菅原貴与志の書庫

A Lawyer's Library

会社法部30周年に寄せて

2013-04-22 00:00:00 | 菅原の論稿

 去る平成25年4月12日(金)、ロイヤルパークホテルにおいて、東京弁護士会・会社法部30周年記念行事が開催されました(シンポジウムとパーティーの2部構成)。

 シンポジウム「会社法改正審議経過と会社法実務への課題」は次のとおり。

 第1部 基調講演
 「会社法改正の経緯とこれからの問題点について」講師:本渡章(部長)

 第2部 パネルディスカッション
 「取締役会及び取締役をめぐるこれからの問題点」
  コーディネーター:内藤良祐(副部長)
  パネリスト:豊泉貫太郎(元部長・顧問)、河和哲雄(前部長・顧問)、榎本峰夫(前副部長・顧問)


 当日配付された30周年記念誌に寄稿した拙稿を掲載します。

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    会社法部30周年に寄せて

1.私にとっての会社法部 ~会社法研究の本籍地
 平成16年、実務家教員として慶應義塾法科大学院のお手伝いをするようになって以降、なかなか会社法部の定例会に出席が適わず、株主総会公開講座後の打上げと忘年会のほかは顔を出さない「不良部員」となってしまった。蜂須優二・服部秀一・池田幸司・戸井川岩夫の各先生(順不同)とは年数回のペースで情報交換かつ懇親の場を設けており、私にとっては、この席が会社法部との現在の連結点になっている。
 戸井川先生のお誘いにより、私が会社法部の末席に加えていただいたのが、平成8年春のこと。爾来、当時の部長であった豊泉貫太郎先生はじめ、会社法部の諸先生に師事することとなった。ちなみに、前述の法科大学院への出講も、我が師・豊泉先生のご推薦によるものである。
 私が入部したころは、毎月の定例会のほか、分科会のような研究会もあり、株主代表訴訟を勉強する部会では、山森一郎先生が中心となって経営判断原則に関する数多の裁判例を分析・検討した。その成果物のひとつが「経営判断の原則(BJR)-数多くの分析手法とその些やかな実践Ⅰ・Ⅱ」(法律実務研究13号)である。
 また、豊泉先生の後に部長を継がれた河和哲雄先生にも、さまざまにご指導ご教示いただいた。河和先生のご示唆がなければ、拙稿「執行役員の法的再検討」(法律実務研究15号)の執筆はなかったし、また、平成17年改正(現代化)会社法の全体構造を理解することもできなかったと思う。
 このように、私にとっての会社法部とは、まさしく会社法研究の本籍地である。

2.近ごろの会社法に思うこと ~会社法制見直しの議論に接して
 会社法制の見直しが検討されている。日本商工会議所設置の検討会(座長・大杉謙一中央大学教授)委員として、その議論を見聞する機会はあるが、若干の違和感を覚えることがなくもない。
 たとえば、オリンパスや大王製紙などの企業不祥事が報道されると、あたかも日本の著名な大企業はどこでも同じような問題を抱えていて、何らかの手当てをしなければいけないという論調に流れがちである。しかし、これらすべての日本企業にガバナンス強化は必要か、法制度を朝令暮改しなければならないほどに日本企業の不祥事は深刻なのかについて、いま一度冷静に考えてみるべきではなかろうか。
 当然のことながら、法制度さえ改正すれば、不祥事が根絶するわけではない。個別具体的な事象に対し、それをどう早期に発見して是正するのか、という制度の点検と見直しは必要であろう。だからと言って、総じて日本企業のガバナンスが不足していると速断するのも危険である。もう少し地に足のついた事実検証が望まれる。
 また、ガバナンスを論じる場合、経営の「効率性・合理性」と「適法性・健全性」の両課題の峻別を意識しなければならない。効率性の場面で、そもそも経済界・産業界が望まない制度見直しをすることに、いかほどの意味があるのかは疑問である。
 会社法では、取締役会の監督と監査役による監査という、並立型二元制を採用している。これは日本特有の会社制度と言ってもよく、諸外国では馴染みがない。このため、日本企業の不祥事が発生すると、マーケットから「それは監査役が機能していないのではないか」などと批判されやすいと言われている。
 しかし、こうした「マーケット」なるもの(特に外国投資家)の声を過大評価する風潮にも注意が必要である。昨今「海外マーケットは、独立性の高い社外取締役の確保を要望している」などと言うが、ガバナンスと資金調達との間に相関関係があるようには思えない。たとえば、中国市場に資金が集まるのは、彼らのガバナンスが高いからではなく、利益獲得の可能性が高い(儲かる)からであろう。定量的な裏づけのない投資家マーケットの需要・要望といったものについて、あまり過大に評価してはならないと思う。
 それぞれの国には、その社会経済状況の下で長い年月をかけて醸成された制度がある。これを尊重したうえで、例えば”ISO26000”のようなグローバル・スタンダードとの平仄をどのように合わせていくのかが重要である。ただ単に現状を全否定するのではなく、良い点はこれを活かしながら、足りない部分を検証していく、そのような誠実で謙虚な姿勢が、法制度の見直しにも求められているのではないだろうか。
 この点、最近は、これが駄目だったら次はこっちと、弁当箱の仕切りを変えることばかりに労力を費やし、肝心の食材、中に何を入れるのかという検討が十分になされていないのではなかろうか。法改正の議論に接するたびに、「実証なき制度設計」にある種の危うささえ感じる今日このごろである。
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