『DAYS JAPAN 2012-6』
広河隆一・編/デイズジャパン2012年
特集名 隠される被ばくに立ち向かう
医療の問題は大きいと思うのですが……。
「【TOPICS】原発なき社会への第一歩 国内稼働原発 42年ぶりゼロに」 下「」引用。
「5月5日、国内で唯一稼働していた北海道電力泊原発3号機が、定期検査のため発電を停止。-略-」
「【TOPICS】収束ほど遠い福島原発の今」 下「」引用。
「人々を放射能の恐怖に陥れた東京電力福島第一原子力発電所の事故から1年以上が過ぎた。3月に撮影された空撮写真からは、いまだに鉄骨がむき出しになったままの建屋が見える。政府は冷温停止宣言をしたが、その後もトラブルは続出、4号炉の使用済み核燃料貯蔵プールを破滅的な危機に追いやりかねない地震も予想され不安は拭えぬままだ。」
「一年が経過して 負げねど飯舘!!」 下「」引用。
「-略-昨年の10月に「負げねど飯舘!!」が主催した住民集会は野次の飛ぶ「荒れた集会」となってしまいました。ある程度の時間が経過していたはずなのですが、一人一人の現状認識と時間軸の違いなど住民同士が意見を出し合うことの難しさを露呈しました。
私個人としては、放射性プルームに包まれた3月15日から20日の間に、飯舘村や浪江町・川俣町で防護をせずに過ごしてしまった住民や避難民に対して、しっかりとした医療の枠組みを構築することが必要で、「帰還」「除染」は別の話だと思っています。「原発作業員の被ばくと比べると問題ない」等の意見をもつ人との議論は平行線をたどるばかりで、精神的に消耗してしまいます。-略-」
「風評ではなく実害」 下「」引用。
「さて村民にとって個々の具体的な人生設計の問題があります。たとえば専業農家の若い世代で再起を考えている人は、ほとんど村外に出ています。飯舘村で農業の再開すのは不可能に近いとの判断ですが、その判断のバックボーンは「風評」と「プライド」です。「風評被害」の懸念はもちろんですが、消費者にの自信をもって提供できないもの、自分が納得できないものを作ることに耐えられない判断があります(ベクレルがデルのだから風評ではなく実害ですが)。農地の除染といっても有効な手法が確立されて、山林からの放射性物質の流入の心配がなくなるまで何年かかるのか。米など年に1回収穫する農作物は、一生にの何度収穫できるのか。何度その試行錯誤の機会を棒に振ることになるのか。-略-」
index
東電に……。下「」引用。
「土地を東電に賠償させると東電の発言権が強くなって村は最終処分場になってしまうのではないのか。」
「【特集】 隠される被ばくに立ち向かう」
「ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図5」はこうしてつくられた」 下「」引用。
「事故後2011年5月から放送されているNHKETV「ネットワークでつくる放射能汚染地図」シリーズ5
「埋もれた初期被ばくを追え」では事故当時知らされることのなかつたヨウ素131の拡散被害の実態を始めて明るみに出した。
住民や研究者などの情報源を自らの足で掘り起こした取材過程を番組ディレクターの手記で紹介する。-略-」
「消えたヨウ素131データを追う」池座雅之。
「見つかったデータ」 下「」引用。
「放射性ヨウ素による被ばくを評価する方法は大きく分けて2つ方法がある。一つは、体内に取り込まれた放射性ヨウ素を直接測る方法、もう一つは、大気中の放射性ヨウ素の濃度から被ばく線量を測定する方法だ。一つ目の方法での本格的な調査が行われなかった以上、私たちにできるのは、もう一つの方法しかない。一部地区だけでも実際に測定されたデータがあれば、シミュレーションによって、全体の濃度を再現していくことも可能だと知ったからだ。-略-
事態が好転したのは2011年11月下旬。福島県内のモニタリングポストを管理する福島県原子力センターへの取材がきっかけだった。対応してくれた主任主査の阿部幸雄さんは、実は、オフサイトセンターでの放射能測定にも参加していた。当初の測定が十分できなかったことに忸怩たる思いを抱えていた阿部さんは、私たちの番組の趣旨をよく理解してくださった。そして、現在取り組んでいることがあると教えてくれた。それが、モニタリングポストの中に残っているデータの回収だった。「実は、非常用電源が落ちるまでの間のスペクトルーデータが記録されている可能性がある。しかし、自分たちはほかの作業にのも忙しく、なかなかその解析にまで手が回らない」というのだ。
その情報を耳にのした時、頭に浮かんだのは岡野眞治博士の存在だった。実はこの取材をはじめて程なく、私達は岡野先生のもとを訪ねていた。その際、「必ずどこかにデータがあるはず」と、いくつかの可能性を示唆していただいていたのだ。スペクトルデータもその一つだった。岡野先生から教わった環境放射能の測定の3つの原則がある。「放射線の中身を知る」、「場所による違いを比べる」、そしてもう一つが「時系列の変化を見る」。もし、モニタリングポストにヨウ素131が記録されていれば、それは貴重な「時系列データ」となるはずだと感じた。」
