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弁護士・元ロースクール教授宮武嶺の社会派リベラルブログです。

米エネルギー省、ABCC・放影研、ICRP 国際的原子力ムラ=核マフィアが放射線「安全」基準を作った

2012年10月01日 | 原発ゼロ社会を目指して

(福島第一原発事故当初から、航空機を飛ばすなどして調査していた米エネルギー省)

 

 

 本人がちっとも避難できないでいた2011年3月17日、在日米大使館は早くも日本に滞在する米国市民に対し、放射能漏れ事故が起きた福島第1原発の半径80キロ圏内から避難するか、安全に避難できない場合には屋内に退避するよう勧告しています。

 事故後1週間のこのとき、日本政府は福島原発から20キロ以内に避難指示、20~30キロに屋内退避指示を出しているのみでした。

 米国政府が避難勧告を出した半径80キロ圏内は福島県の猪苗代湖以東のほぼ全域に当たり、福島市、郡山市、いわき市などが含まれています。

 米国市民だけが正しい情報を得て、被ばくを最小限にすることができたのです。

 この判断は、米原子力規制委員会(NRC)やエネルギー省などが、日本政府の発表情報や独自に収集した科学・技術情報について検討し、米国内に同様の状況が発生した場合に適用されるガイドラインに基づいて出したのだそうです。

福島原発 被曝問題2 半径80キロ以内の米市民にアメリカ政府が避難勧告 イギリスは東京以北避難検討勧告

$東京リーシングと土地活用戦記

航空機を用いた米国エネルギー省の空間線量率の測定結果

 

 

 その、福島原発事故での放射線被害を一番よく知っているはずの米エネルギー省が、日本の原発ゼロを阻止すべく、久しぶりに表舞台に出てきました。

 曲がりなりにも、野田民主党政権が2030年代に原発ゼロという方針を出そうとしていた2012年8月に、米戦略国際問題研究所が第3次アーミテージ・リポートを発表し、商業用原子炉での日米協力の推進を強調しました。そして、同研究所のジョン・ハムレ所長は9月12日、日本経済新聞(13日付)に「原子力は日本の担うべき責務」とする論文を寄稿し、

「国家安全保障上の観点からも、日本は『原子力国家』であり続ける必要がある」

と原発維持を迫りました。日本での権益を失ってはならじとアメリカの核マフィアが連動して動きだしたわけで、これと前後して、9月11日、民主党の前原誠司政調会長と会談した米エネルギー省のポネマン副長官は、

「このような措置を実際に取れば、意図せざる影響もありうる」

「原発ゼロを目指すことを決めた場合の負の影響をなるべく最小化してほしい」

と要請したというのです。アメリカ政府の代弁者である前原氏が、スピーカーになりそのことを公言しました。前原氏によると、同副長官は原発ゼロ戦略の推進にあたっては「柔軟性」を残すよう求め、日米間でさらに意見交換していきたいとの考えを示したとのことです。こんな前原氏が次期野田政権では国家戦略相で原子力行政担当!になったのですが、まさにアメリカべったりの核戦略をうちだしてくれることでしょう。

 このようなアメリカからの圧力と日本の財界からの圧力で、野田政権の2030年代原発ゼロは吹っ飛びました。

エネルギー戦略「原発ゼロ」は政府方針なのに閣議決定見送りとはこれいかに?!馬脚を現した野田政権

 

 そもそも、米エネルギー省は、年間2兆円の予算を使って、アメリカのエネルギー保障と核兵器による安全保障を担当する官庁であり、その役割は核兵器の製造と管理、原子力技術の開発、エネルギー源の安定確保、及びこれらに関連した先端技術の開発を行なっています。エネルギー省とは名ばかりで、実質的にはひたすら「核」ばかり扱う機関なのです。

 ところで、日本では「核」と「原子力」を違うものであるかのように用語を使い分けていますが、英語では同じNUCLEARです。そして、「使える核兵器」などと称して戦術核兵器だの中性子爆弾だのを開発しているのがエネルギー省なら、悪名高い劣化ウラン弾の劣化ウランを供給しているのもここです。

 つまり、核兵器を非人道的な国際法違反の兵器としないための機関、放射線の影響を極力矮小化するための総本山が、アメリカのエネルギー省なのです。それはそうでしょう、核兵器と原発が人類と共存できないということが明らかになったら、エネルギー省も核マフィアの巨大な利権も泡と消える運命なのですから。

 そして、このエネルギー省が日本の厚生労働省と共同出資しているのが、日本の財団法人放射線影響研究所(放影研)です。放影研の前身は調査ばかりして被爆者を一切治療しなかったアメリカ占領軍が作ったABCC(原爆傷害調査委員会)という研究機関です。つまり、もともとアメリカがつくったもので、今でも半分はアメリカエネルギー省が出資です。未だに実質的にはアメリカの核マフィアに逆らえない組織なのです。

 そんな放影研が客観的な調査ができるわけもなく、たとえば、原爆投下直後に放射性物質を含む「黒い雨」が、1万3千人もの人に降り注いだことを示す分布地図が、放影研により隠蔽されていたことも明らかになっています。この記録を隠すことで、放射性降下物による低線量被曝や内部被曝の影響を過小評価することが可能になったのです。

NHKスペシャル 「黒い雨~活かされなかった被爆者調査~」(再放送14日午前0:50)を是非見てください!


 

 さらに、この放射線影響研究所のデータをもとにつくられたのがICRP(国際放射線防護委員会)の放射線安全基準です。

 しかし、ICRPは各国政府からの寄付で運営されており、ICRPは国際などと頭についているので国連の機関であるかのように権威づけられていますが、国連の機関でも何でもない、単なるNGOです。そして、低線量被曝の基準を緩和した当時のICRPの委員17人のうち13人が、各国の原発・核兵器関係者で原子力推進派です。

 下の番組で、チャールズ・マインホールドICRP名誉委員は

「原発・各施設への配慮があった。労働者の基準を甘くしてほしいという要望があった」

「施設の安全コスト莫大になるので引き上げに抵抗」ので低線量のリスクを半分にした上に、さらに労働者の基準を20%引き下げたが、その科学的な根拠はなかった」

と述べています。また、そんなICRPの中でも、低線量被ばくの見直しを求める意見が相次いでいることも明らかになります。

原発推進派が大慌て! ICRPの基準に科学的根拠なし NHK「低線量被ばく 揺れる国際基準」の衝撃!!

 

 

 ICRPの安全基準の下となっているのは放射線影響研究所による「広島長崎の被爆者12万人の寿命調査」です。

 これは広島・長崎への原爆投下で大量の放射線を浴びたが生き残った約9万4千人の被爆者と、「そうでない」約2万7千人の健康状態を比較対照して、1950年から半世紀にわたり追跡したものです。

 これは放射線被曝についての世界で唯一と言ってもいいほどの疫学データですが、この調査はすでに原爆症認定訴訟判決(被告は国・厚生労働省)で何度も何度も裁判所から問題点を指摘されているのです。

 たとえば、放射線を浴びていないといういう2万7千人は、爆心地から2・5キロ離れていれば放射線は届かないという誤ったシミュレーションで比較対象に選んだため、放射線の直射を受け「低線量」被曝をした人や食物や水などから内部被曝をした「被曝」者が比較対照群に含まれてしまっています。しかし、同じく放射線の被ばくをした者同士比べれば、がんなどの発生リスクが小さく出てしまうのは当然なのです。

 だからこそ、原爆症集団認定訴訟では、全国各地の裁判所がこぞって放影研→ICRP→厚労省の認定基準の問題点を認め、原告被爆者が被告厚労省に対して行政訴訟としては空前の19連勝も達成出来ました(以前には最高裁でも原爆松谷訴訟で勝っています)。

 たとえば、最近の2011年12月21日の大阪地裁判決は、ICRPの基準が内部被曝を無視していることを踏まえ、

「誘導放射化物質及び放射線降下物を体内に取り込んだことによる内部被曝の可能性がな いかどうかを十分に考慮する必要があるというべきであり、加えて、内部被曝による身体への影響には、 一時的な外部被曝とは異なる性質が有り得ることを念頭に置く必要があるというべきである」

としています。

年間100ミリシーベルト以下の放射線の発がんリスクが高いことは原爆症認定訴訟の判決で決着がついている

人間と環境への低レベル放射能の脅威―福島原発放射能汚染を考えるために

ラルフ・グロイブ アーネスト・スターングラス 肥田 舜太郎 竹野内真理 

ノーベル賞に匹敵するといわれる「ペトカウ効果」をつぶさに紹介、原発・核実験の放射能汚染を徹底検証した世界的労作の初邦訳。



 ICRPの安全基準は、福島原発での避難の基準や、文科省の学校安全基準にも準用されています。

 また、ICRPが見解の根拠にしているデータは、国立がんセンターが基礎データとして使用する調査と実は共通しています。厚労相の影響下にあるこの国立がんセンターの発がんリスク比較で、放射線より飲酒の方が危険、などというデマがマスコミによって流され、かえって国民が放射線の危険性を見誤り、健康を害しかねない悪循環となっているのです。

