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短編小説「孤独の終わりに」 vol.2 (6話完結)

2017-07-27 23:32:46 | 短編小説
 失敗を揶揄(やゆ)された恥ずかしさと悔しさで、己を恨むと同時にそいつをも憎む。

 味方になってくれる者はいないのか。

 相手をたしなめる者はいないのか。


 心で必死に叫んでも誰も助けてはくれない。自分の存在が虚無であることを痛感し、でもそれを認めたくもなかった。

 こういうのを、俗にプライドが高いと言うのだろう。かといってプライドが高いと指摘されるのも気に障(さわ)る。まさに自分本位である。

 それを自覚しながらも、そうなるような立ち振る舞いを露見させ、固定させてしまうのは己自身。窮屈さから逃れられなくなってしまうのは、当然の成り行きであった。

 信次の身だしなみにケチをつけられたこともあった。信次が頭髪のセットのためにワックスを使用していたことを見ぬき、「お前に必要あるの? モテたいの?」と冷やかしてきたのだ。

 当然、周囲にも信次へ注目するよう促していた。

 日頃から交流をしている間柄ならば、冗談だとして切り捨てているのだろう。でも、口をろくに聞いたこともない相手に言われるのは心外だった。


「おとなしいお前が、何アピールだよ? ばっかじゃねえの?」


 繰りかえされる軽口は、どれもひどい言いようだった。周りのクラスメートに笑われているような気もして、いたたまれなかった。

 家の洗面台の鏡の前、頭髪へワックスをもみこんでいた登校前の自分。あの時の自分なんかいなければ良かったのか。前後不覚に陥ったような後悔が、追い打ちをかけてくる。

 自分なりの年頃のおしゃれに、軽く目覚めていた時期だった。それを下手な横好きのように言われ、傷ついたのだと思う。

 それに、何とかして気づいてもらいたいらしい、という誤解を周囲に与えられてしまったことも痛かった。

 信次がワックスを手にしたのは、異性への関心を惹くことも多少はあったけれど、もともとは自分の自尊心を満たすためだった。自己満足だった。

 軽口をたたく奴だってワックスを使うはずだし、信次と大差はないじゃないか。

 だいいち、沈黙している人間はおしゃれになっちゃいけないのか。

 密かに憤(いきどお)った。しかし、言い返したい言葉は声となって出ず、何もかも着ぐるみはがされたような気分になるだけだった。それ以来、信次はワックスを使うことができなくなった。

 会いたくもない、視界に入れたくもない人間がいることは、日々のストレスになっていく。本当は気の持ちようで、どうにでもなる問題なのかもしれなかった。

 だが、意識しはじめるとどうにもだめだった。

 相手への怒りと、自分への怒りがぶつかりあいながら、一日を終える。そんなことを何度も繰り返していくことになる。自滅である。

 では、相手に思いやりがあれば、嫌な指摘を受けても許せるのか、という話になる。信次を尊重した上での言動ならば、納得ができるのではないかと。

 結論から言えば、信次のいたらなさを丁寧に浮き彫りにされているようで、それも受け入れられなかった。

 授業の場に置いて、何かしらの設問が皆に与えられるとしよう。信次のクラスでは、クラスメートが班単位で分かれ、授業中の挙手の回数、発言の回数を班同士で競わせる活動が盛んだった。

 ただ単純に発言すればいいというものでもなく、発言の内容が理にかなっていたか、班員同士が協力し合っていたかなど、実践、気づき、反省、また実践の学習サイクルが求められていた。

 となれば、班内で誰もが平等に解答の機会を得られるよう仕向けることも必要になる。頑(がん)として挙手しない信次のために、班員は手を差しのべることになる。


「はい! はい! はい! はい! はーい!」


 目立つことをいとわない班員の一人が、それ以上指名されないと分かっていながら、班の存在をアピールするためだけに挙手を繰りかえす。教師がそのあまりの熱意に根負けすれば、作戦勝ちとなる。

