磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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水脈-特集 原水爆と文学-第21号

2008年09月03日 | 読書日記など
『水脈-特集 原水爆と文学-第21号』
   東京都立江戸川高等学校 文芸部「水脈」編集委員・編/
     東京都立江戸川高校文芸部1964年

どうも先生主導のものであるように感じます。
--古い本でもありますね……。




「中国新聞に掲載された
  本稿文芸部の記事より」というタイトルがあります。

--核実験停止が社会問題になっていたころ、旧広島文理大学卒業の先生が文芸部担当になった。
そして先生は、後輩などに呼びかけ、資料を集めさせたという。
その資料とは、大判の写真10枚。焼けたカワラ、溶けたビン。
原爆特集の雑誌や中国新聞の切抜きなど200点を超えたという。
会場には、ラジオ中国制作の原爆特集番組が提供。
--「原爆と文学展」が開催。


対談 K先生を囲んで。
先生の意見で原爆体験で大田洋子の手にあまったと書かれてあった……。下「」引用。

「原爆体験というものが、あまりにもむごたらしく強烈すぎる為に、作品を書く上で体験を意識しすぎるために客観化造形化が妨げられたのでしょう。作品の出来栄えもあまりよいものではないのがあります。-略-」

花鳥風月をめでるように、原爆を芸術化したら、本質を見失ってしまうボクは思います。
--大田洋子は見事にかきあげているとボクは思います。

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〈永井隆博士の仕事の特質とその評価について〉下「」引用。

「U先生 -略-具体的にはあのカトリック・キリシタン、あれも原爆症の学者の、子供にたいする憂いの記録「この子を残して」がありましたね。非常に感情的なあの作風なんていうか、ああいったものに対するあれを一しょにしてしまい、原爆文学と考えて評価するのはどうかと思うのですがね。」

【目次】

小説というものを喜怒哀楽という見方をする人もいます。
--それは否定できないとボクは思います。

イデオロギー文学は一色にそめあげて、煽動するものかもしれません。
--民主主義の文学は多様化を認めるべきだとボクは思います。

U先生に対する答え。下「」引用。

「K先生 あの私はね。永井隆博士の作品というものは評価すべきだと思うんですよ。それはね、進歩的な文学者とか原水協の人達というものはあんなものという訳なんですけれども、一応やはりそれは公正に評価しなくてはいけないし、まあ永井隆の「長崎の鐘」を読んで感動する人も沢山いた訳です。読んでみればそんな変な事書いているわけではありません。非常に克明な被爆の記録なんですよ。そとに「長崎の鐘」でしたかね。長崎医大にいて被爆した当時の事をかいた小説があるんです。それなんかは読んだってそうふざけた宗教的反動的な事をかいているんではなくてね、優れたものだった私は思いました。」

どうも文学というものは、多数決で決めるものではないとボクは思う。数の暴力ということもある……。

そしてカトリック非難。
--カトリックの教えも知らずに非難できるのだろう?
こんな非難をしだしたら、対立する人たちはどうなることやら……。
--二重スタンダードだと思います。

高いところから見ている権威主義的なもののように思えました……。

高橋元館長のように理解させてくれたらいいのになあー。
--そのためには、やはり知識をきちんともっていないといけないと思います。

実社会では、長所が短所になることもあるし、物事をきちんと把握しないと、困ったことになるとボクは思います。












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