拡散予測シミュレーション。下「」引用。
「朗報は、意外に早くやってきた。福島県がモニタリングポストに残されていたデータ回収を始め、そのデータを、岡野さん、鶴田さんに提供してくれることになったのだ。これを独立行政法人・海洋研究開発機構(JAMSTEC)の主任研究員・滝川雅之さんのシミュレーターにインプットするとで、番組で紹介したヨウ素131の拡散予測シミュレーションができあがった。-略-
1月14日、私は、再び弘前に向かった。床次眞司さんから、乳幼児の甲状腺等価線量(注2)の試算結果が出たとの一報が入ったのだ。結果は、最大で800ミリシーベルトである、-略-
「今回の結果は、あくまで最悪のケースを想定した場合のものです。まずはここから出発し、今後、解明が進むにつれ、その都度、数値を見直し事実に近づけていく。あわせて、必要な対策をみんなで考えていく。そのプロセスを、私は浪江町の人たちとネットワークを組んで、共に進めていきたいのです」-略-」
放射性ヨウ素シミュレーション/福島・茨城・栃木・群馬 2012-03-12
「わが子が甲状腺がんを宣告された日」パホモワ・ワレンチーナ(文)。
index
「肥田舜太郎インタビュー 立ち上がる医師たち」 下「」引用。
「広島の原爆被ばく者を治療し続けた元軍医に福島原発事故後の医師の責任を問う。」
「被ばく国の責任」 下「」引用。
「私(おしどりマコ)に水俣病の裁判をしている弁護士から連絡がきた。「福島原発事故の問題は水俣と似ている」と。「患者側に立ってくれる医者をどれだけたくさん確保できるかが勝負だ。」-略-
肥田医師の想いの源泉を伺い、福島原発事故を再び考える。医師が習ったことがないものを診ていくこと、殺されるかもしれないと思いながら診ていくこと、そしてその医師たちを被ばく者が支えたこと。これは私たちの道しるべになりうることだ。」
【映画】「核の傷 : 肥田舜太郎医師と内部被曝」
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「心ある医師たちの警告 「甲状腺がんだけではない」。医師が震災後患者の病状の異変に警鐘を鳴らす。」下「」引用。
「二十数年の外来診療で経験したことのない異常な体験をしたのです。一昨年までは年間にの一例あるかないかの疾患画、1~2か月の間に10例近くありるました。つまり、この1年間は病気になる人が急増し、普段ならすぐに治るものがなかなか治らない1年でした。この免疫の低下、自然治癒力の低下が数年後に大きな事態につながることを危惧します」
S医師だけでなく、他にも数人の医師の話に共通点が2つあった。
1. 皮膚や粘膜の疾患が多い。
皮膚炎やゆ湿疹が出たり、その症状が悪化して難治化することが多い。頻発する鼻血や、止まらない咳の訴えも非常に多い。これらの多くは難治化した副鼻腔炎によって引き起こされている。気管支喘息も増加、難治化する例が多い。
帯状疱疹の発症も多く、普段めったに見ない小児の発症も多かった。
2. 循環器の異常。
不整脈の発症が多かった。特に毎年の老人検診での心電図検査結果に今回心房細動(注)の発症が多かった。息切れ等の心不全も多く、緊急入院した人もいた。若年層の心筋梗塞も増加した。
他にも、原因不明の下痢の多発や、軽度の貧血〔血色素(ヘモグロビン)量の低下〕、白血球の異常なども多く耳にした。2011年から今年にかけてのインフルエンザの流行様式も特異であり(軽症だが感染者は例年の150%以上増)、肺炎マイコプラズマ、手足口病も多く見られた。2011年の9月~11月には高齢女性の無症候性血尿が増加。膀胱上皮からの出血かと想われるが、精査をしても原因がはっきりしない。一過性の症状で無治療で治っていく。2011年夏前には、「子どもにも大人にも感染性でなく、原因不明の頚部・鼠径部リンパ節腫脹が多く見られた。無治療でみな2~3週間ほどで軽快」という報告もあった。-略-」
精神科医師。下「」引用。
「東京23区内の精神科のK医師は言う。
「ただ、被ばくを心配しているだけの女性が『家族や周りに、頭がおかしいから精神科に行けと言われました』と来院しましたが、診察後、『あなたはおかしくないです。当たり前のことを心配しておられるだけです』と伝えました。この社会はどうなってしまったのでしょう?」
「調査研究をするな? 被ばくの正確な情報が、現地の人々のもとに届かないのはなぜなのか 文部省・厚生省からの文書」
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広河隆一・編/デイズジャパン2012年