 そうなれば、後は連携して信次を担ぎあげるだけだ。


「工業地帯が海沿いにあるのは、海運輸送に便利だからだよ。ほら、難しいことはないから。手を挙げて同じこと言ってみて」


 世話焼きの班長は自分の意見を口移ししてまでも、積極的でない班員を奮い立たせようとする。次いで、別の班員が大真面目な顔で身を乗りだしてくる。


「発言をしないのは、息をしていないのと一緒だよ。信次君が何を考えていのるか分からないと、周りは不安になるんだ。少しずつでいい。楽になってみようよ」


 耳もとでそんなことを言われるのだ。信次にとっては、真綿で首を絞められているのと同意だった。ささやき声で人生訓を述べられ、それによって開眼する人などいるのだろうか。


「ああ、もうじれったい。はい、先生! 信次君が手を挙げています!」


 最終的には、信次の隣の人間が信次の右手を強引に引っぱり上げ、挙手をさせる形となる。示し合わせていたかのように、教師が信次を指名。信次は班長から用意された「台詞」を代読することとなる。

 渦中で衆目を浴びる者にとってみれば、拷問のような時間だった。信次は泣くことでしか存在を主張できない赤子のようなもの。それをクラス中に知らしめるのだから。

 手を尽くしてくれた班員に感謝すべきなのだが、いやいや強制させられて、自分の身になるものなんて少しもない。勇気だとか自信だとかにならないのだ。

 毎度毎度、同じことを繰りかえして、自分がみじめになっていくばかりなのに。

 全ては傷つくことを恐れることから始まっている。成功しようが失敗しようが、傷つかないで終わることなんて、この世ではありえない。それを頭では分かっている。

 でもどうしようもなく、逃げようとする習性が心と体に刷り込まれてしまっているのだ。

 自分がまいた種(それも地中深くに)は、誰も掘り起こしてはくれない。問題の解決策が根っこの部分にしかないのならば、泥にまみれても、自らが探しださねばならなかった。

 そんな信次でも、毎週の始まりには、一応の決意を持っていたりする。今週こそは変わろう、周囲に心を開こう、というような。

 でも、何一つできずじまいだった。人間は根本的に変わりようがない。そんなもっともな理屈で自分をごまかしつづけていた。

 結局、いつかのスタートラインに戻りたい、戻ろうよと、自分が自分に懇願してくるのだ。傷つくのが嫌だとか、いいように見られたいだとか、微塵(みじん)にも思わなかった、あのまっさらな地点に。

 だから信次は、転校生のあいつが正真正銘のスタートラインにいることをうらやましく思った。

 あいつが周囲を適当にかわすその処世術のようなものが、やがて頑ななものに変化していくのか、柔軟なものに化けていくのか、その分かれ目を見ている思いだったからだ。


 自分次第で、どうにでも変われる地点にいるぞ。


 あの日始まったばかりの頃、信次はまるで自分を励ますかのように、遠巻きにあいつを望んでいた。




 試験初日の試験科目は、英語、国語、家庭科の三科目。午前の三時限だけで終わる日程だった。その間、あいつは文句を言うでもなく、窓際の一番後ろの席で試験と対峙していたようだ。

 もちろん、試験中にあいつを横目に見たとか、わざと消しゴムをそっち方面に落としたとか、そういうわけではない。

 信次の席は、机が五列横隊で並べられた中央の一番後ろで、左の方を見やれば、あいつを認めることができたのだ。アンテナを伸ばすように、雰囲気を感じ取っていたということだろう。

