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【判例】*間借人の毎月1000円の支払を賃料でなく謝礼であるとして使用貸借の成立を認めた事例

2018年11月15日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

間借人の毎月1000円の支払を賃料でなく謝礼であるとして使用貸借の成立を認めた事例
(最高裁昭和35年4月12日判決 民集14巻5号817頁)


       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。


       理   由
 上告代理人倉石亮平の上告理由について。

 所論の点に関し原判決が認めた事実の要旨は、(1)上告人甲(元家主)は本件2階建店舗1棟を所有中上告人乙が自己(甲)の妻の伯父に当るという特殊の関係に基いて昭和22年中から右建物の2階7畳と6畳の2室を上告人乙(借間人)に貸し乙はこれを借り受け使用する(7畳の方は上告人甲(元家主)も使用する)契約をしたが、普通右の室を他人に貸すとすれば室代は1畳当り1か月1000円位を相当としたのであるが右親戚の間柄なる故室代ではないが室代ということにして上告人乙は上告人甲に1か月1000円宛を支払うことにした、また、(2)上告人甲は右建物のうち2階6畳の一室を自己(甲)の妻の弟で学生である上告人丙(借間人)に昭和28年頃から貸して使用させているけれども、上告人丙(借間人)は上告人甲(元家主)とともに同家で食事しているので食費として1か月3500円宛をこれに支払っており、別に1か月1000円宛を室代ではないが室代ということにして支払うことにした、というのである。

 してみれば、原判決が、右(1)、(2)の上告人乙(借間人)、同丙(借間人)の1か月1000円宛の各支払金はいずれも判示各室使用の対価というよりは貸借当事者間の特殊関係に基く謝礼の意味のものとみるのが相当で、賃料ではなく、右(1)、(2)の契約は使用貸借であって賃貸借ではないと解すべき旨を判示し、そして、被上告人(家主)は、右各契約後、上告人(元家主)甲より本件建物の所有権を取得(*)したけれども、被上告人(家主)はこれによって上告人甲(元家主)の右各室についての使用貸借関係を法律上承継するものではない、としたのはすべて相当というを妨げない。されば論旨が右貸借を賃貸借と解すべきものとし、借家法1

条により上告人らは被上告人に対し前示各室の賃借権を対抗しうべきものとする主張は採用できない。


 よって、民訴401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。


    最高裁裁判長裁判官垂水克己、裁判官島保、同河村又介、同高橋潔、同石坂修一

 (*)被上告人(家主)は、上告人甲(元家主)に3か月の約束で100万円を貸した。その際、担保として上告人甲(元家主)の建物に抵当権を設定した。もし債務を完済しない場合は、上告人甲(元家主)は代物弁済によって建物の所有権移転を約した。結局、甲は完済できず、建物は被上告人の所有になった。家主になった被上告人は甲、乙、丙に対し明渡請求を求めて提訴した。

 

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【判例】*敷引特約が消費者契約法10条により無効ということはできないとされた事例

2018年11月14日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付されたいわゆる敷引特約が消費者契約法10条により無効ということはできないとされた事例
(最高裁平成23年7月12日判決)


       主   文
 1 原判決中、上告人(賃貸人)敗訴部分を次のとおり変更する。上告人の控訴に基づき第1審判決を次のとおり変更する。
  (1) 上告人(賃貸人)は、被上告人(賃借人)に対し、4万4078円及びこれに対する平成20年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (2) 被上告人(賃借人)のその余の請求を棄却する。
 2 訴訟の総費用は、これを20分し、その1を上告人(賃貸人)の負担とし、その余を被上告人(賃借人)

の負担とする。


       理   由
 上告(賃貸人)代理人藤井正大、同堀大助の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
 1 本件は、居住用建物を上告人(賃貸人)から賃借し、賃貸借契約終了後これを明け渡した被上告人(賃借人)が、上告人(賃貸人)に対し、同契約の締結時に差し入れた保証金のうち返還を受けていない80万8074円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。上告人(賃貸人)は、同契約には保証金のうち一定額を控除し、これを上告人(賃貸人)が取得する旨の特約が付されているなどと主張するのに対し、被上告人(賃借人)は、同特約は消費者契約法10条により無効であるなどとして、これを争っている。

 2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
 (1) 被上告人(賃借人)は、平成14年5月23日、甲との間で、京都市左京区上高野西氷室町所在のマンションの一室(以下「本件建物」という。)を賃借期間同日から平成16年5月31日まで、賃料1か月17万5000円の約定で賃借する旨の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結し、本件建物の引渡しを受けた。本件契約は、消費者契約法10条にいう「消費者契約」に当たる。

 (2) 被上告人(賃借人)と甲との間で作成された本件契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には、次のような条項があった。
 ア 賃借人は、本件契約締結時に保証金として100万円(預託分40万円、敷引分60万円)を賃貸人に預託する(以下、この保証金を「本件保証金」という。)。

 イ 賃借人に賃料その他本件契約に基づく未払債務が生じた場合には、賃貸人は任意に本件保証金をもって賃借人の債務弁済に充てることができる。その場合、賃借人は遅滞なく保証金の不足額を補填しなければならない。

 ウ 本件契約が終了して賃借人が本件建物の明渡しを完了し、かつ、本件契約に基づく賃借人の賃貸人に対する債務を完済したときは、賃貸人は本件保証金のうち預託分の40万円を賃借人に返還する(以下、本件保証金のうち敷引分60万円を控除してこれを賃貸人が取得することとなるこの約定を「本件特約」といい、本件特約により賃貸人が取得する金員を「本件敷引金」という。)。

 (3) 被上告人(賃借人)は、本件契約の締結に際し、本件保証金100万円を甲に差し入れた。

 (4) 上告人(賃貸人)は、平成16年4月1日、甲から本件契約における賃貸人の地位を承継し、その後、被上告人(賃借人)との間で、本件契約を更新するに当たり、賃料の額を1か月17万円とすることを合意した。

 (5) 本件契約は平成20年5月31日に終了し、被上告人(賃借人)は、同年6月2日、上告人(賃貸人)に対し、本件建物を明け渡した。

 (6) 被上告人(賃借人)は、平成20年6月29日、上告人(賃貸人)に対し、本件保証金100万円を同年7月7日までに返還するよう催告した。上告人(賃貸人)は、同月3日、本件保証金から本件敷引金60万円を控除した上、被上告人(賃借人)が本件契約に基づき上告人(賃貸人)に対して負担すべき原状回復費用等として更に20万8074円(原状回復費用17万5500円、明渡し遅延による損害金2万2666円、消費税9908円の合計)を控除し、その残額である19万1926円を被上告人(賃借人)に返還した。

 (7) 被上告人(賃借人)が本件契約に基づき上告人(賃貸人)に対して負担すべき原状回復費用等は、合計16万3996円である。


 3 原審は、次のとおり判断して、本件特約は消費者契約法10条により無効であるとして、被上告人(賃借人)の請求を64万4078円及び遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものとした。

 (1) 本件特約は、公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者である被上告人(賃借人)の義務を加重したものである。

 (2) 本件契約の締結に当たり、被上告人(賃借人)が、建物賃貸借に関する具体的な情報(礼金、保証金、更新料等を授受するのが通常かどうか、同種の他の物件と比較して本件契約の諸条件が有利であるか否か)を得た上で、賃貸人が把握していた情報等との差が是正されたといえるかは必ずしも明らかではない。また、被上告人(賃借人)が本件特約について賃貸人と交渉する余地があったのか疑問が存する。そして、本件敷引金は、本件保証金の60%、月額賃料の約3.5か月分にも相当する額であり、本件契約の賃料の額や本件保証金の額に比して高額かつ高率であり、被上告人(賃借人)にとって大きな負担となると考えられる。これに対し、被上告人(賃借人)が、本件契約の締結に当たり、本件特約の法的性質等を具体的かつ明確に認識した上で、これを受け入れたとはいい難い。

 従って、本件特約は信義則に反して被上告人(賃借人)の利益を一方的に害するものである。


 4 しかし、原審の上記3(2)の判断は是認できない。その理由は、次のとおりである。
 本件特約は、本件保証金のうち一定額(いわゆる敷引金)を控除し、これを賃貸借契約終了時に賃貸人が取得する旨のいわゆる敷引特約である。賃貸借契約においては、本件特約のように、賃料のほかに、賃借人が賃貸人に権利金、礼金等様々な一時金を支払う旨の特約がされることが多いが、賃貸人は、通常、賃料のほか種々の名目で授受される金員を含め、これらを総合的に考慮して契約条件を定め、また、賃借人も、賃料のほかに賃借人が支払うべき一時金の額や、その全部ないし一部が建物の明渡し後も返還されない旨の契約条件が契約書に明記されていれば、賃貸借契約の締結に当たって、当該契約によって自らが負うこととなる金銭的な負担を明確に認識した上、複数の賃貸物件の契約条件を比較検討して、自らにとってより有利な物件を選択することができるものと考えられる。そうすると、賃貸人が契約条件の一つとしていわゆる敷引特約を定め、賃借人がこれを明確に認識した上で賃貸借契約の締結に至ったのであれば、それは賃貸人、賃借人双方の経済的合理性を有する行為と評価すべきものであるから、消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、敷引金の額が賃料の額等に照らし高額に過ぎるなどの事情があれば格別、そうでない限り、これが信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものということはできない(最高裁平成21年(受)第1679号同23年3月24日判決・民集65巻2号登載予定参照)。

 これを本件についてみると、前記事実関係によれば、本件契約書には、1か月の賃料の額のほかに、被上告人(賃借人)が本件保証金100万円を契約締結時に支払う義務を負うこと、そのうち本件敷引金60万円は本件建物の明渡し後も被上告人(賃借人)に返還されないことが明確に読み取れる条項が置かれていたのであるから、被上告人(賃借人)は、本件契約によって自らが負うこととなる金銭的な負担を明確に認識した上で本件契約の締結に及んだものというべきである。そして、本件契約における賃料は、契約当初は月額17万5000円、更新後は17万円であって、本件敷引金の額はその3.5倍程度にとどまっており、高額に過ぎるとはいい難く、本件敷引金の額が、近傍同種の建物に係る賃貸借契約に付された敷引特約における敷引金の相場に比して、大幅に高額であることもうかがわれない。

以上の事情を総合考慮すると、本件特約は、信義則に反して被上告人(賃借人)の利益を一方的に害するものということはできず、消費者契約法10条により無効であるということはできない。

 これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由がある。そして、以上説示したところによれば、被上告人(賃借人)の請求は、上告人(賃貸人)に対し4万4078円及びこれに対する平成20年7月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、原判決中、上告人敗訴部分を主文第1項のとおり変更する。

 よって、裁判官岡部喜代子の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官田原睦夫同寺田逸郎の各補足意見がある。

  裁判官田原睦夫の補足意見は、次のとおりである。
 私は多数意見に与するものであるが、岡部裁判官の反対意見が存することもあり、以下のとおり補足意見を述べる。

 1 現在、建物の賃貸借契約、殊に居住用建物の賃貸借契約において、賃料以外に敷金、保証金、権利金、礼金、更新料等様々の費目による金銭の授受を行うとの定めがおかれていることがある。そのうち「敷金」は、判例法として形成されている、賃貸借契約における賃料の担保及び同契約において賃借人が負担することのある損害賠償金支払債務を担保するための預託金としての性質を有するものである限り、法律上特段の問題は生じない。また、権利金や礼金も、賃貸借契約締結に際して賃借人から賃貸人に一方的に交付されるものであり、それが契約締結の際の条件として明示されている限り、震災等地域全体の賃貸借契約に影響を及ぼすような特別の場合を除いては、法律上特段の問題は存しない。更新料は、契約期間終了時に更に契約を更新するに際して授受するものとして定められる金員であるが、それが借地借家法の定める更新規定に反するか否かの問題はあっても、それも契約締結時に明示されている限り、その趣旨は明らかである。

 問題となり得るのは、保証金である。その法律上の性質について種々議論されているが、少なくとも本件では保証金名下で差し入れられた100万円中60万円は、明渡し後も返還されないことが契約締結時に明示されているのであるから、その法的性質が如何であれ、賃借人は本件契約締結時に、本件建物明渡し後に同金額が返還されないものであることは、明確に認識できるのである。


 2 建物賃貸借において、上記のごとき費目の金銭が授受されるか否か、また如何なる費目の金銭が授受されるかは各地域における慣行に著しい差異がある。国土交通省が公表している調査資料によれば、例えば、敷金あるいは保証金名下で賃貸借契約締結時に賃貸人に差し入れられた金員のうち、明渡し時に一定額(あるいは一定割合)を差し引く旨のいわゆる敷引特約(以下、単に「敷引特約」という。なお、この差引き部分は、上記の本来の敷金としての性質を有するものではないから、「敷引特約」という用語は誤解を招く表現であるが、一般にかかる用語が用いられているところから、それに従う。)は、京都、兵庫、福岡では半数から大多数の賃貸借契約において定められているのに対し、大阪では約30%、東京では約5%に止まっており、また更新料については、かかる条項が設けられている契約事例が、東京や神奈川では半数以上を占めるのに対し、大阪や兵庫では、その定めがあるとの回答は零であったなど、首都圏とそれ以外の地域で著しい差異があり、また、近畿圏でも、京都、大阪、兵庫の間で顕著な差異が見られるのであって、賃貸借契約における賃料以外の金銭の授受に係る条項の解釈においては、当該地域の実情を十分に認識した上でそれを踏まえて法的判断をする必要がある(なお、このような各地域の実情は、地裁レベルでは裁判所に顕著な事実というべきものである。)。

 岡部裁判官は、その反対意見において、賃貸人は敷引特約の条項を定めるに当たっては、その敷引部分に通常損耗費が含まれるか否か、礼金や権利金の性質を有するか否か等その具体的内容を明示するべきであると主張されるが、そこで述べられる礼金や権利金についても、それに通常損耗費の補填の趣旨が含まれているか否かをも含めて必ずしも明確な概念ではなく、また、上記のとおり賃貸借契約の締結ないし更新に伴って授受される一時金については各地域毎の慣行に著しい差異が存することからすれば、敷引特約の法的性質を一概に論じることは困難であり、いわんや賃貸人にその具体的内容を明示することを求めることは相当とは言えない。


 3 現代の我が国の住宅事情は、団塊の世代が借家の確保に難渋した時代と異なり、全住宅のうちの15%近く(700万戸以上)が空き家であって、建物の賃貸人としては、かっての住宅不足の時代と異なり、入居者の確保に努力を必要とする状況にある。そこで、賃貸人としては、その地域の実情を踏まえて、契約締結時に一定の権利金や礼金を取得して毎月の賃料を低廉に抑えるか、権利金や礼金を低額にして賃料を高めに設定するか、契約期間を明示して契約更新時の更新料を定めて賃料を実質補填するか、賃貸借契約時に権利金や礼金を取得しない替わりに、保証金名下の金員の預託を受けて、そのうちの一定額は明渡し時に返還しない旨の特約(敷引特約)を定めるか等、賃貸人として相当の収入を確保しつつ賃借人を誘引するにつき、どのような費目を設定し、それにどのような金額を割り付けるかについて検討するのである。他方、賃借人も、上記のような震災等特段の事情のある場合を除き、一般に賃貸借契約の締結に際し、長期の入居を前提とするか入居後比較的早期に転出する予定か、契約締結時に一時金を差し入れても賃料の低廉な条件か、賃料は若干高くても契約締結時の一時金が少ない条件か等、賃借に当たって自らの諸状況を踏まえて、賃貸人が示す賃貸条件を総合的に検討し、賃借物件を選択することができる状態にあり、賃借人が賃借物件を選択するにつき消費者として情報の格差が存するとは言い難い状況にある。


 4 敷引特約も賃貸条件中の一項目であり、消費者契約法10条前段には一応該当するとは言える。しかし、同条後段との関係では、当該地域の賃貸借契約において定められている一般的な条項や当該契約における他の賃貸条項をも含めて総合的に検討されるべきであり、敷引特約に基づく敷引金と賃料との比較のみから単純にその有効性が決せられるべきものではない。

 なお、敷引特約に基づく敷引金の金額が賃料に比して高額であり、賃貸借契約締結時に当事者が想定していたより短期に賃貸借契約が終了したような場合には、敷引特約に定められた敷金(保証金)をその約定どおり差し引くことが信義則上問題となることがあり得るが、それは当該契約当事者間における個別事情の問題であって、敷引特約の有効性とは異なる問題である。


 5 ところで、賃貸人が賃貸借に伴う通常損耗費を賃借人の負担に求めようとする場合には、賃料として収受すべきであって、賃料以外の敷引金等に求めるのは相当でないとの見解が一部で主張されている。しかし、賃貸人が賃貸借に伴う通常損耗費部分の回収を、賃料に含ませて行うか、権利金、礼金、敷引金等の一時金をもって充てるかは、賃貸人としての賃貸営業における政策判断の問題であって、通常損耗費部分を賃貸借契約において賃貸人が取得することが定められている賃料及びその他の一時金以外に求めるのでない限り、その当不当を論じる意味はない(1審判決が引用する最高裁平成16年(受)第1573号同17年12月16日判決・裁判集民事218号1239頁は、通常損耗費を賃借人が負担する旨の明確な合意が存しないにもかかわらず、賃借人に返還が予定されている敷金から通常損耗費相当額を損害金として差し引くことは許されない旨判示するもので、当初から賃借人に返還することが予定されていない敷引金を通常損耗費に充当することを否定する趣旨のものではない。)。


 6 本件では、賃貸借契約締結後、最初の更新時に賃借人である被上告人は賃料値下げを賃貸人である上告人に了解させているのであるから、被上告人(賃借人)が上告人(賃貸人)に比して弱い立場にあったものとは認められない。また、本件契約においては、契約締結時に権利金や礼金の授受はなく、敷引特約は賃貸借契約締結時に明示されているのであって、被上告人(賃借人)はそれを十分に認識して本件契約を締結したものと窺える。そして、本件敷引特約に定める敷引金額は60万円であって、賃料の約3.5ヶ月分と一見高額かのごとくであるが、賃貸借契約が更新されても敷引金額は当初に定められた金額のままなのであるから、賃貸借期間が長期に亘るほどその敷引金額の賃料に対する比率は低下することになるところ、被上告人(賃借人)は本件契約の解約迄6年余本件建物に居住していたものであるから、敷引金額を居住期間の1ヶ月当たりにすると8,333円で、当初の1ヶ月の賃料(共益費込み)の4.76%、更新により改定後の賃料(共益費込み)の4.90%にすぎないのである。

