杉森神社の物語(東広島市河内町)・・・癒しのある風景

人生は、実験の連続。愛される神社を目指して頑張っています。祭りとは奉ること。ご祈願毎に神饌をかえ丁重なお祭りをします。

平成23年6月の日記6

2011-07-29 18:15:14 | 神職・宮司になるためコーナー

6月27日

旧暦5月26日 菖蒲華=あやまの花が咲き始める頃

昼より「杉の森サロン」、みんなで七夕の短冊をつくる

夕方、近所の方を病院につれていき、帰りにお店で料理をごちそうになる。感謝感謝。

その方から「みなさんとうまくやること、かわいがられることに努力すること」を助言いただく。再度、感謝感謝。

 

6月28日

【下水道設置経過】

午後より総代さんと市役所下水管理課にいく。

神社境内に下水道を通すためである。現在のトイレは「ぼっとんトイレ」。これだと女性は困られる方が多い。神社に集まってもらうのに、ちゃんとトイレがないのは困る。

さらに、流しもないので、洗物にも不自由がある。そこで、下水道を設置する方法についてを訊ねに役所にいく。

担当者曰く「神社の土地は下水道の用途地域外となるため、条例により地域外設置に伴う許可が必要、

 

それには、公図、土地登記簿各々の写しと計画図、配置図平面図等が相談段階で必要。

さらに経費は(25万円プラス神社境内地面積×300円)/2が必要となる可能性、実際は、相談の中で決まる。」との事であった。

さらに「浄化槽にすると、維持管理費が大変であるし、近所への配慮も必要であり得策ではない。」との事。

Σ( ̄□ ̄|||)え?Σ( ̄□ ̄|||)え?たか~~い。これに、下水道枡工事うん十万円プラス下水道管設置プラストイレ設置。\(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/アタシハダアレ?

来年以降の目標となる・・・。

帰宅後、大祓にむけて総代さんに茅の輪のミニをつくってもらう。(今年は大きな茅の輪をつくるまで至らなかったので、見本だけをつくる)。

さらにK総代さんとホタルさんが駐車場に砂利(水溜りや泥化防止のため)を敷き詰めてくれ、手水舎脇に水道の蛇口をつけてもらう。

 

6月29日

総代さんにミニ茅の輪を設置していただく

ホタルさん高圧洗浄機で鳥居と階段を磨いていただく

いよいよ明日、大祓

緊張の夏 蚊取り線香~~ってジョーダン言っている余裕ありません。あ~いそがし( ̄□ ̄||)))

 

 

6月30日

大祓

午後2時、参列者50名以上

 

祭典終了後、形代を川に流しにいく。

 

絵になる風景、新しい河内町の夏の風物詩だ

片付け後に明日の月次祭神饌、欠席者への形代届出

午後9時家にかえる。満足感の中でのビールはうまかった。ぷは~~~

 

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平成23年6月の日記5

2011-07-28 18:06:15 | 神職・宮司になるためコーナー

6月23日

京都へ、お守り会社と装束会社の製作見学研修へ行く。

午前8時広島駅出発、午後2時、京丹後市の「京都奉製」の会社へ

 

お守り作りの工程を知る。

 

デザインが自由に作成される時代。

【お守りについて】

今日、神社の社頭で様々なお守り類が頒布されている。ネット上による頒布も行われている(特定商品取引法に該当=商品)。

僕はあちこちの神社に参拝する機会があった。神社によっては

「これ授与品?商品じゃん」「Σ( ̄□ ̄|||)え?夏限定?そんなフレーズお守りに使用する?」

 というようなものまでも「頒布?」されていた。

神社の祈願や神符守札の初穂料は法人税法上、非課税となっている。何故、非課税なのか。これが今の世論ではないか。守札会社の奉製上コンピュウター化は、手作りと違い多種多様化が期待される一方、ますます商品化への危惧が薄れていくだろう。

尚、自分は、絵馬の奉製過程を見学してオリジナルデザインで作成したくなった。

 

6月24日

京都市、井筒の太鼓作り、

装束の糊づけ作業(のり作り2年~3年)

、御簾の工程などを学ぶ。

午後より城南宮に参拝

http://www.jonangu.com/pray.htm

庭園のクチナシの香りがいい。ウツギは占いに使用されていたようだ。

梅、藤、夏椿(サラ)がいい。

 

6月25日

2日間の留守で鉢のアジサイが倒れシナシナとなる。

キセキレイの巣はからっぽ。巣立ちには早すぎるが襲われた形跡もない。

どこにいったのだ~~。\(゜ロ\)? (/ロ゜)/?

