シリーズでアップしている三池炭鉱。
保存されている施設の次は、三井港倶楽部。
平成17年(2005)に大牟田市の文化財に指定された三井港倶楽部は、
明治41年(1908)、三池港の開港と同時に開館しました、
三井関係の社交倶楽部兼外国高級船員の宿泊、そして、
皇族を始め政財界人の迎賓館として広く利用されてきた建物です。
写真は大正15年(1926)の港倶楽部の外観。
約100年前の姿は、今と殆ど変わりません。
倶楽部のエントランスロビーはかなりゴージャス。
実はこの建物は解体の危機から甦った建物でした。
昭和61年(1986)に大改修され一般公開されていたものの、
平成16年(2004)に閉館し、解体の危機に晒されました。
しかし地元経済界による保存会が設立され、
所有者の三井から払い下げられて、
元来のレストラン兼結婚式場として甦りました。
市民の声が保存に繋がった貴重な建物です。
玄関には、昭和37年(1962)の
「日産15000t祝い」と彫られたレリーフがあります。
1962年といえば、
労働争議として最も有名な三池闘争(1953、1960)と、
戦後最大の産業事故と言われる炭塵爆発(1963)の
ちょうど間の年にあたり、
国内全ての炭鉱の出炭量が、
戦後最大になった年でもあります。
白一色に塗装されたトイレ。
個室の扉や洗面台の壁面は木製で、
床はタイルばりなところが時代を感じさせてくれます。
床のタイルが白一色ではなく、
灰色をランダムに混在させているところがニクい演出です。
コンソメスープとオムライスを頂きました。
どちらもしっかりとした西洋料理で、
とてもおいしかったです。
昨今、デミグラスソースをかけるオムライスを良く見かけますが、
やはりオムライスは、
真っ赤なケチャップがかかってオムライスだと想います。
門から玄関へのアプローチの道すがら、
後の記事で触れる予定の大浦坑の顕彰碑があります。
大浦坑にあった油倉庫の遺構から造られたそうで、
正面に書かれた「大浦坑遺址」の文字には、
團琢磨の署名が入っています。
ところでこの煉瓦造りの部分ですが、
大牟田・荒尾炭鉱のまちファンクラブの方に、
蒟蒻煉瓦が使用されているとうかがいました。
確かによく見ると、
通常の煉瓦よりはるかに薄い、
蒟蒻煉瓦にちかい比率をしています。
ちなみに蒟蒻煉瓦とは、
幕末から明治初期のごく短い間、
長崎で製造・使用された煉瓦として有名ですが、
(蒟蒻煉瓦の記事参照)
三池でも蒟蒻煉瓦が使われていたのは初めて知りました。
◆
【三井港倶楽部】
福岡県大牟田市西港町 2-6
0944-51-3710
基本的にレストラン営業
ランチ:11:30~14:30 ディナー:17:00~21:00
定休日:毎週火曜
official site:http://www.minato-club.co.jp/index.html
◆ シリーズ 三池炭鉱 ◆
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保存されている施設の次は、三井港倶楽部。
平成17年(2005)に大牟田市の文化財に指定された三井港倶楽部は、
明治41年(1908)、三池港の開港と同時に開館しました、
三井関係の社交倶楽部兼外国高級船員の宿泊、そして、
皇族を始め政財界人の迎賓館として広く利用されてきた建物です。
写真は大正15年(1926)の港倶楽部の外観。
約100年前の姿は、今と殆ど変わりません。
倶楽部のエントランスロビーはかなりゴージャス。
実はこの建物は解体の危機から甦った建物でした。
昭和61年(1986)に大改修され一般公開されていたものの、
平成16年(2004)に閉館し、解体の危機に晒されました。
しかし地元経済界による保存会が設立され、
所有者の三井から払い下げられて、
元来のレストラン兼結婚式場として甦りました。
市民の声が保存に繋がった貴重な建物です。
玄関には、昭和37年(1962)の
「日産15000t祝い」と彫られたレリーフがあります。
1962年といえば、
労働争議として最も有名な三池闘争(1953、1960)と、
戦後最大の産業事故と言われる炭塵爆発(1963)の
ちょうど間の年にあたり、
国内全ての炭鉱の出炭量が、
戦後最大になった年でもあります。
白一色に塗装されたトイレ。
個室の扉や洗面台の壁面は木製で、
床はタイルばりなところが時代を感じさせてくれます。
床のタイルが白一色ではなく、
灰色をランダムに混在させているところがニクい演出です。
コンソメスープとオムライスを頂きました。
どちらもしっかりとした西洋料理で、
とてもおいしかったです。
昨今、デミグラスソースをかけるオムライスを良く見かけますが、
やはりオムライスは、
真っ赤なケチャップがかかってオムライスだと想います。
門から玄関へのアプローチの道すがら、
後の記事で触れる予定の大浦坑の顕彰碑があります。
大浦坑にあった油倉庫の遺構から造られたそうで、
正面に書かれた「大浦坑遺址」の文字には、
團琢磨の署名が入っています。
ところでこの煉瓦造りの部分ですが、
大牟田・荒尾炭鉱のまちファンクラブの方に、
蒟蒻煉瓦が使用されているとうかがいました。
確かによく見ると、
通常の煉瓦よりはるかに薄い、
蒟蒻煉瓦にちかい比率をしています。
ちなみに蒟蒻煉瓦とは、
幕末から明治初期のごく短い間、
長崎で製造・使用された煉瓦として有名ですが、
(蒟蒻煉瓦の記事参照)
三池でも蒟蒻煉瓦が使われていたのは初めて知りました。
◆
【三井港倶楽部】
福岡県大牟田市西港町 2-6
0944-51-3710
基本的にレストラン営業
ランチ:11:30~14:30 ディナー:17:00~21:00
定休日:毎週火曜
official site:http://www.minato-club.co.jp/index.html
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