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短編小説「孤独の終わりに」 vol.1 (6話完結)

2017-07-28 20:06:44 | 短編小説
 朝のホームルームが終わった教室は、一時限目に向かう忙しなさでいっぱいだった。それとは裏腹に、信次の目の前に座る生徒はのんびり構えている。


 間合いを詰められそうで詰められない。


 先週の頭から、彼とはそんな関係性の中にいた。ほどよい緊張感に包まれ、答えを見つけたいあまり、焦燥に駆られ。

 それでも、彼がぽつりと漏らした言葉は、信次の耳へはっきり届いていた。


「何だったんだろうな、あいつ」


 首をひねらせて振りかえる彼の表情は、信次が何かしらの見当をつけるのを待っている。だが、信次には簡単に見当をつけることができなかった。

 吹き抜ける風のように、突然に来て静かに消えていったあいつ。

 たった半日の出来事だった。

 記憶に残る一度きりの交流の生々しさが、まるで夢であったかのようにすら思える。


「分からない。ほんと、何だったんだろう」


 信次はそう返すのが精いっぱいだった。

 彼は、信次があいつに関する真実の一かけらでもつかんでいるのだと信じていたにちがいない。それはそうだろう。距離が離れていたとはいえ、信次があいつと触れあっていたのを彼は目撃していたのだ。器用に、見下ろしながら。

 確かに、あいつがいた時間の、限りなく最後の方を知っているのは信次なのかもしれなかった。でも、そこで感じたことを簡潔に打ち明ける自信がなかった。

 あの日信次は、あいつから不可思議な感情を植えつけられていた。でもそれを、あいつの消えてしまった理由とどう結びつけて説明すればいいのか分からず、一人考えあぐねていたのだ。

 だんまりを決め込む相手を前にしても、彼が席を立つ気配はない。信次を見つめ、しばらくしてから視線をそらし、また見つめる。

 彼はそんな行為を何度かくりかえした後、一つの提案を寄こしてきた。


「また、あの歩道橋に行ってみるか?」

「え?」

「そしたら、何か分かるかもしれない」


 目の前の彼は鼻から大きく息をもらし、首をいたずらげに傾けた。そして数秒の沈黙の後、にやっと笑って椅子を引かずに教室を出ていった。

 信次は思いもかけない展開に、息を飲む思いだった。でもそれこそが、くすぶっていた信次の心を弾けさせる正体だったと気づいたのだ。

 信次は夢中で彼の名を呼び、その背中を追いかけていた。






 あいつがクラスに加わったのは、先週の初めの月曜日。新学期が始まって約一カ月半というタイミングだった。しかも、その日は中間試験週間の初日。朝から新入りがやってくるなどと考えていた人間は、クラス内で皆無だったはずだ。

 担任の背中の後ろで、紺色のブレザー姿で現れたあいつ。リュック型の藍色の鞄(かばん)を背負い、ゴム部分が黄色の上履きを履き、白い大きな紙袋を左手に持っていた。

 信次たちの制服は男女ともに灰色を基調としたもの。指定の学生鞄は藍色の手提げ型で、今年の上履きのゴムの色は緑だった。

 それらの単純な対比だけでも、あいつが異質な存在に映ってしまったことは事実だ。いかにも、よそから来た人間だ、という風に。

 不可解な転校時期も相まって、誰もがあいつの転校に至った理由を欲していたと思う。でも、多くが肩すかしを食らっていたにちがいない。

 あいつは自己紹介の時、赤面しながら、県外の中学校から転校してきたことだけを明かした。転校の理由は具体的に語らずじまいで、担任が家庭の事情のため、とありきたりの説明を加えただけで終わっていたのだ。