 かかる敷引金を賃貸人が取得することをもって、消費者契約法10条に該当するとは到底認められない。

  裁判官寺田逸郎の補足意見は、次のとおりである。
 消費者契約法10条の適用との関係で若干の付言をする。

 1 居住用建物賃貸借契約に見られる「権利金」をはじめとする一時金(賃借人への返還が予定されないもの)の授受については、使用収益の対価を規制することを止めるとの判断で昭和61年に地代家賃統制令が廃止された後は、その趣旨に立ち入って検討し、介入すべき公的動機づけは薄れ(ただし、いわゆる「更新料」については、借地借家法が強行的に権利の存続保障をしていることとの関係で、契約更新に対する阻害要因としてどうみるかという別個の判断要素がある。)、その目的が特定されている場合のゆれは残るものの、広い意味で使用収益の対価の一部をなし、賃料として組み込めないものではなくなったという意味で、賃料との本質的な差はなく、いわば賃料を補うものとしての性格をもった金銭の授受と受けとめるべきものとなったといえよう。本件で問題となっているいわゆる「敷引特約」に係る賃貸借終了時に返還されない金銭についても、そのような性格のものであると理解することができる。そうであるとすると、たとえこの部分における賃借人の負担が少なくないとしても、一般的には、これのみを切り離して取り上げ、それが相当性を欠くかどうかの内容的な検討をすることが適切であるとは思われない。多数意見は、基本的に以上のような理解に立っていると考えられる。

 2 ところで、このように解するときは、敷引特約を取り上げて消費者契約法10条の規定の適用を問題となし得るのかというところに立ち返って検討を要することにもなる。同条の規定は、法律に定められている任意規定の適用に比べて消費者の権利を制限し、その義務を加重する契約条項を対象として、その有効性を問題とするものであるところ、敷引特約によって賃借人に返還されないものとされるところが広い意味で賃料の実質を持つ金銭の支払にほかならないということであれば、少なくとも予定していた賃貸借の期間を満了した場合には、民法における賃貸借の規定の枠をはずれて賃借人に義務を課するものではないのではないかと考えられるからである。もちろん、敷引特約の下で、本件のように、契約締結時に差し入れられた金銭のうち返還されないものと約された部分がそのまま契約終了時に債務による差引きの影響を受けずに賃貸人に帰属する結果となる場合には、賃料の支払時期に関する民法614条の規定による賃借人の義務を加重するものと解し得るであろう。しかし、このような特約の意義を支払時期に係る義務の加重程度のものとしてとらえるのでは皮相的とのそしりを免れまい。 

 3 そこで、検討するに、結論としては、敷引特約に係る金銭の支払義務が消費者契約法10条の適用対象に当たることを肯定してよいと考える。
 消費者契約法の立法趣旨に鑑みると、同条の規定は、契約条件の実質のみならずその形式にも着目し、それによってもたらされる問題をも対象としているのではないかと考えることができるように思われる。民法等に定める典型契約の規定は、パターン化によって契約における権利義務の関係を一般人にも理解しやすくする機能を有するものとなっているところ、ある契約条件が典型契約としてのパターンから外れた形で消費者に義務を課するものとなっているときは、一般人が通常観念する契約で頭に浮かぶパターンから外れた部分としてその合理性をただちに理解できないおそれがあるのであって、同条の規定の意義は、このように組み立てられた条項によって受けるおそれのある不利益から消費者を救済しようとするところにも広がると考えられるからである。典型契約のパターンから形式的に離れた契約条項が定められる場合には、消費者にとって理解が十分でないまま契約に至るなど契約の自由を基礎づける要素にゆがみが生じるおそれが生じやすいとみて、信義則を通して当該条項の合理性につきより立ち入って審査するという趣旨をみて取るわけである(その意味で、岡部裁判官の反対意見の示す問題意識にも共感できるところがなくはない。このような状況の中には、消費者契約法4条などが対象とする契約締結の手続上の瑕疵としてとらえることができる場合もあるかもしれないが、定型的に条項の在りよう自体の問題としてとらえることを妨げる理由もないように思われる。)。

 このような理解に立って本件をみると、本件の敷引特約は、賃料の実質を有するものの賃料としてではない形で支払義務を負わせるもので、民法の定める賃貸借の規定から形式的に離れた契約条件であるから、上記のような特約の実質的な意義を賃借人が理解していることが明らかであるなど特段の事情がない限りは、消費者契約法10条の「公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」の対象として扱って差し支えないと解することが相当であろう。


 4 そして、次の段階として、信義則との関係では、1で示したその本質的な性格に鑑み、それが高額あるいは賃料との関係で高率であるということだけで契約条件としての有効性が疑われることはないとしても、広く地域にみられる約定に基づくものであるとはいえ、いわゆる相場からみて高額あるいは高率に過ぎるなど内容面での特異な事情がうかがわれるのであれば、これを契約の自由を基礎づける要素にゆがみが生じているおそれの徴表とみて、当該契約条件を付すことが許されるかどうかにつき、他の契約条件を含めた事情を勘案し、より立ち入った検討を行う過程へと進むことが求められるということになる(相場の高止まりというような競争環境の不十分さまでも考慮に入れて契約内容の不当性を判断する役割を担うことをこの規定に期待すべきではあるまい。)。ただ、本件においては、広く見られる敷引特約の例として、敷引額が高額・高率に過ぎるなど内容的に特異な事情があると認めるべきところがないため、上記のような徴表を欠くものとみて、結局、多数意見の結論に落ち着くこととなると考えるわけである。

 

  裁判官岡部喜代子の反対意見は、次のとおりである。

 1 私は、多数意見と異なり、本件特約は消費者契約法10条により無効であると考える。その理由は、以下のとおりである。

 2 多数意見は、要するに、敷引金の総額が契約書に明記され、賃借人がこれを明確に認識した上で賃貸借契約を締結したのであれば、原則として敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものとはいえないというのである。

 しかし、敷引金は個々の契約ごとに様々な性質を有するものであるのに、消費者たる賃借人がその性質を認識することができないまま賃貸借契約を締結していることが問題なのであり、敷引金の総額を明確に認識していることで足りるものではないと考える。

 3 敷引金は、損耗の修繕費(通常損耗料ないし自然損耗料)、空室損料、賃料の補充ないし前払、礼金等の性質を有するといわれており、その性質は個々の契約ごとに異なり得るものである。そうすると、賃借物件を賃借しようとする者は、当該敷引金がいかなる性質を有するものであるのかについて、その具体的内容が明示されてはじめて、その内容に応じた検討をする機会が与えられ、賃貸人と交渉することが可能となるというべきである。例えば、損耗の修繕費として敷引金が設定されているのであれば、かかる費用は本来賃料の中に含まれるべきものであるから(最高裁平成16年(受)第1573号同17年12月16日判決・裁判集民事218号1239頁参照)、賃借人は、当該敷引金が上記の性質を有するものであることが明示されてはじめて、当該敷引金の額に対応して月々の賃料がその分相場より低額なものとなっているのか否か検討し交渉することが可能となる。また、敷引金が礼金ないし権利金の性質を有するというのであれば、その旨が明示されてはじめて、賃借人は、それが礼金ないし権利金として相当か否かを検討し交渉することができる。事業者たる賃貸人は、自ら敷引金の額を決定し、賃借人にこれを提示しているのであるから、その具体的内容を示すことは可能であり、容易でもある。それに対して消費者たる賃借人は、賃貸人から明示されない限りは、その具体的内容を知ることもできないのであるから、契約書に敷引金の総額が明記されていたとしても、消費者である賃借人に敷引特約に応じるか否かを決定するために十分な情報が与えられているとはいえない。

 そもそも、消費者契約においては、消費者と事業者との間に情報の質及び量並びに交渉力の格差が存在することが前提となっており(消費者契約法1条参照)、消費者契約関係にある、あるいは消費者契約関係に入ろうとする事業者が、消費者に対して金銭的負担を求めるときに、その対価ないし対応する利益の具体的内容を示すことは、消費者の契約締結の自由を実質的に保障するために不可欠である。敷引特約についても、敷引金の具体的内容を明示することは、契約締結の自由を実質的に保障するために、情報量等において優位に立つ事業者たる賃貸人の信義則上の義務であると考える(なお、消費者契約法3条1項は、契約条項を明確なものとする事業者の義務を努力義務にとどめているが、敷引特約のように、事業者が消費者に対し金銭的負担を求める場合に、かかる負担の対価等の具体的内容を明示する義務を事業者に負わせることは、同項に反するものではない。)。このように解することは、最高裁平成9年(オ)第1446号同10年9月3日判決・民集52巻6号1467頁が、災害により居住用の賃借家屋が滅失して賃貸借契約が終了した場合において、敷引特約を適用して敷引金の返還を不要とするには、礼金として合意された場合のように当事者間に明確な合意が存することを要求していること、前掲最高裁平成17年12月16日判決が、通常損耗についての原状回復義務を賃借人に負わせるには、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であるとしていることから明らかなように、当審の判例の趣旨にも沿うものである。


 4 このような観点から本件特約の消費者契約法10条該当性についてみると、次のようにいうことができる。
 まず、前段該当性についてみると、賃貸借契約においては、賃借人は賃料以外の金銭的負担を負うべき義務を負っていないところ(民法601条)、本件特約は、本件敷引金の具体的内容を明示しないまま、その支払義務を賃借人である被上告人に負わせているのであるから、任意規定の適用の場合に比し、消費者である賃借人の義務を加重するものといえる。

