小説になれるかなぁ

自作のブログ小説をのんびり投稿していきます♪

「マナーとプライド(くるま編) 4」

2015-02-07 22:36:22 | 短編小説
・左からいく

 先ほどから雲行きがあやしく、陽は暗い。ここは海に面したバイパス道路で、時に霧も発生する。今のところ見通しはいいのだが、前を行く車たちのブレーキランプの尾の引きの長さが目立つようになってきていた。

 代車で借りている、トヨタのコロナプレミオ。少しくたびれ気味なのか、エンジンからの振動が大きい。低い回転数を維持していても若干うなりをあげてくる。ディーラーのメカニックの人間が、一九九六年製の車なので多少古さを感じることもある、と言ってくれていたが、まさに「そんな感じ」だった。

 走行距離はゆうに十五万キロを超えている。車検の代車であるし、日常の足にもなって大きな不満はないが、なぜ代車には極端に古い車をあてがわれるのだろう。そこが疑問だ。

 高級車のディーラーなら、あるいは軽自動車を主として販売する国産ディーラーでさえ、代車にも現行モデルを用意してくれているところが多い。乗用車が売りの国産メーカーの販売店にとって、代車とはやはり無用のコストの部類に入るのだろうか。

 エンジンキーからぶら下がって揺れている、「プレミオ」と書かれたプラスチックの札をちらと見て、ハンドルを軽くにぎりしめた。

 追い越し車線の巡航速度は、現在時速約八十キロ。流れは速い。車列の前後感覚も多少接近状態になっている。次の信号を越せば、走行車線が追い越し車線へ吸収されるため、早めに走行車線から流れてくる車が多くなってきているのだ。

 サイドミラー、ルームミラーを注意深く見ていないと、後方から強引に割って入ってきた輩に鼻先をぴったりとつけられていることがある。通常ならそういった輩は、こちらが走行車線に戻ってやり過ごすこともできる。しかし、これからの道路状況では追い越し車線をキープしなければいけない。

 ただでさえ、追い越し車線に入ってきてしまうと高い速度を維持しようとしてしまう。それはまるで速度を緩められない病気にかかったように。さらに、威圧を趣味とするような性格の持ち主になると、前の車をあおり倒すことなど悪いことなどと思っていない。遅いのに追い越し車線にいるなよ、というのがそれら一族の言い分になる。

 プレミオの後ろからぴったりと追走する白い車が現れた。屋根の高さが高い、ファミリーカータイプのミニバンだった。速度制限六十キロの道を八十キロで走っているだけでも、緊張感はあるのに、あおられてしまう状況になると、ストレスはさらに増す。

 ルームミラーいっぱいに大きくなるミニバン。運転者は眼鏡をかけた中年の男だった。ハンドルに伝わる振動がことさら雑になってきた。ちっと舌打ちをするものの、事態が変わるわけでもない。車間を空けろよ。ここでブレーキを踏んだら、お前は避けられるのか? 心の中で白いミニバンに対して毒づくが、イライラが増すだけだった。


 落ち着こう。後ろは放っておけばいい。急いでいるんだろう。


 本心ではない呪文のような言葉を発してみる。事故を誘発させようとしているのはあっちなのだから。こちらが迷惑をかけるようなことはしていない。

 タイヤが拾う、ごぉーっという路面からのノイズが車中にこもって逃げていかない。白いミニバンを気にしていたらどうかなりそうだったので、もはや無視することに決めた。アクセルにこめていた右足の力も緩めていく。

 その時だった。白いミニバンは業を煮やしたのか、ルームミラーから一瞬にして消え去ったのだ。そして、窓を閉めていてもわかる大仰なエンジン音を響かせながら、プレミオの左横を抜けて前に出ていく。追い越し車線から走行車線に戻り、そこから追い越し車線へ再び進入してプレミオを追い越したのだ。

 ハッとした。迫ってくる交差点の信号が赤になろうとしている。ミニバンに気を取られ、空走距離が長くなっていたらしい。慌ててブレーキを踏みこみ、減速を開始した。

 白いミニバンはその勢いのままに赤信号の交差点を突っ切っていく。百キロは出ていたにちがいない。前を走っていた車に接近しすぎてふらつき、ブレーキランプを何回も点滅させていた。ミニバンが乱暴に切り裂いていった風の乱れが目に見えるようだった。

 鼻からため息を漏らし、腹いせまじりにギアをパーキングに入れ、軽すぎるサイドブレーキをこれでもかと引き上げた。それは事故を起こして後悔してしまえ、という醜い願望の発露だった。

 ぐゎんぐゎん、とたよりないアイドリングを繰りかえすプレミオの運転席で、疲労感を感じている。この車を無事にディーラーのもとへ返却しなければいけないのが使命である。当たり前のことを今さらながら思い出していた。

 信号が青になり、車列を先導していく。信号待ちで隣同士になっていた車が、走行車線からプレミオを追い越し、追い越し車線へ。ご丁寧にハザードランプを焚いて、申し訳ないという意志を送ってきた。

 先の狭まっていく走行車線には、追い越し車線への移動をうながす斜め右の矢印がいくつも続いている。やがてそれらは車線幅の減少とともに、消えていった。気分はいくぶん落ち着きを取り戻していたように思う。



 白いミニバンの名は、おそらくホンダのフリード。同車種にハイブリッド仕様がラインナップされ、来月から発売が開始されるというニュースを最近耳にしたことから、白いフリードはガソリンエンジン仕様車であろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする