イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

別れのチリコンカーン

2011-06-30 00:25:40 | 海外ドラマ

アーティストや芸人さん俳優さん、映画監督や作家さんなど、多少なりと思い入れ、好意的関心のあった有名人の訃報に接してこのブログでとりあげるたび、「この前亡くなったアノ人、そのまた前に鬼籍に入ったアノ人のときはスルーで、今般のこの人については書くのか、それでいいのか」「この人よりアノ人の存在が自分の中で軽かったわけじゃないのに」「たまたまアノときはほかにもっと熱い話題があったとか、それ以前にPCに向かってる時間がなかったとか、理由をつけて軽んじてなかったか」と、心中ウゴメク一抹の忸怩があるのですが、こないだ我が国の名優で文化人の、児玉清さんと長門裕之さんについては書いたし、その前には田中好子さんと田中実さんのときも書いたし、別にいいよね。

ピーター・フォークさんが亡くなりましたピーター・フォークさんが亡くなりましたピーター・フォークさんが亡くなりました。大事なことだから三度言った。いや書いた。ふぅー。

いちハリウッド映画俳優、映画人としてのフォークさんの熱烈なファンというわけではないのですが、1970年代、と言うより昭和40年代後半から放送が始まった『刑事コロンボ』は、月河にとって特別中の特別なTVドラマでした。

人形劇『チロリン村』『ひょうたん島』やアニメ版『鉄腕アトム』がTV視聴デビューだった世代ですから、もちろんあらかじめ「TVはおもしろいもの、楽しい、飽きないもの」でしたが、『刑事コロンボ』で、ちょっぴりだけ大袈裟に言えば生まれて初めて「TVドラマすごい」と思えたのです。とりわけ「アメリカのドラマはすごい」。

それ以前、『コンバット』『ローハイド』『逃亡者』、ちょっと後の『プロ・スパイ』『鬼警部アイアンサイド』辺りも、実家家族や親戚のおじさんお兄ちゃんの随伴視聴で結構見てはいました。特に『コンバット』は「アメリカの戦争ものは“勝つ”とわかってるからいいんだよな」と、太平洋戦争従軍経験のある伯父がノリノリだったのが印象的。

それにしても『コロンボ』は別格、まさにスペシャルでした。昭和40年代~50年代初期に隆盛だった日本のホームドラマ、ファミリードラマ、学園青春ドラマのたぐいにほとんどノータッチで終わったのも、『コロンボ』で、洋画ならぬ洋ドラのすごさを知ってしまったのが最大の原因かもしれません。それくらい『コロンボ』は自分の中で影響力の大きい作品でした。

何が別格だったって、「犯人も手口も動機も最初からわかっていて、あとはバレて捕まるだけなのに、どうしてこんなにおもしろいんだろう」と、その点が何より衝撃でした。克次……じゃなくて活字ミステリ(←大詰め『霧に棲む悪魔』が脳内浸食してきてしまった)の世界に“倒叙(とうじょ)もの”というジャンルがあることは知っていましたが、映像でドラマとして見せられて、ここまで引き込まれるとは思ってもみなかった。

しかも、犯人はおおかた、同情すべき事情を抱えた気の毒な善人などではなく、頭の切れる、計算高いヤツで、動機も利己的なら手口は計画的。会社経営者、重役、財団代表といった富豪、医師や作家など成功した知的職業、華やかな芸能人やマスコミ人、警察署長や退役軍人、政治家など、庶民視聴者からしたらいい気な“偉いさん”であることも多い。

それなのに、フォークさん演じるコロンボが捜査に乗り出してきてあれこれ目をつけ嗅ぎ回り、一歩また一歩“コイツしかない”と網をせばめていく過程で、一度ならず犯人側の心理になり「あ、そこ気づかれたらヤバー」「次にあそこのアレがばれたら終わりじゃんどうするよ」とあせったりハラハラしたりするのです。

