イタリア中部の古都を巡る旅13日(2)
芦屋市 岡上裕子
(30日 水曜日 晴れ)続き
ここが幼いモーツアッルトが音楽理論家マルティーニ神父から難しいフーガのテストをされた場所なんだなあ!ボローニアには魅力的なポルティコが沢山残っていて良い写真が撮れた。これは私道なのだそうだが、人も歩くし、工房の人も仕事をするし、トラットリアの人も椅子を出して食事の場になるし……と自由に使っていて、この街の人々にとっては冬の寒さと夏の日差しから守つてくれるなくてはならない大事なものなのだそうだ。今夜の宿泊地フィレンツェは郊外の大きなホテル・シェラトン。夕食のワインはキャンティーの少し上等をオニダーしてみた。美味しかった。
(31日 木曜日 晴れ)
バスで行けるのは、ミケランジェロ広場まで。フィレンツェの全景をカメラに収めてポンテベッキオで皆と別れる。ヴェッキオ宮殿へ入って200人広間、500人広間等壁いっぱいに描かれた絵を見て回る。ここはピイッティー宮殿に移る前までメジチ家のコジモ1Cが住んでいた所。メジチ家の紋章は丸い玉が7つ並んでいるがあれは丸薬の事。メジチはメディスンだとか。
近くのパルジエロ国立博物館へも足を運ぶ。ここはミケランジェロの“バッカス”やドナテッロの“ダヴィデ”等すばらしい彫刻が沢山有るところ。中庭も建物も重厚だが親しみの持てる落ち着いたいい所だ。近くのブティックで結婚記念日のプレゼントにバックを買ってもらう。ネッディ通りを通ってパッと広場に出るとサンタ・クローチェ教会が目に飛び込んで来る。白と黒の大理石のフアサードは大袈裟で装飾過多だとも言われているが、そうは思わない。まるで舞台装置のようにどきっとする美しさだ。(後で調べると教会は13Cに着手、14Cに完成、フアサードは何と19Cに出来上がったそうだ)
教会は後回しにして近くの“レオン”で食事。 トスカーナ風前菜、生ハムメロン、パスタはラザーニアとスバゲティーを半々に入れてくれた。 ドルチェのラズベリーもジェラートも美味しかった。それにしても今日も暑い。(32℃ だった)教会の中はひんやりしていて、ジョットのフレスコ画“フランチェスコの埋葬”等があり、ミケランジェロ、ロッシーニのお墓もある隣の美術館も見て回り、街の食器屋さんで記念にトマトのサラダが似合いそうなお皿を一枚買う。
(6月1日 金曜日 晴れ)
バスの中から工ニシダで黄色くなった岡々を眺めながら、美しい塔の街11Cそのままの街サンジミニアーノヘ向かう。朝の気持ちいい空気の中、中世の石畳を歩いて街の中心へ上がる。権威の象徴である塔は昔は70本あったそうだが今は14本。ここでも名物の昔のレシピで作ったケーキを買う。小さいのに重いなーぎっしり詰まっているみたいだ。バンフオー卜と言うそうだが冷蔵庫の無い時代甘いのだろう。
それからシエナヘ向かう。真っ赤なケシの花が沢山咲いていてきれいだ。シエナ色と言われる色はこの街の色だ。多くの優れた美術品が有り芸術の街、また初めて銀行を作った街(国家)としても有名な所、ここに来るのも楽しみだった。昼食に出たフンギのスープはなかなかの出来。シエナも中世そのままの装いでメインの道から少し入った路地が特に表情が有って素敵な写真のポイントになる。毎年7月と8月に行われる町対抗の裸馬の競馬、パリオが行われる貝の形をした広場、世界一のエレガントな広場と言われているカンポ広場は広場を囲んでプブリコ宮殿とマンジャの塔が並んでいる。この広場へも来てみたかった。宮殿の中の善政と悪政のアレゴリー(寓意)が描かれているフレスコ画や地図の間などを見てから小さな坂を上って“世界一華美なドゥオーモ”と言われているドゥオーモを眺める。なんて奇麗なんだろう!よく“あでやかな聖堂”と言われているだけのことはあるな一。中はもっとすごい。白と黒の大理石の横縞模様が印象的で実際よりよりぐんと高さを感じさせる。床は象嵌細工で埋め尽くされているが、傷みが激しいので特別の時以外ロ一プで囲った1つだけ見せている。全部が見れたらきっと唸るだろうな一。ピサロ作の説教台、精巧な木彫の聖歌隊席等などさすがフィレンツェと並ぶ文化都市国家だっただけのことはある。しかしこの街も14Cのペストの大流行で人口の5分の4が死亡したという事だ。そうした時には誰でも宗教にすがりつきたくなるものだろう。シエナからベルージャヘ。
