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短編小説 「君と職員室まで」 vol.1 (7話完結)

2015-12-21 23:41:12 | 短編小説
 高校最後の期末試験もぼちぼち終わりに近づき、来週からは自由登校が始まる。理系選択をしている一部の奴らは、とっくに「自宅待機」というからうらやましい。もっとも、家にいようがいまいが、大多数の生徒は受験への追いこみで尻に火がついている。本来、脳みそが煮詰まっている状況で、期末試験に立ち向かう余裕などない。

 我がクラスでも、受験の苦しみから解放され、嬉しさを爆発させている人間などあまりいない(はず)。内心ぴりぴりしていて、近い将来のことで互いに触れようか触れまいか迷っている。

 なんもかんも投げだして、どこか知らない場所に行ってみたいなぁ。

 それが、皆の偽らざる本心だと思う。

 試験終了の鐘が鳴る。鉛筆が机を叩く音とともに、どっとため息が漏れ聞こえてくる。現代国語。相変わらず、ざらついたコンクリートの表面をなでまわしているかのような灰色の科目だった。ここ(高校)ではもう、金輪際目にすることはない。

 不意に教室の入り口のドアが遠慮がちに開けられ、クラス担任の山崎がひょっこり姿を現した。試験の解答用紙が集められるのを待ってから、試験官の先生に目くばせをし、プリントを手に声を張りあげていた。


「ちょっと帰るの待っててくれる? 最後の三者面談の希望日時な。書いて回してって」


 一部の生徒からうえぇー、と非難が噴出する。山崎は、書いたら帰っていいから、と慌てていた。出た。山崎の段取りの悪さ。これも二年間、変わっていない。クラスの人間のほとんどが現国(現代国語)を受けていて、こうしてクラス内に残っているからこそできる荒業であろう。

 試験期間中はただでさえ朝のホームルームが少ない。必要伝達事項はその都度、伝えておいてほしいものだ。だいたい、今日試験を受ける必要がなくて登校していないクラスの若干名の人間の立場はどうなるのだろう。

 ついぞ、山崎に親近感が持てなかったことに、情けなく思う自分がいる。


「これって早いもの勝ち?」

「え、まじで?」

「だって、もう〇をつけてるヤツいるぞ」


 出席番号が若い男子の間で、一問題が起きているらしい。二、三人が集まり、例のプリントを凝視している。


「あー、誰かと日時が重複していてもかまいません。一人、十分くらいで面談を回そうと思っています。時間の前後で待っていてもらうので」


 教室の外がにわかにざわめきだしたので、山崎も一段と声を高くする。それをかいくぐるように、試験官の先生が解答用紙を抱えて教室を出ていった。


「センセ、この〇をつけてるヤツらって、なんか区別しているんですか?」

「え? ああ、今日は来ていない人ね。理系コースの。事前に記入してもらっていたので、そうなってます」


 そうなってます。陳腐な言葉の響きが、質問者をだまらせてしまう。そう、山崎はそういう担任だ。何かを語っていても、どこか表面的で配慮に欠けている。三者面談にしろ、個人面談にしろ、親身になってアドバイスを受けた記憶はないといっても過言ではない。


「申し訳ないんだけれども、最後の人はプリントを帰りに職員室まで持ってきてください。お願いしますね」


 山崎は最後にそう言い残すと、教室を出ていった。当然、ブーイングが起こる。


「おいおい。放置プレーかよ」

「家に持って帰って親と相談しないとわかんねーだろ」


 無責任、自分勝手、調子いい。負のイメージを皆にまきちらして去っていく人間。しかも担任。あんなの、そうそういないだろう。

 ……って。最後の人って、今日は俺じゃないか。

 我に返って、がばっと後ろを振り向くと、四つほど席が空いている。理系組の奴らだ。たしか、女子二の、男子二。クラスは三十五人だから、今日は、ひいふうみいの……。二十六人来ていて。いや、わからん。もう帰った者もいるかもしれない。正確な必要人数をどうやって確認すればいいんだ。

 山崎め。

 帰るのは遅くなるわ、突如責任感を負わされるわ、さっきの試験の手ごたえはないわ。

 厄日だ。

 毒づくには大げさすぎるって、わかってる。わかってるけれど、なんかもう、そんな気分だ。卒業までにあと何個、山を越えればいい? ひとつ小さな山を越えても、もひとつ大きな山が目の前に現れ、立ちすくんでしまうかのようだ。せめて、あと何個と把握できれば楽になれるのに。

 いや、把握しようともしていないだろう。嫌だから、おっくうだから。すべては、受験生だから。受験が重しになっているから。受験のせいにしてしまえ、自分がそう言っている。単純に今ここから、逃げだしたい。それだけなのに。


「若山、どう? どうだった」


 背後から急に声をかけられた。隣のクラスの益田だった。リュックではなく、肩掛けのバンドつきの学生鞄を手にしている。髪型も真ん中わけでどこか古風な人間だった。


「どうって、何が? 昨日のオークス?」

「そうそう、鼻差で逃げきられたよなぁ。こっちは三枠からの流しで、どれかはひっかかると踏んでたらさ。こらこら、高校生が馬券買うなよ」


 その時、二つ前の席に座っていた女子の吉岡がこちらをふりむいた。話のやりとりが聞こえていたらしい。俺は即座に顔の前でぶんぶん、と手をふり、吉岡に誤解されないようにアピールした。



≪つづく≫
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