いつもテキパキの警防団長さん、
夢の中でもテキパキです。
昨年10月にスタートしました映画「飛べ!ダコタ」応援4コマ、
スタッフ山本がせっせと描きつづけ、はや10話目となりました。
↓これまでのお話も、ご覧ください。
第1話「Good job」
第2話「出会い」
第3話「文化の違い」
第4話「文化の違い2」
第5話「文化の違い3」
第6話「タカチビジン」
第7話「警備は厳しい」
第8話「ほしいが故に」
第9話「ホームシック」
ダコタ不時着から2週間あまりが経過した頃、
飛行機を飛び立たせるための滑走路づくりがはじまりました。
ダコタを飛ばすためには、
長さ500メートル×幅50メートルの滑走路が必要とのこと。
昭和21年に重機などありませんから、人の手による大工事。
大人も子どもも、厳しい寒さをこらえながらせっせと石を運んだそうです。
ところが、目の前は冬の日本海、
せっかく並べた石が、荒波で何度も流されてしまいました。
それでも、村人たちは石を運びつづけました。
この滑走路づくりに参加した村人は、のべ3,000人とも言われています。
当時は、今のような防寒着もなく、足下は草履。
石を運んだ人たちは、どれほど寒かったことでしょう。
昨日・今日の佐渡も、とても寒かったのですが、
俳優さんらちが風邪でもひかんかと思うて、
やぼん案じるわえぇ~。(訳:すごく心配だよぉ~)
毎日新潟の天気予報を見ていますが
こちらと気温は変わらないのですね
ただ、毎日のように、マークなので
参加する皆さんの体調が心配です
頑張ってください
現場レポートが知りたい窪田君ファンです
やっぱり当時もかなりの寒さの中での作業だったんですね
撮影が始まるという頃から毎日が暴風雪、雪マーク
この中でも撮影が始まっているのだろうか?
と、毎日気になっています
俳優、スタッフ、すべての皆さんが体調崩されませんように
無事に撮影が出来ますように
無事映画が完成されて全国で上映されますようにと
いろんな意味を込めて祈っています。
完成した映画を早く見たい気持ちもありますが、
まずは、無事に撮影がはじまることを願っています。
青森の三沢淋代海岸から飛び立ち、太平洋無着陸飛行に挑戦したミス・ビードル号に協力した村民たちの事を思い出しました。あそこも砂浜に滑走路を作ったんだよな
。
困っている人がいたら助けてやる、そんな人として当たり前の気持ちを、みんなが共有できていたのだと思います。
終戦直後、敵国だった相手に戸惑いもあったかもしれません。それでも「やられろーしぇる!」の掛け声が、あったような気がしてなりません。