 そして、後段該当性についてみると、原審認定によれば、本件敷引金の額は本件契約書に明示されていたものの、これがいかなる性質を有するものであるのかについて、その具体的内容は本件契約書に何ら明示されていないのであり、また、上告人(賃貸人)と被上告人(賃借人)との間では、本件契約を締結するに当たって、本件建物の付加価値を取得する対価の趣旨で礼金を授受する旨の合意がなされたとも、改装費用の一部を被上告人(賃借人)に負担させる趣旨で本件敷引金の合意がなされたとも認められないというのであって、かかる認定は記録に徴して十分首肯できるところである。従って、賃貸人たる上告人は、本件敷引金の性質についてその具体的内容を明示する信義則上の義務に反しているというべきである。加えて、本件敷引金の額は、月額賃料の約3.5倍に達するのであって、これを一時に支払う被上告人(賃借人)の負担は決して軽いものではないのであるから、本件特約は高額な本件敷引金の支払義務を被上告人(賃借人)に負わせるものであって、被上告人(賃借人)の利益を一方的に害するものである。

 以上のとおりであるから、本件特約は消費者契約法10条により無効と解すべきである。

 なお、上告人(賃貸人)は、建物賃貸借関係の分野では自己責任の範囲が拡大されてきている、本件特約を無効とすることにより種々の弊害が生ずるなどと述べるが、賃借人に自己責任を求めるには、賃借人が十分な情報を与えられていることが前提となるのであって、私が以上述べたところは、賃借人の自己責任と矛盾するものではなく、かつ、敷引特約を一律に無効と解するものでもないから、上告人(賃貸人)の上記非難は当たらない。


 5 本件特約が無効であるとした原審の判断は、以上と同旨をいうものとして是認できる。論旨は理由がなく、上告を棄却する。


  最高裁裁判長裁判官田原睦夫、裁判官那須弘平、同岡部喜代子、同大谷剛彦、同寺田逸郎


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【判例】*継続した地代不払を一括して1個の解除原因とする賃貸借契約の解除権の消滅時効

2018年11月13日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

継続した地代不払を一括して1個の解除原因とする賃貸借契約の解除権の消滅時効は最後の賃料の支払期日が経過した時から進行するとされた事例
(最高裁昭和56年6月16日判例 民集35巻4号763頁)


       主   文
 原判決中、上告人(賃貸人)の被上告人(賃借人)に対する本件土地の明渡請求に関する部分及び昭和43年2月1日から右土地明渡ずみに至るまでの損害賠償請求に関する部分並びに昭和43年2月1日から昭和47年5月16日までの賃料請求に関する部分を破棄し、右破棄部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

 上告人のその余の上告を却下する。
 前項に関する上告費用は、上告人(賃貸人)の負担とする。


       理   由
 上告(賃貸人)代理人武藤達雄の上告理由第2点ないし第4点について
 原判決によれば、上告人(賃貸人)は、被上告人(賃借人)に本件土地を木造建物所有の目的で賃貸しているものであるところ、昭和32年7月30日被上告人(賃借人)に対し地代が比隣の土地の地代及び諸物価の高騰に比較して不相当になったとして同年8月1日以降の地代を月額1万0242円に増額する旨の意思表示をしたが、被上告人(賃借人)はこれを支払わず、昭和37年6月25日に至って昭和32年8月分から昭和34年12月分までの月額3500円の割合による地代と昭和35年1月から昭和37年6月分までの月額6500円の割合による地代を一時に供託し、その後も月額6500円ないし7000円の割合による地代を供託しているにすぎないので、上告人(賃貸人)は、約定に基づきあらかじめ催告することなく昭和43年1月31日送達の本件訴状をもって被上告人(賃借人)に対し右地代支払債務の不履行を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたと主張して、被上告人(賃借人)に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求めていることが、明らかである。

 これに対し、原審は、上告人(賃貸人)の右賃料増額の請求は、昭和32年8月1日以降月額9000円の範囲内において効力を生じたとしたうえ、被上告人(賃借人)は右増額地代を現実に支払わないのみならず、弁済の提供をして受領を拒まれたことがないのに地代を供託したのであるから、右賃料支払債務の不履行の責は免れないとしたが、賃料支払債務の不履行を理由とする契約解除権は、10年の時効により消滅すると解するのが相当であるところ、本件では、1回でも地代の不払があったときは催告を要せず直ちに本件賃貸借契約を解除しうる旨の特約があったのであるから、上告人(賃貸人)は、昭和32年9月1日には本件賃貸借契約を解除しうるに至ったのであり、従って、上告人(賃貸人)が本件賃貸借契約解除の意思表示をした昭和43年1月31日当時には、すでに右解除権は時効により消滅していたと判示して、被上告人(賃借人)の右解除権の消滅時効の抗弁を容れ、上告人(賃貸人)の請求を棄却した。

 ところで、賃貸借契約の解除権は、その行使により当事者間の契約関係の解消という法律効果を発生せしめる形成権であるから、その消滅時効については民法167条1項が適用され、その権利を行使することができる時から10年を経過したときは時効によって消滅すると解するのが相当であるが、本件では、上告人(賃貸人)の契約解除理由は、昭和32年8月以降昭和43年1月までの地代支払債務の不履行を理由とするものであるところ、被上告人(賃借人)の右長期間の地代支払債務の不履行は、ほぼ同一事情の下において時間的に連続してされたという関係にあり、上告人(賃貸人)は、これを一括して1個の解除原因にあたるものとして解除権を行使していると解するのが相当であるから、たとえ1回でも地代の不払があったときは催告を要せず直ちに契約を解除することができる旨の特約があったとしても、最初の地代の不払のあった時から直ちに右長期間の地代支払債務の不履行を原因とする解除権について消滅時効が進行するものではなく、最終支払期日が経過した時から進行するものと解するのが相当である。

 そうすると、上記判示と異なる見解のもとに、本件賃貸借契約の解除権は時効により消滅したとして被上告人(賃借人)の右解除権の消滅時効の抗弁を容れ、上告人(賃貸人)の請求を棄却した原判決には、解除権の消滅時効の起算点に関する法律の解釈適用を誤った違法があるものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨はこの点で理由があり、原判決中、上告人(賃貸人)の被上告人(賃借人)に対する本件土地明渡請求及び昭和43年2月1日から右土地明渡ずみに至るまでの損害賠償請求を棄却した部分は、その余の論旨につき判断を加えるまでもなく、破棄を免れず、原判決中の右部分が破棄を免れない以上、予備的請求として認容された昭和43年2月1日から昭和47年5月16日までの賃料支払請求に関する部分についても当然に破棄を免れない。そして、右各破棄部分については、更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻す。なお、本件上告中、昭和32年8月1日から昭和43年1月31日までの賃料支払請求に関する原判決の破棄を求める部分については、上告人(賃貸人)は民訴法398条に違背し民訴規則50条所定の期間内に上告の理由を記載した書面を提出しないので、同部分に関する上告は却下を免れない。

 よって、民訴法407条1項、399条ノ3、399条、398条、96条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


    最高裁裁判長裁判官伊藤正己、裁判官環昌一、同横井大三、同寺田治郎

 

 

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【判例】*建物買取請求権行使によって成立する売買と民法577条の適否と抵当権付き建物の時価

2018年11月12日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

建物買取請求権行使によって成立する売買と民法577条の適否と抵当権付き建物の時価の算定
(最高裁昭和39年2月4日判決 民集18巻2号233頁)

ア 借地法10条に基づく建物買取請求権行使によって成立する売買には民法577条の適応がある。
イ 同建物に抵当権が設定されている場合の時価の算定は、抵当権設定は考慮せず、減額しない。

 

 

       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人(転借地人)の負担とする。


       理   由
 上告(転借地人)代理人名尾良孝の論旨1について。
 抵当不動産の買主がその売主に対し滌除権を取得するには、その所有権を取得したことを以って足るのであって、右所有権取得につき登記を経ることを要件としないものと解するを相当とする。従って、被上告人(借地人・転貸人)は、原判示の如く、借地法に基づく上告人(転借地人)の買取請求の意思表示によって本件抵当建物の所有権を取得した以上、未だその取得につき登記を経て居らなくても、売主である上告人(転借地人)に対し滌除権を有するものとなすべきである。被上告人(借地人・転貸人)本件抵当建物につき滌除権を有しないとする上告人(転借地人)の主張は、独自の見解であって、正当でない。

 又、本件において、上告人(転借地人)が所論買取請求権の行使をしたのは、昭和35年6月24日の原審口頭弁論においてであって、この意思表示により、直ちに、上告人(転借地人)と被上告人(借地人・転貸人)との間に、上告人(転借地人)を売主、被上告人(借地人・賃貸人)を買主とする本件抵当建物の売買が成立し、同時に、その所有権が被上告人(借地人・転貸人)に移転したものとなすべきである(大審院昭和6年(オ)第1462号同7年1月26日判決、民集11巻169頁、同院昭和13年(オ)第1780号同14年8月24日判決、民集18巻877頁、当裁判所昭和28年(オ)第759号、同30年4月5日判決、民集9巻439頁参照)から、右口頭弁論の時において既に、実体的に、被上告人(借地人・転貸人)は、右抵当建物につき、所有権と共に滌除権をも取得し了ったものであって、これを訴訟において予備的請求原因として主張したからといって、右権利取得に何等の消長をもきたさないものである。右口頭弁論の時以後においては、何時でも、売主より民法577条但書の滌除の催告をなすことがあり得べく、また、買主において売主の代金支払請求に対し滌除を前提として同条本文の代金支払拒絶を主張することもあり得るとするに何等妨げがない。従って、予備的請求原因として、買取請求権行使の効果が主張せられる場合に、民法577条の適用は考えられないとすることも亦、独自の見解であって、失当である。

 論旨は、結局、すべて、前提において既に失当であって、採るを得ない。


 同2について。
 借地法に基づく買取請求権行使によって成立する売買の代価は、その行使当時における建物の時価により客観的に定まるものであって、所論の如くに、買主が主観的に算定して定めるものではない。又、論旨が引換給付判決として主文に売買代金額が掲記せられない限り右時価は定まらないとするは、独自の見解に過ぎない。

