ブログ・プチパラ

未来のゴースト達のために

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落ち込んだときは『ヨブ記』を読んで元気を出そう!

2010年01月09日 | 宗教・スピリチュアル
寝る前に、布団に腹ばいになって、旧約聖書の『ヨブ記』を読んでいる。

ヨブという、神に試されてメチャクチャ悲惨な人の話だ。

>だが、私は全能者に語りかけ、
 神と論じ合ってみたい。(『ヨブ記』13・3)

私にだってヨブほど激しくはないけど、人生が不如意でありかつ社会が不条理であるかのように感じられる時、「これはいったいどういうことなのか」と神に問い正してみたいという感情が湧いてくることはある。だからヨブの言葉に共感するところはある。

しかしヨブのありさまはヒドイな。

>サタンは主の前から出て行き、ヨブの足の裏から頭の頂まで、悪性の腫物で彼を打った。
ヨブは土器のかけらを取って自分の身をかき、また灰の中にすわった。
すると彼の妻が彼に言った。「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。神をのろって死になさい。」
しかし、彼は彼女に言った。「あなたは愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないではないか。」ヨブはこのようになっても、罪を犯すようなことを口にしなかった。(『ヨブ記』2・7-10)

ヨブは可哀想に、ほんの神様のいたずら心で、死ぬるほどのひどい目に合って、「あなた、死になさい!」と、ついに女房にも愛想を尽かされてしまった。

信仰深いヨブは、それでもなおもじっと耐えていた。
しかしついに逆ギレして、神を呪い始める。

>その後、ヨブは口を開いて自分の生まれた日をのろった。
ヨブは声を出して言った。
私の生まれた日は滅びうせよ。
「男の子が胎に宿った」と言ったその夜も。
その日はやみになれ。
神もその日を顧みるな。
光もその上を照らすな。
やみと暗黒がこれを取り戻し、雲がこの上をとどまれ。(3・1-5)

人生において苦しいことの一つは、「世間様」にお前は正しくないと言われた時、「いや、お前は正しい」と言ってくれる審判者がどこにもいないということだ。ヨブも神と自分とを仲裁してくれる者がいない、そのことを嘆いている。私がヨブに共感するところだ。

>神は私のように人間ではないから、
私は「さあ、さばきの座にいっしょに行こう」
と申し入れることはできない。
私たちふたりの上に手を置く仲裁者が私たちの間にはいない。(9・32-33)

いったい誰が正しいのか。

>私は、神を呼び、
神が答えてくださった者であるのに、
私は自分の友の物笑いとなっている。
潔白で正しい者が物笑いとなっている。
安らかだと思っている者は
衰えている者をさげすみ、
足のよろめく者を押し倒す。
荒らす者の天幕は栄え、
神を怒らせる者は安らかである。(12・4-6)

ヨブの「安らかだと思っている者は、衰えている者をさげすみ、足のよろめく者を押し倒す。」っていうのには少し泣けるね。日本の「世間」というモヤモヤした空気も似たようなものかも。

>だが、私は全能者に語りかけ、
神と論じ合ってみたい。(13・3)

「これ以上、俺に何も言うな。」説教してくる友人たちの言葉がうっとうしくて、ヨブはこんな言葉まで吐いてしまう。

>あなたがたの格言は灰のことわざだ。
あなたがたの盾は粘土の盾だ。
黙れ。私にかかわり合うな。(13・12-13)

まだ読んでいる途中だが、こんな絶望しきっているヨブがその後どうなるか知りたくて、ページを飛ばして最後の場面を読んでみる。

すると最終行に、こんなに神への呪いをぶちまけていたヨブが、幸せに暮らして「長生き」したことが書いてある。

長生きしたんだ、ヨブ。
よかった、と、ちょっとホッとする。

>ヨブは長寿を保ち、老いて死んだ。(『ヨブ記』42・17)

゜.+:。☆ヾ(´∀`*) ヨカッタネ。

2 コメント

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私も好きです (まりあん)
2010-01-24 23:20:55
本当に苦しい時にヨブ記で支えられました。そして苦しんでいる方にもヨブ記を教えてあげたくなります。でも、自ら欲して読むのとそうでないのは、捉え方も違うので。
ヨブ記の箇所を探していて出会ったブログでした。
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やっぱり古典はすごいです (シンスケ(管理人))
2010-01-26 12:10:06
コメントありがとうございます。クリスチャンの方でしょうか? 私はクリスチャンではありませんが、聖書を読むのはやはり面白いです。でも疲れているときは、私には新約聖書のことばのほうが慰めになります。「今日の苦労は今日だけで充分」とか。
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