『文学者 第十四巻第九号』
丹羽文夫・編/丹羽文夫1971年
「草いきれ」中山士朗・著。
子どものいない主人公。友人の栗塚の家で、高校生の三種の神器についてきく。そして、自分の青春時代を思い出す。下「」引用。
「……その頃、ぼくたちはなぜ同人誌を作ったのか、今から考えると、まったく不思議な話であった。
それは、戦後、広島市でもっとも早くつくられた同人雑誌ではなかったろうか。
だが、はなはだ残念なことには、現在、ただの一冊も残ってはいないのである。」
風船爆弾の紙のことが書かれてありました。下「」引用。
「病棟にやって来た最初の日、ぼくたちは何よりも先に、歪んで動かなくなってしまった窓枠に、風船爆弾の紙を貼りつけた。学校当局がどこから仕入れものか、ぼくたちは入手経路がまったく不明の厚い雁皮紙は、まことに都合よく加工されていて、刷毛でもっていちいち糊づけする必要もなく、水の中に浸して貼れば、容易に接着することができた。乾燥すると、まるで霧吹きで水を吹きかけたように、素晴らしい仕上げを見せた。その上、表面を叩くと、上質の動物の皮を張った太鼓のように、よく響く音を発した。この予期しない効果に、ぼくたちは幼児のように、両手を叩いて喜んだ。」
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弁当箱を蓋で隠して食べる友人。現代ならば、「いじめ」の対象になろうものを当時の主人公はこう考えた。下「」引用。
「ぼくは、自分の弁当箱に飯がいっぱい詰めこまれていることを恥じながら、箸を動かした。松田卓馬が皆より遅く食事にとりかかり、ゆっくり咀嚼し、蓋で中身をおおい隠して食べるのも、飯が半分しか入っていないためであった。」
今の政治家など、都合のいいところは復古主義だが、このようなことはない。
国民は道路で寝ているのに、また新築の議員宿舎を建設しようとしている……。
少しは恥て欲しいものである。
しかし、鈍感力で平気でいることだろう……。
『文学者 第十五巻第五号』
丹羽文夫・著/丹羽文夫1972年
「潮干潟」中山士朗・著。
書き出し。下「」引用。
「前駆症状である胸部の激しい絞扼感が襲ってきた時、私の意識はいまだに澄明であった。同時に、私がはじめて体験する呼吸困難の発作が訪れた。
私の周囲からはたちまち酸素が欠乏し、眼の前を白い遮蔽幕によってさえぎられ、そのままどこかへ連れ去られそうな感じだった。」
息子が名古屋に転勤となるが、おばあさんはついて行かない。
理由1 公団の居住権を失いたくない。
理由2 原爆認定証患者で、現在の主治医に引き続き診察してもらいたい。
理由3 転勤先の社宅がせまい。
これは日本文化の下で生きる人。下「」引用。
「もしこの鬘を取り外して、毛髪のない地肌を見せると、人々は年齢より老けてみえる私に驚くかもしれなかった。あれ以来、私の髪の毛は生えてこなかった。私にとって鬘はアクセサリーではなくて、必要欠くべからざる物質だった。」
アメリカの髪の毛のない少女が鬘をほしいという。
親は「あなたらしくない」というが……。
鬘を買ってもらった少女。だけど、「わたしらしくない」と鬘をやめる……。
--それでいいとボクは思う……。SMAPの歌を思い浮かべた……。
『現代の渇望について』大久保憲夫・著。
遠藤周作はサドを人間的に捉えようとした。下「」引用。
「サドが十八世紀を代表する怪物ならば、ヒットラーは二十世紀を代表するそれということになる。」
文学にも見せ物小屋のようなものもあれば、人間性を問うものがあると思う。
見せ物小屋は、三島由紀夫の作品です。
三島に限らないが、見せ物小屋は、ある意味、差別につながるのではないか? とボクは思う……。
それは、上になる場合もあるし下になる場合もあるかもしれない……。
民主主義の文学は遠藤であり、資本主義の文学は三島だろう……。
しかし、三島の場合、悪い意味での資本主義でしかないとボクは思う……。
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もくじ
