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岩波新書913 放射線と人間-医学の立場から

2008年03月06日 | 読書日記など
『岩波新書913 放射線と人間-医学の立場から-』
   舘野之男・著/岩波書店1974年

医学の立場といっても、歴史的なことという感じがしました。



まだレントゲン線がX線と呼ばれたころ。下「」引用。

「ドイツから遠く離れた日本でも同様で、X線にかんする最初の記事が載せられたのは、新聞でも物理学雑誌でもなく、『東京医事新誌』という医学雑誌であった。また、レントゲンの論文の全文がはじめて紹介されたのも、『中外医事新報』という医学雑誌であった。
 当時の医学関係者のX線への傾倒は、欧米諸国はもちろんのこと、わが国にあっても、すさまじいばかりで、鈴木寛之助氏はその有様を次のように記述している。「ロエントゲン氏X線にて空前特殊の発見をあるや、敏捷なる医学者はただちに採ってもって我医界を照す。あゝ熾ならずや」(『東京医事新誌』一○六九号)と。
 医師たちがX線にたいしてこう示したこうした反応は、当時の臨床診断技術の状況を考えると、まことにもっともなことであった。」

世界の技術導入の壁は今よりもなかったように思えます。

放射線同位元素と医療。下「」引用。

「ラジオアイソトープ(放射性同位元素)はX線におくれること約四○年、一九三四年一月にジョリオ・キュリー夫妻の手ではしめて人工的につくりだされた。この場合はX線と異なって発見者自身が医学利用の先鞭をつけるということはなかったが、それでも医学利用の出足は早く、発見の翌年には早くも人工ラジオアイソトープが医学研究に用いられている。この記念すべき業績は、ヘベシーらによる燐三二を用いて燐酸代謝の研究であった。
 しかし、アイソトープはX線とちがってその生産にきわめて高度の技術を要したので、その医学的利用は初めのうち遅々として進まなかった。これが大発展を遂げるのは一九三六年頃から始ったサイクロトンによるアイソトープの製造、一九四六年に開始された原子炉製アイソトープの配布を契機にしてである。」

原爆をつくったサイクロトンも医療で、その当時は役立っていたものが作られたようですね。

将来はこのような危険なもの(放射線)にかわる治療が生まれるだろうと書く人もいる。

「消化管の造影検査」についても書かれてありました。

--イギリスにおける放射線防護
1900年代、X線取扱者に皮膚ガン。
1920年第、X線取扱者に再生不良貧血のため亡くなる人が相次ぐ。
1921年、「イギリスX線およびラジウム防護委員会」第一回勧告。

レントゲン線も危険なものです。

また、放射性同位元素もまた危険なものです。

--ボクはそう思っておいた方がいいかと思います。

しかし、レントゲン線などは予防医学として役立つことも忘れてはならないことですね。

「許容値」について書かれてありました。
--これは放射線に対するものだけではいけないと思います。
化学物質も、遺伝子を傷つけるものですね。許容値もそれで落ちることはないのでしょうか?
--現在では死因の一番はガンだという。

放射線被曝の問題。下「」引用。

「この問題の真の解決には、医療機関の放射線安全管理体制の整備はいうにおよばず、疾病診断体形の組直しという医学の骨格の改造すら必要とするものである。さらにまた、医学教育制度、医療制度等にかかわる放射線医療供給体制の改革や、放射線関連の機器・薬品等の開発、製造、許認可の体制の強化をも迫るものだからである。」








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