中年おじさんの散策part2

散策内容を紹介します
七福神・温泉・散策案内が主なものです。

史跡-13  岩本町馬の水飲み広場

2015-10-31 05:38:14 | 墓・史跡・古墳

このブログは 中年おじさんの散策 の続編です。

 

20150416       東京南東・史跡
東京都千代田区岩本町
岩本町馬の水飲み広場
   この場所は、江戸時代より房総や東北方面からの物資輸送(米・野菜・魚介類・材木等)のために荷車を引く牛馬の水飲み場として、また、街道を往来する人々の休息の場として、重要な役割を果たしてきました。
  広場には「岩本町馬の水飲み広場」なる腰の高さくらいの石碑が建っていて、それには「この場所は、江戸時代より、房総や東北方面からの物資輸送(米・野菜・魚介類・材木等)のために荷車を引く牛馬の水飲み場として、また、街道を往来する人々の休息の場として、重要な役割を果たしてきました」と記されている。
 地元に勤めていて日頃足を止めることすらなかったところに、こんな記念すべき広場があったなんて秋葉原も多彩である。

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

史跡-12  既製服問屋発祥の地 和泉橋近辺

2015-10-30 02:40:10 | 墓・史跡・古墳

このブログは 中年おじさんの散策 の続編です。

 

20150414  東京南東・椿・ツツジ
東京都千代田区岩本町
        和泉橋近辺
  既製服問屋発祥の地
        神田川源流付近⑦
 慶長年間(1595~1615)、 神田川の工事が行われ 川の南側に土手が築かれました。 駿河台東端から 浅草橋までの土手は、 太田道灌が江戸城の鬼門除けに柳を植えたことから「柳原土手」と呼ばれました。
 この土手に沿った地域は、 江戸時代中ごろまでは大名・旗本らが居住する武家地や 火除明地や 籾蔵の設置場所などでした。その後, 次第に商人や職人が住む町地となり, 土手のそばには古着などを扱う露天が設けられ、 江戸市中の 古着マーケットの一つとなりました。 明治6年(1873)になると 土手は崩されますが, 古着を扱う露天は引き続いて営業しました。 さらに, 明治14年(1881)には, 現在の岩本町3丁目10番地 及び神田岩本町1番地の一帯に, 東京市内の古着商業者たちによって「岩本町古着市場」が開設され, 東京の衣類産業の中心地となりました。

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

史跡-11  柳橋

2015-10-29 06:02:06 | 墓・史跡・古墳

このブログは 中年おじさんの散策 の続編です。

 

20150414  東京南東・史跡(碑)
東京都 台東区 柳橋            
                柳橋
        神田川源流付近②
 神田川が隅田川に流入する河口部に位置する最下流の橋梁で、南詰の東日本橋側に進むと国道14号(靖国通り)上の両国橋西交差点にたどり着く。
  その起源は江戸中期、当時は日本橋下柳原同朋町と対岸の浅草下平右衛門町とは渡船で往来していたものの不便な為1697年(元禄10年)に架橋を願い出て許可され翌年1698年に完成。1887年(明治20年)に鋼鉄橋になる。その後の関東大震災にて焼失したため震災復興事業として1929年(昭和4年)に現在の橋が完成。永代橋のデザインを取り入れたと言われている。1999年に中央区区民有形文化財として登録。
 柳橋(やなぎばし)は、神田川にかかる橋で、特別区道(愛称:柳橋通り)を通す中央区管理の橋である。南岸は中央区東日本橋2丁目、北岸は台東区柳橋1丁目。橋北詰の台東区の町名でもある。

 

 

 

東京川を巡る旅②「神田川界隈路地歩き&ランチ」 第1回 分岐から萬世橋までを楽しむ旅

熊谷カルチャーセンター 「お江戸巡り②」 案

 

 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

史跡-10  浅草見附跡

2015-10-28 03:44:37 | 墓・史跡・古墳

このブログは 中年おじさんの散策 の続編です。

 

20150414  東京南東・椿
東京都 台東区 柳橋            
        浅草見附跡
        神田川源流付近⑥
 神田川に架かる浅草橋は、江戸時代には浅草見附があったところで、台東区側の橋のたもとに「浅草見附跡」の碑が建っています。浅草見附が置かれたのは寛永13年(1636)、江戸城の警護のため36箇所に設けられた見附の一つで、枡形の門は「浅草御門」と呼ばれ、警護人を置いて浅草観音や遠くは奥州へ往来する人々を取り締まりました。 
 [JR浅草橋駅の南、徒歩2分。神田川に架かる浅草橋は、江戸時代には浅草見附があったところで、台東区側の橋のたもとに「浅草見附跡」の碑が建っている。浅草見附が置かれたのは寛永13年(1636年)のこと。江戸城の警護のため36箇所に設けられた見附のひとつで、枡形の門は「浅草御門」と呼ばれ、警護人を置いて浅草観音や遠くは奥州へ往来する人々を取り締まった。明暦の大火(明暦3年、1657年)の際には囚人の逃亡を防ぐためにこの門が閉ざされ、避難路がたたれて数多くの死者を出した伝えられている。

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

散策 「商店街ー189」  大宮駅東口界隈

2015-10-27 05:42:22 | 商店街

このブログは 中年おじさんの散策 の続編です。

 

20150401  大宮・桜
埼玉県さいたま市大宮区錦町
    大宮駅東口界隈
  大宮駅(おおみやえき)は、埼玉県さいたま市大宮区錦町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東武鉄道・埼玉新都市交通の駅である。
  JRでは、新幹線・在来線ともに東北地方と信越地方を結ぶ路線の分岐点に位置する。東武鉄道や埼玉新都市交通の路線を合わせると14の路線が乗り入れる埼玉県最大のターミナル駅である。新幹線は当駅を通る全営業列車が停車する。JTB時刻表の巻頭索引地図において、埼玉県及びさいたま市の中心駅は浦和駅であり、さいたま市の中心駅にはなっていないが、さいたま市の合併前は、旧・大宮市の中心駅として表記されていた。
 当駅周辺にはJR東日本大宮総合車両センター・日本貨物鉄道(JR貨物)大宮車両所(旧・大宮工場)をはじめとして、日本国有鉄道(国鉄)時代から数多くの鉄道施設が立地し、駅周辺は「鉄道の町」として発展した。また、当駅周辺は商業集積地であり、大規模な百貨店やオフィスビルが建ち並んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加