丹羽文夫・編/丹羽文夫1971年
「草いきれ」中山士朗・著。
子どものいない主人公。友人の栗塚の家で、高校生の三種の神器についてきく。そして、自分の青春時代を思い出す。下「」引用。
「……その頃、ぼくたちはなぜ同人誌を作ったのか、今から考えると、まったく不思議な話であった。
それは、戦後、広島市でもっとも早くつくられた同人雑誌ではなかったろうか。
だが、はなはだ残念なことには、現在、ただの一冊も残ってはいないのである。」
風船爆弾の紙のことが書かれてありました。下「」引用。
「病棟にやって来た最初の日、ぼくたちは何よりも先に、歪んで動かなくなってしまった窓枠に、風船爆弾の紙を貼りつけた。学校当局がどこから仕入れものか、ぼくたちは入手経路がまったく不明の厚い雁皮紙は、まことに都合よく加工されていて、刷毛でもっていちいち糊づけする必要もなく、水の中に浸して貼れば、容易に接着することができた。乾燥すると、まるで霧吹きで水を吹きかけたように、素晴らしい仕上げを見せた。その上、表面を叩くと、上質の動物の皮を張った太鼓のように、よく響く音を発した。この予期しない効果に、ぼくたちは幼児のように、両手を叩いて喜んだ。」
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弁当箱を蓋で隠して食べる友人。現代ならば、「いじめ」の対象になろうものを当時の主人公はこう考えた。下「」引用。
「ぼくは、自分の弁当箱に飯がいっぱい詰めこまれていることを恥じながら、箸を動かした。松田卓馬が皆より遅く食事にとりかかり、ゆっくり咀嚼し、蓋で中身をおおい隠して食べるのも、飯が半分しか入っていないためであった。」
今の政治家など、都合のいいところは復古主義だが、このようなことはない。
国民は道路で寝ているのに、また新築の議員宿舎を建設しようとしている……。
少しは恥て欲しいものである。
しかし、鈍感力で平気でいることだろう……。
『文学者 第十五巻第五号』
丹羽文夫・著/丹羽文夫1972年
「潮干潟」中山士朗・著。
書き出し。下「」引用。
「前駆症状である胸部の激しい絞扼感が襲ってきた時、私の意識はいまだに澄明であった。同時に、私がはじめて体験する呼吸困難の発作が訪れた。
私の周囲からはたちまち酸素が欠乏し、眼の前を白い遮蔽幕によってさえぎられ、そのままどこかへ連れ去られそうな感じだった。」
息子が名古屋に転勤となるが、おばあさんはついて行かない。
理由1 公団の居住権を失いたくない。
理由2 原爆認定証患者で、現在の主治医に引き続き診察してもらいたい。
理由3 転勤先の社宅がせまい。
これは日本文化の下で生きる人。下「」引用。
「もしこの鬘を取り外して、毛髪のない地肌を見せると、人々は年齢より老けてみえる私に驚くかもしれなかった。あれ以来、私の髪の毛は生えてこなかった。私にとって鬘はアクセサリーではなくて、必要欠くべからざる物質だった。」
アメリカの髪の毛のない少女が鬘をほしいという。
親は「あなたらしくない」というが……。
鬘を買ってもらった少女。だけど、「わたしらしくない」と鬘をやめる……。
--それでいいとボクは思う……。SMAPの歌を思い浮かべた……。
『現代の渇望について』大久保憲夫・著。
遠藤周作はサドを人間的に捉えようとした。下「」引用。
「サドが十八世紀を代表する怪物ならば、ヒットラーは二十世紀を代表するそれということになる。」
文学にも見せ物小屋のようなものもあれば、人間性を問うものがあると思う。
見せ物小屋は、三島由紀夫の作品です。
三島に限らないが、見せ物小屋は、ある意味、差別につながるのではないか? とボクは思う……。
それは、上になる場合もあるし下になる場合もあるかもしれない……。
民主主義の文学は遠藤であり、資本主義の文学は三島だろう……。
しかし、三島の場合、悪い意味での資本主義でしかないとボクは思う……。
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もくじ