国立がん研究センター 「外出を控えたり(汚染)野菜を食べない方が発がんリスクが上がる」見解のお粗末


 日本にとっても重要なせっかくのチェルノブイリの貴重な資料も、ICRPと一体となったIAEAが握りつぶしてしまっています。

IAEA(国際原子力機関)は原発推進組織 福島原発事故の問題点の調査報告書で脱原発を決して言わない

 

 今ほど、核マフィア・原子力ムラの影響から無縁の、客観的で中立な安全基準が求められるときはないのですが、原子力ムラのメンバーが原子力規制委員会の委員になってしまうという、この国の暗黒はいつまで続くのでしょうか。

 いや、いつまでも続けさせてはなりませんね。

原子力規制委員会の委員長・委員候補が原子力ムラ現役村民で、いったん決めたら3年も5年もかえられない!


 

こんなときに安倍政権ができたら世も末だ。

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「原発ゼロ」に懸念表明 米エネ省副長官、前原氏に

 【ワシントン共同】米エネルギー省のポネマン副長官は11日、訪米中の前原誠司民主党政調会長とワシントンで会談し、日本が新たなエネルギー・環 境戦略で目標とする「原発ゼロ」について「さまざまな懸念がある。意図せざる影響もあるだろう」と慎重な対応を求めた。前原氏が12日の記者会見で明らか にした。

 日本と原子力協定を結んでいる米国は「原発ゼロ」を目指す新戦略に対し、原子力技術が衰退し安全保障上の問題にもなりかねないと水面下で懸念を表明しているが、米高官の具体的な発言が明らかになったのは初めて。

 ポネマン氏は前原氏に対し、新戦略では「柔軟性を残してほしい。負の影響を最小化してほしい」と要請。日本が原発ゼロを目指せば火力発電への依存 度が高まると見通した上で「世界第3位の経済大国が(化石)燃料を買いあされば、燃料価格に重大な影響を与えるだろう」とも指摘した。

 これに関し、訪米中の長島昭久首相補佐官と大串博志内閣府政務官は12日、ワシントンの国務、エネルギー両省で米政府高官と会談、「原発ゼロ目標」に理解を求めた。

 大串氏は会談後、記者団に「日本は国際的協力の中で原子力発電、原子力政策を行っている。(米側などと)情報交換しながらやるのが大事だ」と述べた。

 

 

冒頭の画像の記事

【週刊朝日 2011年9/2号記事】 「公文書で判明した米核戦略の深層」 高橋博子氏

2012-04-15 23:11:06 | まとめ/記事転載

いまさらだが、去年の9月、「週刊朝日」に掲載された広島市立大平和研の高橋博子氏の記事をテキスト化した。(管理者)



高橋 博子
職:講師
専門分野:アメリカ史
出生地:兵庫県西宮市
著書:「〈新訂増補版〉封印されたヒロシマ・ナガサキ」

広島市立大学 広島平和研究所




 

ヒロシマ、ナガサキ、ビキニ…フクシマ
公文書で判明した 米核戦略の深層
悪評高い「許容量20ミリシーベルト」の原点


日本政府は福島第一原発事故の対応策で、あちこちから批判を浴び続けている。この不可思議な行動は、源流をたどればヒロシマ・ナガサキ以来の米核戦略に行き着く。米政府は核兵器を非人道的と非難されないように、被曝の実像を隠してきたのだ。米公文書が明らかにした。

