磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

鱧男の小説などをUP。環境問題に戦争・原発を!環境問題解決に民主主義は不可欠!

広島県戦災史

2009年01月04日 | 読書日記など
『広島県戦災史』
   広島県・編/第一法規出版1988年

タイトルどおり、原爆だけでなく、戦争について関することが書かれてあります。



徴用援護事業……。下「」引用。

「太平洋戦争開戦後の昭和十六年(一九四一)十二月十五日、国家総動員法により定められた国民徴用令(昭和十四年七月制定)が改正され、それにもとづいて国民徴用扶助規則が十二月二十二日に定められた。
 広島は昭和十七年二月十三日、国民徴用扶助規則施行細則を定め、「被徴用者」に「後顧ノ憂ナカシラメ」るうよにするために、徴用によって家族と世帯を別にするようになったとか、業務上で受けた傷病のため徴用を解除されたり、業務上の事由で死亡したなどのために「生活スルコト困難」になった本人または家族・遺族の扶助をおこなっていった〔『広島県報』〕。」

今の政府、あるいは最近の政府では、戦争遂行も困難だろう……。
おぼっちゃん、おじょうちゃんたちの遊びでしかないように思えて仕方がない。

大政翼賛運動というファシズム……。下「」引用。

「広島県においても、七月十七日社会大衆党、三十日政友会中島派、八月十一日政友会久原(くはら)派、十五日民政党の各県組織が解散し、八月二十八日県会の各会派も解散した。翼賛会本部発会後、県支部の組織づくりが始まったが、それは行政ルートを軸とするまったくの上からの組織化であった。まず、県支部代行機関である常務委員一○人の顔ぶれを十一月二十日に県知事が発表し 、二十九日の第一回常務委員会で県支部の役員として顧問一七人、理事一二人、参与二九人の人選を内定、総裁からの正式委嘱をまって十二月八日、県会議事堂で大政翼賛会広島支部の結成式を挙行した。」

「雑誌の差押え処分」も軽い時代もあった……。下「」引用。

「新聞紙法の規定は、発行禁止処分ではなく、発売領布禁止処分制度をとっていたので、発禁命令が出たときには、当該出版物がすでに流通過程に入っているのがむしろ普通であった。したがって発禁命令を迅速に執行して当該出版物を差押えることが、とりわけ地方の警察組織に要求された。つぎに日中戦争勃発後の呉市を中心に、雑誌の押収の状況につて簡単にみておくこととしよう〔『大呉市民史』昭和篇中巻一〕。-略-」

「「流言飛語」取締り」という戦中へ。下「」引用。

「昭和十六年(一九四一)三月、治安強化のため国防保安法の公布、治安維持法の改正(予防拘禁制)軍隊保護法の改正とすすめられ、さらに同十二月には言論出版集会結社等臨時取締法と戦時犯罪処罰特例法が制定された(第七九帝国議会)。太平洋戦争開戦にともなう非常事態の措置であるが、臨時取締法は反国家的反軍的な言動や情報をいっさい遮断し、集会結社でいえば従来の「届出制」から「許可制」にし、すべての政治結社を禁止したものである。-略-」

昭和20年7月1日の呉市の空襲……。下「」引用。

「鉄壁をこほっていたはずの軍港都市呉市にやすやすとアメリカ軍機が侵入し、多大の被害をもたらしたことについては、つぎのような理由があげられてい〔前掲「戦闘詳報」第五号〕。-略-
 悪天候と部外電源故障により、アメリカ軍機を捕捉しえなかったのであった。これにたいしB29は、悪天候下の深夜にかかわらず、「『レーダー』装置使用ニ依ル完全ナル盲目爆撃」を実行しえたのである〔同上〕。結局、全砲台をふくめて一四発の高角砲を発射したにすぎず、戦果をあげることはできなかったのである。」

ABCCについての非難はない。

index

「五 化学兵器の製造と毒ガス被害」というタイトルの文章もあります……。



口絵 峠と四国のポスター


index










目 次





エンタメ@BlogRanking



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。