コロンボに本格的に食いつかれる前から、計画通り99パーセント遂行したけど、残り1パーがどうだったろう、見落としていた綻びがあるのではないかと、表面は偉いさん然とした堂々たる振る舞いを続けながらも、内心隠した怯えや不安、墓穴を拡げるわざとらしい虚勢、逮捕量刑されれば失うに違いない社会的地位や贅沢な暮らしへの執着、一抹の後悔と呵責の念。フォークさんのコロンボが、決して敏腕鬼刑事然とハードにクールにてきぱきとではなく、あるときには飄々と、あるときには小姑っぽく、概してユーモラスに行動するから、水面下でひそかに葛藤する犯人の後ろ暗い心理が、演出面でさほど強調されなくても、否応なく浮かび上がる。

観客が最初から最後まで捜査摘発サイドに同化して「早く気づけ、突きとめろ」「がんばれ、あの憎っくき悪党を早く捕まえろ」と思い入れ“応援”“しなくてもいい”絶妙のキャラにコロンボが、風采といい言動挙措といい造形され、フォークさんによって演技されていることが大きいのですが、月河が「ドラマは悪役だ」と強烈に実感し、いまでも信念のようにそう肝に銘じ続ける契機にもなった作品でした。

カッコいいヒーローのカッコいい活躍など要らない、と言うより、ヒーローをカッコよくあらしめるのは、悪役敵役の強さ凄さ、輝き以外にありようがないのです。しょぼくて魅力のない敵役をいくら快刀乱麻バッサバッサ倒してもひとっつもカッコよく見えない。

偉くて金持ちで、リュウとしたいでたちでカリスマ性あふれる犯人が、優れた頭脳を縦横に駆使して知略の限りを尽くし企てた犯罪を、普通なら見逃す些細なアイテムや言辞の端っこから、ある意味ちまちまと、しかし結局は大胆豪快に突き崩し白日のもとにさらしていくからこそカッコいい……のだけれど、理屈としてはカッコよくて当然のはずのそのヒーローが、ヴィジュアル的にはカッコいいの対極にある、煙草臭そうな古コート着た短躯のおっさん、という図式もなんともスマートでクレバー。

昭和40年代後半のこの時期、「子供なんだから夜は風呂入って寝ろ」をやっと卒業させてもらえた年頃で、『コロンボ』に出会っていなかったら、ウン十年後、スーパー戦隊も仮面ライダーも『相棒』も、『鬼平犯科帳』も『剣客商売』も、あるいは『霧に棲む~』に代表される昼帯ドラマも、現在観ているような角度からの味読、享受のしかたは確実にしていなかったでしょう。

『コロンボ』はTVドラマ、映像作品にとどまらず、小説など文学作品に接する際にも、まずは何がさておき“精彩ある悪”を探す、こんにちの月河の原点を築いてくれたのです。ピーター・フォークさん享年83歳。合掌。

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「混同です!」

2011-06-26 14:24:43 | 朝ドラマ

一週遅れになりましたが、中村先生(ピエール瀧さん)、帰って来なかったんですねぇ。嗚呼、惜別(@『おひさま』)。

「貴様らぁーー!!」で鳴らした鬼教練担当が、コケた杏子ちゃん(大出菜々子さん)に「大丈夫か」と妙に優しくしてくれていたのがフラグだったのね。「毎朝一番に学校に来て、先生に野球を教えてもらうのが楽しみだった」「子供らと野球をする先生になりたかった」と、最後の最後に陽子ちゃん(井上真央さん)と夏子先生(伊藤歩さん)に本音を言って、見送る人もなく早朝の校舎をあとにして出征されました。最後にエアピッチング。嗚呼惜別。

何かっつったら「師範学校出のオンナ先生」と陽子ちゃんたちにインネンつけていたのは、“先生になりたくても勉強ができなくて師範には行けず、戦時中のドサクサでなれた代用教員止まり”のコンプレックスと、迂回したあこがれだったんでしょうな。前田先生という美人の女先生が初恋の相手だったそうだし、最後の夜の職員室で両女先生を「本校のお姫さまたち」と呼んでたしね。教師デビュー2年めで人妻になった陽子ちゃんにはさすがに取り付く島がなかったでしょうが、「結婚もせず教育に人生を捧げておられる」とかなんとかあてこすっていた夏子先生には、世が世ならちょっと振り向いてもらいたい気持ちもあったかも。「お国のために一命を捧げる“歩(ふ)”になれ」と生徒たちに教えてきたことの責任を取る、彼なりの殉国の美学をつらぬいた。

