若年寄の遺言

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司法書士にはあまり馴染みのない、整理解雇の4要素、正社員・非正規労働者の身分格差、そして同一労働同一賃金

2019年02月03日 | 労働組合
私は、正社員と非正規労働者の身分格差の存在は自明のことであり、その原因は解雇規制にあるというのは争いの余地がないと思っていました。
既に多くの論者が解雇規制の問題について論じており、広く一般的に承認されている社会問題となっているはずだ、と。

ところが、これを真っ向から否定してくる司法書士が現れます。



では、順を追って解説していきましょう。

【正社員に対する手厚い保障】

正社員として採用されると、通常、解雇されません。
いや、解雇される可能性が全くないわけではありませんが、いざ訴訟となると裁判所は高確率で正社員の解雇をひっくり返します。

そして、正社員については年功賃金制を採用している会社が多く、また、一旦引き上げた賃金を会社都合で引き下げることは不利益変更として原則禁止されています。経営存続が危ぶまれるくらいの「高度の必要性」を会社側が立証しなければ、これまた訴訟になった時に裁判所によってひっくり返されてしまいます。

※参照 賃下げが許される場合とは 総務の森

このように、正社員については身分や賃金における手厚い保障が裁判実務上成立しています。これらは、労働組合が暴力によって認めさせ、裁判所が追認することで成立した労働慣行であります。そして、この解雇規制が重大な欠陥を含んでいるのは、社会運動家も認めているところです。

○井手英策・今野晴貴・藤田孝典 共著『未来の再建』
======【引用ここから】======
84頁
実は、日本型雇用は国が法律で定めた制度ではなく、労使の交渉によって作られた労使慣行であり、交渉で取り決められた労働協約によるものだ。裁判所はこの慣行を追認したに過ぎない。
1950年代、60年代には多くのストライキが敢行され、労組は年齢給を勝ち取り、雇用を守るために多くの血が流された。70年代には経営側もこれ以上の争いを望まず、むしろ、企業別組合との間で日本型雇用慣行の約束を守ることで、労働争議をなくそうと考えるようになった。ところが、こうして労働者が「勝ち取った」はずの日本型雇用には重大な欠陥が潜んでいたのだ。

======【引用ここまで】======

【保障の枠外にある非正規労働者】

上記の解雇規制の中身をもう少し細かく見ていきましょう。
正社員の身分保障の背景にあるのは、「整理解雇の4要素」と呼ばれる判例上認められてきた労働慣行です。これが解雇規制の骨格をなしています。

その4要素とは、

人員削減の必要性
解雇回避努力
人選の合理性
手続きの妥当性

を指します。
企業の経営状態がかなり悪化した段階であり、
異動や転勤、あるいは不要な経費削減を図るなど、解雇しなくて済むような努力をした上で、
過去の勤務成績や年齢、懲戒の有無など、基準を定めてこれに基づき解雇対象者を選び、
本人への説明や労働組合との協議を経て、
はじめて裁判所は
「うん、その正社員の解雇は合理的なものでありやむを得ない」
と認める、ということです。

では、非正規労働者についてはどうでしょうか。

上記4要素の中の2番目「解雇回避努力」の説明を見てみると…

解雇について正しい理解をされていますか?
======【引用ここから】======
 新規採用の抑制 →整理解雇する以前に新規採用はストップしなければならないですよね。
(整理解雇直後に新規採用した場合等も問題になる可能性があります)

 非正規社員の雇止め →正社員を解雇する前に非正規社員の契約更新をしない等の手続きが必要です。

======【引用ここまで】======

正社員を解雇するためには、新規採用を抑制するとともに、非正規労働者の雇止めをしなければならない、とあります。
正社員は圧倒的に守られた地位にある一方で、今の時点で雇われていない労働者や非正規労働者にはその保障がなく、正社員を守るために彼らを犠牲にすることが求められています。
また、4要素の中の3番目「人選の合理性」について、次のような裁判例もあります。

SPC労働判例集 非正規社員の優先的整理解雇 
======【引用ここから】======
<非正規社員を(優先して)整理解雇の対象とすることは妥当か?>(上記③の人選の合理性の問題)
正社員についての希望退職募集の前に、臨時社員の雇止めをすることはやむをえないとした判例は多い。
【日立メディコ事件最高裁判決】
「臨時員全員の雇止めが必要であると判断される場合には、これに先立ち無期雇用されている従業員につき希望退職者募集の方法による人員削減を図らなかったとしても,不当・不合理であるということはできない」としている。
<理由>「臨時員の雇用関係は比較的簡易な採用手続で締結された短期的有期契約を前提とするものである以上,雇止めの効力を判断すべき基準は,いわゆる終身雇用の期待の下に期間の定めのない労働契約を締結しているいわゆる本工(正社員)を解雇する場合とはおのずから合理的な差異がある」ためである。

