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Luna's “ Life Is Beautiful ”

その時々を生きるのに必死だった。で、ふと気がついたら、世の中が変わっていた。何が起こっていたのか、記録しておこう。

臓器移植法改定A案の基礎知識とその本質(上)

2009年07月21日 | 時事評論
 

現行の臓器移植法は平成9年に施行されました。心臓死をもって人間の死とする、という判定基準は以前のままですが、本人の生前の意思表明が確認されていれば、臓器移植の局面に限り、脳死をもって当人は死んだとみなせるようになりました。また臓器移植ができる年齢制限を設け、それを15歳以上と定められています。この規定は遺言が可能な年齢というのが民法で決められており、それが15歳以上となっているのだそうです。

もともと、現行の臓器移植法は3年後にいちど見直しを検討してみることも定めていましたが、放置されていました。でも、移植が必要な患者が治療のために海外へ渡航するケースが相次ぎました。日本では提供者が少ないからです。そこへもってきて、マスコミから、「WHO(世界保健機関)が、臓器提供を受けるのは自国でするべしとの方針を打ち出そうとしている」というニュースが流されるようになりました。こうした報道の影響もあって、今回の改正議論に至ったようです。

 


そも「脳死」とはなんでしょうか。脳死は植物状態とは別の状態です。日経新聞09年6月4日付囲み記事によると、脳死とは、
「脳幹を含むすべての脳の機能が完全に止まり、回復する可能性がゼロである状態」です。専門的には「全脳の機能の不可逆的停止」と表記されているそうです。

脳幹は呼吸などをつかさどっていて、ですから脳死状態では、脳幹の機能が完全に失われたまま二度と回復しない状態なので、自発的に呼吸することができません。人工呼吸器を使わないと呼吸を維持できず、それを外すと確実に心停止に至る、という状態が脳死です。

この点で、人間の「植物状態」は異なっています。植物状態では脳幹の機能は全部または一部残存しているので、多くの場合、自発的に呼吸できますし、しています。「多くは」というのはたぶん、脳幹の損傷している部分によっては自発的呼吸が出来ないケースもある、という含みではないでしょうか。

脳死をどのように判定するかは法で定められていて、複数の医師が、人工呼吸器を止めて、自発的呼吸があるかないかを調べる「無呼吸テスト」など5項目の検査を6時間あけて2回行うのだそうです。

ただこれは、子どもの場合は判定が難しいのだそうです。というのは、「子どもの脳は回復力が強い(朝日新聞09年6月19日付)」のだそうです。だから、「脳死判定検査項目は大人と同じだが、生後12週間未満の乳児は判定から除外し、また6歳未満なら、大人の場合に6時間あけて2回検査を実施としているその間隔を24時間以上にする」という基準を別に設けているのです。

 

ニュースでは「A案」参院本会議通過、などと言われますが、ではB案とかもあるはずですよね。あります。D案まであります。とくにD案は、A案に反対する側が作成した法案です。以下、毎日新聞の09年6月10日付けの表から、現行法とほかの法案の特徴を書き写しておきます。

 


■死の定義

①臓器移植法現行法
  心臓死。
 ただし、本人が生前に脳死で死と判断されてもいいという意思表明があれば、脳死をもって死とみなせる。

②臓器移植改正A案
 一律に脳死をもって死とする。

③臓器移植改正B案
 心臓死。本人の合意があれば、脳死をもって死、とすることができる。現行法と同じ内容。

④臓器移植改正C案
 死と判定するのは、心臓死に限る。
 また脳死の定義を現行法より厳格に定めている。

⑤臓器移植改正D案
 心臓死。
 ただし、本人の合意があれば、脳死をもって死とみなせる。現行法と同じ内容。

 

■提供の条件

①現行法
 臓器提供に際し、本人による書面での同意とともに、家族の同意が必要。

②A案
 必要なのは家族の同意だけ。ただし、本人による生前の臓器提供拒否の意志が確認されていれば、その体からの臓器提供はされない。

③B案
 現行法と同じ。

④C案
 現行法と同じ。

⑤D案
 15歳以上は現行法と同じ。
 14歳以下は家族の同意でOK。ただし、本人の拒否の意志があればそれが最優先される。

 

■提供できる年齢制限

①現行法  15歳以上。

②A案    制限なし。

③B案    12歳以上。

④C案    現行法と同じ。

⑤D案    制限なし。

 

 

A案は脳死状態の家族を持つ人よりも移植を待つ患者さんに焦点を合わせた法律ですね。臓器移植法は1997年施行ですから、もう12年になります。その間、法に則って臓器提供があったのは81例だそうです。それに対して、移植を待つひとは圧倒的に多い。

日本臓器移植ネットワークに移植希望の登録をしているひとは2009年6月1日現在で、
 心臓 … 138人
 肝臓 … 254人
このふたつは脳死の人からの提供でしか移植されません。心停止後の提供でも移植手術ができるのは腎臓で、1万1695人が提供を待っています。

