廃墟徒然草 -Sweet Melancholly-

廃墟の他、廃墟感のある場所や事柄、遺跡や遺構、時空旅行、暗渠、都市のほころびや不思議な景観、ノスタルジックな街角など

【特集】中ノ島 #01

2005-05-11 09:51:07 | ・特集 中ノ島

 
軍艦島の中でもよく知られた場所や有名なエピソードの数々は、
軍艦島関係の老舗サイトさんを初め、私たちオープロジェクト
端島出身の方のサイトもで、沢山アップされているので、
このブログでは、あまり知られていない所を取り上げていきたいと思います。

この特集は軍艦島の隣にある<中ノ島>に関してです。
元々軍艦島よりも早く開発された炭鉱島でしたが、坑内の湧き水があまりにも多く、
わずか9年で閉山してしまいました。
その後水上緑地公園として、また火葬場&墓所として、
軍艦島の姉妹島的な役割を担いました。
そんな中ノ島をアップしていこうと思います。


※画像はクリックすると拡大します。

画像は内海側に残る船着場です。
形や雰囲気は軍艦島の外海側に残る、大正の頃まで使われた船着場に似てますが、
これは内海側にあるせいか、軍艦島のそれより損傷が激しくありません。






※画像はクリックすると拡大します。

船着場を背にして反対側の岩礁側を見上げると、
石積の堤防跡や煉瓦造りの遺構が確認できます。
画像左端に写る階段を昇ると、ちょっとした広場へ出ますが、
そこに竪坑跡や火葬場等、中ノ島に残るメイン遺構が集中しています。
ちなみに石積の堤防の土台にはセメントが使われていたようです。






※画像はクリックすると拡大します。

いざ島内に入ってみると、思いの外遺構が沢山残っているのに驚かされます。
岩礁にへばりつくように構築された土地の跡と思われる場所が、随所に残存しています。
操業当時は恐らくこの画像の撮影地点のレベルに平坦地が作られ、
そこに炭鉱施設や住宅があったのだと思います。
崩れた部分からは、軍艦島の堤防と同じ<あまかわ>による接合が確認できます。

中ノ島俯瞰図

>次の記事

【特集】中ノ島~軍艦島の姉妹島~
・#02 海岸線の煉瓦遺構
・#03 竪坑跡とその他の炭鉱遺構
・#04 火葬炉
・#05 納骨堂
・#06 地蔵尊
・#07 緑地公園への階段1
・#08 緑地公園への階段2
・#09 桜とブランコ
・#10 展望台
・#11 軍艦島遠望
・#12 最終回
▼第2回探索
・#13 海底電線ケーブル1
・#14 海底電線ケーブル2
・#15 火葬炉2
・#16 地蔵尊2
・#17 新井坑跡と思われる遺構
・#18 杭穴跡と思われる遺構
・#19 北部人工路盤跡
・#20 点在する謎の遺構
・#21 中ノ島の煉瓦1
・#22 中ノ島の煉瓦2
・#23 第2期最終回

【参考】
蒟蒻煉瓦:小菅修船場

元軍艦島の島民の方々のブログ及びサイト
現役時代の中ノ島:炭鉱操業時と綺麗に整備されている緑地公園
究極の軍艦島サイト!:軍艦島や中ノ島の事を詳しく知りたい方はまずこちらへ!
            通常見られない数々の操業時の写真は圧巻!
 
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16 Comments

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Unknown (鉢田押蔵)
2005-05-11 14:04:07
中ノ島!前から興味があって,一度は行ってみたいと

思っていたところです。この島も端島同様、

数奇な運命を辿っているようですね。

もし炭鉱の開発が上手くいっていれば、

現在の端島のように「軍艦島」となっていたのかも

しれません。

実は、夏にも長崎へ調査に行くつもりなのですが、

その時に中ノ島へ渡ろうと思います。

書き込みありがとうございます (廃墟徒然草)
2005-05-12 10:10:58
 

▼鉢田押蔵さんへ

たびたび書き込みありがとうございます。

中ノ島は端島より遙かに不遇かつ数奇な運命を

辿った炭鉱だった思いますが、

この中ノ島の経験が、後の高島・端島の開発に、

大きく貢献したとも聞きます。



操業当時の写真を見ると、岩礁の周囲に築堤し、

その上に鉱業所施設や住宅が並んでいます。

たしかに発展していれば、「軍艦島」となっていたかも

しれませんね。

 