特集名 隠される被ばくに立ち向かう
医療の問題は大きいと思うのですが……。
「【TOPICS】原発なき社会への第一歩 国内稼働原発 42年ぶりゼロに」 下「」引用。
「5月5日、国内で唯一稼働していた北海道電力泊原発3号機が、定期検査のため発電を停止。-略-」
「【TOPICS】収束ほど遠い福島原発の今」 下「」引用。
「人々を放射能の恐怖に陥れた東京電力福島第一原子力発電所の事故から1年以上が過ぎた。3月に撮影された空撮写真からは、いまだに鉄骨がむき出しになったままの建屋が見える。政府は冷温停止宣言をしたが、その後もトラブルは続出、4号炉の使用済み核燃料貯蔵プールを破滅的な危機に追いやりかねない地震も予想され不安は拭えぬままだ。」
「一年が経過して 負げねど飯舘!!」 下「」引用。
「-略-昨年の10月に「負げねど飯舘!!」が主催した住民集会は野次の飛ぶ「荒れた集会」となってしまいました。ある程度の時間が経過していたはずなのですが、一人一人の現状認識と時間軸の違いなど住民同士が意見を出し合うことの難しさを露呈しました。
私個人としては、放射性プルームに包まれた3月15日から20日の間に、飯舘村や浪江町・川俣町で防護をせずに過ごしてしまった住民や避難民に対して、しっかりとした医療の枠組みを構築することが必要で、「帰還」「除染」は別の話だと思っています。「原発作業員の被ばくと比べると問題ない」等の意見をもつ人との議論は平行線をたどるばかりで、精神的に消耗してしまいます。-略-」
「風評ではなく実害」 下「」引用。
「さて村民にとって個々の具体的な人生設計の問題があります。たとえば専業農家の若い世代で再起を考えている人は、ほとんど村外に出ています。飯舘村で農業の再開すのは不可能に近いとの判断ですが、その判断のバックボーンは「風評」と「プライド」です。「風評被害」の懸念はもちろんですが、消費者にの自信をもって提供できないもの、自分が納得できないものを作ることに耐えられない判断があります(ベクレルがデルのだから風評ではなく実害ですが)。農地の除染といっても有効な手法が確立されて、山林からの放射性物質の流入の心配がなくなるまで何年かかるのか。米など年に1回収穫する農作物は、一生にの何度収穫できるのか。何度その試行錯誤の機会を棒に振ることになるのか。-略-」
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東電に……。下「」引用。
「土地を東電に賠償させると東電の発言権が強くなって村は最終処分場になってしまうのではないのか。」
「【特集】 隠される被ばくに立ち向かう」
「ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図5」はこうしてつくられた」 下「」引用。
「事故後2011年5月から放送されているNHKETV「ネットワークでつくる放射能汚染地図」シリーズ5
「埋もれた初期被ばくを追え」では事故当時知らされることのなかつたヨウ素131の拡散被害の実態を始めて明るみに出した。
住民や研究者などの情報源を自らの足で掘り起こした取材過程を番組ディレクターの手記で紹介する。-略-」
「消えたヨウ素131データを追う」池座雅之。
「見つかったデータ」 下「」引用。
「放射性ヨウ素による被ばくを評価する方法は大きく分けて2つ方法がある。一つは、体内に取り込まれた放射性ヨウ素を直接測る方法、もう一つは、大気中の放射性ヨウ素の濃度から被ばく線量を測定する方法だ。一つ目の方法での本格的な調査が行われなかった以上、私たちにできるのは、もう一つの方法しかない。一部地区だけでも実際に測定されたデータがあれば、シミュレーションによって、全体の濃度を再現していくことも可能だと知ったからだ。-略-
事態が好転したのは2011年11月下旬。福島県内のモニタリングポストを管理する福島県原子力センターへの取材がきっかけだった。対応してくれた主任主査の阿部幸雄さんは、実は、オフサイトセンターでの放射能測定にも参加していた。当初の測定が十分できなかったことに忸怩たる思いを抱えていた阿部さんは、私たちの番組の趣旨をよく理解してくださった。そして、現在取り組んでいることがあると教えてくれた。それが、モニタリングポストの中に残っているデータの回収だった。「実は、非常用電源が落ちるまでの間のスペクトルーデータが記録されている可能性がある。しかし、自分たちはほかの作業にのも忙しく、なかなかその解析にまで手が回らない」というのだ。