日本では臓器提供が少なく、なかなか手術ができないのが現状のようです。年間心臓提供者数の国際比較したリサーチがあるのですが、それによると、
 日本が(年間)0.05人、
 スペインが  12.5人、
 アメリカが   10.1人と、先進国の中でも際立って低い。

そのため、日本の移植希望患者は海外へ渡って移植治療を受けるケースが多いのです。ところがそれが、現地の患者の移植の機会を奪っている、という批判をもたらしました。そこへ、「2008年、国債移植学会はは渡航移植の規制強化と臓器提供の自給自足を求めるイスタンブール宣言を発表し、世界保健機関(WHO)理事会も今年一月、渡航移植を制限する決議案をまとめた(朝日09・06・19付け)」というニュースが入ってきました。そこでわずか8時間の審理で、少ない審議参加者(議員の多くはおしゃべりや居眠りしていた)という条件にもかかわらず、決議されたのでした。

 

■A案の問題点

まず、審議の時間があまりに短かったこと、しかも真剣さが欠けていたことが挙げられるでしょう。こういう重要な問題はもっと国民的な議論が尽くされるべきです。「そうやっているあいだにも、移植で救える命が機会を得られないまま死んで行く」という焦燥があるのは承知で、もっと議論を尽くすべきだというのです。

二つ目は、A案は移植に優先順位を設け、親族への移植が優先されていて、それが現行法に比較して不公平だという批判。現行法では、移植先の人については一切知らされません。移植された人も、どこの誰からだとは知らされないことになっています。また、子どもの脳死判定の難しさという点もあります。

もうひとつ見逃せない点として、「WHOが渡航移植を制限しようとしている」という報道ですが、これが虚報だという指摘があります。


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WHOの新指針の実際の内容は、生体移植のドナーの保護と移植ツーリズム(臓器売買旅行)への対策である。「正式な」渡航移植の制限も臓器移植の「自給自足」の方針も、ひと言も述べられていないのだ。しかし、A案提案者、日本移植学会、日本移植者協議会などは虚報を喧伝し、マスメディアの多くも執拗に(虚報を)報道し、法改定に向けた社会と国会の気運を醸成した。

もし、こうした発信者が、新指針をきちんと読まずに誤報を流していたのなら、社会的責任が問われるべきだろうし、意図的に情報操作をしていたのなら、倫理的責任が問われるだけではすまされないだろう。


…(中略)…


ちなみに、衆院採決のあった6月18日、「A案提出者一同」の名による「A案支持者と投票先を決めかねている方へのお願い」という簡略文書が、衆院本会議の各議員の席上に配布されたという。

全体の主旨は、「なぜA案なのか」という理由説明と投票の戦術的方法の提起であるが、前者の第二項目には、「A案は、WHOが推奨する臓器移植法案です」とある。WHOそのものが日本のA案を推奨していたとは寡聞にして知らないが、もしそれがWHOの新指針を意味しているのだとしたら、前述のように、そこには渡航移植の制限も臓器移植の「自給自足」の方針も一切、書かれていない。

それどころか、逆にA案こそが、WHO新指針がドナーに関して、明確に書き記して、求めている「未成年の保護」や「法的に無能力な人の保護」に反するのではないか。

たとえば、近年の日本でとみに問題視されている児童の虐待と虐待死を、A案の提案者と投票者はいかほどに勘案したのだろうか。親に虐待されて脳死に至った子どもをドナーとすることは(ルナ註:A案なら子ども本人の同意がなくても、親の意向だけで臓器提供できるので)、格好の隠蔽工作になるうえに、A案のように親の判断だけでドナーにできるなら、子どもは二重の意味で蹂躙されるのである。このことはドメスティック・バイオレンスに関しても同様である。

 

 

(「臓器移植法改定・A案の本質とは何か」/ 小松美彦・著/ 東京海洋大学教授/ 「世界」2009・8月号より)

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これが事実ならたしかに大問題ですが、この記事にはWHOの新指針の内容がぜんぜん紹介されていないのです。せめて当該部分だけでも引用してほしいですよね。わざわざ「WHO新指針に関する虚報を喧伝」と副見出しを掲げていながら、「虚報を喧伝」の内容は上記引用文だけで、ほかはA案の特徴の説明になっています。ちょっと不満が残ります。

ただ、「中略」以降で指摘されている点は重大です。この記事でも、新聞報道のうち良心的な記事でも、人権侵害の問題に十分審議が及んでいない点がA案への改定の重大な欠陥なのです。

前半に書き写したとおり、A案では本人の合意がなくても臓器提供できる点がA案の特徴でしたが、これが人権侵害に当たるのではないかという問題に十分議論されていないのです。というか、現行法に見られるように、人権への配慮のために臓器提供者数の低迷を招いた、だからA案へ改定だ、という流れになっているのです。







(下)へつづく

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