「ポジティブ」が強要される背景

2017-01-17 12:13:06 | 生活

前回、お笑い芸人ヒロシの記事を取り上げた。これはブレークすることに伴う大変さ、というかそれが半ば強制的になってきている風潮のきつさ・辛さについて書かれたものである。内容には概ね賛成するとして、自分としては少し違う視点からこのテーマについて述べてみたい。

 

周知のように、いわゆる先進国は第一次産業(農業)・第二次産業(工業)から第三次産業(サービス業)への移行が進んでおり、日本においてはサービス業の占める割合は7割に達すると言われている。サービス業で要求されるのは、言うまでもなくコミュニケーション能力である(もちろん出店戦略なども重要だが)。商品の内容を知っているのはもちろんのこと、それをいかに顧客の状況に応じて魅力的にプレゼンテーションするか、という視点がないと海外を含めいくらでも競争相手のいる今日、成長は元より生き残っていくことも難しい。さてそういう時に、企業や管理職が考えることは、いかにして会社全体や自部署に顧客の心理をつかむような接客方法を浸透させるかにある。だから、たとえ新人でも覚えやすいようなフレーズでまとめ、それを徹底する。すると職場をまとめやすいだけでなく、顧客にとっても一目で違いがわかるため他社とも差別化しやすいというわけである。このような前提において、いわゆる「ネガティブ」さは忌避すべきものとして定義される。「ネガティブ」が必ずしも明確に定義しづらいのがまた厄介なのだが、暗いVS明るい、挨拶しないVS挨拶する、ダラダラVSてきぱき・・・といった具合に-と+の二項対立に落とし込んで、後者を採用すると考えてもらうとわかりやすい。そう、特にサービス業の企業やその管理職は(善悪の問題以前に)戦略上「ネガティブ」を否定し「ポジティブ」なものを前面に押し出さざるをえないわけである。

 

とここまではよくある話で、問題はその次。今述べたように仕事において「ネガティブ」が否定されるのはあくまで仕事においてのことなのだから、仕事中はmother fucker!!と心中で悪態をつきながら笑顔で対応してればいいだけのこととも言える(まあ少ない経験から言っても、相手の立場にたって思考・発言しないと仕事が上手くいかないというのも事実。ただ、それを相手に対する「思いやり」が重要とか言うとネガティブな感情が圧殺されるので、戦場で敵の行動を分析するくらいの割り切った気分でいた方が精神衛生上よいだろう)。しかしながら、ご存知のように、今は終身雇用はないし、企業の生き残り競争も激しくなってきている。そして市場に溢れる自己変革・自己啓発の書籍の数々・・・本来は、たかが企業戦略(←ここ極めて重要)なのに、あたかも「ポジティブでない人間は損をしている」・「ポジティブな人間になって君も成功しよう!」と、「ネガティブ」な人間は出来損ないでもあるかのような世情になってきている(=「空気」が醸成されている)。加えて、日本は先進国の中でも有数の「自己責任」論者が多い国で、たとえ貧窮しても政府が助けるべきではないと世論調査で答えた人が38%だったという(他は、たとえば自立の国というイメージの強いアメリカで28%、イギリスやフランスで8%、ドイツで7%)。このテーマはいずれ詳しく書いてみたいが、端的に言えば「落伍者」にとても厳しい国ということだろう。このような事情があるために、先の企業戦略やそれに適応すべしとする情報の数々は、単なる適応戦略を超えて死活問題となってくる。ここに「何者」で描かれるような新卒一括採用というシステムの特異性と、その基準の不可思議さが絡んできてさらに危機感に拍車がかかる(就職・内定と承認が交錯することの病理)。しかも下の世代になればなるほど、SNSがあることで強制されるコミュニケーションとそのあり方=コメントを返せ・祝えetc...の呪縛も強く、もはやプライベートすら物理的に先の理想とされる人間像に浸食されつつある(ただ、この点については本田由紀荻上チキ土井隆義らの調査を組み合わせながら論じていかないとただのイメージ語り以上のものにはならないが)。

 

このようにして、世を「ポジティブ」が覆いつくそうとしている。しかしそれから抜け出そうとしても、社会での生存戦略やSNSの発達によって難しくなってきている(さて、人工知能の発達はそれにどのような影響を与えるであろうか?)。実はその不安や鬱屈が、自分とは縁もゆかりもない有名人のこき下ろしであるとか、あるいは戦略的ではない(←ここ重要)排外主義といった形で噴出しているのではないかとさえ私は思う(ここでPCとトランプ現象を連想するのも有効だと思う)。

 

ともあれ、今述べたような事情ゆえに、(あえてこう言うが)真面目な人ほど苦しい・生きづらい状況に置かれるのではないか?だからこそ、ヒロシの「ネガティブ」が少なからぬ人にとって癒しとなるのではないか?そのように思うのである。

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