 

6月26日

【保険加入】

総代さんたちによる杉森神社境内草刈の日(写真とるの忘れ、大汗をかく)

この日、神楽殿の屋根に杉葉などたくさん積もっているのを、屋根に登り落とす作業を行うはずだった。

これまでは、障害保険にはいることなく実施されていたようだが、もし、何かあると、誰がその責任を負うのかという問題がある。

 

そこで、神社界の保険(神社賠償責任保険、神社本庁火災地震相互共済にからめた補助保険、その他神社のニーズにあった保険)で頑張っている保険代理店「有限会社村上」に保険を依頼した。

http://murakami-hoken.cms.drecom.jp/hoken2

一人数千円で最高2000万円まで補償される。上る人からすると「2億かけてもらわにゃいけんのう~」と言われましたが、年相応になってしまうこと、70歳以上は0円であることを説明し、なんとか上ってもらうことになる。

ところが、昨夜の雨で瓦がぬれていてたたけ、危険で延期となる。その分、草刈、神楽殿拭き、穴ほり柴入などで午前中作業を行う。

 

 

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平成23年6月の日記4

2011-07-27 19:30:29 | 日記

6月18日

曇り後小雨

本日、初めての新車のお祓い祈願

 

の後、N工務店さんの工場にいき、流しの話となる。神社には流しがなく、今は、手水鉢の蛇口で水器などを洗っている。雨の日は、傘を首ではさみながら洗うが、この間、傘の柄に瓶子があたり、落ちて割れてしまった。

 

そんなことをホタルさんと話をしていたら、N工務店さんにお古があり、それを戴けることとなった。感謝感謝。

さらにN工務店さんは、小田地方に住まいがあるにもかかわらず、大祓の申込みあり。さらにさらにヒノキのかんな削りをもらう。これがいい。これをなんとかしたい。

ヒノキは、神さまが依る樹である。ヒノキを利用したものを考案中だったので、これまた有難い協力者が現れました。

 

6月19日

薄曇り、夜から雨

将来の散歩道となる場所を草刈

散歩道を森の中につくり、そこに森にあった花を植え、参拝目的でもなくても気軽に神社にきてもらいたいと思っている。まずは、人が集まる神社でなければなあと思います。

 

6月20日

朝、雨 早々と掃除をすませ、呉にいき、父の見舞い

その後、●●●●の元先輩であった奈良の等彌神社宮司さんと会い、江田島術課学校(あいにく閉まっていました)、灰ゲ峰(もやがかかって景色がみられませんでした)、そして夜の街でたのしいひとときを過ごしました。

 

6月21日

夏至

夜半雨だった模様、朝早く呉をたち、等彌神社宮司さんと杉森神社にいき、朝の掃除、日供祭を奉仕し、その後、河内の町を散策し三原駅に送り別れる。(河内町には、とってもよい景色があります。また、今度掲載します。)

お互いの神社の苦労話などをし、楽しい二日間であった。

 

6月22日

幣殿右横の畳の部屋の格子窓に作ったキセキレイの巣に、いつのまにか雛がかえっていた。1ぴきのようだ。ひっきりなしにえさをあたえている。部屋の電気を消し、小鳥がえさを雛にあげるため出入りする姿が障子にシルエットで見えています。とっても心が和む瞬間です。

本日、本殿外陣清掃。就任以来はじめての本殿内部。御簾は内陣も外陣もあがりっぱなしだったので、神気が籠るよう本来ある姿に調える。

榊に花が咲き始めた。

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平成23年6月の日記3

2011-07-26 15:08:09 | 日記

6月11日

雨のち晴れ

今日の掃除は拝殿、本殿の上の梁の拭き掃除。すると、本殿向拝の蝦虹梁の上がウサギの彫刻であることを発見、二種類の獅子二対とウサギ一対、そして拝殿に象一対、狛犬一対、神楽殿にも逆立ち鯉4匹と結構動物がいるじゃないか。

さらに拝殿の虹梁にハートマーク4っ。鈴にもハートマーク2つ

午後2時、神社ではじめての個人祈願祭。就職祈願である。記念品として「夢あきらめたらいかんど」を色紙にかいてさしあげた。

 

夕方、神社を離れて帰り支度をしはじめたところ、ふしぎな泣き声とともに木と木を飛び越える動物を発見、ねずみ色の濃い動物、これがムササビだと喜んだら、さらにその反対方向でも木が動くのを発見、今度は こげ茶色の動物。神楽殿の中に消えていった。どちらがかムササビ?