 従って、論旨は、すべて、前提において既に失当に帰するものであって、採るを得ない。


 同3について。
 論旨は、滌除の制度を以って、不動産の時価が抵当債権を完済し得ない場合にのみ効果を発揮するものであるとし、或は抵当債権額が不動産の時価より少い場合には、その差額についてのみ売主に留置権及び同時履行の抗弁が生ずるものであるとするけれども、いずれも独自の見解に過ぎない。論旨は、結局、これ等独自の見解を前提として、原審が借地法10条に基づく本件買取請求による売買に民法577条を適用すべきものとしたことを非難するにつきる。

 論旨は、すべて、前提において既に失当に帰するものであって、採るを得ない。


 同4について。
 原審が所論建物の時価を530,625円と算定判示したことは、所論の如くに、無意味不必要ではない。そもそも、借地法10条による買取請求の対象となる建物の時価は、その請求権行使につき特別の意思表示のない限り、その建物の上に抵当権の設定があると否とに拘りなく定まって居るものと解するを相当とするから、原審が、本件買取請求権行使当時の本件建物の時価は、所論根抵当権の負担あることを考量に入れない鑑定価格に基づき530,625円である旨認定判示したのは、正当であり、判断についての右の立場を明示する意味においても、原審が右具体的価額を判示したことに意義がある。されば、原審が本件建物の時価を具体的に判示したことを無意味不必要とし、これを前提として本件に民法577条を適用する余地がないとする論旨は、前提において既に失当である。

 更に、反対債権たる代金請求権は、当該訴訟における訴訟物とならず、従って、これが引換給付判決の主文に掲記せられて居る場合においても、その存在及び数額について既判力を生ずる余地はないのであるから、原審が判決主文においてこれとの引換給付を命じなかったことが所論代金請求権の存否につき既判力を生ぜしめない結果を招いたとして原審判断を非難する論旨も亦、前提において既に失当である。

 その他の点につき論旨は縷々主張するところがあるけれども、原審の認定判示に添わないことを仮定して原審の判断を非難するものであって、上告適法の理由とならない。

 論旨は、すべて、採るを得ない。

 よって、民訴401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。


    最高裁裁判長裁判官石坂修一、裁判官横田正俊  裁判官河村又介は退官につき署名捺印できない。 裁判長裁判官  石坂修一


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【判例】*借家人による建物賃貸人(借地人)の有する借地法10条の建物買取請求権の代位行使はできるのか

2018年11月09日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

借家人は賃貸人(借地人)に変わって地主に対し、借地法10条の建物買取請求権の代位行使をすることが出来ないとされた事例
(最高裁昭和38年4月23日判決 民集17巻3号536頁)


       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人(借家人)等の負担とする。


       理   由
 上告(借家人)代理人馬場秀郎の上告理由について。
 論旨は、上告人(借家人)両名は原審において、本件建物の各一部についての賃借権保全のため建物所有者たる訴外A(借地人)に代位して本件建物の買取請求権を行使し、その結果、本件建物の所有権はAより被上告人(地主)に移転し、その賃貸人たる地位もまた被上告人(地主)に移転するから、被上告人(地主)の本訴請求は失当として棄却さるべきであるにも拘らず、原審が建物賃借人による買取請求権の代位行使は許されないとしてその請求を認容したのは、買取請求権の経済的機能を誤解し、法律解釈の判断を誤ったもので破棄を免れない、というのである。


 しかし、債権者が民法423条により債務者の権利を代位行使するには、その権利の行使により債務者が利益を享受し、その利益によって債権者の権利が保全されるという関係が存在することを要するものと解される。然るに、本件において、上告人(借家人)らが債務者である訴外A(借地人)の有する本件建物の買取請求権を代位行使することにより保全しようとする債権は、右建物に関する賃借権であるところ、右代位行使により訴外A(借地人)が受けるべき利益は建物の代金債権、すなわち金銭債権に過ぎないのであり(買取請求権行使の結果、建物の所有権を失うことは、訴外A(借地人)にとり不利益であって、利益ではない)、右金銭債権により上告人(借家人)らの賃借権が保全されるものでないことは明らかである。されば、上告人(借家人)らは本件建物の買取請求権を代位行使することをえないものとした原審の判断は、結局、正当である。所論は、独自の見解の下に原判決を非難するに過ぎず、(所論引用の判例も以上の判断となんら矛盾するものではない)採用のかぎりでない。


 よって、民訴401条、95条、89条、93条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。


  昭和38年4月23日

    最高裁裁判長裁判官石坂修一、裁判官河村又介、同垂水克己、同五鬼上堅磐、同横田正俊

 

 

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【判例】*幼稚園の園舎敷地の隣接地をその幼稚園の運動場として使用するためにした賃貸借が建物所有目的の土地賃貸借に当たらないとされた事例

2018年11月08日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

幼稚園の園舎敷地の隣接地をその幼稚園の運動場として使用するためにした賃貸借が借地法1条の建物所有目的の土地賃貸借に当たらないとされた事例
(最高裁平成7年6月29日判決 判例時報1541号92頁)

 

       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。


       理   由
 上告代理人西垣義明の上告理由第1及び第2について
1 本件訴訟は、被上告人(賃借人)が上告人(賃貸人)に対して原判決別紙物件目録記載の各土地(面積合計1695・86件土地」という。)につき賃借権を有することの確認を求め、上告人(賃貸人)が反訴請求として、本件土地の賃貸借の終了を理由にその明渡し等を求めるものであるが、原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

 ① 被上告人(賃借人)の代表者であるAは、本件土地の南側に隣接する同人の所有地(面積合計733・87㎡。以下「園舎敷地」という。)において幼稚園を経営していたところ、周辺に団地が造成されるなどして園児の増加が見込まれたため園舎を増設することとしたが、これにより右幼稚園の運動場がなくなるため、その用地として、上告人(賃貸人)の父である亡Bから本件土地を賃借した(以下、これを「本件賃貸借」という。)。本件賃貸借の契約締結の時期は、昭和41年5月ころ以降の日である。A(賃借人)は、右賃借後、自己の費用により本件土地を幼稚園の運動場として整備し、これを園舎敷地と一体的に使用してきた。

 その後、昭和48年に被上告人(賃借人)が設立されて本件土地の賃借権を承継し、昭和51年にBが死亡して上告人が賃貸人の地位を承継した。また、被上告人(賃借人)は、昭和48年3月、園舎敷地に鉄骨陸屋根2階建ての新園舎(床面積611・22㎡)を建築した。

 ② 本件賃貸借の成立に当たり、権利金等が授受された形跡はなく、B(賃貸人)とA(賃借人)との間において昭和44年3月26日に作成された土地賃貸借契約公正証書によれば、本件賃貸借の目的は運動場用敷地、期間は2年とされていた。その後、昭和49年3月29日、本件賃貸借の期間を昭和51年3月27日までとする土地賃貸借契約公正証書が作成され、さらに、昭和55年2月7日には右期間を昭和59年4月4日までとする調停が、昭和59年10月11日には右期間を平成元年3月31日までとする調停がそれぞれ成立し、これらにより本件賃貸借の更新がされた。なお、昭和55年2月7日の調停成立の際には、本件賃貸借の期間を昭和59年4月4日までと定めるものの、その時点で双方話合いの上更新することに異議がない旨の念書が被上告人(賃借人)に差し入れられた。

 ③ 被上告人(賃借人)の幼稚園の園児数は、昭和49年以後増加し、昭和52、3年ころまでは12クラス、980名であったが、その後減少し、平成2年当時は7クラスであった。文部省令等により定められている幼稚園設置の基準によれば、12クラスの場合に必要な運動場の面積は1120㎡、7クラスの場合は720㎡である。


 2 原審は、右事実関係の下において、本件賃貸借は、本件土地の上に建物を所有することを目的とするものではないが、隣接の園舎敷地における建物所有の目的を達するためにこれと不可分一体の関係にある幼稚園運動場として使用することを目的とするものであるから、借地法の趣旨に照らし、同法1条にいう「建物の所有を目的とする」ものというべきであるとし、本件賃貸借がされた当時、園舎は木造2階建ての建物であったから、その存続期間は同法2条1項により30年となるところ、原審の口頭弁論終結時までに右期間が満了していないことが明らかであるとして、被上告人(賃借人)の本訴請求を認容し、上告人(賃貸人)の反訴請求を棄却すべきものと判断した。


 3 しかし、原審の右判断は是認できない。その理由は次のとおりである。
 原審の確定した事実関係によれば、本件賃貸借の目的は運動場用敷地と定められていて、上告人(賃貸人)と被上告人(賃借人)との間には、被上告人(賃借人)は本件土地を幼稚園の運動場としてのみ使用する旨の合意が存在し、被上告人(賃借人)は現実にも、本件土地を右以外の目的に使用したことはなく、本件賃貸借は、当初その期間が1年と定められ、その後も、公正証書又は調停により、これを2年又は4年ないし5年と定めて更新されてきたというのであるから、右のような当事者間の合意等及び賃貸借の更新の経緯に照らすと、本件賃貸借は、借地法1条にいう建物の所有を目的とするものではない。なるほど、本件土地は、被上告人(賃借人)の経営する幼稚園の運動場として使用され、幼稚園経営の観点からすれば隣接の園舎敷地と不可分一体の関係にあるということができるが、原審の確定した事実関係によれば、園舎の所有それ自体のために使用されているものとはいえず、また、上告人(賃貸人)においてそのような使用を了承して賃貸していると認めるに足りる事情もうかかわれないから、本件賃貸借をもって園舎所有を目的とするものとはいえない。


