Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

大阪松竹座『朧の森に棲む鬼』 1等1階前方センター・1等1階中央前方寄り花道外

2007年02月24日 | 演劇
大阪松竹座『朧の森に棲む鬼』1等1階前方センター・1等1階中央前方寄り花道外

観劇日:2月24日ソワレ 前楽 1等1階前方センター
観劇日:2月25日マチネ 大千穐楽 1等1階中央前方寄り花道外

【感想その一】

2月24日~25日に大阪へ『朧の森に棲む鬼』観劇遠征してきました。東京公演でもかなりハマり込んでいたのですが大阪では完全に魂を持っていかれました…。自分でも想定外の出来事で正直混乱ぎみ。いったいこの芝居のどこが私の琴線に触れるのか、まだよくわかっていないのですが…。あまりの切なさに胸が潰れてしまいそうでした。二幕目以降は息もまともに出来ない有様(苦笑)。ラストなんて観てるのが辛すぎて、でも観たいという矛盾した気持ちが渦巻いてました。思い出すだけでも胸が痛いです。いつもだったらすぐに再演を、と思うのですが今回ばかりは今のところそういう気分になりません。落ち着いたらまた観たいと思うに違いないのですが…。

まずは24日ソワレ、前楽。新橋演舞場千穐楽以来、約1ケ月ぶりの『朧の森に棲む鬼』観劇。大阪ではどうなっているかなという期待とあと2回でこの公演が終わってしまうんだという寂しさとが入り混じりながら席へと向かいました。今回、席が1列目ど真ん中でした。水しぶきが、血しぶきが自分の顔に飛んでくるわ、マントや剣がごくごく目の前で翻るわ、しゃがんだ役者の顔が目の前にだわ。ライ@染ちゃんの汗が飛んで来た日にゃ、もうどうしましょう、と(笑)私、完全に固まってました。身動きできない、ただただ舞台に釘付け。

そして25日マチネ、大千穐楽。もうこれで本当に最後。寂しいような、でも早く解放してあげたい思いもありな気分で席へと向かいました。席は7列目花道外。ここは花道での芝居がしっかり見えて、特に第二幕でのライの引っ込みが真正面から観られたのが喜び。今まで横からしか見られなかったから。で、想像以上に怖いほどの壮絶さでやっぱりただ息をのんで観るばかり。

大阪松竹座は新橋演舞場に比べたら全体的にハコが小さいです。その分、臨場感は増すだろうとは思っていたのですが、確かに役者息遣いはこちらのほうが近いとは思うのですが演舞場での芝居に見慣れてしまった目には狭すぎると思いました。めいっぱい舞台を使ってはいたものの、役者さんたちは今にもはみ出しそうな勢い。主役級の役者たちに至ってはどことなく窮屈そうにみえたりる場面も多々。センターに立つ役者さんたちの体の動かし方って、やっぱり違うなあとつくづく思ったりしました。存在感とかオーラとか、そういう厚みが違う。まさか松竹座のキャパでの舞台が小さいだなんて思うとは思ってもみなかった。舞台に大きさに合わせ演出で立ち位置や動線をいくつか変えており、そのため多少芝居の印象が変わる部分もありました。

とはいえ、やはりのめり込んで観たことには変わりなく、今回で6回目の観劇なのにまったく飽きないで観ている自分に多少呆れつつ、役者たちの熱い芝居にひたすら感嘆するばかり。もう舞台上では物語の登場人物がそのまま立ち上がっているような気がしました。染五郎演じるライはもうライにしかみえないし、阿部サダヲはキンタでしかない。彼らは演じているんだとわかっていても、あの舞台でライとキンタは生きている、とそう思いました。ツナとシキブにもそう感じた。マダレはやっぱり古田新太は古田新太な感じだったけど(笑)この人は自分にキャラを引き寄せるタイプの役者なんだと思う。でもそれがマダレというキャラにうまくハマっていた。

この芝居、それぞれのキャラクターが一筋縄じゃいかなくてとても魅力的。でも、今回なんだかんだやっぱり主役のライが中心にいてこその舞台なんだなと思いました。ライというキャラが立ち上がらないことには物語が立ち上がってこない。ライの心情は描かれず、観客の心情から徹底的に突き放された悪役。そのキャラをどう見せていくか。そして染五郎はライを「ライ」としてとても魅力的に膨らみを持たせて立ち上げてきたと思う。あのライがいたからこその今回の『朧の森に棲む鬼』だった。これって染贔屓な物言いですか?でもそれしか書き様がないんだもの(笑)

大阪では座組みのまとまりが密になっていたせいか人と人との関係がより深くなっていたように思う。ライとキンタ、シキブとオオキミ、マダレとツナ、ライとシキブ、ツナ、シュテン、それぞれの関係がそれぞれに鮮明に際立っていて、より哀しく切ない物語の方向に向いていた。