まぁ考えようによっては中村先生、生きて復員しても戦後の新制教育では出番がなかっただろうし、命を大切にとか個人の尊厳とか、教育哲学からしてコペルニクス的転回でついていけなかったかもしれない。それにしても、かつての教え子さんたち、特に、体操教練でヘンな動きになっていつも悩んでいた、一学年前のミチオくん(鏑木海智さん)とは再会して「先生は、本当はコレを教えたかったんだ」と野球で笑顔を引き出し「教練では怖かったけど、ホントはやさしい先生だった」と見直してもらう機会ぐらいはあげたかったですね。

碁敵(がたき)ならぬ将棋ガタキだった福田先生(ダンカンさん)とも出発前、挨拶ぐらい交わせたかしら。福田先生も丁年なんだけど、あの分厚い眼鏡からいって、たぶん視力の問題で丙種合格なのでしょう。

 ところで、ウチの高齢家族は、ダンカンさんとベンガルさんの芸名面での区別がつきません。福田先生役のダンカンさんが出るたび、「おぉベンガルだ」と言います。体格も、芸歴も違うし、“○▽▲”しか合ってないと思うのだが。

しかもそれプラス、ヴィジュアル面では近藤芳正さんとベンガルさんの区別がつきません。これはまあ、容貌的に、遠からず遠からずと思えないこともないのですが、飯田オクトパス先生が出ていたときにも「ベンガルが英語の先生か」と言っていました。

…以上2件の根深い、いまとなってはいつ何がきっかけで混じっちゃったのかわからん思い違い、月河も、ウチ内の非高齢組も、思い出せないくらい昔から、長年ヤツらに「そうじゃなくてコレはダンカン!」「立川談志師匠の弟子からたけし軍団!」「この人はコンドーヨシマサ!」「だーかーらーマサオミじゃなくてヨシマサ!」と延々教え続けて、いい加減声帯ポリープができかかったので、23年前から完全にあきらめて「そーだねーベンガルだねーペプチド粒タイプ(脱力)」と調子を合わせています。

…だから、一度は『おひさま』内で、オクトパスと福田先生が一堂に会するシーンをやって見せてほしいのですがね。ヤツらどういうリアクションになるかな。

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霧ッ!礼!着席!

2011-06-19 23:37:29 | 昼ドラマ

残すところいよいよあと2週となった『霧に棲む悪魔』、羽岡佳さんによるサウンドトラックCDを入手。ドラマ放送開始当初1ヶ月ほどは、音楽が前面に出すぎず引っ込み過ぎず、ほどが良すぎてちょっと物足りないかな?てなこともここで書いてたのですが、気がつけば525日リリース速攻買い。やはり買わずにいられない自分がいました。

開幕ベル鳴り響く如きM1『愛燃える』が序章を告げれば、M2『白い女』のシルエットがおぼろにきらめき、霧の彼方へ消え去った後にはM3『愛の深さ ~メインテーマ』の甘やかな残り香。M4『秘密』にひととき心囚われ、M5『愛の行方』の遥かなる旅路へ踏み出す。劇中の、生を見失いかけた挫折ダンサー・弓月(姜暢雄さん)の、命の捨て場所となるはずだった森の中での、見知らぬ白衣の女との出会いから始まる人生のリ・スタートを、そのまま音楽でたどるような構成です。

M8『月 ~弓月のテーマ』・M9『湖 ~圭以のテーマ』・M10『森 ~晴香のテーマ』と、三者三様の心模様モノローグの後の、謎→陥穽と混迷→葛藤と覚醒を思わせるシークエンスも見事。M11『陰謀』の悪意を剥く牙、物陰から冷たく見つめるM12『憎しみ』に、燃えるギターのM15『情熱』で迎え撃ち、ひとすじの光明を手繰り寄せるM16『真実への道』。

