磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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ヒロシマ・ナガサキへの旅-原爆の碑と遺跡が語る-

2008年10月29日 | 読書日記など
『ヒロシマ・ナガサキへの旅-原爆の碑と遺跡が語る-』
   水田九八二郎・著/中央公論社1993年

旅にもっていくのなら、文庫本がいいですね。
--コンパクトなのがいいですね……。



「移動演劇 さくら隊 原爆殉難碑」について。下「」引用。

「徳川夢声(故人)が中心になって被爆直後の九月十七日建立が発案されたが、建碑されるまでにすでに七年の歳月が流れている。
 このことについて、夢声はエッセイ「原爆新比翼塚」(『オール読物』昭和二十八年三月号)の中で、「のびのびになって有難かったことは、ハッキリ『原爆」という文字を碑面に彫りつけることが出来るようになったことである」と記している。プレス・コードが解除されたのは、講和条約発効の二十七年四月二十八日であるが、健碑が八カ月遅れたことが、寧ろ幸いしたといえよう。」

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丹下健三設計……。下「」引用。

「原爆資料館の一階部分は吹き抜けで、「ピロティ型」(高床式)に設計されている。この空間は「平和を行動的に闘い取る人びとのエネルギーで満たしたい」という世界的建築家・丹下健三の願いがこめられたユニークな建造物である。百メートル道路から祈りの泉(噴水)を通して「原爆慰霊碑、平和の灯火(ともしび)、原爆ドームへと求心的に向かう“平和の視線”をさえぎらないように、ピロティに設計された」(中国新聞社編『炎の日から20年』)。」

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「広島折鶴の会」……。下「」引用。

「いまでも折鶴を贈る運動を続けており、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の被曝者に千羽鶴を贈った。」

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「27 大田洋子文学碑」 下「」引用。

「碑のデザインは広島出身の画家、四国五郎、大小十五個の自然石は、中心の碑石に向かって恰も爆風に吹き寄せられたように配置されている。-略-」

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「生ましめんかな」の詩碑
--英語など十カ国語で。

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--俳人、水原秋桜子(故人)は戦後しばしば長崎を訪れた。
いくつかの俳句を掲載。

如己堂を川端康成も訪問したと書かれてあった。


広島・長崎の原爆養護ホーム
舟入むつみ園
神田山やすらぎ園
倉掛のぞみ園
恵の丘長崎原爆養護ホーム
原爆被爆者特別養護ホーム「かめだけ」

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