磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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岩波ジュニア新書222 「従軍慰安婦」にされた少女たち

2008年04月13日 | 読書日記など
『岩波ジュニア新書222
   「従軍慰安婦」にされた少女たち』
     石川逸子・著/岩波書店1993年

「かにた婦人の村」について知りたいと思い手にした本です。日本人にも、心ある人たちがいることを知ってホッとします……。




物語ふうに書かれた部分もあります。下「」引用。

「それで「かにた婦人の村」なんだけど、千葉の館山(たてやま)にあるんだ。海風が気持ちよかったヨ。鳥もよくさえずっているしネ。」

石碑があるという。下「」引用。

「石碑は天に向かってとんがっていて、「噫 従軍慰安婦」って書いてありました。「噫」は「ああ」と読んで、帰って辞書引いてみたら「胸がつまって出る嘆息をあらわす」だって。」

この石碑ができたのは、日本人である城田すず子さん。
--東京の大きなパン屋のおじょうさんだったが、没落して遊女に。
南方の島の『従軍慰安婦』になったという。
--戦後、クリスチャン関係の民間更生施設に。
『かにた村』に入った城田さんは夢を見て、眠れず。
--その夢は、南方のパラオ諸島にいっしょに死んでいった朝鮮人の少女たち
『カエリタイヨウ、兵隊コロシタイヨウ』って泣いているという。
--あそこは地獄だったという。
碑をたて慰めてあげたいという思いから建立されたという。

そして慰安婦のことについて書かれている。下「」引用。

「一七歳のとき、日本の警官がの人といっしょにきて、「挺身隊(ていしんたい)に行けばお金がもうかるし、天皇陛下の命令だから行かなくてはいけない」といい、むりやり日本軍のトラックは走ってやがて平壌(ピョンヤン)に着いた。-略-中国人の家だった。
 そしてその家で、軍服を着た日本人将校に学順さんは犯された。」

韓国のテレビや、金文淑(キムムンスク)『朝鮮人軍隊慰安婦」という本で「かにた村」の碑が紹介されたという。

靖国の歌をうたうと、お餅をくれたという。下「」引用。

「李さんは、軍人たちによびだされ、歌をうたえ、といわれた。一人で、
  なんにもいえず 靖国のー
  宮の階段(きざはし) ひれふせば
  熱い涙が こみあげるー
  そうだ 感謝のその気持ち
  そろう そろう気持ちが 国い護(まも)ーるーうー
とうたうと、餅を二つくれた。」

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そして、韓国に碑があるという。下「」引用。

「一九八三年一二月二三日、七一歳になった吉田さんは、過去を悔い、たった一人、韓国・天安(チヨアン)市にある韓国海外同胞のための国立墓地「望郷の丘」に、「謝罪の碑」を建て、ひざますずいて許しをこわれた。
 上にハングル、下に日本語で刻まれた碑文にはつぎのように記される。
「あなたは日本の侵略戦争のために徴用され強制連行されて、強制労働の屈辱と苦難のなかで、家族を思い、望郷の念もむなしく、貴い命を奪われました。私は徴用・強制連行を実行した日本人の一人として死後もあなたの霊のまえに拝跪(はいき)謝罪をつづけます。元労務報告会徴用隊長吉田清治」」

私の戦争犯罪-朝鮮人強制連行-








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