======【引用ここまで】======

正社員の希望退職募集より前に非正規労働者の全員雇止めをしても、不当・不合理であるとは言えないと裁判所は判断しています。
このように、正社員については「整理解雇の4要素」でガッチリ守っているのに、非正規労働者は守られるどころか、正社員の雇用を守るための犠牲になることを裁判所が正面から認めています。

この状態を「雇用の調整弁」と呼ぶことがあります。
正社員を一旦雇ってしまうと、将来、労働需要が減少しても容易に解雇できません。
そのため、一時的な労働需要の増加に対しては正社員の増員ではなく非正規労働者の臨時採用によって穴埋めし、繁忙期が終わったり不況になった際に非正規労働者を解雇することが、雇用慣行としても裁判実務としても認められています。
(あるいは、非正規労働者の増員ではなく正社員の時間外労働でカバーする方策も採られます。これが正社員の労働環境がブラック化する原因の一つなのですが、これは今回のテーマから外れるので割愛)

正社員の身分保障と、これを守るために非正規労働者の使い捨てを認める
この正社員と非正規労働者の取り扱いの差異を格差と呼ばずして、何を格差と呼べば良いのでしょうか。

また、正社員を解雇する条件として、新規採用を抑制しなければなりません。
このことが正社員の採用数を減少させ、転職の途を狭めています。

労働問題における大きな論点の一つに、いわゆる就職氷河期の問題があります。
新卒時に景気が良かったか悪かったか、という運によって、正社員になれるかずっと非正規労働者でなければならないかが左右されてしまうという問題ですが、これにも解雇規制が影響しています。
景気が悪くなった際に、企業が
「正社員を解雇するためには、その前に、正社員の新規採用を抑えなければならない。仕方ない、景気が戻るまでの間は新規採用を停止しよう」
という判断をしてしまうからです。
そして、正社員になれないまま新卒として扱われる期間が終わり、後に景気が戻って多くの企業が新規採用を再開しても、その時には新卒としての正社員採用対象から外れてしまいます。

以上より、

正社員と非正規労働者の間には身分や賃金の面で不合理な取り扱いの差異がある。これが正社員と非正規労働者の間の格差である。
この格差を生んだのは、労働組合が主導した解雇規制(裁判所が追認した労働慣行)が原因である。

ということをご理解いただけたでしょうか。

司法書士の試験科目には労働分野の法律がなく、また、140万円以下の案件しか扱えないことから、冒頭に取り上げた司法書士さんにおいてはあまり整理解雇の4要素に馴染みが無かったとしても無理のないところです。

【なぜ、私が正社員・非正規労働者の格差にこだわるのか】

正社員と非正規労働者の間の身分格差を是正し、正社員への中途採用の途を広くするためにも、解雇規制の緩和、解雇ルールの明確化が必要です。

最後に、なぜ私が正社員と非正規労働者の身分格差にこだわっているのかについて触れておきましょう。

それは、私の身近なところでもこの身分格差が生じているからです。

事務でも接客でも何をさせても期待に届かない無能な若手
勤務年数で昇給し続けた結果、能力以上の高給取りになった定年間近の人

そんな状態でも解雇されない正社員の能力不足やコスパの悪さを、低賃金・不安定な条件の非正規労働者の奮闘によってカバーしているわけです。
場合によっては、能力も意欲も実績も、非正規労働者が正社員を大きく上回っていることすら有るというのに。

同じ業務をしているならば、同じ賃金、同じ待遇で扱うべき、という「同一労働同一賃金」の原則に照らした時、これは明らかな不合理です。

非正規労働の不満は、この不合理から生じています。
働きの悪い正社員に対する非正規労働者の不満を日々目にし、時にその不満を調整をしなければならない勤め人としては、
「不満に思うのはごもっとも。だけど彼らをクビにするのは無理だし、まぁそこは何とか」
となだめるくらいしか術はありません。

非正規労働者全員を正社員にすることは不可能です。
全員を正社員にすることで生じる雇用の硬直化や人件費の増加に耐えられる企業、団体、官公庁はおそらく多くはありません。
そうであるならば、正社員に対する過剰な身分保障は、段階的であっても撤廃していくのはやむを得ないと考えます。

この正社員・非正規労働者の格差を解消しようと考えた時、労働組合にできることは何でしょう。
労働組合が人事部にかけあって、働きの悪い正社員の配置転換を働きかけるくらいでしょうか。
配置転換できたとしても、働きの悪い正社員が新たな配属先で軋轢を生むであろうことを考えると本質的な解決にはなりません。

労働組合が正社員保護を訴えてきたことが、今日の正社員・非正規労働者の身分格差を生んでしまった、という反省こそが問題解決への第一歩です。
社会運動家の界隈が、「解雇規制は労働組合が勝ち取った素晴らしい成果だ」と賞賛することは、この身分格差問題の解決を遅らせるだけです。