磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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新聞記者が本音で答える「原発事故とメディアへの疑問」

2012年03月26日 | 読書日記など
『新聞記者が本音で答える「原発事故とメディアへの疑問」 わが子からはじまるクレヨンハウス・ブックレット 007』
   田原牧・著/クレヨンハウス2012年

図書館の説明文。下「」引用。

「『東京新聞』の「こちら特報部」デスクが、福島第一原発事故をきっかけに浮かび上がった「御用学者」や「御用メディア」の加害性について解説する。2011年7月クレヨンハウス講演をもとに再構成。」



福島県で闘う人たち!!! 下「」引用。

「いま、福島では子どもたちの集団疎開を訴えるひとたちが「放射能の影響などあまりない」という国や地方行政、「御用学者」の圧力と日々闘っています。彼らにとっての最大の壁は、こうした国などの宣伝を信じたいと感じている多くの住民たちの視線だと聞いています。「長いもの」は身近にあるのです。その精神の荒み、怠惰さは、明治維新以降の日本社会にずっと流れてきている悪弊です。」

責任……。下「」引用。

「福島原発事故の脱原発運動については、2011年9月に東京で6万人規模の大集会が催されました。しかし、その後、時間の経過とともに事故を過去のこととみなす風潮が強まりつつあります。ただ、こうした現象は、スリーマイル島、チェルノブイリなど過去の大事故後の運動の盛り上がりと退潮を振り返れば、さほど驚くことではありません。でも、過去と今回では大きな違いはあります。それは身の回りに加害者と被害者が厳然として存在し、わたしたち全員がこの事故に向き合う責任を抱えているのです。ですから、浮き沈みがあっても今回の脱原発運動はそう容易にらは収まりません。「ただでは起きない」したたかさがいま、一人ひとりに問われていると考えています。」

「深刻なのは若い記者の保守化」? 下「」引用。

「どちらかというと、保守的だったそのデスクもさすがに椅子から転げ落ちそうになりつつ、「何言ってんだ、デモは憲法で保障された国民の権利だ」と怒鳴っていました(図3)。
 そのころはすでに街頭からデモの光景が失せて久しいところで、後輩記者にしてみれば、わたしと違ってそうしたことに参加した体験もない。その後、2003年にイラク反戦のデモを渋谷で取材しに行ったときも、歩道上で見物していた若い女性たちがデモ隊を指さし、「ああいう法律違反はいけないよね」とうなずき合っていて、驚いた記憶があります。-略-」

【反対運動】福島原発。下「」引用。

「福島原発も1970年代ごろまでは、それなりに大きな反対運動がありました。しかし、「もっと現実的になろう」といういつもの論調で、先頭に立っていたひとが推進派に寝返り、反対運動をしていたひとびともひとり抜けふたり抜けという状態が続いた結果、事故前には反対派はそほんの数人というところまで追い込まれてしまいました。覆っていたのは「みんな抜けていくのだし、自分だけが……」という空気です。
 福島第一原発から約4キロ離れたところに自宅のあった石丸小四郎さんという元郵便局院の反対派のひとがいます(図4)。以前、取材でお世話になったのですが、今回の事故後、周辺の住民たちから「あんたは、きっと、ほらみたことかと思って、溜飲を下げているんだろう」と皮肉っぽく話しかけられたのだそうです。
 そう言われた石丸さんは「違う。おれは原発を止められなかった自らの非力さを嘆いているんだ」と返答したのだそうです。同じようなことを小出さんもおっしゃっていました。その石丸さんは自宅近くの妻のお墓にも墓参りできなくなってしまった、その悔しさを込めていま一度、反原発の運動を立ち上がるのだと話していました。このおふたりの話は「こちら特報部」でも紹介させていただきました。こういうひとたちの存在は希望です。自立した個人を保つというのは自らの弱さと格闘です。その格闘から彼らは逃げなかったのです。そうした生き方をあらためて学ばねばならないと思っています。」

嫌みを言われるフクシマのヒーロー。
いじめみたいに、何でも攻撃できる人たち。

もくじ

「原発という装置はさまざまな差別の複合体である」

民主党の象徴かも……。下「」引用。

「民主党政権の原発事故後の対応を簡単にまとめると、「手に負えない事故を手に負えるもののように矮小化し、事故の真相を市民に隠して、危機に見合った対策を放棄し、それによって住民たちを犠牲にした」というように集約できると思います。それはいまもなお、除染の幻想を振りまく形で続いています。」

山下俊一「セシウムは全然危なくないんだよね」 下「」引用。

「福島県立医科大学の副学長におさまった山下俊一さんを追い掛けました。若い記者がうまいこと話を聞く機会をつくり、取材したのですが、そのときも彼は「セシウムは全然危なくないんだよね」と屈託なく言ってのけたと聞きました。」

福島県立医科大学卒の医師に診てもらいたくないですね……。

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ゼネコン(原子力ムラ)と除染。下「」引用。

「事故から半年を過ぎたころ、人体実験にも似た形で福島の住民への安住化策が強調され、それを正当化するための除染という儀式を原子力ムラの日本原子力研究開発機構(旧動燃)が仕切り、高速増殖炉計画か破綻しても彼らが生き残れる仕組みがつくられました。機構の除染実験を再委託したゼネコンは全国の原発建屋建設の実績で上位だった3社です。彼らは原発をつくることで稼ぎ、壊れてもまた稼ぐのです(図6)。そして、原子炉メーカーの生産ラインを休ませないように、政府はベトナムやヨルダンへの原発輸出に突き進んでいます。」

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古くさい近代万能主義。下「」引用。

「科学技術の進歩には常に失敗が伴い、原発も例外ではなく、今回の事故はやむを得ない犠牲であると説くひともいます。あの吉本隆明さんもそうです。この際、自分の家族が犠牲になっても、そう言えるのかという感情的な反発に横に置いておきます。ただ、「人間は自然の主人公であり、所有者である」という17世紀のデカルトのことばに端を発し、その後のマルクス主義も含めた「科学と技術を通じ、人間は自然よりはるかにすばらしい世界を築ける」というような発想は、すでに古くさい近代万能主義ではないか、とわたしは考えています。
 いま、ひとは病院で機械につなげられれば、意思を失っていても「長生き」だけはできます。しかし、それが当人にとって幸せか否かは別問題です。それゆえ、多くのひとは死の間際でそれを拒否します。」

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「社会主義の死の灰は無害だ」 下「」引用。

「1950年代から60年代初期にかけて、「社会主義の死の灰は無害だ」と素朴に信じていた共産党員たちがいました。当時の共産党は「民主的につくられ、運営される原発なら科学の進歩の産物であり、歓迎すべきものである」と主張していました。彼らも近代万能主義という点では同じでしたし、冷戦という国際情勢の下での原発推進はソ連や中国を中心とした社会主義勢力の防衛に役立つという政治的なそろばん勘定が主張の背景にはありました。」

共産党……。下「」引用。

「いま、共産党は原発撤廃を訴えていますが、当時の言説を党として撤回したとは聞いていません。1960年代に「いかなる国の核実験に反対」という台詞をめぐり、これに共産党が反対して原水爆禁止運動(*22)が分裂したことは広く知られています。」

このようなイデオロギー集団に頼らず、一般の人たちで……。
歴史から教訓を!









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