(2日 土曜日 晴れ)
ペルージャのホテルは山の中腹。部屋の窓から緑のウンプリア平野、美しいベルージャの街が一望出来る。朝食後、町中のあちこちにあるエスカレーターに乗って街の中心地の頂上へ行く。朝の空気は気持ち良い。こんな大きな街ならサッカーチームがあっても当然。居心地の良さそうなきれいな街だ。バスでアッシジに向かう。フランチェスコの礼拝堂だった教会に寄り大きな城塞の様な山の上のサンフランチェスコ教会に入る。神父さんの案内でフランチェスコの墓やチマブーエ、ジョットの28のフレスコ画、特に有名な“小鳥に説教する場面”を見て回る。フレスコは壁が乾かないうちつまり壁がフレッシュな間に描かないといけないのでそういわれている。アッシジも聖地だけあってすごい人で混雑している。神父が腰に巻いているヒモには3つの結び目があって清貧、純潔、柔順を表しているそうだ。広場の方に出て昼食、広場でヴァイオリンを弾いていた青年にお恵みを少々。
それから最後の地ローマヘ向かう。夕食は一寸上等なリストランテでフルコース。この夜の食事が皆と一緒の最後だ。前菜は魚貝のマリネ、アサリのボンゴーレクリーム味、豚肉のサルティンボツカ、デザートも沢山あって満足。その上仲良しになった村岡さんご夫妻とバロック音楽から演歌までの音楽談義であっというまに時間が経ってしまった。夕食後魚谷さんの案内で夜のお散歩に出掛けた。スペイン広場は足の踏み場もない程の混雑。少し速足のお散歩でくたびれた。
(3日 日曜日 晴れ)
トレビの泉やローマ時代に動物と奴隷たちが戦ったりしたコロッセオを見てサンピエトロ寺院べ行く。つい先日決まったそうだが今日はイエスが神になった日の大ミサが行われるので中には入れない。そして考えられない事だが、その為にローマとナポリのサッカーの試合も取りやめて延期!何でこの国はすぐに変更があってそして誰もプーイングしないのだろう?それだけバチカンの思し召しが偉大なのかな。
昼食後予約を入れていたボルゲーゼ美術館へ行く。大きな公園の中にあって厳しい人数制限をしているのでゆっくりゆとりを持って見ることが出来た。この優雅な建物はカラバッジオの作品のコレクターとしても有名なシピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿の館だった所だ。カラバッジオの作品6点、ヴァッカス、果物籠、ヨハネ等が見れた。質の高い彫刻も沢山あって暖炉や壁の絵、天井画などに満足出来る美術鑑賞の一時が過ごせた。ヴェネト通りを通って一寸小路に入ったトラットリアで夕食をしてホテルに帰る。
(4日 月曜日 晴れ)
朝早めにシスティーナ礼拝堂に行く。こんなに早く来たのにもうすごい人が並んでいる。年間280万人も訪れるそうだ。歴代の法王が財力と権力にまかせて集めた美術品ばかり。唯々唖然とする質と量だ。かなり勉強してきたはずだが、お目当ての作品を探すのにキョロキョロしなければならない。ピナコテーカ(絵画館)、ヴェルベデーレの中庭、ラフアエロの間、ビーニャの中庭、燭台の間、地図の間、タペストリーの間、ピオ・クレメンティーノ美術館、等を回り最後にシスティーナ美術館へたどり着いた。
余り大きくない部屋だがあの有名な天井画が押し寄せてくる感じで、10分程上を向いていても首が痛くなるのに4年ものあいだ淡いローソクの明かりで描き続けて最後には背中も首も膝も曲がってしまったミケランジェロはどんな執念で描いたんだろう、と考え込んでしまうほどこの作品は凄い!。それまで人体を平面的にしか描かなかったのを、彼は裸体にしてしかも体をよじらせ筋肉などの動きを誇張して表現したのがマニエリズム。しかし余りやり過ぎて他の人も皆真似をしてゆく様になったので変化がなく飽きてしまったのでマンネリズム、所謂マンネリと言う言葉が出来たそうだ。ここは3、4時間ではとうてい見尽くせない。改めてゆっくり来よう。
つづく
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