嘲るような弄ぶようなM17『運命の悪戯』の鬼火をM18『決意』で凛然としのぎ切って、M21『愛の深さ ~expanded version』(エクスパンデッドと言いながら349秒ほど)に至ったときの、丘の頂上から澄んだ空気とともに地平線を望むような解放感。

ただ、欲を言えば、22曲、約55分のヴォリュームながら、ドラマで使われているのに未収録の曲がいかにも多い。『愛の深さ』だけでも少なくとももう23ヴァージョンはアレンジがあるはずだし、月河が大好きな、ナマグサ世捨て人・玄洋伯父さま(榎木孝明さん)の書斎兼作業所兼寝室の場面になると必ず流れる、管楽器のダルでスモーキーなフレーズを含む曲も、危惧した通りやはり収録されていませんでした。

劇伴サントラにおいて“誰某(登場人物)のテーマ”“何々(場所、アイテム)のテーマ”式の曲タイトルの付け方があまり好きではないということもあるのですが、人物誰某をイメージしたテーマではなく、ドラマの物語世界の中で紡ぎ出される、たとえば“苛立ち”や“憧れ”や“嫉妬”“焦り”“郷愁”“安堵”といった、気分や状況のテーマがもっと入っていてほしかった。選曲構成が“点”“点の並び”にとどまっている感じなのですよね。いま少し“面”=壁や天井やフロアや階段、窓や天窓や中庭も見たい、いや聴きたい。

点の並びが飛び飛びでてんでんばらばらにただ輝いているのではなく、ストーリーに沿うようになめらかにつながっているのはとても良いと思うのですけれど。切ないにつけうっとりするにつけ追い詰められているにつけ、“決めシーン決めシークエンスの決め曲”だけを選んで整列させたようなお行儀のよさが、逆に食い足りない。別に何てことないシーンに、ついでのように流れている、ついでゆえにシーンともども忘れられなくなるような曲ももっとぎゅうッと詰め込んでほしかった。

今作ははなから“昼ドラ初の本格的ミステリー”を打ち出した作だったことも、あるいは選曲構成の縛りと言うか“レール引き”を要求したのかもしれません。羽岡佳さんの劇伴音楽にはもっと引き出しの数があるし、引き出しそれぞれの容積も大きいと思う。昼帯ドラマ再チャレンジ、ぜひお願いしたい。できれば“ミステリー”といったジャンルのカンムリのつかない、“パッション”や“ロマンティック”方面にフリーダムな作品に携わってほしいと思います。

…いや、『霧棲』がドラマとしてパッションやロマンティックが窮屈だとか不足だとか言うつもりはないですよ。ドラマ“本体”についてはまた後日。

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面倒くさいメンドくさい

2011-06-17 23:44:59 | 朝ドラマ

まぁ前記事のように、日々しみじみほろほろ心地よく乗せられながら視聴継続中の『おひさま』ですが、気がつけば放送開始2ヶ月半を過ぎました。

 気持ちよく視聴できているわりには、昨年のいま頃、『ゲゲゲの女房』の、村井夫婦(向井理さん松下奈緒さん)に赤ちゃん来たるやら、せっかくちょっこし入った原稿料で連合艦隊模型再建プロジェクトやら、vs.貧乏神真っ向バトル観戦に連日盛り上がっていた頃と比べると、若干、体温上昇が鈍いかなという気はします。

月河の近辺でいちばんまじめでヒネクレのない『おひさま』ウォッチャーだと思う高齢組も、視聴している最中は涙あり笑いありツッコみありでフルエンジョイしているのがよくわかるのですが、視聴後も昼と言わず夜と言わず、何かにつけて、陽子ちゃん(井上真央さん)たち劇中人物やストーリー展開予想に花が咲く…というわけにはいかないようです。