 

6月12日

雨。今日は、地区のどぶ掃除のため、日供祭を7時半からはじめた。ところが、どぶ掃除は雨のため中止となり、東広島市が提唱している空き缶拾いに変更。

近所の家の神棚新規の奉斎祈願祭を11時より開始。お祭り終了後、宴会となる。きがついたら、夕刻近くまで飲んでしまった。

 

6月13日

晴れ。朝、主婦の方がキチジュウソウ、アヤメを植えにこられた。

午後、亀山神社にいく。ホタルさんも「徳良八景」を調べるために同行。もう一人いくはずだった総代さんは、自損事故で辞退。

亀山神社でホタルの話を聞く、八景の一つに亀山神社が入ること、そしてホタルの里が近いということでみにいくことになる。その場所は、桜を移植した丘にホタルを放流しているところだった。

夕刻叔母の家でダイセンブキ(ツワブキの仲間)、(富貴草)をもらう。

 

6月14日

晴れ。今日は早々と掃除を切り上げ父の見舞いに向かう

入院中の退院間じかに脳梗塞。左足がしびれて歩行が難しい。点滴治療中。

勝手に自分のお気に入りの看護師のため、自分が描いた絵を差し上げたいということで、その絵はがきをとりにいく。

 

夕方家に帰ると近所の総代さんから連絡あり、お好み焼き屋「セツ」に向かい、ご馳走になる。さらに河内町に二軒しかない駅となりのスナックに向かう。スナックでは、総代さんと天皇論の話になる。どうやら丸の内の一等地に住んでいるという認識で、皇室をよく思っていないようだった。少しでも理解してもらいたいので、皇室には、人権がない状況の中、国や国民のために、ひたすら公務につかれていることや、相続税の納税なども話しをした。

 

6月15日

雨のち晴れ。神楽殿の掃除。

「杉森神社を東広島市一番のきれいな神社にしてゆくぞ~~」

 

6月16日 

旧暦5月15日 梅子黄(うめのみきなり)=梅の実が黄ばんで熟す頃

雨。本殿の上部の拭き掃除

夕食を総代さん宅でよばれる。

 

6月17日

曇り。朝、たまねぎあり。日供祭にお供えにする。感謝感謝

午前中に近所の総代さんと一緒に広島市の神社(神社本庁包括外)の関係者である方が神輿をみにこられた(会社の従業員で女神輿を行いたいので、神輿を借用したいという趣旨)。そのときに判明したのが、神輿は天明4年(1784年)のものであった。227年前である。あまりにも傷みが激しく、さらに古すぎるために断念。

ホタルさんが幣殿の畳が傷んでいることから、8畳ゴザを奉納して戴いた。感謝感謝。

 

夜、小田地区で子供たちをよんでホタルさんがホタルとしじみの講習会を開催。小田の川にはシジミがいるそうだ(河内町のシジミは知る人ぞ知る河内町の名物らしい)。そのあと賀茂の里でホタル観察。講習会終了後、徳良のホタルの里を見に行く、ゲンジボタルの乱舞。一番多く飛び、一番光をはなっていた。

 

 

 

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平成23年6月の日記2

2011-07-24 18:33:41 | 日記

6月6日 

旧暦5月5日端午、

芒種(ぼうしゅ、稲など芒(のぎ)のある穀物を植える頃)

蟷螂生(とうろうしょうず、蟷螂がうまれでる頃)

昨日、かまきりを発見したばかり

 

本日8時半頃に総代さんとホタルさんが神社参拝、ちょうど日供祭のはじめる時間なので、参列してもらう。その後、ホタルさんと襖紙を購入しに本郷にいき、午後より張替え作業の予定となった。

午後1時20分神社に到着すると、めがねをかけ、髪が長い30代の男性がいた。こちらから挨拶したが、僕がきたことで神社を離れていく姿に不審を感じたところ、賽銭箱が動いていること、おみくじ箱の鍵が壊されていることに気がついた。(ι゜,_っ゜)マジ…?

