

だいたいのお客さんは黙って消費税を払ってくれたが

ときどき
買いたい雑誌のここが痛んでるから税金分負けろ
とかいうお客さんもいて
そいじゃあまけとくよ
っていうふうにはいかないのが
仕入れ原価がシビアな書店業界なわけで
それより以前に、再販売価格維持制度というものがあり
書店で売り値を変更できなかった

当時の店長は、そのようなお客さんに
「申し訳ありませんが、税金をお支払い頂けないのであれば
その商品をお売りすることはできません」
というような説明を根気よくなさっていた

ある時またそんなような「税金分まけろ」の
お客さんがきて、レジの従業員さん(たかくら含む)
が困って
店長を呼んで
上記のような説明をしたのだった

税金負けろのお客さんも
責任者から説明されて
納得したかにみえたんだけど
大声でねじこんだから引っ込みがつかなかったのか
消費税分の一円やら五円をレジの人に渡さずに
通路にぶちまけたのだった

わたしはその時たぶん二十代半ばだったと思うけど

お金を投げてよこすような人は「客」じゃねえ

と思ったのに

店長は、投げられた1円やら5円を丁寧に拾い集め
その「客」に向かって
きちんとお辞儀をし
「お買い上げありがとうございます」
と言ったのだ

経緯はどうあれ
お金を払って本(商品)を買って下さる人は
お客様なのだと

その時に骨の髄まで叩き込まれたような気がします

でも、昨日の飲み会では
その同じ上司が (もう還暦なのに)
最近
あまりにも理不尽な若いお客に
殴り掛かって、返り討ちにあったときいて
驚愕

アンタ!教えてきたことと違うやん!?

理不尽な爺さんはもうイイ
もう教育してあげる必要はない

でも若者には、真剣に怒ってあげる大人が
いるんじゃないかと思ったんだよね

ですって

ま、殴り返されてるワケですが

この上司の元で、社会人一年生をやれたことは
わたしの人生の中でもかなりラッキーな事だったと

と、思った23年目の夜。
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「なごみゃあ会」出席

2011-04-14 19:04:41 | 日常
「なごみゃあ会」と言っても、どういうことがわからないだろう
詳しくは「なまもの日記」http://www.namamono.com/blog/index.html
にある通りだけれど

作家の碧野圭さんが実家がある名古屋に
「ブックマークナゴヤ」という本のお祭りに合わせて
帰省する、ということで、そいじゃあ名古屋在住の作家さんと
その担当編集者さんや、書店員さんや、書評家さんなど
本に関係する人々が集う会をすることになり
いろいろお声かけをした結果30人近い方が集う会になったのだった

なんで、名古屋在住でも出身でもないタカクラがそんな会に
首突っ込んでんのかよ、という話であるが
この会の主催者が上記の「なまもの」サイトをやっている
書評家の大矢博子さんで、その大矢さんとタカクラは
15年来の友人(って言うのも厚かましいですが)なのだ
このへんは過去に書いたので省略するが

「ブックマークナゴヤいきてえな」とかツイッターで
つぶやいていたら「じゃあくれば」と言われて
京都への帰省の予定の中に組み込んだのだった。

そんな怪しげな集まりには行かん
という息子ミエゾウは同居人の実家に放り込み
ブックオカ大好きな
(夜わたしが出かけて行くのは全部ブックオカだと思っている)
娘ムギを連れて名古屋を襲撃したのである。

いろいろお話をさせて頂いて実に楽しく充実した会であったのですが
いかんせん人数が多く、時間にも限りがあり
もっともっとお話していたかったと名残が惜しまれるのだった

初野晴さんは、女性と思っていたらイケメン男子でビックリ
「ひまわりっ!」の話で盛り上がらせて頂きました。

あと名古屋駅出たところには巨大おねーちゃんの像があり
人々は、その股下を通る仕組みになっていて
わたしゃ上を見上げなかったので知らなかったが
通り過ぎたあとでムギが
「いまの、パンツはいてなかった
お尻がみえた。ウヒヒヒヒ」
と笑ったので
あの巨大おねーちゃんは
いったい何人の人からスカートの下を覗かれているのか
気の毒に思ったのだった

あと、名古屋駅の前には黒く怪しい
ぎゅいーんとなってる高いビルがあった
バベルの塔とか呼ばれたりもしてるらしい
本当にぎゅいーんとなってるから名古屋へ行く人は
ぜひ確認してください

ぎゅいーん
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大切な人を失うということ

2011-04-09 23:16:44 | 日常
ものすごくたくさんの人が、大切な人を失っている。
大切な人もだけど、家屋や衣服や本やビデオや写真や
とにかく全てのものを失っているひとたちがいる

想像することはできる

どんなにか辛かっただろう
恐ろしかっただろう

でも、それは「わかる」こととは違う

それは「わからない」ことだ

申し訳ないけれど、あなたの苦しみは「わからない」

わからない、というところからしか始めることはできない

わたしにできるのは
「わかったように、言わない」
ということだけだ
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