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龍馬を読む愉しさ-再発見の手紙が語ること-

2010年03月06日 | 読書日記など
『龍馬を読む愉しさ-再発見の手紙が語ること-』
   宮川禎一・著/臨川書店2003年

著者は、京都国立博物館の学芸課職員。
--なかなか鋭い指摘がたくさん書かれてあります。



龍馬に送った手紙なし。下「」引用。

「ただし残念ながらこの乙女や兄権平が龍馬に送ったであろう沢山の手紙は現存していない。奔走を続けていた龍馬はそれらを京都や長崎あるいは下関に置き捨てていったのであろう。」

○印は、龍馬の書簡にしばしば見られる癖だという。

龍馬40歳の時には兄は60歳だという、坂本家の跡取り問題で候補だった龍馬。

エヘンの手紙は京都か大阪・神戸?

つまらぬいくさ。下「」引用。

「今後はつまらぬいくさをするまい、つまらぬことで死ぬまいと互いに固く約束し合いました。」

おやべ=春猪とする著者……。

--土方歳三は女性的な文字を残しているという。下「」引用。

「土方が京都の祇園や上七軒などの花街の女性から恋文をもらいそれを束にして多摩の関係者に送ったらしい。同様の内容の別の手紙が小島家に残っている。」

--龍馬は、振り仮名を女性宛ての手紙ではつけているという。
回し読みするだろうから、乙女への手紙にも振り仮名がふってあるという。

漢文の手紙も残している龍馬。下「」引用。

「これを読めば龍馬が定型的な手紙文を書かなかった訳ではないことが分かる。相手の立場や龍馬との関係の中で手紙文の文体を変えることは不思議なことではない。むしろ乙女姉さんや姪の春猪、あるいは池内蔵太の家族などへの手紙がくだけた調子となるのが特別のことなのであろう。」

「ピストヲル」とピストルのことを表記しているようだ。

--井口家アルバムの女性写真について。下「」引用。

「井口新助は義侠心に溢れた人物で、龍馬も信頼を寄せていたらしい。また明治になって土佐を離れて京都へ戻ったおりょうの世話をし、明治二~四年頃はおりょうは井口家にいたとされる。龍馬がおりょうにあてた手紙や寺田屋登勢がおりょうにあてた手紙、おりょうの妹の君江が姉のおりょうへあてた手紙などが井口家に伝わってきたこともおりょうと井口家の関係、ひいては龍馬と井口家の関係を物語っているのである。」

後藤象二郎と深い関係にあった中井弘は井口新助を信頼して、書簡やアルバムを託したという。

一枚だけ女性の写真であったという。
お龍の可能性高いとする著者。
井口家アルバムの写真はオリジナルの写真ではないという。下「」引用。

「井口家アルバムの写真には、全部裏面を確かめたのだが、そのような台紙のものはひとつもなかった。井口家アルバムの写真はオリジナルではなく大量に複製された写真の一枚なのではなかろうか。」

かなり小柄のお龍。下「」引用。

「また、背景の装飾板との大きさへほかの男性写真と比較すれば、かなり小柄と言うことができよう。」

芸妓ではないとする著者。

--お龍の新たな写真の出現。「たつ」と裏書きされている……。

井口家のアルバムの写真と同日同時にポーズを変えて撮影されただろう……。

新出はオリジナル……。下「」引用。

「新出の写真がオリジナルであることは裏面の台紙デザインと「たつ」の書き込みから分かる。」

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