「さんさん録」:家事の習得と絆の再生

2017-01-09 17:07:24 | 本関係

「この世界の片隅に」を読んで感銘を受けた後、現在こうの文代作品をあれこれ読んでいる真っ最中。「さんさん録」もその一つであるが、そのレビューを簡単に書いておきたい。

 

ちなみにamazonの内容紹介は以下の通り。
妻に先立たれた男、参平に遺された一冊の分厚いノート。それは、妻・おつうが記した生活レシピ満載の『奥田家の記録』だった。主夫として第二の人生をスタートさせた、さんさんの未来は、ほろ苦くも面白い!『夕凪の街 桜の国』で大ブレークの著者が放つ、ほのぼのコミカルストーリー!

 

とのこと。題名の「さんさん録」は主人公参平が妻のお通から「参さん」と呼ばれていたことによるものだろう。交通事故により妻に突然先立たれた主人公が、彼女の残した「奥田家の記録」を元に家事を始め、それが引き起こすドタバタや人との交流を描くというテイストの作品となっている。なお、2回に1回が家事を絡めた内容で、もう1回は普通のストーリー漫画という感じ。そもそもは作者も言う「豆知識漫画」を目指したものであり、また「街角花だより」的に毎回オチをつけようとするため、ややリアリティという点では突っ込みどころもないではない。たとえば、息子の嫁さんは普通に参さんに下着を洗濯してもらってるけど、それはどうなのか・・・とかね。まあこれは働きに出ようとする嫁さんをフォローする意味もあって参さんが「主夫」をやることを申し出て、洗濯ものを干しつつもの想いに耽る→「このじじいまじイケメンやわ~」と思わせたところでのオチなので、どのようにダメさを出してバランスを取るかという演出の一貫なのは理解できるが・・・まあそういった点は始めから差し引いて読んだ方が楽しめるだろう。

 

なお、ちょっと特異な印象を与えるのは孫娘の「のな」だろう(由来はラテン語の9か女神の名前かと推測してみるも、あまり本編の内容と関係ないので思いつき?)。老人と言えば「孫には弱い」という話は多い。いくら気難しい人間でも孫を前にすると好々爺になってしまうのである。しかしこの「さんさん録」では、特に初期に顕著だが、孫のことが理解できない、寝顔も見たくない、何を着たってどうせ同じ発言etc...と明らかに可愛がっていない(というよりどう接していいか困惑している)様子が見受けられる。これは後書きにもあるように、そもそも作者の「じじい」観の影響が多分にあると思われるが、一見のなが軽い自閉症っぽくも見えるのは、参さんの行動があまりに不自然になりすぎないようにするための配慮だろうか(ありがちな「子どもは天使」的な書き方をした上で参さんがそれと距離を取るような姿勢を見せたら、感情移入しづらい人物として敬遠される懸念が強くなるからねえ)。あるいはそのようなキャラ設定にしてしまうと、参さんと孫が強く結びつきすぎて他に広がっていかない→そのための家事学習という必然性も弱まるという計算もありそうな感じがする。まあもっとも、「この世界の片隅に」「長い道」「夕凪の街 桜の国」などいくつかの作品を見るにつけ、この作者は人が根本的には理解しあえてないという認識のもとに関係性を描いていることは明白であるため、この「さんさん録」にも同様の特徴が刻印されていると表現することもできるだろう(ただし、暖かみのある絵柄と、コミカルな描き方ゆえにそれが重苦しくは感じられないのが特徴。また、他者であるがゆえに「以心伝心」とか「ツーカー」などというのはありえないんだけど、しかしそれでも人は繋がっている、というスタンスの描写で貫かれてもいる。しかしながら、時折シリアスに他者性が表面化するという描き方をする。たとえば「さんさん録」でいうと史郎の妻の苦悩がそうだ)。とまあ「のな」の描写をめぐっては様々思うところがあった(ちなみに私にしてみるとこの「のな」は可愛くてしょうがなく、自分の親戚にいたら確実に猫っかわいがりしそうだなあとか思ってみたり)。

 

最後にこの作品を通じて一番強く感じたのは、「家事とは、単に家の雑事を行うことを指すのではなく、身近な人を想うきっかけでもある」ということだ。家事というほど大げさではないが、たとえば高齢の方が家にいる場合、風呂の前に脱衣所を温めておくのがよいとか、つまりそこには「正しいゴールに向けての正しいやり方」も去ることながら、身近な人間への配慮が不可欠である。ともすれば、家事はどれぐらい負担するのか(残念な男性目線だと「してあげるのか」)みたいな話になるケースが多いが、そもそもその一歩は家族を思いやることだという原点になる部分を改めて認識させられたような気がする。

 

そういうわけで、「さんさん録」は私の中で愛すべき作品の一つとなった。ぜひ購読をおすすめしたい。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ウナギ業界の闇と消極的共犯者 | トップ | とりあえず »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

本関係」カテゴリの最新記事