その情報を耳にのした時、頭に浮かんだのは岡野眞治博士の存在だった。実はこの取材をはじめて程なく、私達は岡野先生のもとを訪ねていた。その際、「必ずどこかにデータがあるはず」と、いくつかの可能性を示唆していただいていたのだ。スペクトルデータもその一つだった。岡野先生から教わった環境放射能の測定の3つの原則がある。「放射線の中身を知る」、「場所による違いを比べる」、そしてもう一つが「時系列の変化を見る」。もし、モニタリングポストにヨウ素131が記録されていれば、それは貴重な「時系列データ」となるはずだと感じた。」
拡散予測シミュレーション。下「」引用。
「朗報は、意外に早くやってきた。福島県がモニタリングポストに残されていたデータ回収を始め、そのデータを、岡野さん、鶴田さんに提供してくれることになったのだ。これを独立行政法人・海洋研究開発機構(JAMSTEC)の主任研究員・滝川雅之さんのシミュレーターにインプットするとで、番組で紹介したヨウ素131の拡散予測シミュレーションができあがった。-略-
1月14日、私は、再び弘前に向かった。床次眞司さんから、乳幼児の甲状腺等価線量(注2)の試算結果が出たとの一報が入ったのだ。結果は、最大で800ミリシーベルトである、-略-
「今回の結果は、あくまで最悪のケースを想定した場合のものです。まずはここから出発し、今後、解明が進むにつれ、その都度、数値を見直し事実に近づけていく。あわせて、必要な対策をみんなで考えていく。そのプロセスを、私は浪江町の人たちとネットワークを組んで、共に進めていきたいのです」-略-」
放射性ヨウ素シミュレーション/福島・茨城・栃木・群馬 2012-03-12
「わが子が甲状腺がんを宣告された日」パホモワ・ワレンチーナ(文)。
index
「肥田舜太郎インタビュー 立ち上がる医師たち」 下「」引用。
「広島の原爆被ばく者を治療し続けた元軍医に福島原発事故後の医師の責任を問う。」
「被ばく国の責任」 下「」引用。
「私(おしどりマコ)に水俣病の裁判をしている弁護士から連絡がきた。「福島原発事故の問題は水俣と似ている」と。「患者側に立ってくれる医者をどれだけたくさん確保できるかが勝負だ。」-略-
肥田医師の想いの源泉を伺い、福島原発事故を再び考える。医師が習ったことがないものを診ていくこと、殺されるかもしれないと思いながら診ていくこと、そしてその医師たちを被ばく者が支えたこと。これは私たちの道しるべになりうることだ。」
【映画】「核の傷 : 肥田舜太郎医師と内部被曝」
index
「心ある医師たちの警告 「甲状腺がんだけではない」。医師が震災後患者の病状の異変に警鐘を鳴らす。」下「」引用。
「二十数年の外来診療で経験したことのない異常な体験をしたのです。一昨年までは年間にの一例あるかないかの疾患画、1~2か月の間に10例近くありるました。つまり、この1年間は病気になる人が急増し、普段ならすぐに治るものがなかなか治らない1年でした。この免疫の低下、自然治癒力の低下が数年後に大きな事態につながることを危惧します」
S医師だけでなく、他にも数人の医師の話に共通点が2つあった。
1. 皮膚や粘膜の疾患が多い。
皮膚炎やゆ湿疹が出たり、その症状が悪化して難治化することが多い。頻発する鼻血や、止まらない咳の訴えも非常に多い。これらの多くは難治化した副鼻腔炎によって引き起こされている。気管支喘息も増加、難治化する例が多い。
帯状疱疹の発症も多く、普段めったに見ない小児の発症も多かった。
2. 循環器の異常。
不整脈の発症が多かった。特に毎年の老人検診での心電図検査結果に今回心房細動(注)の発症が多かった。息切れ等の心不全も多く、緊急入院した人もいた。若年層の心筋梗塞も増加した。
他にも、原因不明の下痢の多発や、軽度の貧血〔血色素(ヘモグロビン)量の低下〕、白血球の異常なども多く耳にした。2011年から今年にかけてのインフルエンザの流行様式も特異であり(軽症だが感染者は例年の150%以上増)、肺炎マイコプラズマ、手足口病も多く見られた。2011年の9月~11月には高齢女性の無症候性血尿が増加。膀胱上皮からの出血かと想われるが、精査をしても原因がはっきりしない。一過性の症状で無治療で治っていく。2011年夏前には、「子どもにも大人にも感染性でなく、原因不明の頚部・鼠径部リンパ節腫脹が多く見られた。無治療でみな2~3週間ほどで軽快」という報告もあった。-略-」
精神科医師。下「」引用。
「東京23区内の精神科のK医師は言う。
「ただ、被ばくを心配しているだけの女性が『家族や周りに、頭がおかしいから精神科に行けと言われました』と来院しましたが、診察後、『あなたはおかしくないです。当たり前のことを心配しておられるだけです』と伝えました。この社会はどうなってしまったのでしょう?」
「調査研究をするな? 被ばくの正確な情報が、現地の人々のもとに届かないのはなぜなのか 文部省・厚生省からの文書」
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