   以上と異なる原審の判断には借地法1条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、上告人(賃貸人)のその余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻す。


 よって、民訴法407条項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


    最高裁裁判長裁判官三好 達、裁判官大堀誠一、同小野幹雄、同高橋久子、同遠藤光男

 


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【判例】*1個の契約で2棟の独立建物を賃貸した場合と1棟の無断転貸を理由として賃貸借全部を解除できる

2018年11月05日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

例1個の契約で2棟の独立建物を賃貸した場合と1棟の無断転貸を理由として賃貸借全部を解除することできるとした事例
(最高裁昭和32年11月12日判決 民集11巻12号1928頁)


       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人(賃借人)の負担とする。


       理   由
 上告(賃借人)代理人東鉄維の上告理由について。

 論旨は本件2棟の建物は独立した建物であり、その敷地番も異なるのであるから、1棟の建物につき民法612条の解除原因が発生、した場合には、解除原因の存在しない他の建物についてまで解除権の行使を認めるべきではないのに、本件2棟の建物全部に対する解除を認めた原判決は、民法612条の解釈を誤ったものであると主張する。

 しかし、1個の賃貸借契約によって2棟の建物を賃貸した場合には、その賃貸借により賃貸人、賃借人間に生ずる信頼関係は、単一不可分であるこというまでもないから、賃借人が1棟の建物を賃貸人の承諾を得ないで転貸する等民法612条1項に違反した場合には、その賃貸借関係全体の信任は裏切られたものとみるべきである。従って、賃貸人は契約の全部を解除して賃借人との間の賃貸借関係を終了させその関係を絶つことができるものと解すベきである。されば原判決が、賃貸借関係は賃貸人と賃借人との相互の信頼関係に基いて成立するものであるから、賃借人が1個の賃貸借契約で各独立の2棟の建物を賃借し、そのうち1棟についてのみ無断転貸をした場合でも、他に特段の事情のないかぎり、賃貸人に対して著しい背信行為があるものとして、賃貸人は民法612条によって右賃貸借契約全部の解除権を取得するものと解すベきであると判示したことは正当であって、原判決には所論の違法はない。


 よって、民訴401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。


   最高裁裁判長裁判官島保、裁判官河村又介、同小林俊三、同垂水克己


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【判例】*賃借権の無断譲渡を理由とする契約解除権が時効消滅した場合でも賃貸人は譲受人に対し明渡請求が出来るとした事例

2018年10月29日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

賃借権の無断譲渡を理由とする契約解除権が時効消滅した場合でも賃貸人は譲受人に対し明渡請求が出来るとした事例
(最高裁昭和55年12月11日判決 裁事131号285頁)


       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人(賃借人)の負担とする。


       理   由
 上告(賃借人)代理人山崎利男の上告理由1及び2について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、畢竟、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用できない。

 同3について
 原審の適法に確定したところによれば、上告会社(賃借人)は本件建物を譲り受けるとともに本件各土地の賃借権の譲渡を受けたが、右賃借権の譲渡については賃貸人である被上告人らの承諾を得ることがなく、また、右賃借権の無断譲渡について被上告人(賃貸人)らとの信頼関係を破壊するものと認めるに足りない特段の事情があるとはいえないというのであるところ、所論は、要するに、被上告人(賃貸人)らの右無断譲渡を理由とする契約解除権は、右賃借権が無断譲渡された昭和34年1月31日から既に10年の経過をもって時効により消滅したにもかかわらず、右契約解除権が時効により消滅したとは認められないとした原判決には民法166条の解釈適用を誤った違法があるというのである。

 しかし、賃借権の譲渡を承諾しない賃貸人は、賃貸借契約を解除しなくても、所有権に基づき、譲受人に対しその占有する賃貸借の目的物の明渡を求めることができるのであり(最高裁昭和25年(オ)第87号同26年4月27日判決・民集5巻5号325頁、同昭和25年(オ)第125号同26年5月31日判決・民集5巻6号359頁、同昭和41年(オ)第791号同年10月21日判決・民集20巻8号1640頁)、賃借権の譲渡人に対する関係で当該賃貸借契約の解除権が時効によって消滅したとしても、賃借権の無断譲受人に対する右の明渡請求権にはなんらの消長をきたさないと解するのが相当であるから(最高裁昭和52年(オ)第260号同年10月24日判決・裁判集民事122号63頁)、論旨は、畢竟、原判決の結論に影響を及ぼさない事項について違法をいうものにすぎず、採用できない。

 同4及び5について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、畢竟、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定に沿わない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用できない。

 上告(賃借人)代理人松井順孝の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、畢竟、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難するものにすぎず、採用できない。


 よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


   最高裁裁判長裁判官本山亨、裁判官団藤重光、同藤崎萬里、同中村治朗、同谷口正孝

 

 

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【判例】*無断転貸を理由とする土地賃貸借契約の解除権の消滅時効の起算点

2018年10月26日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

無断転貸を理由とする土地賃貸借契約の解除権の消滅時効の起算点
(最高裁昭和62年10月8日判決 民集41巻7号1445頁)


       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。


       理   由
 上告代理人菅生浩一云同葛原忠知、同川崎全司、同丸山恵司、同甲斐直也、同川本隆司、同藤田整治の上告理由第1点について
 所論の点についての原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、畢竟、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用できない。


 同第2点について
 賃貸土地の無断転貸を理由とする賃貸借契約の解除権は、賃借人の無断転貸という契約義務違反事由の発生を原因として、賃借人を相手方とする賃貸人の一方的な意思表示により賃貸借契約関係を終了させることができる形成権であるから、その消滅時効については、債権に準ずるものとして、民法167条1項が適用され、その権利を行使することができる時から10年を経過したときは時効によって消滅するものと解すべきところ、右解除権は、転借人が、賃借人(転貸人)との間で締結した転貸借契約に基づき、当該土地について使用収益を開始した時から、その権利行使が可能となったものということができるから、その消滅時効は、右使用収益開始時から進行するものと解するのが相当である。

 これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、
(1)本件(A)土地の所有者である末正盛治は、大正初年ころ、六ノ坪合資会社(以下「訴外会社」という。)を設立し、同社をして右土地を含む自己所有不動産の管理をさせてきたものであるところ、上告人は、昭和34年6月22日、相続により、本件(A)土地の所有権を取得した、
(2)中村国義は、前賃借人の賃借期間を引き継いで、昭和11年7月29日、訴外会社から本件(A)土地を昭和15年9月30日までの約定で賃借し、同地上に3戸1棟の建物(家屋番号22番、22番の2及び22番の3)を所有していたものであるところ、被上告人中村慶一は、昭和20年3月17日、家督相続により中村国義の権利義務を承継した(右賃貸借契約は昭和15年9月30日及び同35年9月30日にそれぞれ法定更新された。)、
(3)被上告人伊藤染工株式会社(以下「被上告人伊藤染工」という。)は、昭和25年12月7日、被上告人中村から前記22番の3の建物を譲り受けるとともに、本件(A)土地のうち右建物の敷地に当たる本件(B)土地を訴外会社の承諾を受けることなく転借し、同日以降これを使用収益している、
(4)訴外会社は、昭和51年7月16日到達の書面をもって被上告人中村に対し、右無断転貸を理由として本件(A)土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした、というのであり、また、被上告人伊藤染工及び同濱田を除くその余の被上告人らが、本訴において、右無断転貸を理由とする本件(A)土地の賃貸借契約の解除権の消滅時効を援用したことは訴訟上明らかである。以上の事実関係のもとにおいては、右の解除権は、被上告人伊藤染工が本件(B)土地の使用収益を開始した昭和25年12月7日から10年後の昭和35年12月7日の経過とともに時効により消滅したものというべきであるから、上告人主張に係る訴外会社の被上告人中村に対する前記賃貸借契約解除の意思表示は、その効力を生ずるに由ないものというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、これと異なる見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用できない。


 同第3点について
 原判決が上告人の被上告人伊藤染工及び同濱田に対する請求に関して所論指摘の判示をしているものでないことは、その説示に照らし明らかであるから、原判決に所論の違法があるものとは認められない。論旨は、原判決を正解しないでその違法をいうものにすぎず、採用できない。


 同第4点について
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人伊藤染工は、訴外会社ひいて上告人に対抗できる転借権を時効により取得したものということができるから、これと同旨の原審の判断は、結論において是認できる。論旨は、畢竟、判決の結論に影響しない事由について原判決の違法をいうものにすぎず、採用できない。


 よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


    最高裁裁判長裁判官佐藤哲郎、裁判官角田禮次郎、同高島益郎、同大内恒夫、同四ツ谷巖

 

 

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【判例】*賃借人が無断譲渡または無断転貸したときは、賃貸人は常に契約を解除できるのか

2018年10月25日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

賃借人が無断譲渡または無断転貸したときは、賃貸人は常に契約を解除できるのか
(最高裁昭和28年9月25日判決 民集7巻9号979頁)


       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人(地主)の負担とする。


       理   由
 上告理由第1点について。
 原判決の確定したところによれば、被上告人X(借地人)はかって本件宅地上に建坪47坪5合と24坪との2棟の倉庫を建設所有し前者を被上告人Yの父Z(借家人)においてX(借地人)から賃借していたところ、昭和20年6月20日戦災に因り右2棟の建物が焼失したので、同21年10月上旬Z(借家人)はX(借地人)に対し罹災都市借地借家臨時処理法3条の規定に基き右47坪5合の建物敷地の借地権譲渡の申出を為し、X(借地人)の承諾を得てその借地権を取得した、そこでZ(借家人→転借地人)はX(借地人)の同一借地上である限り右坪数の範囲内においては以前賃借していた倉庫の敷地以外の場所に建物を建設しても差支ないものと信じ、その敷地に隣接する本件係争地上に建物を建築することとし、X(借地人)も亦同様な見解のもとに右建築を容認したというのである。