広島市立大学広島平和研究所講師 高橋博子


 福島第一原発事故を受けて、文部科学省が公表した小中学校や幼稚園などの施設に対する「年間被曝線量20ミリシーべルト」という暫定基準は、事故収束後 においては「年間1~20ミリシーベルト」と国際放射線防護委員会(ICRP)が提唱する推奨値を参考に決められた。その後に反対運動が起こり、5月27 日に「1ミリシーベルト以下をめざす」としながら、この上限値は撤廃していない。原発労働者でも被曝することがないほどの基準を学校児童に適用しているの は、別の言い方をすれば、原発による被害を少なくみせかけるために、子どもたちが「動員」させられているのである。
 数値の根拠を示したICRPとは、どういう組織なのだろうか。
 1950年に初会合が開かれたICRPは、米国放射線防護委員会(NCRP)議長のL・S・テイラーが中心となって組織された。NCRPは46年に発 足。広島・長崎の原爆を開発したマンハッタン計画で、プルトニウムを人体へ注射するなどの放射能人体実験にも携わった海軍大佐スタッフォード・ウォーレン (同計画の医学部長)らが執行委員となっていた。
 つまりICRPは、米国の核戦略の強い影響力を受けて発足したといえる。放射線影響史が専門の中川保雄は『放射線被曝の歴史』(技術と人間)の中で 〈ICRPとはヒバクは人民に押しつけ、経済的・政治的利益は原子力産業と支配層にもたらす国際委員会である〉として、ICRP発足の経緯そのもからし て、マンハッタン計画やそれを引き継ぐ米原子力委員会(AEC)の影響が大きい組織だと指摘した。そうした組織の基準が、国際的だとして福島県内の子ども たちに適用されているのだ。
 広島・長崎への原爆投下から66年、ICRPの背後にある米国の核戦略は、原爆の威力は強調しつつ、その残虐性・非人間性は巧みな手段で隠蔽する、とい う考え方が貫かれてきた。筆者は、米国立公文書館での調査や米エネルギー省のサイトから、米国が最も隠そうとした核兵器の恐怖、すなわち放射線の人体影響 に関する資料収集・分析を、90年代から行っている。米紙アルバカーキー・トリビューン紙の記者アイリーン・ウェルサムが93年から「プルトニウム人体実 験」の実態を報道したことを受けて、米エネルギー省が関連する資料を公開のため米国立公文書館に移し始めた時期である。
 これらの資料を読み解くと、核兵器による放射線の人体への影響が、いかに人為的に過小評価されてきたのかが浮き彫りになる。こちらから積極的に入手しな いと、証拠資料が永遠に埋もれてしまうことに対する恐ろしさも感じる。多くの人に事実を知ってもらうために一端を紹介したい。
 まずは広島・長崎で原爆の放射能の被害がいかに隠されてきたかを振り返る。
 原爆について、日本政府は投下直後の45年8月10日、「(従来禁止されてきた)毒ガスその他の兵器をはるかに凌駕しをれり」と、スイス政府を通じて米 政府に抗議文を出した。1907年にオランダ・ハーグで署名され、「不必要の苦しみを与える兵器、投射物その他の物質」などを禁じた「陸戦の法規慣例に関 する規則」を引用したものだ。
 そして日本占領とともに、広島や長崎を海外のジャーナリストが取材しはじめた。同年9月5日付の英紙デイリー・エクスプレスで、ジャーナリストのウィルフレッド・バーチェットによる「原爆病」という記事が掲載される。
 〈広島では、最初の原子爆弾が都市を破壊し世界を驚かせた30日後も、人々は、かの惨禍によってけがを受けていない人々であっても「原爆病」としか言いようのない未知の理由によって、いまだに不可解かつ悲惨にも亡くなり続けている〉