 その場にはしんと静まる空間だけがあり、クラスメートの誰もがあいつに拍手を送るのを忘れていたほどだ。

 担任の呼びかけでとりあえずの拍手が広まっていったが、あいつは視線を下に落としてばかりだった。

 そこから、誰もがとまどいに包まれたまま、あいつとの最後の一日が始まることになった。

 普通、転校生というものは、手探りでクラスや学校に慣れていくものだろう。

 高いハードルは与えられず、時の流れに身をゆだねさせ、とりあえず環境に身を置いてもらう、というように。

 それは例えばこんな風だ。


 見本市よろしく授業や生徒、それに教師に触れ、自分の所属する場所を確認していく。

 あちらをのぞき、こちらをのぞき、興味を惹かれたものから心にしたためていく。

 従わなければならない校則、クラス内での取り決めなどには、実践の場で反復していく。

 その過程で何かしらの「初体験」に遭遇しても、周囲の援助を借りることで、あるいは経験を頼りに応用を効かせることで順応する―――。


 信次は、それらの認識が間違っていないという自負があった。自身、中学二年生のその時分まで転校する機会はなかったけれど、転校生を迎えたことは少なからずあったからだ。

 転校生が少しずつ慣れていく過程を何度となく見ていた。

 だけど、あいつの場合はそれらのどの型(かた)とも重なることがないように感じた。

 あいつは学力の習熟度を確認するため、という理由で、朝から信次たちと机を並べて試験に相対することになったのだ。

 転校早々、それは酷に映った。せいぜい別室で自習をさせるとか、個別のオリエンテーションを課すとかいうのが、配慮というものだろう。

 クラスにも学校にも溶けこむまもなく、いきなり難解な状況に放りこまれたのだ。あいつにも、かなりの不安があったことは想像に難くない。

 それでもあいつは抗することなく、新しく用意された窓際の一番後ろの席にその身を落ち着かせていた。

 そうなれば、クラスメートはあいつのことを慮(おもんばか)り、交流を自重しようとするのが本道だったろう。

 せめて、一日の試験が終わるまではそっとしておく。それくらいの気づかいは必要だったはずなのだ。

 でも、社交性の高いクラスメートたちはおかまいなしだった。あいつの個人的な情報を搾取しようと躍起になる者が続出したのだ。

 当然といえば当然の反応だが、それは余裕のない人間をさらに追いつめるようなものだ。こういう時のやじ馬根性は、見ていて気持ちのいいものではなかった。


「へー? 前の中学って私立なんだ。というか地元どこ? こんな時期に転校って珍しいよね? どこから通ってるの?」


 休憩時間毎にあいつの周囲にたかり、笑顔をふりまいてはたわいのない話をもちかけ、反応を見る。

 表面上は良きクラスメートであることを印象づけても、あいつへの興味が薄れれば、いつしか寄りつかなくなることは見え見えだった。

 それに対し、あいつはそんな輩にほほ笑みを返すだけで、あまり口を開いていないようだった。取り巻きが不完全燃焼な面持ちで席に戻るのを、信次は何度も視認していた。

 いや、視認していたというより、視界の隅で覗いていたと言った方が正しいか。

 つまり、信次にもあいつへの多少の興味があったから、取り巻く状況を感じ取ったわけだ。そのすけべ根性は、そこいらのやじ馬どもと程度は変わらなかっただろう。

 だが、単にすけべ根性だけでもない。あいつに自分と同類の匂いが漂っていることに気づき、心を乱されたというのもある。


 それは、孤独の匂いだ。


 個人的な詮索をしてこない、あるいはされない、いわば素性不明の窓際人間。他人から話しかけられれば対応するが、ことさら心を開くことはしない。

 あいつもそんな孤独な人間に見えたのだ。

 相手に応対した後、長くうつむくしぐさが、そう言っていた。




 信次の場合、交友が欲しくないわけではなかった。ただ、うわべだけで完結する当たり障りのない間柄の人間とは付き合いたくなかった。

 何に関しても無難な断定を好み、自分が陰で嫌われないことを前提に置いてくる人間は、すぐに手のひらを返しそうで信頼できない気がした。

 でもそれは裏を返せば、信次が本音をさらけ出したい相手を欲しているということだ。

 
 いろんな意見を持つ自分を分かってほしい。


 そんな内なる叫びが、常にくすぶっていたように思う。寂しいわけではなく、ただ単に、一日に一度でいいから誰かに認められたかったのかもしれない。

 でもそんな相手、見つかるわけもない。信次自身が素性をさらけ出していないのだから。

 誰だって本心を隠して建前だけで生きていたら、窒息する。本当のことばかり言っていても、人に嫌われてばかりになる。


 だから二つの間での中立を目指そうともがく。

 けれど、それが一番難しい。


 自分を特異な人間と思われたくない、でも相手にはいいように見られたい。己が属する空間でのけものにされたくないあまり、自分なりの最善の方法を探る。

 でも、少し考えた程度では、明確な答えは出ない。少し考えたことであっても、それを実践しさえすれば、光明は見いだせるのかもしれないのに、それを避けてしまう。

 すべては、自分が自分に傷つくことを恐れているからだろう。頭の中で完結させ、分かったようなつもりになる方がよっぽど楽なのだ。

 となれば、あとは逃げの一辺倒しかない。信次であれば、一人の殻にとじこもるしかなかった。傷つくことと引き換えに、孤独を選んだのだ。

 周囲から注視されていないのならば、少なくとも波風は立ちようもない。不完全ながらも、心は平穏状態を保てていたはずだった。だがそんな時にかぎって、目をつけられてしまうのだ。

 沈黙が見破られることなんてないと思っていたのに。



 空間を飛び越えて声を上げることに何の違和感も覚えない。

 自分がどう思われているのか気にもしない。

 ただただ、異質な存在を排除することだけに心血を注ぐ。

 そんな人間に信次はよく捕まった。


 例えば、たまたま合掌をせずに給食を食べ始めたら、食い意地の張っている奴だとレッテルを貼られたことがあった。


「あー、こいつ、何も言わずに食いだしたぞ。意地きたねえ」


 何という残酷な決めつけ。信次としては弁解の余地を与えてほしかったのに、そいつはその失敗を声高に主張した。周囲にも、同調するよう強要していた。

 信次には、そこに迎合して道化になることなど難しく、押し黙ったまま場の空気を悪くするのが既定路線だった。


≪つづく≫
ジャンル:
小説
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