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連載エッセイ しとせいかつ 第2回 夢ですか?助産師です。本の。   亜久津歩

2015年03月09日 | エッセイ

わたしは4年ほど情報誌をつくる仕事をした後、6年と少しブックデザイナーとして会社勤めをしてきた。そこで「本の出産」にくり返し立ち会いながら、ことばの衣装、いや肉体である装幀の奥深さ、おもしろさに惚れこんできた。そんなこんなもちょっぴり踏まえつつ、今回は制作面の話をしたい。

と、言うのも。

前回、創刊時の話をした「CMYK」について、「どうやって作ってるの?」とよく尋ねられるのだ。詩は読者と実作者を兼ねているケースが多いからかもしれない(感覚値だけど)。この場を借りてざっくりお答えしたい。

「CMYK」はIllustratorでデータを作りプリントパックで印刷(+二つ折り加工)をしている。あれこれと見比べたが、同社は対応が早いのとコストパフォーマンスがよく、満足度が高い。紙はマットコートの110kgだ。一般的な詩誌やパンフレット等よりも少し厚く、光沢を抑えてある。B4サイズであることも、「ちょっと特別」な感触を出すため選んだ。 

 

 紙にはたくさんの種類がある。印刷会社のサイトから見本を送ってもらえることもあるので、興味のある方は請求してみるとよいだろう。そろそろ回し者のようになってきたが、プリントパックでは無料で送ってもらえる。特殊な紙は専門店に行って直接ふれるに越したことはないが、竹尾のサイトを眺めるだけでも幅が広がる。何より愉しい。

企画編集を担当した詩誌「権力の犬」5号では、執筆陣に手書きの原稿を依頼し、スキャンしてデータ化したものをタカヨシ印刷でわら半紙に印刷した。わら半紙で安く刷ってくれるところがなかなか見つからずに驚いた。昔は当たり前のようにあったのに……今の子たちはわら半紙なんて使わないのか……。 

 

 一風変わった紙や印刷で言うと、ご存知の方も多いと思うがレトロ印刷JAMにも何度かお世話になっている。こちらは、初心者の方にはデータの作成が少し難しいかもしれない。だが、糸で綴じたりズレのある印刷ができたりと仕上がりに味があるので、手作り感の好きな方には相性が良いはずだ。豆本を作ることもできる。

「エッセイ」らしからぬことを一息に並べてしまったが、参考になれば幸いだ。

なんでこんなことを言うかというと、わたしは手製本に限らず「私家版」詩集がすきなのである。他がいけ好かないとかいう話ではなく、素朴に愛着を感じる。だから詩歌の世界がもっともっと子だくさんになればうれしい。そして抱っこしたい。

私家版=広義では「自費出版」全体を私家版と呼ぶこともあるが、ここではISBNコードのないものを指す。

ショーバイの匂いが薄いところもすきだ。「自費出版」をばかにするような口ぶりや「詩人なんて職業じゃない」とネガティブな調子で目にすることもあるが、個人的には「だから本当に好きにやれるんだろ」と感じる。いや、「本当に好き」をショーバイに乗せられる人の話は今、していない。

スポンサーがいてユーザーがいて生活があって、上司や他部署や競合他社とのしがらみや生き残り合戦があって予算と納期と前年比の目標とほにゃらら……の狭間で最善を尽くす「ものづくり」ならではの魅力もあるだろう。ただ、わたしはそれには向かなかった。人里離れた山奥で、人知れず納得いかない壷を割りながら霞を食って生きていきたいところなのだ(そんな才能も孤独に耐えうる精神力もなく欲にまみれているので埼玉に安住している)。

話がそれた。

若手に限らず、作りたい人はすきに私家版詩集を作ればいいと思う(すきに「作らない」選択も当然ある)。すでに実行されている方には余計なお世話以外の何物でもなく、そもそもおこがましい話だが、迷ったり先送りにしたりしている方には「いいもんですよ」と申し上げたい。人目にさらしてみて気づくことは多いし、そこまでやってみて「自分だけではできない」ことがわかるという回り方もある。編集者やデザイナーがつくとどう変わるのかや、製本の限界、販路の問題なども。必要なければ、それまでだろう。

わたしも次は自分で作るつもりだ。

今のところ第3詩集は「どこかしらヘンな本をつくりたい」という動機だけがある。

市販の本のサイズや造本が似通うのは、効率が主な理由である。原価を下げたり、流通させたりするのに都合のよいものがあるのだ。だが自分で作ればルールはない。他作品との統一感も「詩集っぽい詩集」である必要もない。ナナメ書きでも、左右に開かなくても、活字でなくても本棚に入らなくても途中に何かが挟まっていても問題がない(法に触れるものを挟んではいけない)。叶えたい何かを追求した結果、文字通り「型破り」や「意味の(わから)ない」束が産み出されたなら、最高に「ハッピーバースデイ」じゃないか。

いつかはそんな本の産まれるところに立ち会いたい。あるいは誰かに打ちのめされたい。

立ち直れないほどショックを受けたら、秩父あたりの山にこもろうと思う。

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