日本側の抗議に全面否定の声明

 これに対して、米政府も動いた。米紙ニューヨーク・タイムズは9月13日付で、「広島の廃墟に放射線なし」と題し、マンハッタン計画副責任者の記事を掲 載した。〈陸軍省原爆使節団長のトーマス・ファーレル准将は、爆撃された広島の調査後、秘密兵器の破壊的な力は調査者が予想したよりも大きかったと本日報告 した。しかし彼は、廃墟の街に危険な残留放射線を生じさせたり、爆発時に毒ガスを発生させたりしたことを全面的に否定した〉
 日本政府が原爆を国際法違反だとする批判や、裏付けとなる報道を意識して、それを否定するために出された声明である。これを支えたのは、先述のマンハッタン計画のウォーレンだった。ファーレルはウォーレンから聞いたとして、
「(広島の原爆は)はるかに高いところで爆発したことが、地上に多くの放射能が沈殿することを妨げ、同時に兵器としての爆風効果を増大させたと信じられる」
 と述べている。
 ウォーレンたちは9月8日から10月上旬までの調査で、「重大もしくは危険な程度の放射能はなかった」と報告した。ここでの数値は、9月中旬の枕崎台風 で残留放射能がかなり流された後に計測したものが採用された。原爆による物理的な破壊状況を調べた米戦略爆撃調査団の報告書で〈ウォーレンは放射線による 死傷率を低く見積もっている〉と書かれたように、米軍のなかでも、放射線の人体への影響について、楽観的な見解を出す科学者だった。
 ウォーレンは46年、マーシャル諸島ビキニ環礁で実施された米原爆実験「クロスロード作戦」の放射線安全対策の責任者にもなった。広島・長崎の調査とビキニ環礁での原爆実験を、先述の人体実験と同時進行で行っていたのだ。
 クロスロード作戦でウォーレンは放射線安全偵察隊に対して、「2週間で500~600ミリシーベルト」という被曝の基準を設けた。現在、日本人の一般人 の年間許容被曝限度は法律で1ミリシーベルトとなっているのだから、この基準は、まさにけた外れに高い。広島・長崎での放射線の影響を過小評価するための 論拠を提供したような人物が、原爆実験で「安全基準」を設定したのである。
 作戦では若い兵士たちが、汚染された戦艦を洗浄したり、沈没した戦艦を撮影したりするなど、彼の「安全対策」のもとで被曝した。その際も外部被曝については測られたが、内部被曝線量は評価されなかった。
 残留放射線の影響については、米国内でも軽視された説明がなされた。49年にソ連(当時)が核兵器を保有すると、50年代に米国内で民間防衛計画が実施される。そこでは核爆発後1分間に発せられる放射線さえ避けられれば、放射線の影響はないこととされていた。
 50年5月11日、米上下両院合同原子力委員会の民間防衛グループのセミナーでは、1~1.5シーベルトで「何人かの人々は吐き気をもよおし」、2シー べルトで半分が病気になり、4~5シーベルトで医療が施されなかった場合半分が死亡し、6~8シーベルトで100%が死亡――1シーベルト(1000ミリ シーベルト)まではあたかも大丈夫かのように解説していた。51年に発足した米連邦民間防衛局は、原爆が爆発した瞬間に物陰に伏せて隠れさえすれば助かる かのような説明をしていた。



1946年、ビキニ環礁での米原爆実験後、
汚染された戦艦を洗浄する兵士たち。


脱毛や紫斑でも「丈夫で幸福そう」

 そんななか、ビキニ環礁では54年3月1日、水爆実験「ブラボー・ショット」を実行した。その放射性降下物によって、マーシャル諸島の住民、米兵、そし て第五福竜丸を含めた漁船の乗組員が被曝した。読売新聞の3月16日付の報道で、核実験による第五福竜丸の被災が明るみに出た。
 しかし、核実験責任者のAEC委員長ルイス・ストローズは3月31日、実験は成功したと報告し、第五福竜丸の被災については、
「警戒地域への不注意にもとづく侵入の結果おこった事故」
 と述べた。そのうえ、
「マーシャル諸島の住民236人は、私には丈夫で幸福そうに思えた」
 と、被害はなかったかのような説明をした。
 この声明の前にはすでに、被曝したマーシャル諸島の人々はさっそく「プロジェクト4・1 著しい放射線にさらされた人間の反応に関する研究」の研究対象 となっていた。今日、機密扱いだった写真・映像を見ることができるが、住民には放射能が原因と思われる髪の毛の脱落や皮膚の紫斑などの影響が出ている(こ れらの写真は筆者が情報公開請求によってAECの文書から見つけだした)。当時これらの写真・映像が公開されていたら。だれも「丈夫で幸福そう」だという ストローズの声明は信じなかったであろう。
 9月23日には第五福竜丸の久保山愛吉無線長が死亡した。日本側医師は「水爆による最初の犠牲者」としたが、米側は「輸血による肝炎が死因」と発表した。ここでも放射能の被害を隠蔽する米核戦略の方針が貫かれた。
 同年11月、日本学術会議主催の「放射性物質の影響と利用に関する日米会議」が東京で開催された。米側の出席者は、ほぼAECの科学者であった。記者会 見では核実験問題について一切言及しなかったが、AEC生物医学部のワルター・クラウスは汚染除去法として「石鹸と水で十分洗う」と述べ、野菜についても 「豊富な水で洗う。皮をむいたり、外側の葉を取り除いたりすることによって汚染を取り除く」と説明した。
 また。「1分間に500カウント(放射線の検出量を表す単位)以下の放射能で食料として十分安全である」と述べた。これは、この年の3月から日本の厚生 省(当時)の実施していた、1分間に100カウントを計測すれば漁獲マグロなどを廃棄する方針が厳しすぎると示唆したのである。
 会議に参加したAECのポール・ピアソンは11月20日付の書簡で、「会議の重要な成果の一つは、厚生省が、1分あたり100カウントという現行の安全 限度がおそらく厳しすぎるとしたこと」と書いている。実際に年末をもって、日本政府はマグロの調査と廃棄を打ち切った(これらの書簡も筆者が情報公開請求 によってAECの文書から見つけだした)。
 その一方で、日米間では55年1月、第五福竜丸の被災について米政府が日本政府に対して法律上の責任の問題と関係なく厚意での「慰謝料」として、200万ドルを提供することで政治決着とされた。
 2月15日には、AECが水爆実験「ブラボー・ショット」についての声明を発表し、放射性降下物の影響を初めて認めた。ただし空中爆発した場合は拡散し て無害になるとした。放射性降下物が皮膚や髪や服に付着した場合は、米連邦民間防衛局が説明してきたような迅速な汚染除去の予防措置が危険を大いに減らす とし、その方法について「身体がむき出しになっている部分を洗ったり服を着替えたりするといった簡単な方法も含む」と説明した。
 米政府の考えは、もはや繰り返すまでもないだろう。



