『みちしるべ』 by 阪神間道路問題ネットワーク

1999年9月創刊。≪阪神道路問題ネット≫交流誌のブログ版。『目次』のカテゴリーからの検索が便利。お知らせなども掲載。

『みちしるべ』東京より(3)**どじょう**<2012.5.&7. Vol.73>

2012年07月06日 | パリ&東京&沖縄より

東京より③ どじょう

三橋雅子

 折角東京に・・・のデモの次はどじょうを食べに。

 これは長い東京暮らしの間にも実行したことがなかった。にも拘らずどじょうが食べたかったのは、実家でどじょうが、よく食卓に上ったからかもしれない。父の好物で、しばらく途絶えると「どじょうは・・・?」の催促があったから、食べ慣れたものへの懐かしさなのかも。だが、どじょう屋に食べに行った記憶はない。しかし今どき、どじょうはどこに売ってるのか? 父が生きていたらどうしたのかしら? などとふだん考えたこともないことが頭をよぎる。

 駒形などは滅多に歩いたことがなかったが「どぜう」の大きい暖簾が遠くからでもたいした存在感。この「どぜう」、これでないとどじょうの感じが出ないが、てっきり旧仮名遣いとばかり長年思い込んでいた。しかし旧仮名では「どぢゃう」なのだそうである。思い違いというのは恐ろしい。どぜうになったのは、江戸時代のどじょう屋が暖簾に書くのに四文字では縁起が悪いと、苦心の表記とか。さすがに新聞はこうは書かなかったが、どこかの首相の看板表記みたいになったのは、どじょうのファンとしてはあまり嬉しくない。

 暖簾をくぐると一面、ずーっと奥まで、間仕切りなしの、めちゃくちゃ広い空間に、ヘリのない畳と言おうか、ござと言おうか、竹の上敷きみたいのが敷かれ、細ながーいテーブルとちっちゃい座布団が並ぶだけ。寺子屋ってこんなんだったのかしら? なんて妄想がふとよぎる。

 メニューはそう多くはないが、あちこちで鍋などが豪勢に湯気を立てているけど、こちらはとうに決めてきた、どじょう汁と柳川。何十年ぶりの食感だろう。大山盛の刻みねぎがいい。深谷の長い太ねぎに違いない。これが関西では滅多に堪能できない。肝腎のどじょうは、いかにも小さくて食べやすく、グロテスクとは程遠い。以前は、あのぬるぬるっぽい、大きくくねった様がどうにも頂けない、というどじょう嫌いが多かったが、これならいけるの? それにしても物珍しさに入ったものの、姿を見て口にできないお客はいないのかしら? こちらは、というと、やはりどじょうは、もう少し大きく、噛み応えが残るような歯ごたえがほしいなあ。

 昔我が家の台所では始終大きなボールにどじょうが入っていた。買ったその日には食べず、味噌を少し溶かした中に一晩泳がしておくと骨が軟らかくなるのだとか。貝も一晩砂を吐かせたものだし、何でもそう右から左に食卓に上るものではなかった。夜中に水を飲みに行ったりすると、飛び出したどじょうが床に転がっているのに遭遇して「なにこれ?」とドキッとしたものだ。戻してやると、また元気にピチピチ泳ぎ回るのを見ると、いつまでもそうしておいてやりたい、などという思いもよぎったりした

 一晩味噌の液を飲ませても、少しシャキッと骨の噛み応えが残っているのが、なんともおいしかった。今、目の前の、いかにも小さくてかわいらしい、それゆえにか、歯に当たるとはいえないどじょうは、私にはちょっと物足りない。でも私好みのどじょうでは、きっとお客はこんなには入るまい。

 紺絣に赤足袋姿できびきび動き回るお姉ちゃんたちは、どじょうと同じく一様に小柄だということに気がつく。確かにここでは、今どきの大柄な女性は似合うまい。私ももう少し若ければ、希少価値で、ここのウェイトレスに受かるかな? なんて思いがよぎるが、その「もう少し」はまあ、少なくとも50年以上か。足捌きには自信があるけどなあ。

 暖簾をくぐり出てそぞろ歩くと、ちょうど目の前、ずっと遠景ではあるが、なにやらばか高いもの、ちょっと戸惑うが、ああ、あれが話題の・・・・? と納得。そういえば、今東京にいる、というと、そのなんやら塔に行った? と訊かれるが、いやまだ。でなく、あんなとこに行くくらいなら・・・は飲み込んでおく。そういえば東京タワーにもとうとう昇り損ねた。一時勤めが近かったから、ふだんは直、地下鉄にもぐるのを、残業などの後、少し夜風に吹かれてそぞろ歩くと、ちょうど目の前に出てしまう。一度くらい昇ってみるか? と浮気心を起こしても、いつももう閉館、ちょうど好いや、と見上げるだけでやり過ごしていた。今でも昇れるのかしら?

 振り返れば、はや「どぜう」の暖簾は遠く・・・。気がつくと、嬉しや、どじょうは夏の季語。

   ちさきどじょう絣の娘運び来て

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