なつは植物と虫の繁殖が激しいと思うので、

岩礁頂上部へ行くのは困難を極めると思います。

お気をつけて。

 

Unknown (鉢田押蔵)
2005-05-12 11:23:41
>なつは植物と虫の繁殖が激しいと思うので



確かに、中ノ島公園跡は荒廃がひどいと

聞きます。夏場は虫・草負け対策の装備が

必要でしょうね。

特に蜂や毒虫が心配です。

私は高島の権現山展望台さえ、虫が怖くて

行くのを断念した虫嫌いですので・・・。

釣り人も渡っているらしいので、危険個所・危険生物

の情報は手に入れておいたほうが良さそうです。

たびたびありがとうございます (廃墟徒然草)
2005-05-12 11:53:23
 

▼鉢田押蔵さんへ

たびたびどうもです。

長崎では沢山収穫があったみたいですね。

ところで中ノ島の公園ですが、

植物&虫の繁殖は激しいものの、

公園自体は実はそれ程荒廃していません。

そのへんもおいおいアップしていきますので、

ご覧になってください。

 

こんにちは (goheita)
2005-05-17 13:40:20
私のblogに来ていただいて、ありがとうございます。

中ノ島は一度だけ40年近く前、魚釣りに連れられて来たことがあります。

古い記憶ですが、釣り船が付いた堤防のようなモノ(船着き場?)もしっかりしていて、誰も住んでないのに構築物があるのを不思議に感じていました。最近、採炭や火葬場があったと知りました。

子供の頃は船酔いが酷くて、船に乗るのは良い思い出が少なく、叔父がいた端島にも一度しか行ったことがありません。
ありがとうございます (廃墟徒然草)
2005-05-18 03:21:52
 

▼goheitaさんへ

書き込みありがとうございます。

40年前といえば、中ノ島が海上公園として整備されて、

間もない頃のことと思います。

その頃の中ノ島はどんな感じだったのでしょうか?

当時を知らない私は、想像が膨らむばかりです。

明日からは緑地公園の施設を紹介していこうと思いますので、

ご覧になってください。

 

残念ながら (goheita)
2005-05-18 10:00:30
堤防か岩場のような所で魚釣りをしたくらいで、良く覚えていないんですよ。島の他の場所には行きませんでした。

ただ、無人島の割には整備されていた様な印象はありました。



高島blogは細く長くやって行ければ、と考えています。

知人、友人を訪ねて、古い写真やネタ探しでもしようと思っています。
残念ですね (廃墟徒然草)
2005-05-19 14:14:11
 

▼goheitaさんへ

なにか当時のお話を伺えるかと思いましたが、

残念でした。



高島のblog、楽しみにしております。

 

こんにちわ (溝上)
2007-10-13 14:35:05
大阪芸術大学環境デザイン学科三回の溝上と申します。
ブログ楽しく拝見させて頂いてます。
現在大学の卒業制作で、端島や高島や中ノ島を計画地として設計を進めています。
近日中に長崎に行くなので中ノ島に渡航しようと考えています。
そこで質問なのですが、中ノ島へはどのようにして渡航したのですか?
くだらない質問ですいません。
▼溝上さんへ (廃墟徒然草)
2007-10-13 20:17:49
はじめまして。
廃墟徒然草をご覧になって頂き、ありがとうございます。
中ノ島は現在上陸が禁止されてはいないので、
誰でも行きた時に自由に行けます。
<第七ゑびす丸>が渡してくれます。
http://dainanaebisumaru.web.infoseek.co.jp/
のサイトをご覧下さい。
出航港や連絡先等掲載されています。
何日か前に電話をして、
釣りではなく中ノ島の見学に行きたい旨を伝えておけば大丈夫だと思います。
拙blogの記事をご覧になっておわかりかと思いますが、
展望台方面へ行かれる際は、
岩礁中腹の急な斜面と壊れかけの階段にご注意ください。
それではよい旅を!
丁寧に (溝上)
2007-10-14 04:46:27
ありがとうございました<(_ _)>
明日にでも連絡を取りたいと思います。
崩壊が進んでるようなので、気を付けて行ってこようと思います。
▼溝上さんへ (廃墟徒然草)
2007-10-14 12:37:33
環境デザインを勉強されていて、
端島、高島、中ノ島を題材に設計されているというお話。
どんな島々になるのか、とても興味があります。
もし機会があったら拝見できたらと思います。
以前は、ありがとうございました。 (溝上)
2009-01-29 05:38:10
お久しぶりです。
久しぶりに来て、レスを忘れていることに気付きました。