『ゲゲゲ』の頃は、貧乏時代はもう少しの辛抱でいずれ少年マガジンに鬼太郎が連載されて、TVアニメ化されてキャラグッズ化もされて巨万の富が…と実話ベースでほぼわかりきっているのに、それでも花が咲かずにいられなかった。

思うに、『おひさま』と『ゲゲゲ』とでは、帯ドラマとしての出来は別にして、物語世界の重さ大きさが違い過ぎるからでしょう。

『ゲゲゲ』はいくら切実な赤貧物語でも、時代背景は昭和30年代。“戦後”を脱し、村井家の外の世間は好景気です。劇中のしげるさんが、とっくに斜陽だった貸本漫画業から足抜けジャンプする機会になかなか恵まれず、愛妻布美枝さんともども明るく悪戦苦闘していただけであって、言ってみれば、古き良き日本人の美徳や実直さをともに持ちつつも「世間の価値観とはちょっと違う、ユニークなおもしろ夫婦ウォッチング」として楽しめました。

しかしかたや『おひさま』の陽子らを包むのは戦争です。老いも若きも、富める者も貧しき者も、仲のいい夫婦も悪い夫婦も、戦争はまるごと押し包んだ。誰も逃げ場はなく、どこにも出口は見えなかった。日々の食べ物や着る物、暖を取る物の乏しさや空襲の恐怖は、個性で好きこのんで選び取った人生の結果ではなく、ひとりひとりの個性や人格のきらめきなど砂粒のように呑み込み押し流す歴史の悪意がもたらしたものでした。

陽子の涙、良一お父さん(寺脇康文さん)の涙、春樹兄さん(田中圭さん)の若き諦念、徳子さん(樋口可南子さん)の矜持、和成さん(高良健吾さん)の思いやり、真知子(マイコさん)の自省と決心、真知子父帝王(平泉成さん)の焦り、どれひとつとっても「おもしろい」「愉快」「泣ける」で屈託なく100パーセント娯楽にし切れる要素はないくらいです。シャレにならないのですね。

『おひさま』劇中の戦争の呼び起こす記憶が根深く“死”と直結していることも、視聴テンションが湿気っぽくなりがちな原因のひとつでしょう。ウチの高齢組及びご近所さんや同年代お友達の皆さんは、女子師範出の陽子ちゃんより、先週放送分で卒業して行った教え子さんたちに近い年代ですが、ほぼ全員、家族親戚や友人知人に戦没者をひとりは持っている。『おひさま』発で他愛もない四方山話がはずまないのは、彼らにとっての“近しい人の死”が、ヒモで結んだように重石になってクチを沈ませるからだと思う。

とは言え一方で、家の中にも友人知人仲間にも戦争実体験者がひとりもいない、そういう人たちと面識もない、純粋な“戦後人”の皆さんにとっては、金属供出や小学生の竹槍訓練、敵機の爆音で機種の聴き分け練習、朝から魚の配給に行列など、「へぇ~」の連続で日々新鮮に大受けかもしれませんね。

核家族化が完了して、お祖父ちゃんお祖母ちゃんとひとつ屋根同居どころか、盆の帰省時ぐらいしか挨拶も接点もないまま成人した年代が、もう中学生高校生の親になっているはず。劇中で言えば現在時制の房子(斉藤由貴さん)年代ですね。このへんの層には、戦時中の窮乏や大切な人の出征、戦死なども、すでに壇ノ浦や川中島や関ヶ原や戊辰戦争同様、“本や媒体で読み知って想像をめぐらせるもの”以上でも以下でもないかもしれない。

警戒警報で町内会ムロに避難全員集合とか、敵性語の英語教師が失業ショボーンとか、蕎麦屋がそば粉払底で大晦日も年越しうどんしか売れない等の、戦時中典型エピも、「親分、てーへんだ!」「殿中でござるぞ」「お代官さまお許しくだせえ」「あちきは○○太夫でありんす」「神妙にお縄を頂戴しろ」「この桜吹雪に見覚えがねえたあ言わせねえぞ」の類いの“お決まり”“約束事”“様式美”化していく。

