磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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継承の証を絶たず ながさきの平和教育II

2006年12月09日 | 読書日記など
『継承の証を絶たず ながさきの平和教育II』
   長崎県教職員組合長崎総支部
    長崎原爆被爆教師の会
     平和教育資料編集委員会(編・発行)s47年

絵本の文をかかれたりされた坂口便さんが代表をされていたようです。



核アレルギーという言葉がおかしいと、秋月医師は書かれました。
アレルギーではなく、核は本当に危険なものですね。

危険なものを危険としないと大変なことになりますね。
それが、スリーマイル島であり、チェルノブイリですね。

この時代から、もう日本に核武装させようとするアメリカ人もいたようです。下「」引用。

「日本では広島・長崎の傷あとも四分の一世紀の時間によっていやされ、日本人の核アレルギーはばとんど消えてしまった」--新聞の片隅に、ちょっぴりとこんな記事が載っていた。昨年の暮、十二月二十八日のことである。この記事は、ニューヨーク・タイムズ紙の東京特派員リチャード・ハロラン氏が長文の記事として本国へ送り、日本の核武装をさまたげていた障害の大部分はこれで除去されたということを骨子として、二十六日付のタイムズ紙に掲載されたものだという。-略-」

Index

また、当時の日本の総理も教科書からも削除したかったようです。下「」引用。

「たしかに日本の首相は、日本人のそうした運動を核アレルギーだと嗤ったことがある。そして日本の文部省は、検定制度を強化して教科書の内容を統制し、「いまの子供に戦争責任はない。戦争の反省について書いたところは削れ」、「原爆や核兵器の恐ろしさを強調するな」、「平和には力(軍備)が必要だと書け」などという検定指示をくだし、指示どおりに書かない教科書を不合格にした。」


どうも、日本の核保有論はずっと前からはじまっているということですね。

このころは、映画などについても教育者は父兄が子供にたいする影響を考えてくれていた。
「フランケンシュタイン対地底怪獣」が取り上げられていました。

子どもが福田須磨子に共感していたという。
巨大な平和像よりも、被爆者への援助が大切だとボクも思います。
長崎の像も「佐々木禎子さんの像」のように募金で造られた方がよかったと思う。小さくとも、そのほうがよかっただろうに……。

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また、永井隆記念館に緑ヶ丘中学の生徒が研究した資料が保存されているという。

読本の編集意図について書かれてありました。永井隆博士の著書をかなり参考にされているようでした。








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