マーシャル諸島ロンゲラップ環礁の住民。
中央の女性はのどに斑点が見える。


首相官邸と行政「場当たり的だ」

 福島第一原発事故に話を戻す。発生直後に「緊急作業時における被曝線量」として引き上げられた作業従事者への250ミリシーベルトは、先に述べた46年 の核実験「クロスロード作戦」で大量被曝を許した基準(2週間で500~600ミリシーベルト)に近づきつつある数値だ。
 もともと、この線量は、文部科学省の放射線審議会(会長・丹波太貫京都大学名誉教授)が2011年3月26日に妥当と答申したものだ。論拠として使われたのが、500~1000ミリシーベルトを推奨するICRPの2007年勧告だった。
 4月29日、内閣官房参与の小佐古敏荘(東京大学大学院教授)が辞意表明をした際には、冒頭で紹介した学校施設の利用基準が年間20ミリシーベルトであることに対して、
「この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」
 と述べた。
 緊急時被曝の上限についても、官邸と行政機関の「場当たり的な政策決定のプロセス」の結果だと批判した。審議会は今年1月にICRPの勧告と国際原子力 機関(IAEA)の基準をもとにした国際的な推奨値500ミリシーベルトとの整合を図るべきと提言し、3月には経済産業相や厚生労働相らの諮問に対して 250ミリシーベルトが妥当だと答申したからだ。しかも小佐古によれば、「ところが(官邸と行政機関は)福島現地での厳しい状況を反映して、いまになり 500ミリシーベルトを限度へ、との再引き上げの議論も始まっている状況」でもある。小佐古は放射線審議会基本部会の委員で、ほかのメンバー6人のうち2 人は東京電力関係者であった。
 審議会も審議会なら、審議会の500ミリシーベルトという提言があるにもかかわらず250ミリシーベルトの妥当性を諮問する政府の行動も不可思議だ。いずれにしても上限が引き上げられる可能性が極めて高いことは明らかである。
 このままいくと原発事故が起これば起こるほど、すでに計画的に準備されているICRPの「緊急時の基準」、すなわち500~1000ミリシーベルトが導 入され、被曝許容条件が緩くなってしまう。被曝の問題がより深刻になるのだ。このような、人間よりも原発を守るシステムが優先される国策・社会のあり方そ のものが、いま問われている。
 放射線の影響は幼い子どもほど大きい。私自身1歳11ヵ月になる子どもを持ち、子育てしている親の気持ちが痛いほどわかる。妊娠中も、高齢出産であるこ とに加え子宮筋腫を患っていたので、流産および早産のおそれがあり、一週一週を祈るような気持ちで過ごした。一週ごとに胎児が成長している喜びをかみしめ た。胎児や子どもたちが放射線に不必要にさらされると思うと、原爆投下という罪を軽くするために加害者側が築いてきたような基準によって、危険に直面させ るほどの不条理はない。
 精いっぱい成長しようとしている胎児や子どもにとって、放射線の影響は「敵」以外の何物でもない。「ただちに影響がない」どころか、不必要な苦しみを与 え続ける国際法違反の兵器そのものである。その「敵」から守るため、あらゆる立場の人がともに立ち上がることを願っている。
(敬称略)

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