そういう流れを“平和ボケ”と苦々しがるのも、もう野暮というものなのでしょう。

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どどんがどん

2011-06-12 00:37:10 | 朝ドラマ

「“陽子”という名前はいいですね、太陽を見上げれば陽子さんを思うことができる、世界中どこに行っても太陽はあるから」と言うカズさん(高良健吾さん)は、夜になったら、「月子さん」じゃなく月河を思い出してくれないかしらん(@『おひさま』)。

……冗談はさておき、『ゲゲゲの女房』の布美枝さんほどではないけれど、『おひさま』の陽子ちゃんもまた先週~今週で一気にスピードお嫁入り。丸庵・徳子女将(樋口可南子さん)の「突撃開始」が見事命中したことになりますが、帯ドラマのヒロインご成婚劇は、出会って目覚めて躊躇してまた接近して、したと思ったら横槍が入って…みたいにたらたらうじうじやるよりも、外からズコーンと背中押されて一発決まり!ぐらいのほうが爽快感があるんだなあ、と改めて認識しました。

唐突なようだけれども、自転車通学の女学生陽子(井上真央さん)と満開の蕎麦畑で出会った徳子さん、心の波長が静かに共鳴し合い、陽子が教師になってからの再会まで長くお互いの心の奥底で響き合っていたのがわかる。「女学校?2年生?なら大正11年の戌年生まれ?」と速攻重ね訊きした徳子さんのほうは、長男・和成さんの下の娘さんを幼くして亡くしています。死んだ子の年を数え続けて、「生きていれば今年女学校」「今年は2年生」と心の片隅にいつも元気な雅子ちゃんの面影があったはず。“こんな娘に育ってほしかった”というかなわぬ夢がそのまま、神様の手で掬い取られて姿かたちを得たような、笑顔はじける陽子さんに、徳子さんはひと目惚れだったのでしょう。

女学生陽子ちゃんも、鄙には稀な涼やかな着物姿に日傘で蕎麦畑に佇む徳子さんに、まだ元気だった頃一緒に散歩していろいろなことを教えてくれた紘子お母さま(原田知世さん)の、柔らかく賢くあたたかく、かつお洒落な面影が自然と重なったはず。ともに笑顔を身上に生きるふたりの女性の、笑顔の下にそっとしまってきた心の淋しい部分“母恋い、子恋い”を、天使のように結びつけてくれたのが、今にして思えば和成さんだったのですね。

先々週~先週の、お見合い→挙式までの流れも、一見、いきなりでバタバタのようだけれど(朝ドラウォッチャー的には『ゲゲゲ』でだいぶ慣れてはいる)、昭和18年秋、戦局逼迫して精神的にも物質的にも追い詰められた空気の中で、善良な人々がどんなに“晴れがましくおめでたいこと”“心ときめくこと”に飢え欲していたかがさりげなく浮き彫りにされて、もうひとつ前の週、タケオ(柄本時生さん)出征や茂樹兄ちゃん(永山絢斗さん)最後の帰郷篇とは別の意味で、安心して笑い泣けました。

教師ひとすじで「いずれ結婚したい」「したら教師続けるどうする?」なんて考えたこともなかった陽子ちゃんも、生まれて初めての“お嫁さん”話に、お相手候補の顔を見る前から早速ウキウキニヤニヤ。周囲で出征や戦死の胸痛む話が絶えず、日々のご飯にも事欠く暗い日々だったからこそ、“異性に心惹かれ、好き好かれ合う”という、平時なら若い乙女が誰でも親しい、甘ずっぱい心の揺らめきざわめきがひときわ甘くきらめいて思えたに違いありません。

平和な平成日本は色気もツヤ気もない、“安定”と“人並み”を確保するための保険のような“婚カツ”がすっかり定着してしまいましたが、人を、とりわけ異性を好きになる心の働きにも“ハングリーさ”がある程度必要なのかもしれない。食い足り寝足りて、そこそこ楽しい消閑グッズ・ソフトがそこらじゅうに溢れ返り、明日も来月も1年後も10年後も平和が飽きるほど続くとわかっている中では、フェロモンざかりの年頃でも人はあまり人を恋しく思わないし、思ったとしても、そんな自分にウフフとときめかず、どこか低体温で「年収は学歴は」としらけた“処理”をしがち。