あれから高島、端島にも運良く調査に行くことができました。
(中ノ島には行けませんでした)
完成した作品は学内で選抜され、運良く学科内で賞を頂く事ができました。

私の提案は、簡単に言うと端島を世界遺産化させずに、そのままの状態で長い年月を掛けて島を元の状態に戻す提案を行いました。
現地調査や情報を集めていく中で、軍艦島には様々な感情を持つ人がいて、
自分自身もこのままの状態で良いんじゃないかな、といった感情を持ちました。それに、重機が入って工事している姿は、自分にとってはとても暴力的な風景に感じました。

長い年月をかけて端島は、当時植えられていた植生が自然のままに進行し(植生遷移)、護岸が崩壊し少しずつ、元の状態に戻っていきます。
その時代時代の中で、島民や島民の子孫は島を訪れ、親から子へ子から孫へ時代が移り変わる中、いつの時代も記憶と共に存在し続ける海の墓標として計画しました。

現在の端島への提案としては、当時使われていた(特に道空間、小広場)のみに少しだけ手を加えてツアー計画を行いました。どのように島民の方々が、生活していたのか感じることができるツアー内容にしました。

作品は、今現在大学にあり、埃をかぶってる状態ですけどね(汗
▼溝上さんへ (廃墟徒然草)
2009-01-29 06:07:18
おひさしぶりです!
端島、高島の研究発表が完成されたようですね!
そして学内賞もとられたそうで、おめでとうございます。
現地調査や情報収集も行った上での発表なので、
きっと充実した内容だったんではないかと想像します。
(ウェブ上のどこかで拝見できるところなんかはありますか?
あったら教えて頂ければと思います。)

先日お台場で軍艦島のイベントを行いましたが、
会場にいらっしゃった方々も、おおむね観光化には反対で、
現状維持を支持される方が多かった印象ですが、
私の個人的な感想は観光化や世界遺産化もまた端島の歴史だと思っています。

もともとは現在の中ノ島と同じ様な岩礁だった端島。
その端島が三菱の手によって改造されるのを、
明治時代の人々はどういう想いで見ていたか、とよく想像します。
それはまぎれもなく暴力的な自然破壊だったと思います。
そんな自然破壊の繰り返しの上に成り立って来た端島は、
もともと改造されて変化する運命にある島なのかな?とも思います。
人の素晴らしさと人の愚かさが強力に詰まった島だと思います。

今は炭鉱の時代ではありません。
炭鉱施設として端島が残るということは、過去のものとして端島が生きると言う事だと思います。
炭鉱の時代に、時代のニーズにマッチした形で輝いた様に、
現在は現在のニーズにマッチした形、
それは観光か世界遺産かはわかりませんが、
そんな生きた形に変化して、また輝いて欲しいと思ったりします。

ただ、現在進行中の観光化計画は、
とても炭鉱時代を凌駕するほどの計画ではないような気がしますね。
それもまた人の愚かさの表れでしょうか。

勿論、歴史を残しながら元の状態へ戻って行くような、
いわば「風化モニュメント」のような形でも、
それは端島の一つの形だと思います。
 
軍艦島の訂正記事 (ぐぁんちゃん)
2011-04-26 09:45:23
勝手に掲載して申し訳ありませんでした。
早速訂正記事を掲載いたしました。
軍艦島を世界遺産にしたいものですね。
今後ともご指導の程、宜しくお願いします。
▼ぐぁんちゃんさんへ (KLO@廃墟徒然草)
2011-04-26 18:12:31
早速修正頂き、ありがとうございます!
端島が世界遺産になると、いいですね!
ご指導、なんて出来る程でもありませんが、
なにかお役立ち出来ましたら幸いです。
今後とも、よろしくお願いいたします。

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