磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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●シリーズ 福祉に生きる15 ゼノ神父

2006年10月13日 | 読書日記など
『●シリーズ 福祉に生きる15 ゼノ神父』
   枝見静樹・著/大空社1998年

この本の著者は厚生省の依頼ではゼノさんに勲章をあげるために、ゼノさんを調査された方のようです。
でも、ゼノさんは「コレ天国イラナイネ」と話されていたようです……。



ゼノさんを表現した詩。下「」引用。

「私たちは
神様を
知らない
でも
神さまを
知っていると
いう人の
目のやさしさが
心にしみる

 この詩は、コンベンツアル・聖フランシスコ会・ゼノ・ゼブロフスキー修道士(愛称ゼノ神父、またはゼノさん)が、北海道災害救助活動の当時、ゼノさんに出会った函館中学一年生、重村厚子さんのつくった詩です。
 この詩は、ゼノさんのすべてを物語っているように思います。」


マスコミでは、神様といよりも、ビジネスのために宗教をされている方の多い時代ですね。

そのためには、中東を火の海にしてもいいというアメリカの宗教家たちには、どこをとってキリストの教えなのかさっぱりわかりません。

あんな解釈ができたら、何でもいえると思います。


『戦後・貧民救済・災害地救援活動−昭和二○〜三七年−』という小見出し。
ゼノさんに勲章をあげるために調査されただけのことはあります。
ゼノさんは無数に善行をおこなっています。調べつくせないという。

貧しい人たちは、「長崎うら盆」を楽しむことができなかったという。
ゼノさんは愛の贈り物をします。

どうも、ゼノさんを読んでいると、やはりマリア・テレザを思い出します。

ゼノさんが元祖だったと思います。
そのわりに世界に知られていないゼノさん。

有名になって欲しいより、こんな素敵な人がいたんだよと伝えたいです。

今の有名人は特権階級のようにふるまって、お馬鹿なことをするのをカリスマというようですね。

ゼノさんは、マリア様の乞食のような方です。素敵です。

ボクは親の話でしたが、テレビで「アリの街」のドラマをしていたころ、幼きボクは、将来は「乞食」になりたいと話して爆笑をかっていたそうですが、本人は本気だったらしいです。

何十年もたちましたが、やはり、この人たちに憧れを持ちます。

『一本のローソク』の話しもすばらしかったです。


それにしても、『メリー!地蔵盆』なんてキリスト教と仏教を混ぜたお話を書きましたので、お叱りの言葉をもらうかと思っていたのですが、お盆をしているカトリックの坊さんもいたんですね。(-_-;)

さすがメーカーは一つですというだけの方だけあります。

イエスもユダヤ教徒ではない、サマリアの女に語りかけましたね。

ユダヤ教徒にとっては、敵のような人たちに……。






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1 コメント

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お会いしましたよ (suzu)
2010-05-09 10:47:39
ゼノ神父、子供の頃何度かお会いしました。

ブルーの澄んだ目をした方だった記憶があります。

最後にお会いしましたのは、
ゼノ神父の誕生日会
私が小学生だったと思います。
すでにその時は、ほとんど日本語がでて来ず
お付の神父の通訳を介してお話した記憶があります。でも確かに愛に溢れた瞳だけが印象に残っています。

その修道院の近くにらい病の方々の街 全生園があります。あの中は宮崎駿さんのお散歩コースだったと聞いたことがありますが、
実は私もあそこが好きで、関係者以外立ち入らぬようたて看板がありましたが、度々入って遊んでいました。両親などからは、あの中に入らぬよう言われておりました。「感染」を気にしておりました。が、
幼い頃の私が考えましても、あの中に入って
患者さんと接して感染したシスターや神父の話は一度も耳にしたことがありませんでしたので
耳や鼻がなくなってしまう病気と聞いても
子供の私はなんとも思いませんでした。

しかし、あの中は千と千尋の世界を髣髴させるような(その頃そんなアニメはありませんでしたが今表現すると)魅力があり心地がよい場所でした。

多分ゼノ神父は、そこにも愛を注がれたことでしょう。

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