おみくじ箱は最近初穂料がはいっていることを知っていたが、まんまと盗まれてしまい、賽銭箱は一応無事であった。

警察に知らせるか悩んでいたところでホタルさんが来られたので、話をしたところ、すぐに警察に連絡し、30分後に警察官2名が来社、犯人の様子など説明した。

 

(もし、警察を呼ぶ前に僕が逮捕したら、どうなるか。犯人は、「知らない」を通すだろうし、ポッケにある100円玉は自分のだと主張するだろう。その100円玉がおみくじ箱にあったという証拠がないからである。結局、警察は┌||┐└||┘オテアゲ。警察の現行犯逮捕しかないのである。・・・今度来たら、写真に抑えてやりたい)

 

その後、襖張替えは、すぐにすむと思っていたところ、襖をはがすと昭和38年6月6日の中国新聞、

さらに大正元年10月31日、大正2年1月などの毎日新聞、さらには明治43年頃の神社下調帳や地租関係の書類がでてきた。

 

Yさんは環境インストラクターの認定をうけており、ほたるについては詳しい人であるが、ちょうど昭和38年に入野の中学生徒などが蛍を原爆記念病院にもっていったというような記事もあり、河内小学校の校長、郷土史研究会の会長さんもよび、襖張替えは中断となり、中にある新聞記事や墨書資料の整理となった。

 

 

6月7日

早朝は雨

モップを利用しはじめたことにより掃除が早くなった。その分、神楽殿の清掃に力をいれられる。ホタルさんから連絡があった。先日いっていた飛び地の鳥居での田植えについて、現在小作権をもっている(牛がいた頃から飛び地鳥居で田をつくっていた)方に、一部を神社の田んぼにしてもらえないか依頼したとのこと。早速、自分からもお願いをしにいったが、結果は事情があって無理であった。

しかし、飛び地鳥居での祭祀の許可と近くの休耕田の借用について話をつけてもらうこととなった。ホタルさん感謝感謝

 

さらにおもしろい場所を教えてもらった。線路を越して、神社の正面鳥居の延長線の田んぼの中に2メートル近い巨石があるとのことだった。近所では「神田(かみた)」といっている。

 

場所からみて間違いなく祭祀遺跡である。昔はここで祭祀を行い豊作祈願をしたはずではないか。なんとかここも神社との関係を深めたいものだ。

  

 

祈願の依頼がきた。神社での初個人祈願である。しかし就職祈願である。合格祈願について疑問を呈してきた自分・・・である。依頼者である母親に、正直に伝えた。試験に万全の体勢で臨めるよう、事故などないことを祈ります。試験に合格するか否かは個人の努力である。仮にだめであっても、それは試練と受け止めるべきである。人生は波のように動き、けっしてまっすぐなことはないことを話をし、神職としてできる限りのことはする旨を伝えた。

 

これを伝えたあと、気がひきしまった。自分としてできること、これをきちんとやろう。

 

6月8日

早朝は雨

午前9時から河内支庁の3階で行われる河内町郷土史研究会総会に出席した。6日の襖からでてきた明治史料の件が報告され、後刻、古文書解読できる方と一緒に神社に見にこられた

襖張替えは、ホタルさんがやってくれたが、二枚だけでも夜7時までかかった。午前中に岩戸別神社の宮守さん、午後には総代Kさんが手伝ってくれた。

 

6月9日

朝、霧あり、昼間は晴れ

本日は午前中から花植え、襖張替えが予定されていたので、すばやく掃除をすます。

午前8時半、近所の主婦の方が友人Yさんを連れて到着、早速、花(ヌマトラノオ、フジバカマ、ユキノシタ、マンネングサ、パイナップルミント、ホウチャクソウ、シャガ、ジュウニヒトエ)を植える。二人は草むしりもしてくださる。おしゃべりしながら草むしりもいいもんだ。神社に植えたハーブでハーブティが飲めるといいなあ。

午前11時ホタルさん到着、襖張替え作業、昼食は、弁当をかってきて社殿でたべる。

夕刻総代Kさん合流、結局6時半までかかるが、完成にはいたらず。夜はホタルさん夫婦と総代Kさんと西条までラーメンを食べに行く。御礼の意味をこめておごらせてもらうことを宣言し、ビールを飲んだが、結局、おごってもらうはめになり、申し訳ない。帰りは、福富、小田、椋梨川とホタル生息地をまわり、光の点滅と暗闇に浮かぶ山の陰を感動しながら眺める。

 

6月10日

曇りのち雨

近所の主婦が、ホトトギス、フタリシズカ、イワガラミ、ミズヒキを植えてくれた。

河戸のKさんがキセキレイの写真をとりにきた。過日、植えたハンゲショウのそばの小さな二輪草はアリドウシであった。

 

 

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