 元来民法612条は、賃貸借が当事者の個人的信頼を基礎とする継続的法律関係であることにかんがみ、賃借人は賃貸人の承諾がなければ第三者に賃借権を譲渡し又は転貸することを得ないものとすると同時に賃借人がもし賃貸人の承諾なくして第三者をして賃借物の使用収益を為さしめたときは、賃貸借関係を継続するに堪えない背信的行為があったものとして、賃貸人において一方的に賃貸借関係を終止せしめ得ることを規定したものと解すべきである。従って、賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用収益を為さしめた場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては、同条の解除権は発生しないものと解するを相当とする。然らば、本件において、被上告人X(借地人)がZ(転借地人)に係争土地の使用を許した事情が前記原判示の通りである以上、X(借地人)の右行為を以て賃貸借関係を継続するに堪えない著しい背信的行為となすに足らないことはもちろんであるから、上告人(地主)の同条に基く解除は無効というの外はなく、これと同趣旨に出でた原判決は相当であって、所論は理由がない。

 次に所論特約の趣旨に関する原審の判断は正当であって何ら違法の点はないから、これを非難する所論も採用することはできない。

 同第2点について。
 論旨前半において指摘する原判示部分は判旨いささか明瞭を欠くきらいがあるけれども、要するに、X(借地人)がZ(転借地人)に係争土地の使用を許した前記行為を以て背信的行為とはなし得ないことの説明にすぎないことは判示自体に徴し明かである。そしてX(借地人)の右行為が背信的行為とはいえないとの判断自体が正当であることは前記の通りであるから、原判決中所論部分の説明の不備を捉えて、原判決に理由不備の違法ありとする所論は、到底採用できない。

 また論旨後半のX(借地人)に背信的行為ありとの主張は、本訴の請求原因とは無関係な事実に関する主張にすぎないから、もとより適法な上告理由となすに足りない。

 同第3点について。
 原判決が上告人(地主)の被上告人Y(転借地人Zの子)に対する請求を棄却した理由について首肯するに足る説明を与えていないことは、正に所論の通りである。しかしながら原審の確定した事実によれば、係争土地に建物を建築しその敷地を占有する者はZ(転借地人・Yの父)であって、その建築許可申請の便宜上被上告人Y(転借地人Zの子)の名義を使用したに過ぎないというのであるから、被上告人Y(転借地人Zの子)に対し不法占有を原因として建物収去土地明渡を求める上告人(地主)の請求はこの点において棄却を免れず、従って右請求を棄却した1審判決を維持した原判決は結局正当であるに帰し、論旨は理由がない。


 よって民訴396条、284条、95条、89条に従い主文のとおり判決する。


 この判決は藤田、霜山両裁判官の少数意見(略)を除き全裁判官一致の意見である。

    最高裁裁判長裁判官霜山精一、裁判官栗山茂、同小谷勝重、同藤田八郎、同谷村唯一郎

 

 

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【判例】*賃料不払を理由とする家屋賃貸借契約の解除が信義則に反し許されないものとされた事例

2018年10月24日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

賃料不払を理由とする家屋賃貸借契約の解除が信義則に反し許されないものとされた事例
(最高裁昭和39年7月28日判決 民集18巻6号1220頁)


       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人(賃貸人)の負担とする。


       理   由
 上告代理人宮浦要の上告理由第1点について
 所論は、原判決には被上告人(賃借人)甲に対する本件家屋明渡の請求を排斥するにつき理由を付さない違法があるというが、原判決は、所論請求に関する第1審判決の理由説示をそのまま引用しており、所論は、結局、原判決を誤解した結果であるから、理由がない。


 同第2点について
 所論は、相当の期間を定めて延滞賃料の催告をなし、その不履行による賃貸借契約の解除を認めなかった原判決違法と非難する。しかし、原判決(及びその引用する第1審判決)は、上告人(賃貸人)が被上告人(賃借人)甲に対し所論延滞賃料につき昭和34年9月21日付同月22日到達の書面をもって同年1月分から同年8月分まで月額1200円合計9600円を同年9月25日までに支払うべく、もし支払わないときは同日かぎり賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに停止条件付契約解除の意思表示をなしたこと、右催告当時同年1月分から同年4月分までの賃料合計4800円はすでに適法に弁済供託がなされており、延滞賃料は同年5月分から同年8月分までのみであったこと、上告人(賃貸人)は本訴提起前から賃料月額1500円の請求をなし、また訴訟上も同額の請求をなしていたのに、その後訴訟進行中に突如として月額1200円の割合による前記催告をなし、同被上告人(賃借人)としても少なからず当惑したであろうこと、本件家屋の地代家賃統制令による統制賃料額は月額750円程度であり、従って延滞賃料額は合計3000円程度にすぎなかったこと、同被上告人は昭和16年3月上告人(賃貸人)先代から本件家屋賃借以来これに居住しているもので、前記催告に至るまで前記延滞額を除いて賃料延滞の事実がなかったこと、昭和25年の台風で本件家屋が破損した際同被上告人(賃借人)の修繕要求にも拘らず上告人(賃貸人)側で修繕をしなかったので昭和29年頃2万9000円を支出して屋根のふきかえをしたが、右修繕費について本訴が提起されるまで償還を求めなかったこと、同被上告人(賃借人)は右修繕費の償還を受けるまでは延滞賃料債務の支払を拒むことができ、従って昭和34年5月分から同年8月分までの延滞賃料を催告期間内に支払わなくても解除の効果は生じないものと考えていたので、催告期間経過後の同年11月9日に右延滞賃料弁済のためとして4800円の供託をしたことを確定したうえ、右催告に不当違法の点があったし、同被上告人(賃借人)が右催告につき延滞賃料の支払もしくは前記修繕費償還請求権をもってする相殺をなす等の措置をとらなかったことは遺憾であるが、右事情のもとでは法律的知識に乏しい同被上告人(賃借人)が右措置に出なかったことも一応無理からぬところであり、右事実関係に照らせば、同被上告人(賃借人)には未だ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があると断定することはできないとして、上告人(賃貸人)の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであって、右判断は正当として是認するに足りる。従って、上告人(賃貸人)の本件契約解除が有効になされたことを前提とするその余の所論もまた理由がない。

 同第3点について
 所論は、被上告人(賃借人)乙及び同丙の本件家屋改造工事は賃借家屋の利用の程度をこえないものであり、保管義務に違反したというに至らないとした原審の判断は違法であって、民法1条2項3項に違反し、ひいては憲法12条29条に違反するという。しかし、原審は、右被上告人(賃借人)らの本件改造工事について、いずれも簡易粗製の仮設的工作物を各賃借家屋の裏側にそれと接して付置したものに止まり、その機械施設等は容易に撤去移動できるものであって、右施設のために賃借家屋の構造が変更せられたとか右家屋自体の構造に変動を生ずるとかこれに損傷を及ぼす結果を来たさずしては施設の撤去が不可能という種類のものではないこと、及び同被上告人(賃借人)らが賃借以来引き続き右家屋を各居住の用に供していることにはなんらの変化もないことを確定したうえ、右改造工事は賃借家屋の利用の限度をこえないものであり、賃借家屋の保管義務に違反したものというに至らず、賃借人が賃借家屋の使用収益に関連して通常有する家屋周辺の空地を使用しうべき従たる権利を濫用して本件家屋賃貸借の継続を期待し得ないまでに貸主たる上告人との間の信頼関係が破壊されたものともみられないから、上告人(賃貸人)の本件契約解除は無効であると判断しているのであって、右判断は首肯でき、その間なんら民法1条2項3項に違反するところはない。また、所論違憲の主張も、その実質は右民違を主張するに帰するから、前記説示に照らしてその理由のないことは明らかである。所論は、すべて採るを得ない。

 よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。


    最高裁裁判長裁判官田中二郎、裁判官石坂修一、同横田正俊、同柏原語六

 

 

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【判例】*敷金は賃貸建物の所有権移転に伴い新賃貸人に承継されるとされた事例

2018年10月23日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

敷金は賃貸建物の所有権移転に伴い新賃貸人に承継されるとされた事例
(最高裁昭和44年7月17日判決 民集23巻8号1610頁)


       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人(賃借人)の負担とする。


       理   由
 上告代理人鈴木権太郎の上告理由について。

 原判決が昭和36年3月1日以降同39年3月1日までの未払賃料額の合計が54万3750円である旨判示しているのは、昭和33年3月1日以降の誤記であることがその判文上明らかであり、原判決には所論のごとき計算違いのあやまりはない。また、所論賃料免除の特約が認められない旨の原判決の認定は、挙示の証拠に照らし是認できる。

 しかして、上告人(賃借人)が本件賃料の支払をとどこおっているのは昭和33年3月分以降の分についてであることは、上告人(賃借人)も原審においてこれを認めるところであり、また、原審の確定したところによれば、上告人(賃借人)は、当初の本件建物賃貸人訴外亡甲に敷金を差し入れているというのである。思うに、敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから、建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があった場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。従って、当初の本件建物賃貸人訴外亡甲に差し入れられた敷金につき、その権利義務関係は、同人よりその相続人訴外乙らに承継されたのち、右乙らより本件建物を買い受けてその賃貸人の地位を承継した新賃貸人である被上告人に、右説示の限度において承継されたものと解すべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は理由がない。


 よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。


   最高裁裁判長裁判官入江俊郎、裁判官長部謹吾、同松田二郎、同岩田誠、同大隅健一郎

 

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【判例】*有益費支出後に賃貸人の交替があった場合は新賃貸人に償還請求する

2018年10月22日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

有益費支出後に賃貸人が交替したときは新賃貸人のみが有益費償還義務を負うとされた事例
(最高裁昭和46年2月19日判決 民集25巻1号135頁)


       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人(賃借人)の負担とする。


       理   由
 上告(賃借人)代理人吉岡秀四郎、同緒方勝蔵の上告理由第1点及び第2点について

 建物の賃借人または占有者が、原則として、賃貸借の終了の時または占有物を返還する時に、賃貸人または占有回復者に対し自己の支出した有益費につき償還を請求しうることは、民法608条2項、196条2項の定めるところであるが、有益費支出後、賃貸人が交替したときは、特段の事情のないかぎり、新賃貸人において旧賃貸人の権利義務一切を承継し、新賃貸人は右償還義務者たる地位をも承継するのであって、そこにいう賃貸人とは賃貸借終了当時の賃貸人を指し、民法196条2項にいう回復者とは占有の回復当時の回復者を指すものと解する。そうであるから、上告人(賃借人)が本件建物につき有益費を支出したとしても、賃貸人の地位を訴外甲(新賃貸人)に譲渡して賃貸借契約関係から離脱し、かつ、占有回復者にあたらない被上告人(旧賃貸人)に対し、上告人(賃借人)が右有益費の償還を請求することはできないというべきである。これと同趣旨にでた原判決の判断は相当であり、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。


 同第3点について
 建物の賃借人または占有者は、原則として、賃貸借の終了の時または占有物を返還する時に賃貸人または占有回復者に対し、自己の支出した有益費の償還を請求することができるが、上告人(賃借人)は被上告人に対しその主張する有益費の償還を請求することのできないことは、前記のとおりである。また、原判決は、上告人は被上告人(旧賃貸人)に対しては有益費の償還請求権を有せず、その消滅時効の点について考えるまでもなく上告人(賃借人)の請求は理由がないと判断したものであるから、有益費償還請求権の消滅時効に関する論旨は、原判決の判断しないことに対する非難である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。

 よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。


    最高裁裁判長裁判官色川幸太郎、裁判官村上朝一、同岡原昌男


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【判例】*増改築を制限する特約に違反しているにも拘らず契約解除が認められなかった事例

2018年10月19日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

増改築を制限する特約に違反しているにも拘らず契約解除が認められなかった事例
(最高裁昭和41年4月21日判決 民集20巻4号720頁)

 


       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人(賃貸人)の負担とする。


       理   由
 上告代理人松井邦夫の上告理由1、2について。

 一般に、建物所有を目的とする土地の賃貨借契約中に、賃借人が賃貸人の承諾をえないで賃借地内の建物を増改築するときは、賃貸人は催告を要しないで、賃貸借契約を解除することができる旨の特約(以下で単に建物増改築禁止の特約という。)があるにかかわらず、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで増改築をした場合においても、この増改築が借地人の土地の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人が前記特約に基づき解除権を行使することは、信義誠実の原則上、許されない。

 以上の見地に立って、本件を見るに、原判決の認定するところによれば、第1審原告(脱退)橋本ぢんは被上告人(借地人)に対し建物所有の目的のため土地を賃貸し、両者間に建物増改築禁止の特約が存在し、被上告人(借地人)が該地上に建設所有する本件建物(2階建住宅)は昭和7年の建築にかかり、従来被上告人(借地人)の家族のみの居住の用に供していたところ、今回被上告人(借地人)はその一部の根太および2本の柱を取りかえて本件建物の2階部分(6坪)を拡張して総2階造り(14坪)にし、2階居宅をいずれも壁で仕切った独立室とし、各室ごとに入口および押入を設置し、電気計量器を取り付けたうえ、新たに2階に炊事場、便所を設け、かつ、2階より直接外部への出入口としての階段を附設し、結局2階の居室全部をアパートとして他人に賃貸するように改造したが、住宅用普通建物であることは前後同一であり、建物の同一性をそこなわないというのであって、右事実は挙示の証拠に照らし、肯認できる。

 そして、右の事実関係のもとでは、借地人たる被上告人のした本件建物の増改築は、その土地の通常の利用上相当というべきであり、いまだもって賃貸人たる第1審原告(脱退)橋本ぢんの地位に著しい影響を及ぼさないため、賃貸借における信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない事由が主張立証されたものというべく、従って、前記無断増改築禁止の特約違反を理由とする第1審原告(脱退)橋本ぢんの解除権の行使はその効力がないものというべきである。

 しからば、賃貸人たる第1審原告(脱退)橋本ぢんが前記特約に基づいてした解除権の行使の効果を認めなかった原審の判断は、結局正当であり、論旨は、畢竟失当として排斥を免れない。

 よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官の一致で、主文のとおり判決する。


    最高裁判所裁判官松田二郎、同入江俊郎、同長部謹吾、同岩田誠

 

 

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【判例】*賃借地上にある建物の売主には、買主に対し、敷地賃借権譲渡承諾の取得義務がある

2018年10月18日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

賃借地上にある建物の売主(借地人)には、買主に対し、地主から敷地賃借権譲渡の承諾を得る義務があるとされた事例
(最高裁昭和47年3月9日判決 民集26巻2号213頁)


       主   文
 原判決中被上告人(売主)の請求を認容した部分を破棄する。
 右破棄部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。


       理   由
 上告代理人大里一郎の上告理由第1点について。
 本件建物の売買契約締結の際、被上告人(売主)が上告人(買主)に対し、右建物の敷地の賃借権譲渡の承諾料金20万円を自ら負担して賃貸人に支払い、右賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得る旨の特約をしたこと、または、右売買契約締結の当時、建物の売主が、その敷地の賃借権譲渡の承諾料を自ら負担して賃貸人に支払い、右賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得るという慣行があったことは、いずれもこれを認めるべき証拠がない、とした原審の認定判断は、挙示の証拠関係及び本件記録に照らして、首肯することができないものではない。従って、本論旨のうち原審の右認定判断自体を非難するにすぎない部分は、その理由がない。

 しかし、賃借地上にある建物の売買契約が締結された場合においては、特別の事情のないかぎり、その売主は買主に対し建物の所有権とともにその敷地の賃借権をも譲渡したものと解すべきであり、そして、それに伴い、右のような。特約または慣行がなくても、特別の事情のないかぎり、建物の売主は買主に対しその敷地の賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得る義務を負うものと解すべきである。何故なら、建物の所有権は、その敷地の利用権を伴わなければ、その効力を全うすることができないものであるから、賃借地上にある建物の所有権が譲渡された場合には、特別の事情のないかぎり、それと同時にその敷地の賃借権も譲渡されたものと推定するのが相当であるし、また、賃借権の譲渡は賃貸人の承諾を得なければ賃貸人に対抗することができないのが原則であるから、建物の所有権とともにその敷地の賃借権を譲渡する契約を締結した者が右賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得ることは、その者の右譲渡契約にもとづく当然の義務であると解するのが合理的であるからである。

 ところで、上告人(買主)は、原審において、被上告人(売主)が上告人に対して負担する本件建物の敷地の賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得る義務と、上告人(買主)が被上告人(売主)に対して負担する右建物の残代金支払の義務とは、同時履行の関係に立つものであるから、被上告人(売主)が、自己の負担する右敷地賃貸人の承諾取得義務の履行ないしその提供をしないまま、上告人(買主)に対してなした右残代金支払の催告は無効であり、従って、被上告人(売主)が右催告の有効であることを前提としてなした右建物の売買契約解除の意思表示も無効である旨の抗弁を提出していたことは、原判文及び本件記録に徴して明らかである。

 してみれば、原審としては、本件建物の売買契約に関して前記のような特約または慣行の存在が認められないとしても、特別の事情のないかぎり、右建物の売主である被上告人はその買主である上告人に対しその敷地の賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得る義務を当然に負担するものであることを肯定したうえ、被上告人(売主)の負担する右敷地賃貸人の承諾取得義務と上告人(買主)の負担する右建物の残代金支払義務とが同時履行の関係に立つものであるか否かを検討すべきであり、そして、右両義務の間に同時履行の関係が認められる場合においては、さらに、被上告人(売主)が、その上告人に対する催告において指定した右残代金の支払期限である昭和41年4月24日までに、自己の負担する右敷地賃貸人の承諾取得義務の履行ないしその提供をしたか否かを検討することにより、上告人(買主)の右抗弁の当否を判断しなければならないものである。

 然るに、原審は、前記のような特約または慣行がなくても、特別の事情のないかぎり、被上告人(売主)が上告人(買主)に対し本件建物の敷地の賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得る義務を負担するものであることを看過し、従ってまた、以上の諸点について何ら検討することなく、単に前記のような特約または慣行の存在が認められないという理由だけで、上告人(買主)の右抗弁を排斥したものであることは、原判文上明らかであるから、原判決は、結局、賃借地上にある本件建物の売買契約の効果に関する法令の解釈適用を誤り、ひいては、審理不尽、理由不備の違法をおかしたものといわざるをえない。

 従って、本論旨のうち原判決の右違法を指摘すると解される部分は、その理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中被上告人(買主)の請求を認容した部分は破棄を免れない。


 よって、民訴法407条1項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。


    最高裁裁判長裁判官下田武三、裁判官岩田誠、同大隅健一郎、同藤林益三、同岸盛一


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