 後ろの席というのは、教室をわりと俯瞰(ふかん)で見ることができる。試験にあっても密集の中で圧迫されるようなストレスがない分、気楽になれるのだ。

 しかし、気持ちに余裕がなければ、周囲の鉛筆やシャーペンを走らせる音に圧倒され、瞬く間に置いてきぼりを食ったようになる。あの時の絶望感ほど悲惨なものはない。

 その点、その日はプレッシャーに飲みこまれることはないと踏んでいた。英語はもともと得意な方だったし、国語は得意でも不得意でもなかった。

 家庭科は試験よりも実習の成果に成績の比重があった(と記憶していた)し、何より体調も良かった。

 だからなのだろう。あいつから発せられる微弱な「電波」を拾おうとする余裕が生まれたのも。

 緊張感を下げつつ、次に備えて態勢を整えなければならないのが休憩時間だ。あの日、二度ほどあったその機会。一度目、信次はノートを見直すふりをして、視界の隅にいるあいつを薄く感じていた。

 例の情報収集人間たちの向こう側には、座っているあいつがいる。それを頭で理解していながら、あいつを直に見定めることはしない。

 興味のない素振りを見せ、漏れ聞こえてくる情報の断片に耳を研ぎ澄ませる。やっていることは、あいつに群がるクラスメートたちと大差はない。

 存在感の薄い人間の、やじ馬根性の表出の仕方がそれであった。

 手を替え品を替え、そして人員を替え。ひたすら似たような質問をぶつけるやじ馬たち。それでも、あいつから解答が得られたようには感じられなかった。

 質問の後、あの喧噪の中でも空間の谷間のようなものが聞いて取れた。それは、静かながらも確固としたあいつの意思表示であったにちがいない。

 しゃべりたくないのか、しゃべることが苦手なのか。質問者はとまどうばかりだろうが、信次にはそんなあいつが理解できた。

 その理由は互いが同類項だから、という決めつけからでしかなかったが、確かに理解できていたのだ。その証拠に、信次の頭の左側面はショートするように熱くなっていた。

 そうこうしているうちに、いつしか休憩も終わっていく。試験監督の教師が教室に入ってくると、やじ馬たちは岩場に隠れる船虫のように散っていった。

 あいつはいくらか救われた気分になったであろう。

 慌ただしく交錯する人いきれの中、ぼんやりと浮かんでくるあいつ。姿勢をあまり変えないで、うつむいているようだった。

 そういえば、教科書やノートを広げたり、持ち物を鞄の中にしまったりする様子はなかった。やじ馬たちのせいで、試験に対峙するどころではなかったのかもしれない。

 教室内では、ぎりぎりまで試験科目の内容を見直そうとする者もいる。それに比べ、あいつの静的なふるまいは一貫していた。試験監督の恫喝的な声が響いても、それは変わることがなかった。

 あいつにとっての「試験」は、あくまで学習の習熟度を確かめるためのもの。だから結果がどうであれ、本人はそう深刻にならないで済むのかもしれない―――。

 信次は既定の事実を思い返し、勝手にあいつをうらやましく感じた。同時に、あいつ自身でもないのに、妙な安堵を覚えていた。

 あいつへの隠しきれない興味が膨れ上がっていくにつれ、身勝手な感情が止まないでいた。

 最後の試験が行われる前の、十分間の空き時間。信次は一足早い開放感に包まれていた。その時点で残っていた科目は、頭をフルに回転させるほどではない家庭科。

 緊張感の絶えなかった英語や、意外に手ごたえの無かった国語に比べれば、それは心身ともに気楽にさせてくれる存在だった。

 授業のノートとプリントを軽く見かえした後は、机上に残った消しゴムのかすを机の隅に集めたり、シャー芯を補充したり、予備の鉛筆を眺める余裕さえあった。

 それでも、自然とあいつのことが気になりはじめる。あわよくば、取り巻きに囲まれるあいつの姿を、今度こそ見定めようとしていた。しかし、視線を直に飛ばす勇気などもとからなかった。

 結局、朝のホームルームの後に行ったきりだった、トイレへと席を立つことで気を紛らわせていた。




≪つづく≫
ジャンル:
小説
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