ライ@染五郎は悪役非道ぶりがupしていたのと同時にライという人となりの揺れ幅も大きくなっていたように思う。今回、なぜかライはひどく寂しい人なんだと感じた。一切人を信用していないし信用するほうがバカだと自身でも思っているけど、知らず知らずにどこか心の奥底では見返りを求めてくることのない愛情を求めているかのようだった。愛情を一切受けずに育ち、頭が良すぎるために世を拗ね怒りを抱えていたんじゃないんだろうかと思わせた。朧たちにそこを見透かされ、力を貰ったことでどこかバランスが崩れた。朧たちに植えつけられた野望はライの「人への怒り」を増幅させていった。

キンタのことは腕っぷしのないライにとっては世を渡るための便利な道具とも思っていただろうけど、何かをライに見返り求めることなく信頼と情を寄せてくっついてまわるキンタは可愛い弟分として唯一「情」を持った存在でもあったんじゃないかと思う。なぜそう思ったのかというと、ライとキンタの関係がすごーく密接になっていたから。新橋演舞場でも後半はかなり兄貴分と弟分としての空気が密接になっていたけど、大阪ではそれがお神酒徳利状態だった。キンタ@阿部サダヲはわんこのように真っ直ぐなキラキラした目でライを見つめ心から信頼ているし、ライはそんなキンタを「おまえはバカだ」と言いながらもひどく優しい顔をして見守っている。ライは何があろうとこいつは絶対俺に付いて来る、と信じ込んでいたんじゃないかな。

一幕目でライはキンタに「お前だけは騙さない」と言う。キンタが欲しい言葉だから、それだから言っているんだけど、ここはライもキンタを騙そうって気もないような気がする。衒いなくキンタを見つめるその姿はまだ真っ直ぐだ、野望はあっても狂気までには触れていない。

それと二人の関係で象徴的にみえたところはここだけじゃなく、日ネタのところではあったんですがヤスマサ将軍からのツナへ宛てた手紙を読むくだり。「飛ばさんかい!」とツナにキンタが殴られてしまい、キンタがライに殴られたほっぺを見せて「ほらあ、飛ばさないからこうなる」と訴えるところ。

前楽ではライ@染ちゃんがごめんごめんという感じでキンタの頭をナデナデして慰めていた。二人ともかなり可愛かったしほのぼのしたシーンになっていました。そして千穐楽ではなんとライがキンタのことをごめんね、よしよしって感じでハグしてた~。キンタ@サダヲちゃん、素でビックリして照れてた。ハグされた時には「ありがとうございまっす」とか叫んでた。その様子をツナ@秋山さんはうんうんとうなずいてニコニコしてたようでした。その後、ライがツナのほうを向いて「飛ばします!」ときっぱり言って続けていました。なぜかここ大拍手でした(笑)私は萌え死ぬかと思いましたわ、ええ。

こんなの見せられたら、もうこの二人信頼している同士にしか見えないわけですよ。ライがキンタのこと何にも思っていなかったなんて思えません。

一幕目のラスト、シュテンに裏切られたと知ったライは怒りを爆発させる。凄まじいほどの怒りと憎しみ。彼の憎しみはシュテン一党へ、だけではない。自分を裏切ってきた「人間たち全般」に対してだ。あれほどの憎しみの心の奥底の本音をライはキンタに見せている。たぶん、ライはキンタは当たり前のようにあくまでも無条件に自分に付いて来ると信じていたように思う。そのライが完全にキレたのはキンタがシュテンの命乞いをした瞬間。自分の思いを共有してくれてなかったキンタにライは「裏切られた」と思ったのだろう。「人を愛する」ことを知らないライにとってはキンタの行動は理解できないんじゃないかな。もう憎しみの対象でしかない。「情」の部分を自ら切り捨てたライはここで完全に狂気に陥り始める。歪んだ笑い声がそれを物語る。ライが自分が本当に欲しいものさえわからないまま欲望への道をひたすらに向かっていくだけの者に成り果てた瞬間でもあったかもしれない。

ただ、ライは人を欲している。無防備なほどに。キンタを殺した後はマダレを、自分と同じ種類の人間として仲間だと信じ込むし、ツナを求めずにはいられない。ライがツナを求めるのはツナが強く旦那のことを思っているからだと思う。そんな強い想いを自分に向けて欲しいのだろう。憎しみでもいい、まっすぐに「ライ」のみを求めてくれる存在が欲しいのではないかな、って思ってしまう。ライはひどく哀しい人だ。悪の道でしか自分を表現できず、本当に欲しいものを見つけられない。

大阪公演でのライは人としての哀れさがとてもあった。だからライの最後がより切なく哀しかった。孤独な歪んだ魂の咆哮に涙してしまうのはそのせい。