和成さんの再出征前の最後の一日に取り急ぎ行なわれた祝言(←“挙式”と言うより“婚礼”と言うより、“祝言”がぴったりな雰囲気)に、丸庵座敷に集まった列席者の皆さんも、「こんなご時勢だからこそ普通におめでたく」という善意がどの顔にも満ちていて、『ゲゲゲ』でのそれとはまた違った幸せ感がありました。東京の富士子お祖母さまからの花嫁衣装の贈り物といい、大将・道夫さん(串田和美さん)の手打ちのつつましい振る舞い蕎麦といい、観ていて「戦時中でなかったらもっとリッチに華やかにできたのだろうに、この程度が精一杯で気の毒に」とは不思議に思いませんでした。きっとこの人たちは、飽食した時代の豊かな環境にいたとしても、こんなふうに、昔から大切にしてきたもの、信じてきたことだけをシンプルに守った、“精神が主役”なお祝いをしたと思う。

自分の出征が刻々と近づく朝なのに、敢えて普通にと教師の勤めに出る新妻陽子さんを玄関先で見送った和成さん、「どこかでこうして太陽を見上げていますから」と空を指さす姿が『ベニスに死す』のラストみたいだった。こんなに心やさしく、物にも人にも労りを持てる誠実な若き新郎が、新婚の一夜きりで帰らぬ人になってしまうのではあまりに痛ましく、ドラマ的キャラ的にももったいないにもほどがあると思うのですが、「これきりなんて悲しすぎる」「戦死しちゃヤだ、生きて帰ってほしい」という思いを、視聴者も陽子と共有して何週か過ごしてください、との制作意図かもしれませんし。

先月来から、ゆえあって韓国製史劇ドラマに深入りしている最中(←“もなか”ではない)(←当然)でしたが、たとえばこの3週ほどの『おひさま』を観るにつけても「やはり日本のドラマはいいものだな」の感を新たにします。

たとえば、永訣になるかもしれないその朝、玄関先での“逆見送り”の後、夫の背中を胸中に浮かべながら、オルガンで生徒たちと『兵隊さんよありがとう』を目いっぱいの笑顔で合唱する陽子、そんな陽子の頑張りを廊下で案じつつ見守る先輩の夏子先生(伊藤歩さん)に、いつもは陽子に敵対的な男性代用教員コンビ=ピエール瀧先生とダンカン先生もいつになく神妙な表情で顔を揃えて…というセリフなしのワンシーン。涙も嗚咽もナレーションもないけれど、陽子というヒロインが持つ心の磁場のありようを、数秒で垣間見せるこういう表現は、“万障繰り合わせて泣かせに持ち込むチカラワザ剥き出しに、何のためらいも臆するところもない”韓国製シリアスドラマとは厳然と一線を画する、日本ドラマならではの味だと思う。

『おひさま』はどちらかというと、精緻に巧緻に考え抜かれ組み立てられた秀作という類いではなく、戦争と人間、戦争と家族、戦争と女性といった重いモチーフを扱いながらも、基本的にはゆるめに、王道朝ドラとして明るさ元気さ本位で作られた肩のこらないドラマです。

だからこそ、明るさ元気さの中にヒリッと一瞬来る、こういうさりげない琴線の震わせ方が効く。

韓国製の、なりふり構わず当てに来る、野太い直截さもそれはそれなりの魅力だけれど、“言わぬが花”“秘すれば華”を地で行く日本的ドラマ話法は、気がつけばやはり捨てがたいし、心地よく、安らげる。

やっぱり日本はいいな、♪日本よ日本、わしらがお国、まだ守れるぞ、時間はあるぞ、…と、懐かし朝ドラの劇中歌をふと思い出したりしました。あれは何十何年前の作品だったかしら。

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